エピローグ・その不穏な奴等を僕らは知らない
「総統閣下、報告しますッ!」
バッと姿勢を正し敬礼を行う男が一人、目の前のデスクで作業をしていた男に告げた。
そこはどこか旧時代の日本帝国長官室を思わせる、古めかしくも新しい室内だった。
入口の対面にデスクは存在し、社長椅子とでもいうべきか、黒革の高級な回転式の椅子に総統閣下と呼ばれた男が腰かけ、彼の背後には全面式の窓がある。
左の壁際には書物の入った本棚。右側には旗や金色のカップ、優勝杯など良く分からないきらきらとした物が飾られていた。
そんな総統閣下の前に佇む男の背後にはソファーが四つとそれに囲まれた長テーブルが一つ。
長方形のテーブルに合わせるように左右のソファは一人掛け、テーブルの長い面には対応するように長いソファ。その長ソファのデスク側に、一人の女性が座って本を読んでいる。
報告すると応えた男がしばし佇む。
声が途切れたことに気づいてはいたが、作業を止めていなかった総統閣下が書類を書き終えるのを待ち、彼が顔をあげた時点で話を始めた。
その総統閣下と報告を行う彼の顔は、瓜二つである。
「東大陸の征服が完了しました。ここ、グレイシアの半分が我が領土に成ったことを報告いたします」
「すでに聞いている。何のためのレシーバーだ。全く。俺の癖になんで直に報告して来るんだよ。しかも部下って」
「俺だから分かるだろ。役職をロールプレイしてんだよ。にしても、随分楽に侵略できたな」
「本命は西側だろ。東の大陸なんぞ雑魚ばっかりだったしな。それで、捕虜は?」
「今まで通りだ。反逆者は蹂躙するんだろ。いい女は沢山いたが全部抵抗して来たから殺し尽くした」
「チッ、まぁいい。これで新日本帝国は東大陸全てを制覇した。準備はできてるな?」
「当然。俺たちだぜ?」
「了解、ではこれより西大陸蹂躙作戦を開始する。作戦会議の為に女神の勇者を全員招集する。鋼鉄、融合、料理、錬成、飛行、操船の勇者をここへ呼べ。あ融合の奴はいいや。あいつは西に潜入させたままだった」
「結局行くのは自分なのに命令を下すのかよ」
「ああん? ロールプレイだろ? 総統閣下なんだから命令しねぇとな」
「自分に自分で命令とか。いや、まぁいいんだがな。マジでここに呼んでいいのか?」
「あ、やっぱ作戦会議室で」
「へいへい。あ、それ終わったら異世界の女抱いて来ていいか?」
「ふざけんな、俺のコピーが俺のやってない時に女と盛ってんじゃねぇよ。俺が一番だろ」
「それこそふざけんな。俺が本物でお前がコピーだろ」
「ンだとぉっ!」
「増殖の勇者。そこまでにしてくれる。うるさくて本読めない」
「「うるっせぇ知識創造の勇者ッ、嬲るぞッ!!」」
次の瞬間、ソファから増殖の勇者たちを見た女の手にロケットランチャーが握られる。
「次にその口開いたらデカいのブチ込むわよ?」
「「すんませんっしたっ!!」」
慌てて土下座する増殖の勇者たちに、知識創造の勇者は無言で立ち上がる。その手には既にロケットランチャーは握られておらず、閉じられた本だけがあった。
「何で立った!?」
「行くんでしょう作戦会議室。面倒なのはさっさと終わらせたいの。私は世界蹂躙とか征服とか興味無いし。本があればそれでいいのよ。作戦会議は手早く終わらせてよ」
「お、おう。了解。ったく、ほんと本好きだなお前は」
「あら、本は良いモノよ? 知らない知識を覚えられるし、ほら。知識が増えれば私の知識創造で作り出せるようになるもの。出来れば魔物図鑑とか欲しいわね。詳細が分かれば魔物だって作り出せるかも?」
「ねぇだろそんなもん。東大陸にある冒険者ギルドにだってなかったぜ?」
「自分で作るしかないのかしら? 練成の勇者に言ったらなんとかなるかしら?」
「流石に無理じゃね? アイツ金属加工は得意だけど錬金術みたいなのできねぇじゃん」
「そういえば女神の勇者、錬金の勇者居たわよね? あれってどこの世界行ったの?」
「少なくともここじゃねぇよ」
「残念」
増殖の勇者と知識創造の勇者が作戦会議室へとやってくる。
既にレシーバーで増殖の勇者の誰かが伝えていたのだろう。他の勇者もすぐにやってきた。
「よぉ、増殖の。来てやったぞ」
「増殖。俺は暇だぞ、そろそろ大暴れ出来る場所作れよ。じゃねーとテメーらで遊ぶぞ?」
「潜水艦出来たって本当! ついにウチの出番やんね!」
「なぁ、ゼロ戦作れっつったじゃん、なんでステルス戦闘機優先してんの!? なぁ! 俺の戦闘機まだかよ!」
「料理出来たよー。こうなると思って作っちゃいました。どうぞどうぞ。皆食べながら会議しちゃって」
作戦会議室に無数の勇者が募る。
女神と名乗る何者かによりこの世界へと降り立った勇者たち。その目的は……
「あれ? 融合の勇者居なくね?」
「あいつはだいぶ前に西大陸に派遣したからな。連絡ないし多分熱中してんだろ。融合しまくってるんじゃないか?」
「ンじゃこれで全員か。で、今回の作戦はなんだ?」
「ああ。東大陸を制覇した。明日から西大陸制圧を目指す。そのつもりで準備してくれ」
了解。勇者たちが同時に告げる。
それを満足げに聞き、増殖の勇者はニタリと笑みを浮かべた。
「さぁ、始めようか第二ラウンド。女神の願いの為、俺たちの欲望のため。この世界グレイシアを破壊し尽くすッ。新日本帝国、出陣だッ」
アルセ達の知らぬところで、彼らはついに動き出す。
それが世界を賭けた大戦争になる事を、そしてちゃくちゃくと準備をしていた者たちが彼らの前に立ちはだかることを、女神の勇者たちは知る由もなかった。




