その大量虐殺をしかけたことを彼女は知らなかった
妖精郷へと辿り着く。
既に話は付いているのか、妖精郷入口の靄をアニアに扇動されながら抜けると、美しい花畑の丘が広がった。
目の前にあるのは赤い花。
少し離れにあるのはラベンダー畑だろうか? いくつか丘が見える丘陵地で、一つの丘に一種類の花の群れが存在していた。
赤いところは赤の花。黄色いところは黄色の花と区切られたような花園に、無数の妖精が行ったり来たりしているのが見える。
「おー。ニンゲンだ。凄い、ここにニンゲン来たの初めて見た」
「数百年以上ぶりだもん。あ、そっかあんた生まれてなかったっけ」
「うん、昨日生まれた」
「実は私も昨日生まれた」
「なんで数百年以上ぶりとか知ってるの!?」
「なんかテキトーに言ってみた」
キャハハと笑い合う妖精たち。
うん、何かよくわかんないけど楽しそうだ。
ね、アルセ。……アルセ?
アルセはしゃがみ込んで地面を見つめている。
どうしたのかと見てみれば、蟻の行列がそこにあった。
ああ、そう言えば蟻の行列見たらどうとか言ってたな。えーっと。なんだっけ無理じゃんだけ?
「おっ!」
見ろ。とばかりに人差し指を僕に見せて来るアルセ。
その指先に何か黒いモノが……蟻だ。いや、違うぞ。蟻の上に何か乗ったアントライダーの女の子だ。
いきなりアルセに拉致されて怯えているが、アルセが「お」と声を掛けると、ひゃんっと驚きつつもお辞儀を行う。
「アルセ、何してるです? わ、女の子? え、小さっ!?」
テッテが覗きこんで来て驚く。
妖精少女は蟻から降りて二人に向けて平身低頭、こんにちわこんにちわっと頭を下げている。
赤い髪のパッツンストレートの女の子だ。
もはや気を付けて行かないと潰れかねない少女はアルセの指先の上で蟻に乗り直し、はいどーっと手綱を引いて歩き出す。
……何処に向かう気?
とことことあるく蟻はアルセの人差し指から中指に。そして差し出されたアルセの左手に移り、親指に移動。さらに差し出された右手に移ってあれ? これどうやったら戻れるの? みたいに半ベソ掻いてる。
アルセ、可哀想だから帰しておやり。
アルセも満足したようで蟻の群れへとムリアンを返してあげる。
ああ、そうだ。ムリアンだよムリアン。
そしてアルセはお詫びの代わりにアルブロシアを御寄附。
ちょこんと蟻の群れの近くにアルブロシアを置いたので、初めは戸惑ったムリアンたちだったが、見る間に蟻集りとなり黒い果実になってしまった。
これ、ムリアンだけじゃなく蟻たちもチート化するんじゃ……将来が恐いなここの蟻。
「そろそろ行きましょ。アニアが待ってるわ」
アルセが満足するのを待っていたらしく、アカネが促して来る。
ほら、アルセ、テッテ、皆待ってるみたいだから行こうか。
「全く、何してんだかわかんないけどさっさと行くわよエロバグ」
って、あああっ!? アカネ、踏んでる。蟻踏んでるっ!?
丁度アルブロシア食べて帰ろうとした蟻たちが向かった別ルートをアカネが踏み潰していた。
そして足を持ち上げ皆と合流する。
その足の後には見るも無残な……
みょこっ、みょこみょこっ。
ぎゃあぁ!? なんかゾンビみたいにムリアン達が蘇った。
完全アルブロシアの影響だ。無事生還したムリアンたちは蟻たちともども自分たちの生還を見て喜びあっていた。
「お。おおぅ?」
アルセもちょっと引いてる。
アカネ、自分の知らないうちに大量虐殺しかけてたって、知らないんだろうなぁきっと。
「アカネさん思い切り踏みましたです」
僕とアルセ、テッテとルクルが蟻たちを踏まないように気を付けながら皆と合流する。
なんか、地面踏むのが恐くなってきたよ。
「テッテちゃん、アルセ達と何してたの?」
「え? ムリアンを観察してたです」
「ムリアン? って、確か蟻の群れがどうこうっていう?」
「蟻に乗ってる妖精たちよリエラ。もしかして忘れた? 踏まないでよ頼むから」
「あ、そうでしたね。気を付けないと……テッテちゃん?」
影を落とすテッテの顔に、何かを感じたリエラがまさかと顔を青くする。
「誰か、踏みました?」
「さっき、アカネさんが群れを……」
「え? 私!?」
ひぃ汚い!? みたいなこと言いながら靴裏を確認するアカネさん。そこにはひっついていたムリアンが一匹。みょこっと身体を起こしてコンニチワ。
「い。いやああああああああああああ!? 取って、誰か取って、踏み殺しちゃう!?」
どういう叫びだよ。と思いつつもアカネの足からムリアンを救いだす。
大丈夫かねムリアン君。アカネがごめんね。死者が出なくてほんとよかったよ。
ムリアンを地面に返して僕らは妖精郷を村へ向けて歩き出すのだった。




