AE(アナザー・エピソード)その男の決死を僕等は知らない
泣きだしたミズイーリにどうしていいか分からず戸惑うルーシャ。
どうしたものかと相方に視線を向けて、驚いた。
サーロは、ミズイーリの頭を撫でて、彼女に自分の存在をアピールする。
涙と鼻水でお世辞にも可愛いとは言えなくなったミズイーリ。そんな彼女にサーロは自身を自慢するように親指で指し示す。
まるで、泣くな、俺がいるだろ? とでも言うように。
その顔はどう見ても格好良いとはいえない。
涙目だし、恐怖に震えて歯はガチガチと鳴っているし、全身に震えがある。
鼻水垂らし、震える親指で自分を差して、泣きそうな顔で告げた。
「お、俺に任せな嬢ちゃん。この俺が、サーロ様がっ! 親父さん100人にして連れ帰ってきてやっからっ!!」
「お兄ちゃ……でも……」
もう一度ミズイーリの頭を撫でて、彼は決意と共に踵を返す。
「ルーシャ、この子連れて城に避難しててくれ!」
「サーロ!? サーロはどうするの!?」
慌てるルーシャに振り返り、涙と鼻水に塗れた顔で激昂する。
「俺だって、俺だってなぁ! アルセ姫護衛騎士団の一員なんだよ!! 少女の涙見て逃げ出すなんて真似できるわけねーだろ! アルセちゃんに怒られちまう。いいかルーシャ、そしてミーズ! ここからサーロ伝説が始まるんだよ!! 俺の英雄譚を後で聞かせてやるから城で待ってろ!!」
ヤケクソ気味に答え走り出す。
そんな彼の背中を見つめ、ルーシャは熱に浮かされたように瞳を潤ませた。
初めて見たサーロの決意。顔がグシャグシャになるほどに恐怖で逃げたい筈なのに、強がり言って見ず知らずの少女の為に立ち上がる。
それは、彼女が魅惚れた男の一世一代の晴れ姿に見えた。
「サーロ、まじサーロ……」
ルーシャは呟き、いつまでもサーロの後ろ姿を見つめるのだった。
サーロは前門向けてひた走る。
気付いていた。知っていた。彼は、彼だけは闘えるということに。
でも、分かっていても恐かった。もしも銃弾が有効だったら? 自分はまだ死にたくない。
それでも……少女の泣き顔が、自分に力をくれた緑の少女の顔に重なった。
皆を守ってと言われた気がして、自分にはそれが出来る可能性があって。
ああチクショウ。皆はアルセ神の呪いを受けたって言いやがるけど。やっぱり違った。
自分が受けたのは祝福だ。サーロは既に、アルセ姫の加護を受けていたのだ。
そう、こここそが彼女の願い。
皆を守るため、自分自身に課された使命。
こうなることを見越し、託された思い。
自分みたいな半端者に女神が託してくれていたのだ。
答えなきゃ、男じゃ無い。
「サーロ君!?」
戦場に戻ると盾の隙間から突撃しようとしていた忠志が見えた。
走り込んで来るサーロに気付き、振り返る。
その肩を引っ掴み、最前線から引きはがす。
「忠志!? なんでここに居るんだよ! あんたの居場所は違うだろ!!」
「し、しかしだね、国を守るには……」
「あんたの戦場はここじゃない! あんたは家族の元へ行けよ! 裏門にも来てんだろヤベェのが! ここはこのサーロ様の戦場なんだよ!!」
前門で、ついに立ち上がろうとしていた勇者に怒鳴り付け、騎士団を掻きわける。
涙が止まらない。鼻水が止まらない。歯の根は完全に噛みあわず、全身が恐怖で震え、冷たくなっていて感覚がない。
それでもサーロは止まれない。
約束してしまったから。
少女の涙を見てしまったのだから。だから……
「どけ! あんたらはお呼びじゃねー。ここはアルセちゃんに頼まれた、俺の戦場なんだよ!!」
涙と鼻水に塗れ、歯茎は噛み合わず、常にカタカタと鳴り響く。それでもサーロはアルセの盾の外側へと身を躍らせる。
一人の無謀な男に慌てる騎士団だが、サーロは気にせず兵士たちに対峙する。
唯一の武器、ひのきの棒を引き抜き、数万もの兵士達向けて、たった一人走り出した。
「テメェらの眼に刻みやがれッ! アルセ姫護衛騎士団突撃隊長サーロ様がこの国にいるってことをなぁ!!」
迫る銃弾の雨嵐に、彼は迷わず突撃するのだった。
当然のように降り注ぐ無数の弾丸。
だが、彼には効かない。効く筈がない。
なぜなら彼は、バグっているから。
物理攻撃は全てすり抜け、彼の身体に当らない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
大丈夫、当らない。喰らわない。死にはしないっ。
確認出来たことで一瞬安堵し、次の瞬間笑いが漏れる。
ああそうだ。笑わずにいられようか。万の大軍相手にひのきの棒一つで立ち向かう大英雄の誕生なのだ。しかもそれが、自分に回ってきた役割なのだ。
「アルセちゃん、感謝するぜ。俺は、ああ、俺はこの時の為に生まれて来たんだっ。この戦場に、ドドスコイを守るためにッ。見てろよ騎士団共、忠志、敵の軍団共ッ。俺はっ、俺はぁっ、アルセ姫護衛騎士団突撃隊長サーロ様だぁぁぁっ」
駆け抜ける。
銃撃の嵐をモノともせずに。
その姿を見て、彼の背中を眺め、騎士団も、冒険者も、そして忠志も、ただただ英雄の背中を見たように呆けていた。
「はっ!? 忠志殿っ」
「あっ。そ、そうですね。ここは、どうやら本当に彼の戦場らしい……」
「行ってきてくれ。家族の為に」
「オーゼキさん……ええ。こちらは、頼みますっ」
最後に一度、ひのきの棒を振りあげるサーロに視線を向け、唯野忠志は走りだす。
愛すべき家族の元へ。凶悪な敵の元へ。家族を守るその為に。




