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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
  第一話 その世界の名を彼は知らない
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その蔦の強度を魔物は知らない

 キルベアのかいなが迫る。

 妙にゆっくりと頭上から降りてくるそれは、断頭台の刃のように鋭く、黒い肉球が無駄に気持ちよさそうに見える。

 熊の手ってこうなってるのかぁ……なんて他人事のように見上げていた。


 走馬灯ってのが人生の危機には流れ出すと聞いた事はあるけれど、僕の人生の危機にそんな灯は流れやしなかった。

 ただ、コマ送りにでもなったように妙にゆっくりと自分の頭上へと近づいていく煌めく刃がはっきりと脳裏に焼きつく。


 僕にしがみついて起こそうとしていたアルセが顔を上げた。

 その無垢な瞳にキルベアの凶悪な爪が映る。

 瞳孔を目一杯に見開き自身に迫る凶器を認識した。


 その瞬間だった。

 窮地に立たされたアルセイデスの特殊能力が発動する。

 土中を押し割り急激に成長した蔦が、キルベアの腕を身体を絡め取る。

 咆哮とともに暴れるが、蔦はあまりに硬過ぎた。


 どれ程暴れても蔦は全くびくともしない。

 カインすら吹き飛ばす体躯のキルベアが暴れていて少しも緩まないのだ。

 一体、あの蔦がどれほど強靭なのかがよく分かる。


「これは……」


「マーブル・アイヴィ。アルセイデスの特技よ。余程追い詰めたりしなければ唱えられることはないけれど……」


 それはアルセイデスが見つけ次第狩られる要因の一つ。

 危機に陥った時に発動するその能力は強靭な蔦を急成長させて相手を絡め取る捕縛術である。


「ッらぁっ!」


 驚くネッテたちの後ろで、ついにカインの剣がアローシザーズの喉元を貫いた。

 肩で大きく息をしながら、カインがアローシザーズから剣を引き抜く。


「はぁ……大丈夫か、ネッテ、リエラ?」


「ええ。アルセが助けてくれたみたい」


「マーブル・アイヴィか。これで絡め取られたらまず抜け出せないからなぁ。この硬さがあるからアルセイデスの蔦は高値で売れるんだぜ」


 と、キルベアに近づいたカインは同じく近づいてきたリエラに説明する。


「そんなに硬いんですか?」


「一応、強度は大理石もブチ割るらしい。同じアルセイデスの蔦でつくったナイフとかじゃなけりゃ切れないと言われてるんだ」


「にしても……彼女、何してんのかしら」


 一生懸命に僕を揺するアルセを見て、皆首をかしげるのだった。




 マーブル・アイヴィに捕えられたキルベアは、何の苦も無く倒す事が可能だった。

 まぁずっと移動も攻撃も防御も一切不可なのだから、どれほどの初心者でもいい経験値稼ぎにしかならないだろう。


 憎々しげに吠えるキルベアがなぜだろう、哀愁をそそったのは?

 動けないキルベアに、戦闘経験だとばかりにカインが自分の剣を貸してリエラに攻撃させていた。


 ついでに剣技指導までしていたので随分と長い間キルベアの声が聞こえていたが、一時間後くらいにはリエラの動きも多少良くなってきた。

 疲れが見えだしたのとリエラの剣さばきの荒さに自分の剣まで折られる可能性を見たカインが慌てるように剣を奪い取って自分でキルベアにトドメを刺していた。


 間違っても自分は喰らいたくない。アルセを怒らせないようにしよう。

 姿が見えない分、誰にも助けて貰えないから餓死するのが関の山だ。

 キルベアの亡骸に自分を重ねてしまい、思わず全身がぶるりと震えた気分だった。


 アローシザーズの牙を初め、魔物たちを解体してさまざまなアイテムを手に入れたリエラは、初めての大物退治でほくほく顔だった。

 木の枝振りまわして大した役に立っていなかったことなど全く素知らぬ顔である。


 まぁ、熟練冒険者から剣の動かし方を教わったのだから良い経験にはなったと思う。

 一人立ちはまだまだ無理そうだけどさ。


「えーっと、アローシザーズは牙と皮と爪。ワラビットは肉と牙。エンテは燃やしちゃったから木炭だけ。キルベアは熊手と熊肉。毛皮か」


「キルベアの熊手はかなり希少だぜ。アルセイデスには劣るけどな」


「薬膳料理に出されるから重宝されるのよ」


「それじゃあ、さっそく町に戻りましょう。早くこれ持っていかないと」


「そうだな。装備も整えたいし」


 そうか、彼らはこれから町に行くのか。

 アルセは、どうなるんだろう?

 件のアルセはというと、僕の裾を掴んで指を咥えていた。


 アルセの手には剣ではなく木の枝が握られている。

 残念ながらエンテにくれてやった折れた剣は焼けて使える状態ではなかった。

 かなり熱かったので、ネッテもリエラもアルセに持たせる気にはなれなかったらしい。


 剣を持とうとするアルセにリエラが適当に拾った木の枝を持たせると、それを片手にくるくる回りだしたので、折れた剣はその場に放置することにしたのだ。

 踊るアルセは可愛かったので、皆でほっこり癒された。


「はぁ、森のこの辺りはキルベアさえ出なければ、たいして難易度高くないはずなんだけどなぁ、物凄く疲れたわ」


「全くだ。早く風呂に入りてぇ」


 とりあえず、付いて行ってみるか。

 もしアルセが危険な目に遭うようなら僕が連れて逃げればいいんだ。

 僕は、アルセの頭を撫でてやる。

 何の因果か分からないけれど。僕は、君を守ってみせるよ。

 さっきは守られちゃったみたいだけどね。

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