その湖のおじさんが何処から来たのかを皆は知らない
「お、ここか」
湖、というか氷が張ってるせいでただの地面にしか見えない。
でも周囲は雪が降り積もっているのに、その巨大な湖だけは薄氷が張っているだけだった。
その湖の中央付近で、折りたたみ椅子に腰かけ釣り糸を垂らすおっさんが一人。
わざわざ薄氷に穴を開けて釣りをしているらしかった。
むっさい髭面のおっさんは髭すらも白く凍らせじぃっと糸を見つめている。
何故ここに居るのかよくわからないが、とりあえず偽人ではないらしい。
「うわ、めずらしい。こんなとこに人いるし」
「微動だにしてませんけど死んで無いですよね?」
アンサーが不安げに尋ねるが僕らが分かる訳がない。
アニアがそーっと寄って行く。
いたずらでもするつもりだろうか?
アニアがおっさんに触れようとしたその刹那。
「どらっしゃあぁぁぁぁぁっ!!!」
大声あげて釣り糸を引き上げるおっさん。
ぴちぴちとしたワカサギっぽいのが三匹連なって穴から出現した。
「ふはは見たか! 貴様らなんぞ直ぐに餌に食いつく馬鹿者よ! 俺様が食らい尽くしてくれようぞ!!」
「び、びびび、びっくりしたぁ……」
「ん? 何だ貴様は?」
おっさんは今初めてアニアに気付いたようで、胡散臭い人物を見るような目でアニアを見る。
おっさんの方が胡散臭いけどこの場合は仕方ないだろう。
「ひゃ、え、と、あの、おじさんは何をなさってるんですか?」
「ワカサギ釣りだ。ここは人が来んからよく釣れるんだ」
バケツにワカサギを放ち再び穴へと糸を垂らす。
「あ、こら貴様等こっちくんな!」
僕らが近づこうとすると、気付いたおっさんが慌てて叫ぶ。
「え、どうしてっ」
「どうしても何もそんな大人数来たら氷が割れるわっ!!」
そりゃそうだった。
僕等全員の体重が掛かったらこんな薄い氷は壊れて皆揃って冷たい水の中に入ることだろう。
「あの、何処から来たのよあんた?」
「ん? この近くの大陸だ。この人類未踏区は人が住めないからな」
ならあんたが何故いるのか、と。
いや、確かに防寒具はしっかりとしてるみたいだけどさ、人類未踏区なのに既に人類踏破しちゃってるよね? 何この矛盾、僕ツッコミすらできないのか。
「よくまぁこんな所に来ましたね」
「おぅ、俺は漁師しててな。嵐で船が難破した際ここに辿り着いたのよ。なんとか人を探して彷徨ったが着いたのがこの湖でな。ワカサギ釣ってなんとか生きながらえて家に帰還してからも時たまこうやって食べに来てんだ。美味いだよこれが、エールと一緒だと特によぉ」
「魔物でるでしょうに……」
「ふはは。そんなもんにこやかに手ェ振って友好示しときゃ攻撃はされねぇぞ?」
「……武器持ってたりしなかったのがよかったのかしらね?」
単に運が良かっただけだと思うよアカネさん。いや、でも変な生物と認識されて逆に警戒されて襲われなかったとか?
ついでに釣りして帰るだけだったから攻撃対象に指定されてなかったとか?
ここの魔物基本的に人間には会わないだろうし、物珍しさから遠くから見てるだけだった可能性はあるかな。
「おじさんとの話はそろそろいいんじゃないですかね? プレシオの元へ行きましょ」
焦れたメリエに促され、僕らはトココカ湖の周囲を歩く。どうやら雪に埋もれているものの、洞窟のような入り口が設置されているらしい。
あ、あそこ凄く山になってるぞ。
「ああ、その辺り確か洞窟があったな。この前来た時には雪で埋まっちまってたが」
おっさんがワカサギ釣りあげながら言う。
凄い釣れてるなおっさん。既にバケツの中もびっちびちだ。水が見えません。
っと、あんましおっさんのバケツ覗いてても危ないな。既にここにはアニアとおっさんと僕がいるから三人で、あ、ルクルもいつの間にか来てるし。
やばっ、今びきって向こう側に亀裂が。
おっさんも気付いたようで、そーっと動きながら釣り道具をしまう。
バケツをゆっくり移動させながら自分の身体を釣り場からじりじりと距離を取り湖の危険地帯から抜けだして行く。
「ふぅ、ったく、テメーらのせいで氷が壊れそうじゃねぇか。また一週間は見ねェとだな」
そう言っておっさんが去っていく。おお、本当に襲われないぞあのおっさん。近くに現れたクッコロさんにワカサギ一匹あげてるくらい余裕ある対応で去っていった。
その間に僕らは洞窟があるらしい場所にルグスによる火炎魔法で雪を蒸発させ、洞窟内へと向かうことにした。
どうやら下り坂になってるようで湖の奥に繋がっているらしい。最終的に地底湖でプレシアさんとやらに会うことになるそうだ。
やっぱり今回も闘いなのか……な?
あああっ、ゴワスさんがこっち来ずに湖を直進してま……壊れた!? 足場の氷が壊れた! ゴワスさーんっ!?




