そのアルセに隕石が降り注ぐことを彼女たちは知りたくなかった
その戦闘は特筆すべきことなど何も無かった。
ただ、圧倒的戦力によりカイン、リエラが増殖の勇者鎚と増殖の勇者弓を蹴散らした。
それだけのことである。
武器がバグり攻撃力を消された増殖の勇者たちが能力ほぼカンスト状態の二人に勝てる訳もなく、ただただ動く暇すら与えられず絶命する。
残されたのは何が起こったのかすら理解できてない増殖の勇者本体と剣を持った増殖の勇者の二人だけであった。
彼らは目をまん丸に見開き仲間が倒される様を見る。
一体何が起こって二体の自分が倒されたのか、全く分からなかったのである。
だが、乾いた笑みを浮かべつつ、増殖の勇者はニタリと笑みを浮かべる。
「はッ。無駄な努力だな。コレが俺の力だ、絶望に沈め!」
と、増殖の勇者が変なポーズを行う。
当然のようにそのスキル、増殖が発動することは無い。
ただただ俗に言うジョジョ立ちという姿を晒した痛い男がそこに居るだけになっていた。
「なんだ? 増殖が、出来ない?」
「ああ、そうか。下の帝国兵の話はこっちには伝わってねぇーんだな」
「なんだと!? 貴様それはどういう、いや、まさかっ」
増殖の勇者はアイテムボックスから何かを取り出す。
リエラはそれを見て無線機であると察した。
新日本帝国本国の総統室にあったのと同じものだった。
『おいどうなってる!? 増殖能力が無くなっちまったぞ!?』
『Sより00へ、せ、戦車が地面に沈んでいきます!』
『Cより00へ、こ、こちらは打ち出した弾丸が返ってきて……うわああああっ!?』
『Dより本部へ、せ、戦車部隊が前進したつもりが空へ上がって行きます!? どうなってるんだ!?』
『Eより緊急報告! 戦車が回転しだして止まらなうっぷ、おg』
『応答を。応答をっ! 我が軍の攻撃で敵が回復し始めました。どの武器を使っても相手が回復して、うわああああああああああああっ』
『た、大変です潜水艦が、空に浮きあがって、う、動けない!?』
『こちら海軍海中第7艦隊、全ての潜水艦が水中適正を無くして動けません、海魔の猛攻がっ。だ、誰か回収を!』
『本部応答せよ! どうなってる!? 陸戦部隊が全員移動できなくなったぞ! どれ程動こうとその場から一歩も、この現象はまさか、アルセの裁きという奴なのでは!? わ、我々はやはり敵にしては成らない存在を敵に……あ、待て切るなっまだ話しは終わ』
無線を切った増殖の勇者は意味が分からないと言った顔でリエラとカインを見る。
既に剣を持った増殖の勇者がカインに切り裂かれた後だった。
残っているのは自分一人、今更ながら追い詰められていることに気付いた増殖の勇者から血の気が引いて行く。
「どう、なっている? 俺は、俺は増殖の勇者だ。女神に選ばれた勇者だぞ?」
「それがどうしたよクソガキ」
「貴方の野望はここまでです。この世界を救うため、ここで消えていただきます」
「ふ、ふざけんなッ。アルセの裁きだと? ふざけるな! そんなモノがある訳あるか。現についさっきまで聞いてた時は何ともなかった。急に各部隊が一斉に行動不能になるなどありうるか? 増殖能力が使えない訳が」
「ゴタクはいいんだ。とりあえず、宣言通り、テメーの命を貰いに来たぜ」
剣を間近に突きつけられた増殖の勇者が絶望する。
本来であれば増殖能力を存分に使って彼らを蹂躙するつもりだった。
だが、現実には能力は既に封じられていて、虎の子の神殺しシリーズを持った増殖兵は駆逐されてしまった。
彼を守る者は既になく、鼻先には剣を突きつけられ、既に詰んだ状態になっている。
意味が分からない。
自分は女神に見出された勇者の一人で、この世界を破壊出来る絶対的な力を持っていた筈なのだ。
「何故……何故だ。俺は……はは。はははッ」
「何がおかしい?」
もう終わりだ。そう思っていた増殖の勇者が突然笑いだした。
カインが怪訝な顔を浮かべ、リエラが増殖の勇者の視線が向かった先を見る。
「何……あれ?」
透明な部屋は外の光景を寸分たがわず映している。
だからこそ、この宇宙ステーションの前を通過している巨大な星がリエラの視界に映った。
先程までなかった筈の巨大な星。それは、間違いなくリエラ達の住む星へと迫っていた。
「くく、はははっ。他の世界にも俺みたいな勇者が送り込まれてんだよッ。こいつはその一人が全異世界に送り込んだ隕石だ。お前らにはどうしようもない高みから、星ごとずどん。テメェーらがどれ程努力しようが守りてぇ星が滅んじまったらどうにもならねぇだろ。くははっ。あの野郎やってくれやがる」
「隕……石?」
「メテオスウォームの魔法を強化した奴か。クソッ、あんなのどうやって……」
増殖の勇者をいつでも突き殺せる状態にして、カインも隕石を見る。
カイン達の星と同質量の星が落ちて来る。
その絶望的な状況に、カインは顔を青くする。
あそこには、ネッテが居るのだ。カインにとって最も大切な人がそこに。
増殖の勇者の高笑いが、しばしその場に鳴り響くのだった。




