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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第十五部 第一話 その侵略による悲しみを僕らは知りたくなかった
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その終わりの始まりを彼らは知りたくなかった

「では、お世話になりました」


 ふかぶかとお辞儀をするのは唯野忠志。

 唯野家は今、ドドスコイ王国で異世界送還待ちをしていたのだが、本日ついに準備が整ったとのことで、王族や知り合いとの別れの挨拶をしているところであった。


「本当に、お前達には世話になった」


「はは。でも召喚された肝心の理由はアルセちゃんたちに持っていかれてしまいましたけどね」


「それでも、お前達が来てくれたことで城内も明るくなった。今までホントに世話になったな」


 ハリッテ、ギョージ二人の王が見送りに来てくれている。

 オオゼキとミズイーリもだ。

 ミズイーリは隆弘と泣きながら別れを告げていた。

 また会いに来るからと念入りに告げる隆弘に、ミズイーリはうん、うんっと首肯する。

 なんとなくほほえましくなる光景に、オオゼキが複雑な顔をしていた。


「父さん、そろそろ、母さんが痺れ切らしてるわ」


「別に、急いではいないわよ? ただ日本が恋しいだけだし」


「ああ、すまん。帰ったらいろいろ考えてることもあるしな。今までとは違う忙しさになるぞ」


「手伝うよ親父。ンで立派な大人になってミズイーリに会いに行くんだ!」


 所定の魔法陣に向かい、忠志たちは見送り人に対面する。


「では、本当にお世話になりました」


「ええ。こちらこそ。勇者たちよ、ありが……」


 代表してハリッテが告げる寸前だった。


 ―― グレイシア世界全ての住民に告げる ――


「なんだ……?」


 ―― 我が名はグーレイ。神である ――


 それは厳かに、その場に居た全ての脳内に直接響いた。

 驚き、送還の儀式を中断してしまう魔術師たち。

 しかし、それを咎める声は一つも無かった。


 ―― 異世界の女神より勇者たちがこの世界に遣わされた。彼らには神殺しの権能が与えられており、私では手が出せない。こんなことを我が子らに告げるのは心苦しい。だが、グレイシア世界の者たちよ、心して聞いてくれ ――


「穏やかでは……ないですね」


「おいおい、なんなんだよコレ? マジで神なのか……?」


 ―― 女神の勇者たちはこの世界を破壊するために遣わされた。既に東大陸は壊滅。この世界の半分は破壊されてしまった後だ。西大陸に生きし我が愛する子らよ、手を取り合い、彼らを打ち倒してほしい。神の身でありながら手伝うことも出来ず皆に託さざるをえない我が不甲斐なさを許してほしい ――


「東大陸が……壊滅?」


「他国と手を取り合う? 正気か!?」


 ―― 女神の勇者は八人。増殖、知識創造、鋼鉄、融合、料理、錬成、飛行、操船の権能を与えられた勇者たちである。頼む我が子らよ、彼らを皆の手で撃破してほしいっ ――


 神からの神託は終わった。

 その場の誰も何も言えなかった。

 一番に我に返ったのはジューリョ。流石に王族である自分たちが呆然としている訳にはいかない。


「兄上、至急各国との連絡網を」


「え? あ、そうだな……」


 ジューリョが我先にと自我を取り戻せたのは、軍務の王であるためだ。彼は臨機応変に敵の奇襲に素早く立て直す指揮をするため、日頃から想定外への対処をしていたが為に復帰も早かったのだ。

 こういう時はハリッテよりも彼の指示の方が的確だ。ハリッテも思わず彼に従い連絡網を築きに向かう。


「すまんな忠志よ、緊急事態らしい」


「……そ、そのようですね」


「お、親父……」


「ちょっと父さん、あたしらは帰るんでしょ、ねぇ?」


「アナタ」


 家族は皆不安げに忠志を見つめた。

 本来であれば自分たちは帰る身だ。

 家に帰ってテレビを見ながらごろごろ寝っ転がり、掃除機を掛ける静代に邪魔よ。と尻を吸われる。そんな休日の一日が展開されるはずだった。


 でも、いいのか、それで?

 お世話になった、自分が変わる切っ掛けとなったこの世界が、危機に瀕しているというのに?

 勇者と言われた自分が帰ってしまって、本当に、いいのか?


「静代、沙織、隆弘、先に戻っていなさい」


 きゅっと、忠志はネクタイを締め直す


「あ、アナタ?」


「家で待っていなさい。私は……どうやらまだ仕事が残っていたようだ」


 まるで会社に行くように、ネクタイを整え彼は魔法陣から歩み出る。

 彼の決意に答えるように、メガネがキラリと光る。

 太った身体からは想像もつかない英雄の背中がそこにあった。


「父さんっ!」


「親父、行くのか!?」


「父さんだって死にたくは無い。でもな、皆お世話になった人たちだ。彼らの世界が危険に晒されていると分かっているのに、黙って自宅に帰る訳には、いかんだろ?」


 そう言って寂しそうに笑う。

 その顔で、家族は悟った。このまま家に帰れば、きっと忠志とは、父親とは二度と会えなくなる。


「し、仕方無いわね。まぁ、世話になったのは確かだし?」


「ミズイーリちゃんが危険かもしれないのに自宅でゲームしてるわけにはいかないものな」


「ちょっと、沙織? 隆弘?」


「母さんは家で待ってて。父さん必ず引っ張ってでも連れ帰るから」


「うん、皆で、自宅に帰るんだ。行こうぜ親父!」


「お前達……」


 うぐっと涙目になる忠志、彼に合流した沙織と隆弘もまた、決意を持って魔法陣に背を向ける。


「ま、待ちなさいと、わ、私一人帰っても意味がないでしょっ」


 別れれば一人になるのだが、そこは家族で居ると決めたのだ。忠志はともかく娘や息子とまで別れたいとは思わない静代もまた、魔法陣から飛びだし合流する。

 勇者唯野一家もまた、グレイシアの危機に立ち上がったのだった。

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