AE(アナザー・エピソード)その夫婦の絆を僕等は知らない
「ひ、引くなッ、撃ち続けろッ!」
腰が引けるのを必死に押し留めながら男が叫ぶ。
銃弾の嵐が吹き荒れるが、目の前の生物は一つも当ることなく右へ左へ、超高速で木々を蹴りつけ移動している。
こんな化け物がいるとか聞いてない。
新日本帝国兵たちは戦慄せざるを得なかった。
オークを蹂躙した。そこまでは想定通りだった。
セルヴァティア包囲部隊の一部が合流前に邪魔なオークの集団を粉砕した。それだけの筈だったのだ。
まさかそれが、エンリカ・える・ぱにゃぱ率いる家族であったなど分かるはずもない。
七大罪の凶悪さくらいは知っていたが、彼女がそうだなどというのは考えにも及ばなかった。
先程なんとか捉え、相手の能力を確認したことで気付けたのだが、正直敵対すべき存在ではなかった。
彼女が木々を飛び移る度に兵士が数人消されている。
今や彼らは狩人ではなかった。狩られる獲物だ。
必死に銃を撃ちまくっているが、一つも当る気配がない。いや、いくつか当っている筈だが血を噴き出しながらも気にすること無く攻撃を加えて来るエンリカに、兵士たちはどんどん数を減らしていた。
もはや咆哮すらない。
ただただ機械のように的確に獲物の息の根を止めて行く。
ズダンズダンと木々を移り変わる時の着幹音が連続して響くだけだ。
左右だけならまだ狙い撃ちが出来た。
縦横無尽に飛びかかられれば銃口を向ける間に狩られるだけになる。
もはや適当な場所にランダムに撃ち続けるしか相手を仕留めることなど出来そうにない。
だから彼らは同志討ちも気にせずひたすらに虚空を打ち抜いて行く。
「ぜ、全員密集!」
始め、万を超す兵士がいた筈だった。
気のせいだろうか、既に両手で数えられる人数に減っている。
ああ、また一人、首が消えた。
「ち、畜生。なんなんだよこいつは!?」
「俺らと同じ七大罪だろ。クソ、ここまで危険だとか聞いてねぇ!」
「対軍兵器や攻城兵器が数百台居てようやく仕留められるバケモノだろ。撤退するしかねぇ」
「無理だろ。逃げた瞬間背中からやられるぞ!」
全員、既に逃げ場は無いことは気付いていた。
方法は、たぶん一つだけだ。
やるなら人数が多い時しかない、今より少なくなれば勝ち目は無くなってしまう。
「クソ、俺がやる、全員、頼むぞ!」
「了解!」
「お前は二階級特進だな。増殖の二等兵」
「あれ、俺伍長じゃなかったっけ?」
「それ俺だし!」
「俺、少将」
「「お前にゃ聞いてねェ」」
自分同士でわめきながら増殖の勇者たちが動き出す。
唐突に逃走に走る一人の兵士。
当然エンリカが逃す筈がない。
突撃した彼女が首を狩るその刹那、男は思い切り振り返りエンリカに抱き付いた。
首が吹き飛ぶが決死の抱き付きでバランスを崩したエンリカが地面に転がる。
そこへ向けられる無数の銃口。
「今だ、一斉射!」
「ブヒァッ!!」
無数の発砲音が鳴り響く。
皆、全力射撃だ。全ての弾丸を撃ち尽くすつもりの連撃は、確実にそこにいた人物を肉塊へと変えて行く。
そしてしばらく、土煙が舞い起こる中、銃の空打ち音がいくつも鳴り始める。
「やった……か?」
「終わってくれ、もう銃創が空だぞ……」
男達は天の女神に祈る。
死んでいてくれ。そうでなければ俺たちの敗北が確定する。
否、肉塊が踊っていたのは土煙の蔭で見えていた。
緑色に見える豚が一匹割り込んだ気がしたが、諸共に打ち抜いた、その筈だ。
土煙が晴れる。
そこには……一体分の肉塊があった。
首を無くした肉塊が……
「あ。ああ……」
咄嗟に割り込みエンリカを御姫様抱っこで救いだし、土煙の向こう側で背中を向けて銃弾に耐えきった一匹のオーク。そいつは防具にしこたま撃たれた銃弾がぽろぽろと地面に落ちると同時に立ち上がる。
「ブヒ」
「あ。あなた……?」
正気に戻れ。そう言われた気がして目を見開くエンリカ、彼女を立たせ、バズは背中に背負っていた斧を引き抜く。
否、それは斧というにはあまりにも長い柄。
むしろハルバードと言った方がしっくりするその武器を構え、帝国兵へと向き直る。
「ブヒ……」
我が妻を、そして子供達を……
押し殺した声でバズは告げ、次の瞬間爆発した。
「ブヒァアアア――――ッ!!」
傷付けたのは貴様らかァ――――ッ!!
叫ぶと同時に突撃して来たオークに思わず銃口を向ける兵士達。
引き金を引くが銃弾が出て行かない。
当然だ。ついさっき撃ち尽くしたばかりである。
「ま、マガジンの変更を……あ」
慌ててマガジン交換しようとした男がマガジンを取り落とす。
皆が皆恐慌状態に陥っていた。
それでも反撃しようと武器で応戦するも銃身を切り裂かれ、ヘルメットを割られ、身体を切り裂かれる。
「く、クソ、オークなんかにぃっ」
「ブヒァッ!」
さらに背中から斧を引き抜き、接近戦を始めるバズ。
落ち付きを取り戻したエンリカも超高速で追い付き拳を使って共闘する。
兵士達が全滅するまで、幾らも掛かりはしなかった。




