AE(アナザー・エピソード)その一人と一羽の闘いを僕等は知らない
その日、一羽の鳥が飛翔した。
東大陸をマホウドリという名の鳥が、一人の少女を乗せて飛翔する。
亜麻色の髪の少女はただ只管に前を見つめる。
彼らは今、たった一つの目的の為に空を駆けていた。
新日本帝国の世界侵攻作戦。想像以上の戦力に、各国は徐々に押され始めている。
このままでは本当に世界が壊される。
だから、頼まれた。
あなたなら出来ると。あなたにしか出来ないのだと。
リエラ・アルトバイエはぎゅっと拳を握る。
皆から離れ、たった一人になるのは心細い。こんな状況は、きっとアルセと出会う前。一年とちょっとしか経ってないが、その頃が懐かしく思える。
たった一年程前のこと、リエラはただの新人冒険者だった。あの時以来だ。
下級の魔物と闘い、殺されそうになって、本来ならば、そこで命を終えるだけの下級貴族の娘でしかなかった。
だけど、出会ったのだ。緑の少女と、あの人に。
それから先の冒険は、あまりにも濃厚だった。
森の中の冒険も、遺跡での冒険も、ゴブリンの襲撃も。本来自分では生き残れない筈の冒険を、増える仲間たちと共に冒険してきた。
辛い日々があった。病気で死を覚悟したことも。でも、いつも……
いつも彼は側にいた。辛い時、死にそうな時。リエラの側で、皆を助け、誰も気付いてすらくれないのに、彼は必死に皆を助けてくれたのだ。
そんな彼が最後の力を使ってしまう前に、リエラが敵を打ち倒す。その為に今、マホウドリのマホと共に空を駆ける。
ずっと続けたかったのだ。
アルセ達との冒険を。辛いことも楽しいことも、皆と一緒に背負い込み、世界各地のまだ見ぬ場所を見に行きたかったのだ。
まだまだ彼らの知らない綺麗な場所や、前人未到のダンジョンなど、冒険してない場所はまだまだ沢山あるのだ。
そんな素敵な世界が、新日本帝国とかいう女神の勇者どものせいで崩壊するなど、許容できる筈がない。だから、彼女は元を断つ為に飛翔した。
リエラが目指すのは新日本帝国本国に居る勇者たち。首魁を打てばきっと止まる。
そう信じて、たった一人、マホと共に空を行く。
不意に、風が悲鳴を上げた。
首を横に傾けると、頬を掠る弾丸。
どうやら防衛施設の上を通過したことで捕捉されたようだ。
瞬く間に銃弾の雨が真下から襲って来る。
マホが防壁を展開。
自身は守るモノのリエラまでは届かない。
「マホゥ!」
ちょっと待って、今直ぐ魔法を唱え直す。そう告げようとしたマホに、リエラは首を振る。
「いい。気にせず飛んでッ。私はアルセの御蔭でまず死なない。だから、遠慮はいらない。駆けて!」
銃弾の雨に晒されながら、一羽の鳥が飛翔する。
無数の弾幕に穿たれながら、時に剣を引き抜き銃弾を弾き、マントを使って受け止める。
超回復超速再生のスキルが無数の銃弾に穿たれようともリエラの身体を修復していく。ゆえに彼女が手傷を負うことは無かった。
「流石アルセ特性ヒヒイロアイヴィで作ったマントね」
ふぅっと冷や汗を流しながらリエラは一人言ちる。
今までこの世界で一度も壊された事はなかったヒヒイロカネという時の止まった鉱物すらも叩き割るとされるヒヒイロアイヴィで作ったマント。銃弾を止める位訳ないとは思っていたが、それでも確証はなかったのだ。
「マホゥ」
「大丈夫、もうすぐよ。あなたの使命は私をあそこに送り届けること。お願いね!」
「マホゥッ!」
不安げなマホに元気づけるように頭を撫でようとしたリエラ。しかし警戒を交えた鳴き声に背後を見る。
彼らに迫る一発の弾丸。否、それは弾丸などという小さな鉄ではない。
迫撃砲による一撃がリエラたちへと迫っていた。
「嘘でしょ!?」
咄嗟に剣を引き抜こうとするが間に合わない。
慌ててマントで身を包み衝撃を防ぐ。
カッと光と共に全身を衝撃が弄った。
「やったか?」
兵士の一人が思わず呟く。
爆炎の中、一羽の鳥がひゅるひゅると落下する。
思わずガッツポーズ。
「ふん。我が軍の防備を単身で抜けようとは片腹痛い、そこの兵、確認し、生きていれば捕縛しろ」
「楽しんでいいので?」
「好きにしろ」
兵士達が走りだす。
その視線の先で、墜落していたマホウドリが羽ばたいた。
「なんだとっ!?」
力強く羽ばたくマホウドリは地面すれすれを飛翔し、すぐさま同じ高度へと舞い上がる。
その背中には一人の少女がしっかりとくっついている。
「クソッ、討ち漏らした!?」
「撃て撃て! 銃身が焼けつくまで打ち続けろ! 本国に行かせるなッ」
兵士達が銃弾を放つ。
既に魔法で結界を張るような魔力もない。
今の一撃を防ぐので使いきった。
マホは背後を見る。
気絶しているのだろうか? リエラが動く気配はない。
もしかしたら死んでしまったのかもしれない。
そうなると、自分が頑張る意味はない。
それでも……
無数の銃弾を潜り抜け、追って来る銃弾を引き離し、マホは決死に羽ばたく。
自分が託されたのは、この少女を敵の本陣へ届けることのみ。
皆から託されたのだ。魔物である自分たちを仲間と言って、ともに冒険してくれた冒険者達に報いるためにマホもまた、彼らの為に飛翔する。
「くそ、逃したか!?」
「報告だ。本国に報告を……」
慌ただしく動こうとした兵士達。その真上から何かが落下して来る。
「なんだ? スライム……?」
次の瞬間、リエラ通過の報告すら出来ないままに、防衛拠点は灰塵に帰した。




