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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第十五部 第一話 その侵略による悲しみを僕らは知りたくなかった
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AE(アナザー・エピソード)その少女の涙を僕等は知らない

「……出来ちゃった」


 何もすることが無かったミズイーリは気を紛らわそうと城の厨房を借りてお弁当を作っていた。

 別に何を作ろうというものでもなかったが、何も考えずに手を動かす作業をしたかったのだ。

 民間人は怯えてばかりだし、兵士たちは忙しそう。メイドや執事は民間人への支給品を持ち運ぶのでてんやわんやになっていた。


 厨房も料理人たちが忙しそうにしていたが、料理長のおじさんがミズイーリの浮かない顔を見るなり辛いこと考えるくらいなら手を動かせ。と厨房の一角を貸してくれたのだ。

 そのまま何も考えず、父の無事を、隆弘の無事を祈って作ってしまった。

 作り終えると何とも言えない虚無感と不安感が押し寄せる。


 もう会えないかもしれない。そんな思いに打ちひしがれる。

 いや、もう会えないなんて、嫌だ。

 ああ、そうだ。お父さんに……うん。お父さんに届けよう! お父さん頑張って国を守っているから、差し入れを持って行ってあげよう。


 混乱していたとか、そういう心情じゃなかった。ただ、遠目でもいい、父の無事を知りたい。

 そして、このお弁当を届けたい。

 困った顔をして城に戻りなさいと言われるかもしれない。それでも、一目。一目だけでいい。父の無事な姿をもう一度……


 そう思ってしまったら、もう無理だった。

 父に会いたい。もう会えないなんてそんなの嫌だ。

 思いが溢れ。弁当を包みに包んでミズイーリは厨房を後にする。

 料理人たちは民間人の食事を作るのに忙殺され、彼女一人が消えたことには気付かなかった。




「クソッ、奴らの武器はどうなってやがる!」


 オーゼキは思わず悪態をついた。

 今、彼ら騎士団は冒険者たちと共に愛すべき王国の正門で防衛を行っていた。

 アルセの蔦により作られた巨大全身盾を門に並べ、敵の銃撃を防いでいる現状である。

 正直手も足も出ない。


 相手は見たこともない姿で同じ顔の兵士達。

 皆が同じ突撃銃を持ち、アルセの盾に向け銃弾を打ちつけている。

 最初に突撃した騎士団や冒険者は一瞬で蜂の巣にされた。

 だから皆ここで防衛するしか出来ていないのだ。

 時折魔法を叩きつけるが、向こうにも魔法使いがいるようで、打ち消され始める。

 徐々に近づく軍靴に皆が終わりが近い事を確信していた。

 このままでは……ドドスコイ王国が滅びる。


「おそらく、既に陥落した国の魔法使いでしょうね」


 忠志は憔悴した顔で告げる。

 正直この状態で彼に何が出来るわけでもなかった。

 兵士の前に飛びだしたところで蜂の巣にされるだけだし、盾に敵が辿りつけば引き剥がされて終わりだ。


「まさか魔法世界で突撃銃を持った兵士と闘うことになろうとは……」


「忠志殿はあの武器を知っているのか?」


「ええ。アレは私達の世界の武器です。こちらの世界の魔銃と違い、鉄の塊を連続で打ち込む銃ですね」


「そんな殺傷力の高い武器があの数……か」


 敵の数は果たして幾らだろうか? 10万くらい居るかもしれない。否、もしかしたら1万も居ないかもしれないが、どのみちここからでは確認出来ない人数がひしめいている。

 彼らは遊んでいるのだ。この国に突撃すればほぼ一瞬で壊滅させられるだろうに、圧倒的力を見せつけるように騎士たちに銃弾を叩きつけていた。こちらが我慢ならなくなって出て来るのを待っているようにも見える。


「仕方ありません。折角家族と地球に帰ろうかという矢先に、私だけ帰れないとは……」


「忠志殿……?」


 召喚された勇者は覚悟を決めたように呟いた。


「突撃、してみます。アルブレラを開けば盾にはなるはず。もしも私が死んだなら……国を捨てて他国に逃げてください。ミズイーリちゃんを孤児にはさせられません、私ならば……妻が子供達を育ててくれるでしょう。もともと空気のような父親でしたしね」


 哀しい顔で笑みを浮かべ、忠志は決意と共にネクタイを直した。




 荒い息が漏れる。

 騎士たちが前門を守っている頃、その国の内部をひた走る男女がいた。

 お世辞にもカッコイイとは言えない三枚目顔のM字カットの男が必死に走る。

 その後を兎獣人の女性がぴょんぴょんと跳ねながら追っていた。


「ねーサーロー。戦場から遠ざかってるよ?」


「バッカ、ルーシャ。城に避難してる奴等の避難誘導に行くぞ! こっちも重要な仕事だろ!」


 アレ見ただろ。あの武器相手に冒険者も騎士団も勝てるかよ。

 そんな呟きを漏らしつつ、彼は必死に走っていた。

 勝てるわけがないのだ。敵はこちらの数倍の人数で、皆が鉄の銃弾を遠距離から飛ばして来る。

 最初に突撃した血気盛んな冒険者の名前は何だったか、一瞬で無数の銃弾に穿たれ死んでしまった。あんな最後は迎えたくもない。


 戦場から逃げるつもりのサーロは、どう言い訳して逃げるかを必死に考えていた。

 そんな彼らの元へ、一人の少女が駆けて来る。

 弁当箱を抱え、泣きそうな顔で走る彼女は、何も無い場所で蹴躓き、こける。

 はずみで弁当箱が地面に転がった。


「ちょっと!? 大丈夫?」


「うぅ、お姉ちゃん、ありがと……」


 咄嗟に駆けよったルーシャにより助け起こされた少女は、擦りむいた膝を痛そうにしながらも、弁当を拾い、足を庇いながら歩き出す。


「お、おいおい、そっちは前門だぞ? 城はこっちだ!」


 慌てて引き止めるサーロに、少女は首を横に振る。


「お父さんに、届けるんだもんっ」


 泣きそうな顔で、少女は言った。


「お父さん、ミーズを守るからって、騎士団のお仕事にでたんだもん。弁当、忘れて行ったんだもん。だから、届けるの。届けなきゃ……お父さんが……お父さんがぁ……っ」


 ずっと押し込めていた感情が弾けるように、涙ぐむミズイーリ。彼女も気付いているのだ。

 騎士団は前門で、あの凶悪な軍団を相手取っている。

 彼女の父親の生存は絶望的だ。あの別れが、最後なのだ。もう、二度と会えないのだ。

 それを承知で、オーゼキは戦場へと向かってしまったのだ。


「嬢ちゃん、あのな……」


「お兄ちゃん、冒険者さんでしょ? だったら、だったらお父さんを、お父さんを助け……っ」


 思わず叫び、直ぐに気付いた。

 サーロの顔には、苦虫を噛み潰した表情が張り付いていた。

 気付いてしまった。彼らも逃げて来たのだと。自分の命優先で騎士団が守る前門を放棄したのだ。


「ごめんなさい……」


 一言謝り、言葉に詰まる。

 顔を伏せ、声を殺して泣きだした。


「やだよぉ。死なないでお父さん……ミーズ良い子にするから、もう我がまま言わないからぁ。神様、お父さんまで取らないでぇっ」


 結局声を殺しきれず、泣きだしてしまう。

 彼女だってもう、父の死が分かってしまっているのだ。絶望的だと分かっているのだ。

 それでも、会いたい。たった一人の父親だから。

 少女の慟哭を、サーロもルーシャもただただ聞き続けるしか出来なかった……

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