プロローグ・その少女の決別を誰も知らない
音楽が鳴っている。
彼が弾いていたピアノの曲だ。
ずっと、その曲が鳴り止んだことは無い。
名前は何だっただろうか? 少し前はドナドナ? も一つ前は翼をください。
いくつかの曲が繰り返し流れる。
でも、今は……
最近はずっと、その曲だけが流れていた。
大きなノッポの古時計という奴だ。正式な名前は知らない。
曲自体はありふれたものだったが、彼女にとっては違う。
それは彼と過ごした日々を告げるモノであり、同時に別れを告げる曲でもあった。
自分の自我が目覚めてから、ずっと一緒に居た彼。
成長する姿もずっと側で見守っていてくれた彼。
いつの日も、いつまでも、自分と共に過ごしてくれていた。
家族のような仲間たちが出来た時だって、別れがあった時だって。ネッテが花嫁になった時だって。ずっと一緒に歩んで来たのだ。
だから、ずっと、だから……ずっと――
ずっと、今が続けばいいと思っていた。
何も無い空間に、振り子時計が一つ。
少女はその時計の針を、止めていた。
ずっとずっと止めていたかった。もっと皆と楽しんでいたかった。
指先で必死に、振り子が動くのを止めていた。
見て見ぬふりでずっと動かすつもりは無かった。
でも、もう、子供のままでいる時間は終わり。
嘆きと悲しみはもういらない。
だから、時間を進めよう。
もう子供のままでは居られない。
例え今の絆が離れ離れになるとしても、皆の哀しい姿は見たくないから。
だから少女は、遠慮を止めた。成長しないことを、止めた。
振り子時計から手を離す。
涙の出ない瞳で泣いて、歩きだす。
もう、振り子時計に振り向かない。
鳴り響く。
古時計がベルを鳴らし、その時を伝え始める。
別れの日が、やってきたのだ。
緑の少女は幼い姿からゆっくりと年を重ねて行く。
成長を、始めよう。反撃を、始めよう。神の奇跡を、始めよう
さぁ、始めよう皆。
ここから先は、私の世界だ。




