SS・その新人教師を彼女は知りたくなかった
「ノノちゃんおはよ」
「うん、おはようロディ」
ロディことロディアは幼馴染のノノの隣に腰掛ける。
ここはコルッカ冒険者学校の教室である。
本日新入生として入学した彼らは、期待に胸を膨らませながら座席に腰掛け、教師を待っていた。
「私達と同じように新人の先生来るんだよね。さっき担任の先生が言ってたけど」
「なんでも成績優秀で最優秀賞だか貰って卒業したここの卒業生らしいわよ」
「首席卒業かぁ。王宮で囲われたりせずに学校に教師として残るなんて奇特だね」
「なんでも凄い冒険者クランのメンバーだそうで、王国もおいそれと引き抜けなかったんだって。ここを根城にしてるクランらしいから、その関係もあって就職したんじゃないかしら?」
「へぇ、有名クランの冒険者かぁ。どこのパーティ?」
「えっと確か……アルセ姫護衛騎士団?」
「うっそ、あのマイネフランの英雄バズ様が所属してるクラン!? 確かマイネフランの現王様もクランメンバーよね?」
「噂だけどね。でも、凄いよね、各国に出没してるらしくて国家間を一日かけずに移動するらしいわよ」
「いやいや、流石にありえないって。多分クランだから別のパーティーが訪れてるだけでしょー?」
ざわつく室内で二人、世間話に花を咲かせていた時だった。
がらり、ドアが開き、ムチムチの女性が一人、入ってくる。
勇然とした歩みに、ざわつく皆が息を飲み、静寂が部屋に満ちた。
女は教壇へと真っ直ぐに向かうと、にこやかに周囲を見回す。
あまりの美人さに男性陣が息を飲む気配がそこかしこからする。
ロディアも女性といえども息を飲んだ一人だ。
胸が、デカい。物凄く、むっちりとした色気ある女性だ。
なぜかその胸元に青い半透明のスライムがいる。ペットだろうか?
出欠簿を教壇に置いた女性は、胸元にいたスライムを持ち上げると、教壇に置く。
そして、何をするかと思えば、にこやかにほほ笑みながら一歩引いて佇んだ。
戸惑う新入生たちを見つめたまま動かなくなると、今度は教壇上のスライムが触手を使って出欠簿を開く。
さらに別の触手で書いたのだろう。プレートを掲げた。
そこには新入生の名前が記されている。
「え? 俺?」
「出欠確認です。返事だけ返してください」
「え? え? あ、はい」
スライムが次々にボードに名前を書いて掲げて行く。
ノノもロディアも出欠に戸惑いながらも返事を返し、全員の出欠確認が終わると、女性がクスリと笑った。
「初めまして、先生は喋ることが出来ませんので代理で私が自己紹介させていただきますね。本日皆さんの数学を担当することになった葛餅先生です」
葛……餅?
皆の頭にハテナが灯った。
「あ、あの、貴女が先生なんじゃ……」
「いえ、私はサリッサ。葛餅先生をフォローするだけなのでお気になさらずに」
「いやいやいや、ちょっと待てよッ! 俺は冒険者になりに来たんだぞ! 魔物に数学教わりに来たわけじゃねぇッ! 馬鹿にしてんのかッ」
3x × 2=42 xを求めよ。
少年の言葉を受けて葛餅が黒板に文字を書く。
なんだ? と訝しんだ少年の名を書いたプレートを掲げ、黒板を叩く。
「この答えを求めなさいと言っているわ」
「はぁ!? 習ってねぇのに分かるかよ!?」
「予習してればできるでしょう。葛餅先生、代わりに答えます。7ですね」
正解。とプレートが掲げられる。少年の代わりに応えた女生徒がふふんっと胸を張り、少年が悔しげに呻いた。
「このように、葛餅先生は計算も出来れば戦術なども得意です。この学園創設以来常に満点を取った最優秀卒業生ですからね」
あの、スライムが……?
思わず瞬きするロディア。
「思いだしたわ」
「ノノちゃん?」
「葛餅先生。マイネフランゴブリン襲来戦で魔王殺しの英雄となった伝説的存在よ」
「……え? 嘘、魔王殺しって……あれは新種の魔物でミミックなんとかじゃ……」
「ミミック・ジュエリー。意思を持った鉱石だったはずよ。確かにコルッカで最優秀成績で入学して、卒業まで他の追随を許さなかったっていう……」
「じゃあ、本当に優秀な魔物、なの?」
「少なくとも、ここに居る新人冒険者じゃ束になっても太刀打ちできないと思う」
「スライムにしか見えないのに……」
思わず呟きまじまじと葛餅を見る。
「うふふ。皆さんこれから葛餅先生をよろしくおねがいしますね。あ、でも女性陣は色眼使っちゃダメよ。私の夫ですからね」
「え゛っ」
それはほぼ同時に皆の口から漏れた当然の疑問であった。
新人教師葛餅、その魔物は、妻帯者であったのだ。
うふふと幸せそうに微笑むサリッサと葛餅を見比べ、新入生たちは戦慄の眼差しを葛餅に向けるのであった。




