AE(アナザー・エピソード)その決意の特攻を彼女達は知りたくなかった
―― お願い、誰か…… ――
それは空耳かもしれなかった。しかし、確かに聞こえた。
遥か彼方から迫る鋼鉄の鳥。その鳥に抱かれた鋼鉄の卵は、絶対に落としてはならないものだ。
彼女もそれは本能で察した。
しかし、打つ手を持つ存在は居ない。
勇者の連撃も鋼鉄の鳥を破壊するには至らず、マイネフラン上空へと悪夢が近づいて来る。
ハーピー達が必死に止めようと近づく。
鳥達もなんとか止めようと魔法を打ち込む。
しかし、漆黒の鳥は止まらない。
平べったいフォルムに音速を越えるその鳥を止めるに至らない。
彼女は静かに目を閉じる。
思考の海に流れるのは、今までの日々。
ただの魔物として生きていた時期、ウミネッコ艦長たちと空を飛び交い、彼らを吐き出し魚を取っては内燃機関の足しにしていた。
ある時、彼女はアルセに出会った。
地上を無様に歩く生物の一人、そんな認識だったのに、アルセ姫護衛騎士団にノされ、地面に這いつくばることになった。もう、自分の命は終わる、そう思った。でも……
アルセに命を救われ、知恵の実を貰った後は、楽しい時間しかなかった。
今までとは違う、空を自由に飛べる彼女が初めて知った広がる世界。
一緒に冒険は出来なかったが、彼女達を乗せ、幾つもの地域を飛んだ。
ワイワイと賑やかな彼らを目的地に送り届ける。それのなんと誇らしい事か。
思考の海を数々の楽しい思い出が流れて行く。
出会いは、きっと生きてきた中では短い時間だ。それでも、ただただ生存のための生活ではなく、彼らと共に飛行する日々は、彼女にとってあまりにも新鮮で、あまりにも充実した日々だった。
番いだってできたし、子供だって生まれた。
卵のままだが、きっと夫となったヴィゾフニールが見てくれるだろう。生まれた命が健やかに育つことを祈る。
もっと、冒険したかった。アルセの向う未知の大陸へ、未知のダンジョンへ、広がる世界の最果てへ。彼女を乗せて向いたかった。
懐かしみながらも、しかし彼女は決意と共に瞳を開く。
ウミネッコ艦長。命令をお願いします。
全軍、退艦してくださいと。
ウミネッコ艦長は突然の念話に驚きを露わにした。
何しろ彼女の命令は、一つの事を差していたからだ。
ダメだ。ソレは出来ない。艦長の言葉に、彼女は首を横に振る。
勇者もだめ、他の誰かもアレを止められない。
あの卵が放たれた瞬間、全てが終わる。
ならば、あの子の哀しい顔を見ないために。できることを、させてください。
艦長は叫んだ。何度も、考え直すように。
しかし、彼女は既に覚悟していた。
時間もない、自分が指示を出さなければ、皆を連れたまま彼女は向かってしまうだろう。
結局、艦長は皆に脱出を告げざるをえなかった。
彼女の周囲を飛び交いだす無数の鳥たち。
その数は五千羽を超えていた。皆、なぜ外に出されたのか分からず抗議の声を出している。
最後に、ただ一人艦内に残ったウミネッコ艦長がミャーと一声鳴いた。
艦長? 艦長席に座る彼の感覚に彼女は戸惑う。
ウミネッコ艦長は脱出しようとはせず、艦長席から微動だにしない。
そんな彼が、言うのだ。
一人くらい……一緒に逝く奴が居てもいいだろう?
艦長席に座った彼は、ゆっくりを息を吐く。
私が一番、君と共にあったのだ。番いとはなれなかった身ではあるが、最後まで、一緒に居させてくれ。
彼女は泣いた。彼の決意も自分と同じくらい堅いと分かってしまったから。
だから、ありがとう。それだけを口にする。
鉄の鳥から卵が離れる。その刹那。
彼女は翼を力強く打ちつけた。
持てる全力で羽ばたく。
誰かがやらねばならなかった。
放たれた悪夢がマイネフランを覆い尽くし、死を振りまくのを止めるには、やれる存在が、やらねばならなかったのだ。
それがたまたま、彼女しか居なかった。それだけのこと。
もっと、一緒に冒険したかった。皆の笑い声を聞いていたかった。あの子の笑顔を世界に運んでやりたかった。
涙を流し、エアークラフトピーサンが羽ばたく。
翼が空を撃ち据える。
音速を越え、空気の壁を粉砕し、光速のその先へ。
切り離された鋼鉄の卵を、鋼鉄の鳥ごと体内へと飲み込む。
そのままの速度でさらに先へ。
大地を越え、海の先へ、ずっと遠くへ……
涙がこぼれる。
マイネフランに、無数の羽根が舞い散った。
エアークラフトピーサンの命が削れて行くように、彼女の羽根が空をゆったりと落下していく。
零れた涙が羽根に交じり、輝く命の煌めきを、夕焼け空に虹として残して行く。
誰もが空を見上げていた。
絶望が弾けるその瞬間を、思わず見上げてしまった。
そして、見た。
大空を雄大に、荘厳に、流麗に。
煌めく羽根を無数に散らし。
たった一羽の鳥が舞う。
茜色に染まる空。
マイネフランの王城屋根に、無数の鳥達が留まる。
全てを察してしまった。
自分達を残し命を賭した母艦鳥。彼らはただひたすらにその雄姿を見つめるしか出来なかった。
彼らは一様に涙を流し、ただただ羽で敬礼と共に、遥か空へ飛び去るエアークラフトピーサンの後ろ姿を見送っていた。
カインもアルセも誰もかも、遠ざかって行く一羽の巨大鳥を見上げる。
一瞬の出来事で、何が起こったのか理解すら出来なかった。
ただ、気が付けば、その鳥が羽ばたき、脅威を連れて去って行った。
黄昏の空、夕焼けが沈み始めた海の上。
遥か遠くのその先に、小さく、小さく……けれど確かな、爆発があった――




