その写真の存在を彼女たちは知らない
カインたちに付いてやってきたのは、賑わいを見せる町だった。
どう言い表わせばいいのだろうか。
ファンタジー系ゲームに出てきそうな石やレンガで出来た建物が立ち並ぶ、石畳の町。とでもいうべきだろうか?
間違っても僕のいた日本の町並みには程遠かった。
やっぱり異世界なんだなぁ。と納得させられてしまう光景だった。
きょろきょろしながら彼らに付いていく。僕が迷子になったら最悪二度と会えなくなりそうだしね。
露店が主な商業らしく、果物系が売られている。
リンゴは無かったけれどなぜかミカンはあった。
バナナに似たオレンジ色の物体や、洋ナシも存在していた。
僕は気付かれないように洋ナシを一つ拝借して食べておく。
さすがに朝から何も食べていないのでお腹が減ったのが理由だけれど、少し罪悪感がでる。でも、気付かれなかったらしい。
透明人間の醍醐味だと腹を括ろう。食べなければ死んじゃうし。
「とりあえず、金を作るにも換金所に行くけどリエラはどうする?」
「当然ご一緒します。できれば、その後剣を見に行きたいですけど……」
戸惑うように口ごもるリエラは、ネッテを覗き見る。
「いいわよ。値段交渉はカインがやってくれるから、多少高いのでも選ぶべきだわ」
「そりゃいいけどよ。アルセが暴走しないように見とけよ。こいつに武器屋で踊られたら大惨事だ」
カインの言う事はもっともだった。
商品を振りまわして他の商品や店を壊したら剣を買うどころじゃない。
下手をすれば借金まみれになりかねない。
それを理解しているのかいないのか、リエラは笑いながら頷いてみせる。
心配だから僕が見ておくことにしよう。
アルセが暴走したらこの三人が可哀想だし。
「でも、よかったんですか? 町に魔物連れて来ちゃって」
「あーいいのいいの。モンスターテイマーとか職業にしてる人もいるしね。その類と思われるだけよ。一応、後でギルドに登録しとくわ。私が飼い主ってことにしとけばまず討たれたりしないから」
ネッテの口ぶりからすれば、彼女は何か凄い役職とかなのだろうか。ギルド長とか?
しかし、換金所に向う今の状態では、アルセはただの野良魔物。
行きかう人が思わず二度見をする程注目を集めていた。
当のアルセは僕の横で、木の枝を振り振り歩いている。
終始楽しそうなのは町が物珍しいからだろうか?
ずっと見ていると、不意にアルセが微笑んで来た。
思わず自分に向けられたのかと思うけど、僕は彼女に認識されていないのだ。
そりゃ、真横にいるということは理解されているだろうけどさ。
そんな事を思っていると、リエラがこちらを振り向く。
アルセの視線を流し見て、僕の方へと訝しげな視線を送ってきていた。
でも、やっぱり確証が持てなくて、首を捻る。
そこに誰かがいるような態度をアルセが取っているのだが、まったく見えないからだろう。
近いうちに、正体バレるかもしれないな。それでもリエラ相手にはもうしばらく隠し通そう。胸揉んだのばれたら大変だし。
「どうしたのリエラ?」
「え? いえ、なんでもないです」
「お、着いたぞここだ」
カインの声にネッテとリエラは顔を横に向け、カインの向う先を見る。
「あれ? ここ武器屋ですよね」
「何? リエラはどこで換金してたの?」
「あの、冒険者ギルドに入ったのがつい先日なので、まだ一度も……」
まさに新米冒険者。全くの無知もいいところだった。
「ギルドで示された正規の換金屋は知ってるだろ」
「はい。確か王城の近くにある奴ですよね」
「あそこはぼったくりだからやめとけ。10万ゴスのアルセイデスの蔦が5万ゴスでしか買い取っちゃくれねぇし」
「せっかくだし、カインの交渉術覚えちゃいなさいよ。かなり役に立つから」
僕にもそれは役立つ技術だろうか?
交渉できないから覚えても無駄か。
ともかく、三人が武器屋に入ってしまったのでアルセを連れて僕も入ってみる。
「よぉ、まだ生きてたのかカイン」
「毎回その挨拶はどうかと思うぞおやっさん」
カウンターには見事に禿げ上がった筋肉質の男が一人。
カインを見つけると朗らかな笑みで笑った。
彫の深い顔立ちと、口元にある濃い髭がなんとも似合っている3~40代の男だった。
「おおっ、なんだカイン。一丁前に両手に華とは隅に置けねぇなぁ」
「羨ましいか? おやっさんには縁遠い程に美人だろ」
意地悪そうに笑いながら、カインはカウンターに肘掛ける。
そして腰元に結ってあった革紐を解き、革袋から戦利品を取りだす。
「買い取りだ。鑑定頼むわ。いつも以上の高額よろっ」
「リア充に死をっ。誰が貴様なんぞにサービスするか」
唐突に、両者のこめかみに青筋が浮かんだ。
「そこをなんとかしよぜおやっさん、俺とおやっさんの仲だろ?」
「黙れイケメン豚野郎。とっとと帰ってクソして寝てなッ」
両者無言で睨み合う。
不意に、カインが懐から何かを取りだす。
おやっさんは、それを見て、カインを見る。
「それで俺の心が動くとでも思うのか?」
カインは答えず、手にした薄っぺらな四角い何かを手で動かす。
カードか何かだろうか?
気になった僕は見えないのをいいことに、彼らに近づくことにした。
カインが持っている何かが横にスライドされ、二つに増える。
その瞬間。おやっさんの目が大きく見開かれ……あれ、写真?
この世界にも写真があったのか。と思って気付いた。
そこに映っていたのは、ネッテの寝姿。
そしてリエラの寝姿という二枚の写真だった。
「し、新キャラは卑怯だぞカイン……」
「ふふ、奥の手を見せてやろう」
そして、三枚目の写真。
そこに映っていたのは、見上げるような視線で目を潤ませるアルセの写真。
指をしゃぶっている所がまたなんとも……
「……カイン。我が心の友よ、二割増しにしておこう」
「さすがおやっさん。大好きだぜ」
見事に落とされたおやっさんだった。
おやっさんは後ろの女性二人に気付かれないよう写真を受け取り、鑑定を開始。
その間にリエラの剣を見定めることになった。
「どんなのがいいんですかね?」
「そうねぇ。普通ならロングソードだけど。あんたすぐダメにしそうだから硬い方がいいんじゃない? ナイトブローバーとかどう? 両手用のツヴァイハンダーとかは?」
「ちょっと重過ぎて私じゃ……」
剣に見入っているネッテとリエラ。
それを見ながらカウンターに肘を掛けたカインが気付いた。
「アルセッ」
血相変えて叫ぶカイン。
その声に、その場にいた全員がアルセに気付く。
今、誰の制止も無いままにアルセが持ち上げようとしているのは、超巨大な鎚。ギガントパイル。
冗談でも手に持てる部類に入らないものだった。
というか、普通にアルセの二倍以上の長さを持っている。
しかも鎚の部分が上。倒れてきたらまず助からない。
「やめ……っ」
立て掛けてあった場所から無理矢理持ち上げると、今度は逆にアルセに向い倒れ出す。
「アルセッ」
僕とカインの声が重なる。同時に走りだし、アルセの盾に……
無理だ、間に合わな……
が、それは杞憂というものだった。
危機に瀕したアルセは即座に力を解放。
武器屋の床を突き破り出現したマーブル・アイヴィにより、ギガントパイルが絡め取られる。
カインはそれを見て足を止めたが、僕はそのままアルセに駆け寄り、彼女を抱いてギガントパイルから距離を取る。
安全を確保してからアルセを床に戻すと、ネッテとリエラが駆け寄ってきた。思わずアルセから離れる。
二人に抱きしめられ無事を確かめられるアルセは、なぜそんなことをされているのか分からないのだろう。指を咥えて首を捻っていた。
「おいカイン。店壊す気か。つか壊したなッ」
「俺のせいかよっ。つか悪りぃ。床壊れたな……」
「気にすんな。アルセイデス見るなんざ久しぶりだ。よくテイムできたな」
「あ、ああいや……テイムはしてないんだがな……」
カインは頬を掻きながら、おやっさんに洗いざらい説明を始めてしまう。
いいのか? それ言っちゃって。
まぁ、このおやっさんに全幅の信頼を置いてるからだろうな。




