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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第十五部 第一話 その侵略による悲しみを僕らは知りたくなかった
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AE(アナザー・エピソード)その始まりの宣言を僕等は知りたくなかった

本日より『俺のクラスメイトが全員一般人じゃ無かった件EX』のグレイシア編がちょいちょいでてきますことを御了承下さい。

 二つの優しげな月の光が世界を照らす。

 夜の帳が下ろされた大きな街のアメリス別荘邸に、彼女はいた。

 下の方では未だに会議が白熱しており、誰がどこに向かうかが決まりつつある。

 アルセは早々にマイネフランで遊撃をすることになっていた。丁度コルッカへ向う道側を担当しながら小高い丘の上に陣を敷く形だ。


 灯の消えた暗い屋敷のバルコニー。

 その上にある屋根に昇り、縁に腰掛け足をぶらぶらと揺らしながら、アルセは空を見上げていた。

 ついに、来てしまった。

 できるならば、来てほしくなかった。予言など外れればいいと思っていた。それでも、その言葉を信じて駆け抜けた。

 今、西大陸は一つとなり脅威に対抗する術を得た。これできっと。彼を救える。

 こうしなければ彼を救えないと、あの女が言っていたのだから。だから……きっと……


 歌声が響く。声帯の問題か、おーおーとしか声は出ないが、音程だけは外していないつもりだ。

 深緑の髪を風になびかせ、頭の上に生えた彼女の背丈より少し小さいくらいの咲き誇る花がくねり踊る。

 彼女の頭頂部から生えた葉の隙間から斜めに生えている四つの触手をくねくねと、太い茎、否幹をゆらゆらと揺らし、円らな瞳の向日葵みたいな花が踊っている。

 少し哀しそうに踊っているのは、少女の心情を露わしているのだろうか?


 両手で屋根の縁を掴み、上半身を前のめりにしながら、足をぶらぶらとさせながら「おおー、おおおおー」と小さな声で寂しげに歌う。

 確かに、彼を今回は救えるかもしれない。

 でも別れの時が近いのも、分かっていた。

 できるならば、もっと一緒に、楽しい幸せな時間を過ごしたい。

 けれど夢の終わりは徐々に、ゆっくりと迫りつつある。


 だから彼女は歌うのだ。

 できるならば、翼が欲しいと。

 世界を飛び越え、彼の居た世界に向かえる、翼が欲しいのだと。


 少女の声に誘われるように、窓の一つから女性が一人、顔を出す。

 亜麻色の髪の十代後半くらいの少女。リエラだ。

 彼女は窓から外に出て来ると、アルセの背後にやってきて、中腰になって座る。


「またここにいるのねアルセ」


「お?」


 掛けられた声に、アルセは歌を止めてリエラに視線を向ける。

 涙を流すことなく泣いているような哀しい瞳がリエラを見つめた。

 それも一瞬。リエラを見とめると、アルセはニコリと向日葵のような笑みを浮かべた。

 私は元気だよ? 小首を傾げ、何でも無い風を装う。でも、彼女には既にばれていた。


「おっ」


 あなたも夜風に当りに来たの?

 とでも言っているのだろうか? 残念ながらリエラにはアルセの言葉を理解することはできなかった。

 少し困ったような顔でアルセに視線を合わせ、クスリと苦笑いする。


「おおー。おおおおー」


 リエラが膝を抱えてアルセを見ていると、アルセは彼女から視線を外し、再び空を見上げる。

 ここ最近、アルセはずっと、こんな行動を取っていた。

 透明人間が居ない時、眠っている時、一人きりの時、よくこうして歌っている。いつものような楽しげな踊りと共に歌っている歌ではない。

 まるでこれこそが彼女の本音だというような、哀しい歌だ。

 歌っているのは遥か異世界で歌われているらしい、【翼をください】という曲らしい。


「アルセ……もしかして」


 なんとなく、リエラも気付いている。

 終わりが近づいているのが分かる。

 ずっと、皆と楽しい冒険をしていられたらいいのに。

 そう思いながら、歌を歌う少女の後ろ姿を優しく見つめる。


 アルセは飛びたいのだ。

 この世界の空じゃない。

 行きたいのだ。いつかきっと来る別れの時に、自分も翼を持って、異世界へ。

 でも、その翼は、彼女には無い。それを理解しているから、彼女はこうしてこの歌を歌うのだ。


「誰にも気付かれない。誰もその姿を知らない。でも、私もアルセも、知ってるよ。あの人がこの世界で生きてること。別れたく、ないよね? 私も……そんなの嫌だから……」


 リエラは空を見上げる。


「さっき、グーレイ神さんから世界に発信された女神の勇者たち……あの人にはもう、力を使わせちゃいけないから……だから、私達でなんとかしなきゃ」


 リエラは決意と共に立ち上がる。

 既に全世界に神からの声は発せられた。

 この世界を破壊しようとする異世界人たちが、女神の力を持って侵入している。


 絶対に、この世界を好きにはさせない。いや、きっとそれはできないだろう。

 なぜならこの世界には、あの人がいるのだから。でも、だからこそ……あの人が力を使ってしまう事が無いように、リエラ達の手で、犠牲を極力抑えて闘わなければならない。

 後一度、力を使ってしまえば透明人間は、神により駆除されてしまうのだから。


 気が付けば、アルセの歌が止まっていた。

 どうしたの? とリエラがアルセの視線の先を見る。

 そこには夜空を切り裂く巨大な鳥がいた。機械で出来た、飛ぶ筈のない鳥がいた。

 轟音響かせ真下の家々を揺らしながら、物凄い速度で現れる。

 そして、声が響いた。深夜の街を揺り起こすように、お前達の平穏は今、終わったと宣言するように。


『我々は新日本帝国である。この世界の数多の生物たちよ、夜空を見上げ我が威光を見よ! 我等女神の勇者は今宵より、各国へ開戦の狼煙を上げる。投降すれば命は取らぬ、男は奴隷として強制労働させ、女は我等の慰み者、飽きれば兵士どもにくれてやる。逆らうモノには死あるのみ。さぁ、世界終末を始めよう。この世界は、新日本帝国軍が占拠するッ!!』


 この日、世界各地で飛び交った鉄の鳥から世界へ向けて、同じ音声が響き渡った。

 男の声で、見下した声で、全世界へと宣戦布告が成された。


 アルセが立ち上がり、リエラもまた決意に満ちた瞳で見上げた。

 彼らこそが侵略者。

 絶対に許せない世界に横槍を入れる者。


「負けないよ。ね? アルセ」


「おっ」


 二人の少女はコクリと頷き合う。絶対に譲れぬ思いの為に、アルセ姫護衛騎士団もまた、女神の勇者との戦いへと身を投じるのだった。

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