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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第四話 そのかけがえなき犠牲を彼女は知りたくなかった
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エピローグ・その少女の慟哭を僕は知りたくなかった

 それは人々の眼に焼き付いた。

 黒き戦闘機。

 絶望を運ぶ悪夢に、マイネフランに居た誰も彼もが止める術を持たなかった。

 だから、誰かどうにかしてくれと、神に祈るように上を見た。


 そこに、一瞬、神の御使いとすら思える巨大な鳥が飛翔した。

 大空を覆い、人々に影を落とし、雄大に、盛大に、翼を打って。

 空が歓喜に沸いた。

 世界が鳴動した。

 その翼を押し出すように、空気が振動する。


 満を持したように飛翔する。

 無数の鳥たちに見送られ、そいつはただひたすらに、前へ。

 核爆弾が切り離され落下する、その刹那。爆撃機諸共に飲み込み空の彼方に去って行く。


 人々はただ見上げた。

 舞い散る羽根と滴の煌めきが残されるのを、ただ、見つめた。

 誰も何が起こったのか理解できなかった。されども自分たちが直面した悪意の一撃がそいつによって取り除かれたことを知った。


 生還の歓喜などなかった。

 自分達を救うため、遥か彼方へと飛翔するそいつが、命を散らす姿を見せつけられたから。

 誰も、よくやった。など言えなかった。言えるわけがなかった。


 それはきっと、英雄だった。

 全ての人が絶望に沈む時、たった一人現れ脅威を取り除く。

 己の命を賭して人々を救う者。


 殆どの者は名も知らない魔物。

 巨大な鳥達を束ねるボス的存在。

 本来であれば冒険者に討伐される側の存在。

 それでも、マイネフランに住む全ての者が涙した。


「おお……おおぉ――――――――……」


 涙を流すことは無かった。

 ただ、僕の眼の前で、彼女が泣いていた。

 ずっと、一緒に居られると思った仲間たち。

 離れてもきっとずっと一緒だと、何度か皆で集まって、大きくなったね、老けちまったな。なんて言い合う未来がある。そう思っていたのだ。


 その鳥は、アルセにとってもお気に入りの仲間だった。

 その体内に乗って、艦長になって、沢山の場所を旅した。

 その鳥だってアルセと一緒に世界中を飛び回るのを楽しんでいた。


 どうして、あいつなのか。

 どうして、あの鳥じゃ無ければならなかったのか。

 どうして……誰か止めて等と叫んでしまったのか。


 アルセの慟哭が響く。

 それは風に乗って大地に乗って、世界中へと響いて行く。

 後悔の念が聞こえるようだ。

 でもアルセ、きっと、彼女しか、いや……そうか。そうだよな。

 彼女だけじゃ無かった。


 エアークラフトピーサンが死ぬ必要は無かったんだ。いや、そもそも……

 この世界の住人が地獄を味わう必要は無かった。

 そう、僕が、力を使いさえすれば……


 バグの力があれば、核爆弾だって無害になった筈だ。

 僕が、力を使っていれば……

 でも、それはすなわち僕の消滅を意味する。


 僕にはそれはできない。したくない。

 エアークラフトピーサンみたいに、アルセの為に命を差し出すなんて……

 恐い。死ぬのが怖い。

 一度は死を選んだのに、アルセと一緒にいる時が楽しかったから。

 リエラ達と一緒にもっと居たいから……


 ……でも。

 アルセを悲しませるのは、もっと、嫌だな……


 ゆっくりと、僕は空を見上げる。

 女神の勇者たち。君たちはなぜこの世界に来たんだ?

 この世界の住人達に何の恨みがあって……


 ---------------------------------------


 アルセが嘆き、誰にも見えない誰かが女神の勇者への怒りを燃やす頃、世界中で異変は起こっていた。

 少女の嘆きは風に乗り、世界中に轟いたのだ。

 だから、彼らは一斉に空を見上げた。

 世界中の魔物達が、一斉に。


 新たな神の慟哭が聞こえる。

 新たな神の産声が聞こえる。


 我らが神の嘆きを聞いた。

 ならば……往かねば。




 少女の嘆きが駆け抜ける。

 天を突く巨大な大樹のその上で、ヴィゾフニールは卵と共に夕暮れの空を見つめていた。

 もう、二度と出会えぬ押しかけ妻に、短く一声、哀しげに嘶いた。




 少女の慟哭が響く。

 瓦礫を押しのけ、アカネはゆらり、立ち上がる。

 消滅したルグスが渦を巻きながら再生する。

 ゆっくりと顔を上げ、世界を見る。


 グーレイ教本国が、消えていた。

 誰も居ない、何も無い。国すらも亡い。

 見事な焼け野原。生けとし生ける者を消し飛ばし、放射能による汚染が広がる死の大地。

 そこに、猫のような影が焼き付いていた。

 ルグスは膝を突き、影を見つめる。


「おお……にゃんだーたちよ……なぜ……」


 ルグスの嘆きに答える者はいない。

 嘆く二人にも、アルセの慟哭が聞こえていた。

 アカネは小さく呟いた。憎悪と共に呟いた。


「……やってくれたな、クソ勇者共」




 赤く燃ゆるコーカサスの森。

 炎に彩られた森を、一人のエルフがゆっくりと進む。

 怒りの炎を瞳に宿し、エンリカが森を征く。

 その前方に、木に寄りかかるアルベルトとクーフ。


 エンリカが通り過ぎる。二人は無言でエンリカの後ろを歩きだした。

 その瞳には、恨みがあった。

 その表情には、決意があった。


 また、前方に、セレディが待っていた。

 その隣にはバズが。

 思いは同じ、エンリカと共に、二人もまた、歩きだす。


 燃える森を抜け、光溢れる平原へ。

 その平原を埋め尽す無数の人。人。人。

 不良たちが座り込み、彼らの到着を待っていた。

 レディースとツッパリの群れが一斉に視線を向ける。

 オークやスマッシュクラッシャーの群れも、古代人の精鋭部隊も、モーネットを始めとした冒険者達も待っていた。


 彼らを代表するように、座り込んでいた辰真が立ち上がる。

 ばさり、ガクランを靡かせバイクに跨る。

 行くんだろう? 眼が言っていた。


 エンリカが、バズが、辰真が、クーフが、アカネが、ルグスが、アルセの嘆きに立ち上がる。


「待ってなさい……生まれてきたことを後悔させてあげる。だから……」


 ここからが、反撃だ――

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