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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第十六部 第一話 その集う者たちを彼らは知りたくなかった
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その手を振る意味を僕は知りたくなかった

 アルセが泣いていた。

 涙を見せずに泣いていた。

 アルセを心配したのか、近くに居た空軍カモメ、ペリルカーン、マホウドリ、ウミネッコが周りを取り囲むようにやって来て心配そうに見上げている。

 チューチュートレインは自分から外に出て来てアルセの目の前でくるくる回りだす。


 自分達を見て元気を取り戻せ。そう言っているようだったが、むしろウザったいとしか思えない。

 アニスも困った顔でどうしようかと思案しており、僕に抱えられたままのペンネたんは相変わらず死んだ目で空の彼方を見つめていた。


 丘の下ではバニング達が帝国軍と激闘を繰り広げており、怒号がここまで響いてくる。

 ずっと、嘆き悲しんでいるのかと思った。

 でも、アルセはしばし嘆きの声を出した後、目をこすって歩きだす。


 どうした? と皆がアルセに視線を合わせ、その中心をアルセ一人が歩いて行く。

 アルセはアニスの元に来ると、「おっ」と告げる。

 丘の上の真ん中を掘ってほしいそうだ。


 意味が分からないながら、アニスは言われるままに魔法で土を掘る。

 ある程度の深さになると、アルセはもういいよ。とジャスチャーで止める。

 これでいいの? 小首を傾げるアニスにありがとう。とお辞儀して、穴の側へと向かう。


 なんだろう。

 凄く、嫌な予感しかしない。

 僕は足早にアルセの元へと向かう。


 アルセ、何する気?

 不安に思った僕に、アルセは振り向き、哀しげに微笑む。

 ……アルセ?


 アルセは笑った。

 満面の笑みで。心配いらないよ。そう告げるように笑ってみせた。

 それが僕には酷く切なくて。

 もう、二度とその笑顔が見れなくなる気がして。


 アルセが小さく手を振る。

 バイバイ、と。

 僕らは止める暇などなかった。


 アルセはぴょんっと穴に飛び降りる。

 アニスが驚くより早く、僕が止めるより早く。

 アルセは土の中で、発芽する。


 爆発的に成長する蔦が彼女を覆い、頭の上の木が成長を始める。

 見る見るうちに巨大な幹が土を押し広げ、根っこが張り巡り、巨大な大樹へ成長する。

 アガスティアよりさらに高く。

 世界樹よりもなお高く。

 宇宙樹よりもより高く。

 聖樹アルセが咲き誇る。


 少女は少女であることを止めたのだ。

 大地に根を張り、その場に生きることを選んだ。

 成長することで、皆との別れを選び、上位存在へと至る事を確定させた。


「アルセ……?」


 皆が見つめる中、少女は少女であることを止めた。

 マイネフランを見下ろす丘で、少女は一人、大樹となった。

 その決意を、誰が止められるだろう。

 僕には、無理だ。

 アルセ……君は親離れ、するんだね。

 僕はもう、お役御免、かな。


 アニスが力無く見上げる大樹。

 周囲に生い茂った葉に日の光が遮られ、僕らはアルセの木蔭に覆われる。

 きっと、アルセはもう、解脱してしまったのだろう。


 この大樹はアルセの身体を養分に成長した聖樹アルセ。

 アルセ自体はきっと、グーレイたちのいる神の世界へ旅だったんだ……

 だから……世界にアルセが満ちた。

 この世界は神グーレイから神アルセに移譲される。


 アルセはこの世界全てを神の世界から見降ろして、自分の思うように世界を動かせる存在となった。

 外から見るからこそ、この世界を救える方法がある。

 そのためにアルセはこの世界にいることを止めたのだ。


 アルセは選択してしまった。

 僕から離れる決心を。

 皆と離ればなれになる別れを。

 皆をこれ以上悲劇に晒さないために。


 立派だな、アルセ。

 ああ、眩しいくらいに立派だよアルセ。

 そんな事されたら、黙って見てるわけに、いかないじゃないか……


「アルセ……どうして」


 アニスが聖樹アルセを見上げたまま告げる。

 彼女には理解できないのか、いや、したくないんだろうな。

 僕も、そろそろ、覚悟を決めるべきかもしれない、な……


 -------------------------------


 そこは何も無い世界だった。

 暗闇しかない世界で、数人の生物が蠢いている。

 禿げあがった老人のような生物が歓喜に沸いている。


 水のような生物や、風が集まったような生物。青白い炎の生物、黒い世界になお漆黒の流線形の生物もいた。

 そんな中、老人と親しげに会話していた女子高生ルックの女が初めに気付いた。


「アル……セ?」


 メガネの女子高生らしき存在が驚いたように告げる。

 アルセは何も言えなかった。

 ただ、目に溜まった涙を流し、彼女に抱きつく。


 ああ、涙、自分も出せるんだ。

 そんなどうでもいい事に気付く。

 魔物ではなくなった。その事実を理解して、少女は神々の列席に名を連ねることになったことを実感するのだった。

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