その聖樹の森の悪妖花を総統は知らない
「おねーえちゃーん」
聖樹アガスティアの根元にて、踊りながら魔法陣を形作っていたアルラウネの元に、彼女に良く似た黒いアルラウネがやってきた。
見覚えのある彼女にアルラウネははぁっと溜息を吐く。
「もぅ、何の連絡もなくあんな大群送り込んで来てー。びっくりしたんだから」
「あら、嫌だったかしら?」
「んーん。むしろ皆喜んでた」
ありがとね。と小悪魔的に微笑む彼女に、アルラウネは溜息を吐く。
彼女こそが聖樹の森の裏を支配するアルラウネの悪性魔物。
種族名をワルラウネと言った。
「あ、でもね。ねじきったり、ちぎったりすると消えちゃうのは減点かなぁ。死体遊びができないって皆激おこなんだよ?」
「それで皆でこちらに来たのか」
「うん。もう全部壊れちゃったから、もう居ないの?」
「いや、第二陣が来たところだ。見ろ」
指示された指の先には木々を圧し折り進む戦車部隊が見えた。
「あら、とっても重厚、堅そう。遊びがいのありそうな玩具が一杯。遊んでいいの?」
「ええ。ただし、同じ顔の兵士だけよ?」
「ええ。沢山いるから皆それで大満足よ」
ワルラウネがふふっと笑みを浮かべ手を掲げる。
「さぁ、遊んできなさい、我が子たち」
次の瞬間、森の奥から漆黒が動き出す。
無数の黒きワルルーナ、ワルセイデスが一斉に帝国兵向けて駆けだして行く。
森の魔物達により各個孤立し始めていた帝国軍は、新たな魔物の参戦に完全にパニックになっていた。
慌てて逃げる者は蔦に絡め取られ、抵抗する者には蔦が絡みつく。結局どうあがこうと絡み取られるようだ。
一人が一人を拘束するように、ワルルーナたちは黒い瞳で嗤いながら獲物の元へ歩み寄る。
攻撃など、無意味だった。
抵抗など、無意味だった。
気付いた時には既に詰んでいる。
彼らが出てきた時点、否、出てくるより早くに逃げてさえいれば、助かったかもしれない。
しかし、無数のワルセイデス達は蔦で周囲を塞ぎ逃げ場を無くす。
空を飛ぶ戦闘機にはワルルーナの蔦が絡みつき、そのままハンマーを振り下ろすように地面に叩きつける。
「ありゃー。もう爆散したよ?」
「脆いなぁ。よし、私はもっとうまくやるよ」
ワルルーナ達が嗤いながら戦闘機を次々捕獲する。
ワルセイデスは兵士達を取り囲み、ちょこちょこっと近づいては指を折り、近づいては足に噛みつく。
次第身動きできなくなった兵士に、四方八方から一斉に飛びかかる。
突き出た腕が必死にもがき、しかしワルセイデスの包球の中へと消え去って行った。
銃を必死に乱射するツワモノもいた。
彼らのせいでワルセイデスの数体が倒されたが、代わりに首に蔦が巻き付き締めあげる。
銃が零れ、必死に逃れようと両手でかきむしる。
そんな彼の両足にもまた、蔦が絡みついた。
「よーし、いっせーのせ、って言ったら一斉に引っ張ろうね」
ワルセイデス達の遊びは続く。
各所から悲鳴が響き、戦車の群れが蔦に囚われて行く。
マイネフランへの奇襲などこれでは出来るわけがない。
「見て見てー戦車埋めてみた!」
「砲塔出てるじゃーん」
「弾がでるお花なの!」
「捨ててらっさい」
「あいさー」
ベキンゴキンと戦車が蔦に解体されていく。
「なんなんだ……なんなんだあのアルセイデスたちは!? 東大陸の魔物とも図鑑とも一致しないぞ!?」
「ワルセイデス? ワルルーナ? こんな進化知らな……ぎゃあぁぁぁぁっ!?」
「クソ、逃げ道が塞がれてる。殲滅するしかないぞ!」
「殲滅とか出来る訳ねーだろっ!!」
兵士達が泣きそうな顔で叫んでいる。
そこに殺到して行くワルルーナとワルセイデスの群れ。
そんな光景を見つめながらワルラウネはうんうん。と満足げに頷いた。
「じゃあお姉様。私も玩具箱で遊んで来ます」
「後片付けもちゃんとするのよ」
「気が向いたらね」
姉の居るアガスティアから離れ、ワルラウネは帝国兵へと向かって行く。
「ほーら麻痺花粉、眠り花粉、幻惑花粉のハイブリッドよ。喰らいなさい」
眠る者麻痺る者、そして幻覚を見た者がその場で踊るように恐れ始め、何かから逃げだす。
その先にはワルラウネ。
嬉々とした表情で両手を開いた彼女に男は迷いなく飛び付いた。
「はーい、寄生吸収」
男を抱きしめるワルラウネ。その身体に、男は徐々にめり込んでいく。
「さぁって、あの戦車っていうのはどれだけ楽しませてくれるかな? ワルラちゃんが美味しく頂いちゃうぞ」
阿鼻叫喚の森の中、アガスティアの木の側で、アルラウネは沈痛な顔で溜息を吐く。
ワルラウネたちを解き放ったのは失態だっただろうか? だが、聖樹の森を守るなら、彼女達の手伝いがあった方が効率が良いのだ。
手に負えない悪行三昧だったために奥の森に押し留め妹をその管理者にしてみたのだが、数百年ぶりに会った彼女はしっかりワルラウネへと進化してしまっていた。
あの森やこの凶悪な種族には、アルセを会わせられないな。そんな事を思うアルラウネであった。




