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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第十五部 第一話 その侵略による悲しみを僕らは知りたくなかった
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AE(アナザー・エピソード)その男の決死を僕等は知らない

 泣きだしたミズイーリにどうしていいか分からず戸惑うルーシャ。

 どうしたものかと相方に視線を向けて、驚いた。

 サーロは、ミズイーリの頭を撫でて、彼女に自分の存在をアピールする。

 涙と鼻水でお世辞にも可愛いとは言えなくなったミズイーリ。そんな彼女にサーロは自身を自慢するように親指で指し示す。

 まるで、泣くな、俺がいるだろ? とでも言うように。


 その顔はどう見ても格好良いとはいえない。

 涙目だし、恐怖に震えて歯はガチガチと鳴っているし、全身に震えがある。

 鼻水垂らし、震える親指で自分を差して、泣きそうな顔で告げた。


「お、俺に任せな嬢ちゃん。この俺が、サーロ様がっ! 親父さん100人にして連れ帰ってきてやっからっ!!」


「お兄ちゃ……でも……」


 もう一度ミズイーリの頭を撫でて、彼は決意と共に踵を返す。


「ルーシャ、この子連れて城に避難しててくれ!」


「サーロ!? サーロはどうするの!?」


 慌てるルーシャに振り返り、涙と鼻水に塗れた顔で激昂する。


「俺だって、俺だってなぁ! アルセ姫護衛騎士団の一員なんだよ!! 少女の涙見て逃げ出すなんて真似できるわけねーだろ! アルセちゃんに怒られちまう。いいかルーシャ、そしてミーズ! ここからサーロ伝説が始まるんだよ!! 俺の英雄譚を後で聞かせてやるから城で待ってろ!!」


 ヤケクソ気味に答え走り出す。

 そんな彼の背中を見つめ、ルーシャは熱に浮かされたように瞳を潤ませた。

 初めて見たサーロの決意。顔がグシャグシャになるほどに恐怖で逃げたい筈なのに、強がり言って見ず知らずの少女の為に立ち上がる。

 それは、彼女が魅惚れた男の一世一代の晴れ姿に見えた。


「サーロ、まじサーロ……」


 ルーシャは呟き、いつまでもサーロの後ろ姿を見つめるのだった。




 サーロは前門向けてひた走る。

 気付いていた。知っていた。彼は、彼だけは闘えるということに。

 でも、分かっていても恐かった。もしも銃弾が有効だったら? 自分はまだ死にたくない。

 それでも……少女の泣き顔が、自分に力をくれた緑の少女の顔に重なった。


 皆を守ってと言われた気がして、自分にはそれが出来る可能性があって。

 ああチクショウ。皆はアルセ神の呪いを受けたって言いやがるけど。やっぱり違った。

 自分が受けたのは祝福だ。サーロは既に、アルセ姫の加護を受けていたのだ。


 そう、こここそが彼女の願い。

 皆を守るため、自分自身に課された使命。

 こうなることを見越し、託された思い。

 自分みたいな半端者に女神が託してくれていたのだ。

 答えなきゃ、男じゃ無い。


「サーロ君!?」


 戦場に戻ると盾の隙間から突撃しようとしていた忠志が見えた。

 走り込んで来るサーロに気付き、振り返る。

 その肩を引っ掴み、最前線から引きはがす。


「忠志!? なんでここに居るんだよ! あんたの居場所は違うだろ!!」


「し、しかしだね、国を守るには……」


「あんたの戦場はここじゃない! あんたは家族の元へ行けよ! 裏門にも来てんだろヤベェのが! ここはこのサーロ様の戦場なんだよ!!」


 前門で、ついに立ち上がろうとしていた勇者に怒鳴り付け、騎士団を掻きわける。

 涙が止まらない。鼻水が止まらない。歯の根は完全に噛みあわず、全身が恐怖で震え、冷たくなっていて感覚がない。

 それでもサーロは止まれない。

 約束してしまったから。

 少女の涙を見てしまったのだから。だから……


「どけ! あんたらはお呼びじゃねー。ここはアルセちゃんに頼まれた、俺の戦場なんだよ!!」


 涙と鼻水に塗れ、歯茎は噛み合わず、常にカタカタと鳴り響く。それでもサーロはアルセの盾の外側へと身を躍らせる。

 一人の無謀な男に慌てる騎士団だが、サーロは気にせず兵士たちに対峙する。

 唯一の武器、ひのきの棒を引き抜き、数万もの兵士達向けて、たった一人走り出した。


「テメェらの眼に刻みやがれッ! アルセ姫護衛騎士団突撃隊長サーロ様がこの国にいるってことをなぁ!!」


 迫る銃弾の雨嵐に、彼は迷わず突撃するのだった。

 当然のように降り注ぐ無数の弾丸。

 だが、彼には効かない。効く筈がない。

 なぜなら彼は、バグっているから。

 物理攻撃は全てすり抜け、彼の身体に当らない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」


 大丈夫、当らない。喰らわない。死にはしないっ。

 確認出来たことで一瞬安堵し、次の瞬間笑いが漏れる。

 ああそうだ。笑わずにいられようか。万の大軍相手にひのきの棒一つで立ち向かう大英雄の誕生なのだ。しかもそれが、自分に回ってきた役割なのだ。


「アルセちゃん、感謝するぜ。俺は、ああ、俺はこの時の為に生まれて来たんだっ。この戦場に、ドドスコイを守るためにッ。見てろよ騎士団共、忠志、敵の軍団共ッ。俺はっ、俺はぁっ、アルセ姫護衛騎士団突撃隊長サーロ様だぁぁぁっ」


 駆け抜ける。

 銃撃の嵐をモノともせずに。

 その姿を見て、彼の背中を眺め、騎士団も、冒険者も、そして忠志も、ただただ英雄の背中を見たように呆けていた。


「はっ!? 忠志殿っ」


「あっ。そ、そうですね。ここは、どうやら本当に彼の戦場らしい……」


「行ってきてくれ。家族の為に」


「オーゼキさん……ええ。こちらは、頼みますっ」


 最後に一度、ひのきの棒を振りあげるサーロに視線を向け、唯野忠志は走りだす。

 愛すべき家族の元へ。凶悪な敵の元へ。家族を守るその為に。

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