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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第四話 そのかけがえなき犠牲を彼女は知りたくなかった
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AE(アナザー・エピソード)その決意の特攻を彼女達は知りたくなかった

 ―― お願い、誰か…… ――


 それは空耳かもしれなかった。しかし、確かに聞こえた。

 遥か彼方から迫る鋼鉄の鳥。その鳥に抱かれた鋼鉄の卵は、絶対に落としてはならないものだ。

 彼女もそれは本能で察した。

 しかし、打つ手を持つ存在は居ない。

 勇者の連撃も鋼鉄の鳥を破壊するには至らず、マイネフラン上空へと悪夢が近づいて来る。


 ハーピー達が必死に止めようと近づく。

 鳥達もなんとか止めようと魔法を打ち込む。

 しかし、漆黒の鳥は止まらない。

 平べったいフォルムに音速を越えるその鳥を止めるに至らない。

 

 彼女は静かに目を閉じる。

 思考の海に流れるのは、今までの日々。

 ただの魔物として生きていた時期、ウミネッコ艦長たちと空を飛び交い、彼らを吐き出し魚を取っては内燃機関の足しにしていた。


 ある時、彼女はアルセに出会った。

 地上を無様に歩く生物の一人、そんな認識だったのに、アルセ姫護衛騎士団にノされ、地面に這いつくばることになった。もう、自分の命は終わる、そう思った。でも……

 アルセに命を救われ、知恵の実を貰った後は、楽しい時間しかなかった。

 今までとは違う、空を自由に飛べる彼女が初めて知った広がる世界。

 一緒に冒険は出来なかったが、彼女達を乗せ、幾つもの地域を飛んだ。

 ワイワイと賑やかな彼らを目的地に送り届ける。それのなんと誇らしい事か。


 思考の海を数々の楽しい思い出が流れて行く。

 出会いは、きっと生きてきた中では短い時間だ。それでも、ただただ生存のための生活ではなく、彼らと共に飛行する日々は、彼女にとってあまりにも新鮮で、あまりにも充実した日々だった。

 番いだってできたし、子供だって生まれた。

 卵のままだが、きっと夫となったヴィゾフニールが見てくれるだろう。生まれた命が健やかに育つことを祈る。


 もっと、冒険したかった。アルセの向う未知の大陸へ、未知のダンジョンへ、広がる世界の最果てへ。彼女を乗せて向いたかった。

 懐かしみながらも、しかし彼女は決意と共に瞳を開く。

 ウミネッコ艦長。命令をお願いします。

 全軍、退艦してくださいと。


 ウミネッコ艦長は突然の念話に驚きを露わにした。

 何しろ彼女の命令は、一つの事を差していたからだ。

 ダメだ。ソレは出来ない。艦長の言葉に、彼女は首を横に振る。


 勇者もだめ、他の誰かもアレを止められない。

 あの卵が放たれた瞬間、全てが終わる。

 ならば、あの子の哀しい顔を見ないために。できることを、させてください。


 艦長は叫んだ。何度も、考え直すように。

 しかし、彼女は既に覚悟していた。

 時間もない、自分が指示を出さなければ、皆を連れたまま彼女は向かってしまうだろう。


 結局、艦長は皆に脱出を告げざるをえなかった。

 彼女の周囲を飛び交いだす無数の鳥たち。

 その数は五千羽を超えていた。皆、なぜ外に出されたのか分からず抗議の声を出している。

 最後に、ただ一人艦内に残ったウミネッコ艦長がミャーと一声鳴いた。


 艦長? 艦長席に座る彼の感覚に彼女は戸惑う。

 ウミネッコ艦長は脱出しようとはせず、艦長席から微動だにしない。

 そんな彼が、言うのだ。


 一人くらい……一緒に逝く奴が居てもいいだろう?


 艦長席に座った彼は、ゆっくりを息を吐く。

 私が一番、君と共にあったのだ。番いとはなれなかった身ではあるが、最後まで、一緒に居させてくれ。

 彼女は泣いた。彼の決意も自分と同じくらい堅いと分かってしまったから。

 だから、ありがとう。それだけを口にする。


 鉄の鳥から卵が離れる。その刹那。

 彼女は翼を力強く打ちつけた。

 持てる全力で羽ばたく。


 誰かがやらねばならなかった。

 放たれた悪夢がマイネフランを覆い尽くし、死を振りまくのを止めるには、やれる存在が、やらねばならなかったのだ。

 それがたまたま、彼女しか居なかった。それだけのこと。

 もっと、一緒に冒険したかった。皆の笑い声を聞いていたかった。あの子の笑顔を世界に運んでやりたかった。

 涙を流し、エアークラフトピーサンが羽ばたく。


 翼が空を撃ち据える。

 音速を越え、空気の壁を粉砕し、光速のその先へ。

 切り離された鋼鉄の卵を、鋼鉄の鳥ごと体内へと飲み込む。

 そのままの速度でさらに先へ。

 大地を越え、海の先へ、ずっと遠くへ……


 涙がこぼれる。

 マイネフランに、無数の羽根が舞い散った。

 エアークラフトピーサンの命が削れて行くように、彼女の羽根が空をゆったりと落下していく。

 零れた涙が羽根に交じり、輝く命の煌めきを、夕焼け空に虹として残して行く。


 誰もが空を見上げていた。

 絶望が弾けるその瞬間を、思わず見上げてしまった。

 そして、見た。


 大空を雄大に、荘厳に、流麗に。

 煌めく羽根を無数に散らし。

 たった一羽の鳥が舞う。

 

 茜色に染まる空。

 マイネフランの王城屋根に、無数の鳥達が留まる。

 全てを察してしまった。

 自分達を残し命を賭した母艦鳥。彼らはただひたすらにその雄姿を見つめるしか出来なかった。

 彼らは一様に涙を流し、ただただ羽で敬礼と共に、遥か空へ飛び去るエアークラフトピーサンの後ろ姿を見送っていた。


 カインもアルセも誰もかも、遠ざかって行く一羽の巨大鳥を見上げる。

 一瞬の出来事で、何が起こったのか理解すら出来なかった。

 ただ、気が付けば、その鳥が羽ばたき、脅威を連れて去って行った。


 黄昏の空、夕焼けが沈み始めた海の上。

 遥か遠くのその先に、小さく、小さく……けれど確かな、爆発があった――

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