AE(アナザー・エピソード)その英雄の出撃を僕等は知りたくなかった
その日、マイネフランは慌ただしい人々の駆け足が鳴り響いていた。
カイン王が国内放送を行い、人々は全て城に退避するよう告げられたのである。
取るモノも取らず逃げ出す者、火事場泥棒を行おうとして巡回兵に捕まる者、冒険者達も闘える者は手に武器を持ち兵士たちと共同戦線を取り国の入り口四方へと向かった。
「あなた、不味いわ」
謁見の間で玉座に座り、瞑目していたカインと、隣の椅子に座るネッテの元に、ルルリカがやってくる。
かなり困ったような彼女の顔に、予想以上にマズい事が起こったのだと気付く。
「何かイレギュラーか?」
「ええ。一部アルセ教信徒が城ではなくアルセ教本部に向かって出て来ないの」
「……ああ、それなら問題ない」
ふと考え、カインは答える。彼女の考えている危機感はカインの知っている事実からすれば取るに足らないモノ、むしろ杞憂であった。
「え? でもあそこの防備は……」
「外装でカモフラージュしてあるが内部をアルセが蔦で補強している。この城よりも安全だと思うぞ」
「な、なるほど。でも、侵入されたら……」
「侵入されれば詰むのは城も同じだろう。どの道、街に攻め込まれた時点で安全地帯は無くなるんだ。好きにさせてやれ。あとネッテ」
「ええ。何かしら?」
「今のうちにアルセ教本部に退避してくれ。ルルリカ、案内頼む」
「え? 私、こっちに居るべきじゃ……」
「万一を考えれば城より向こうの方が安全なんだ。ルルリカ、ネッテを頼むぞ。あとそこのアルセギン。悪いがアルセ教本部の方に一緒に移動しといてくれ。他国との連絡はネッテに任せる」
アルセギンはコクリと頷きネッテの元に行くと、手を差し出して来る。
一緒に行こう。と言っているようだ。
「わかったわ。それで、貴方は?」
「この国の王だぜ? 親父たちと死力を尽くして抗うさ。勇者舐めんなって教えてやんぜ」
ニタリ、不敵な笑みを浮かべるカイン。
ネッテは不安げに俯き、しかし彼の決意は変わらないと知っていたからこそ、こちらも決意を持って顔をあげる。
「勝ちなさいカイン。貴方の、そしてマイネフランの勝利を願って待ってるわ。この子と一緒に」
そう言って手を自分のお腹に当てるネッテ。そこには膨らみがあり、確かな生命の息吹を感じた。
「ああ。お前を背にした闘いで、俺は絶対に負けないさ」
「……うぉっほん」
イチャツキそうになった雰囲気を一掃し、ルルリカは真剣な眼差しでカインを見つめる。
「あなた。今回は全戦力を投入するのでしょう。なら、アレも使った方がいいんじゃない?」
「……ああ、考えては、おくよ。影兵たちにも働いて貰わないとだしな」
よし、っとカインは立ち上がる。
遅れて立ち上がったネッテにキスをして、颯爽とその場を後にする。
言葉は残さなかった。ただ、勝利の女神に誓いのキスを残し、勇者は戦場へと向かうのだった。
「うま?」
五匹のクマがその部屋にいた。
居眠りしていたアクアリウスベアは、そんな声に鼻提灯をぱちんを弾かせ起き上がる。
「まっ?」
どうした?
そう言いながら起き上がる。
どうやらスカイベアーに姫が話しかけているようだ。
問い詰めると言った感じだろうか?
「がぁー」
フレイムベアーが言うには、どうやらハステルラ山の方が気になるようだ。
彼らにとっては故郷と言っても過言ではない山。あそこの様子を見るにはコルッカまで行かなければならない。
今なら確かに向かうことは可能だ。
しかし、戻ることはおそらく不可能だ。
だから、スカイベアーは困っていた。
彼女が本来守るべきは目の前にいるゴールデンベアーである。
しかし、彼女と出会った場所を守りたいと思うこともまた、スカイベアーにとっては掛け替えの無いものだった。
しかし、その思いをゴールデンベアーに告げたところで意味は無い。
これは彼女の我儘でしかないのだから。
でも……
「うまっ」
行って来なさい。
何もかもを理解しているとでも言うようにゴールデンベアーは告げる。
驚くスカイベアーから視線を外し、無言で佇むティディスダディに視線を向ける。
「うま」
フォロー、お願い。
ゴールデンベアーの願いを受け、ティディスダディが無言で頷く。
行って来なさい。ゴールデンベアーに促され、スカイベアーも踏ん切りがついたと力強く頷く。
フレイムベアーがバルコニーに向かい、スカイベアーを見送るように道を開ける。
スカイベアーはティディスダディを背に乗せて飛び上がる。
「くまっ」
行って来ます。
決意を胸に、熊が飛ぶ。
コルッカ向けて、スカイベアーとティディスダディが飛びだったのだった。
二人を見送り、ゴールデンベアーは感慨深げに空を見上げる。
バルコニーから覗く空は澄んでいて、これから世界の命運を掛けた闘いが始まるなどとは思えない程に綺麗だった。
「うまー……」
どうか無事で。
一人願うゴールデンベアーの左右へとフレイムベアー、アクアリウスベアーが佇む。
三人して遥か遠く消えゆくスカイベアーの後ろ姿を見守るのだった。




