その選民思考の一因を僕らは知りたくなかった
「こんにちわー」
リエラの控えめな声を聞き、その二人は話を止めてこちらを見て来た。
一人は男。唯野さんみたいにバーコードの頭にぐるぐるメガネ。頬の脂汗を布で拭いつつ、隣の綺麗なお姉さんに平謝りしていた背中に蝶のような羽をもつおっさんだ。
もう一人は金髪で雅な女性。緑のドレスに六枚の透き通るようなトンボ羽。見る位置によっては虹色に輝く羽をゆっくりと振るわせ中空にホバリングしている彼女は、先程までおっさんをどなり散らしていたところである。
ヒステリックな声が遠くまで響いてました。
「あら? 失礼。お客様にはしたない姿を見せてしまいましたわね」
「あ、いえ、お構いなく。えーっとタルイス・テーグが派閥を作る三大勢力のボスの一人、でいいんですかね?」
「なんだか失礼な言葉に感じますがまぁいいですわ。私の名を知らない人間の方なのでしょう? 初めまして皆様、私は次期妖精女王となるティターニアと申しますわ」
貴族風にスカートの裾を持ってお辞儀するティターニア。ということはだよ、隣にいるおっさんは……
「あ、すいません。私アルベリヒと申しますですハイ」
平身低頭のおっさんはオベロンじゃなかった。ティターニアといえばオベロンでしょ!? なんで別の名前? アルベリヒ……ん? アルベリヒってなんか聞いたことあるような?
「確かオベロンの原型と言われてる妖精の名ね」
あ、そうなんだ。さすがアカネ、物知りです。
でもそんなアルベリヒさんの姿がくたびれたサラリーマンにしか見えないのがなんか……ショックだ。
「それで、皆様我が元へいらしたのは何の御用かしら?」
こちらの名乗りは不要のようだ。多分覚える気が無いのだろう。
「実はですね、ヴィゾフニールさんからタルイス・テーグの選民意識を緩和できないかと相談されまして、彼らが信望する三大妖精が関係していないかと今調査中です」
リエラさん直接過ぎ!? いくらなんでも相手の気分損なうんじゃ……
「まぁ、では私がタルイス・テーグに選民意識を植え付けていると?」
「え、いえ、その……」
「その通りですわ」
……は? え? はあぁ!?
僕らは一瞬理解できずに呆気に取られる。
「え? あの、認められるんですか?」
「ええ。だって私は女王になる程に選ばれし妖精なのですわよ。その付き人が他の妖精と一線を敷くのは当然ではなくって?」
「いや、それは、その……アカネさんパス!」
リエラ撃沈。アカネもキラーパスを受けて困った顔で前に出る。
「一ついいかしら」
「ええ。何かしら? 止めろと言われても止める気はありませんわよ?」
「そうじゃなくて、貴女以外に付いているタルイス・テーグたちも似たような選民思考なのはなぜか分かる?」
「多分私に付いて行けずに抜けた子たちですわね。基本金髪は選ばれしハイピクシーだと教えておきましたもの。選民思考が染み付くのは仕方ありませんわ」
「じゃあヴィゾフニールを崇拝してるのは?」
「それは知りませんわ。おおかた金髪をこじらせ金色を崇めるようになったのかもしれないわね」
どうでもいいといった様子のティターニア。
これでは埒が明かない。
この人の鼻っ柱圧し折ったところでタルイス・テーグたちが意識改革することは不可能に近いだろうし。
「とりあえず、妖精女王にも聞いてみた方がいいかもしれないわね」
アニスさんの言葉で皆が方針を決める。
でもいいの皆。こいつ迷子になった奴を食い殺す悪妖精だよ。皆を惑わせようとしてません?
「あら、もういいのかしら?」
「あ、はい。お邪魔しました」
「ティータイムにくらい参加してもよろしいと思いますわよ。仕方ありませんわね」
溜息吐いて隣を見るティターニア。その間に僕らは踵を返して妖精女王の元へと向かう。
「ところでアルベリヒ」
「はい、何ですハニー?」
「私、なんで怒っていたのか覚えてます?」
「忘れたのならいいではありませんか、ほら、花畑の方に向かいましょう?」
「そうね。忘れたのならそこまで問題なかった……わけないじゃない! この浮気者ッ」
え、あの容姿で浮気したのかアルベリヒ。そりゃすごい剣幕で怒られるわ。っつか別れちまえよそんなおっさん。
僕はアルベリヒに爆死しろと邪念を送り、皆に遅れないように付いて行く。
やめてペンネ。死んだ魚の眼で僕を見ないで。なんか責められてる気がするから。
「アカネさん、どう思います?」
「まだなんとも。でもティターニアだけが元凶って訳じゃなさそうな気がするのよね」
それは乙女の感かなにかですかね?
でも、アニスが言ってたように確かに全員に聞いても解決策は思い浮かばなかった。これじゃあどうすればいいか全く分からず暗中模索状態が続きそうだなぁ。




