AE(アナザー・エピソード)・その魔物がまだ生きていることを僕は知らない
「はぁ。なるほど」
リフィはアマンダの境遇を聞いて同情の念を覚えていた。
何しろ愛すべきペットが逃げてしまい。探している内に魔物と勘違いされて討伐されてしまったのだという。
その相手を探しだし、抗議したアマンダだったのだが、相手に攻撃され、さらに意味不明の呪いまで受けて海に投げ捨てられたのだという。
その後は海を漂い、魚を食料にして何とか生きながらえているそうだ。
その合間にはサメに追われたり、シャチにビーチボールよろしく空高くふっ飛ばされたり、オオクジラに飲み込まれて潮吹き穴から脱出したりと普通の人間ならまず体験しないような不幸体験をしてきたそうだ。
家に帰りたくても陸地に上がれず、アマンダの生活拠点は冷たい水の中のみなのである。
その辛い境遇に、リフィは少し前まで家族と離れ、一人陸地で生活していた時の事を思い出させられた。
あの時は透明人間な誰かやリエラたちが居てくれたから自分はこうして海の中に戻れたのである。
だから、アマンダの境遇が自分と似ているような気がして彼女を助けてあげたいと思うようになったのである。
ただ、気のせいだろうか? アマンダの言葉の端々にあれ? と首を傾げたくなる表現が散見される。
いや、嘘を付いているというわけではないのだ。アマンダが告げる憎き敵性存在というのがなんとなく自分の知っている者たちによく似ている気がするのだ。
それに当てはめるならば、半魚人たちの島が彼の怒りに触れてバグった時と、アマンダの身に起こったバグのような呪いがなんだか同じような気がして来なくもない。
敏いリフィはその可能性も視野に入れつつもアマンダを助けることを念頭に動くことにした。
とりあえずは復讐よりは相手の言い分も聞くべきだろうと判断しての行動である。
ただし、今はトココカの水龍に会うのが先なのである。
「あら? ねぇ、リフィさん」
「はい? なんですか?」
「アレって、人よね?」
ふと気付いたアマンダが真下を指差す。
そこにはサンゴ礁を割り砕きながらゆっくりと進んでいる生物が居た。
その容姿、確かに人間のモノである。足をゆっくりと踏み出し進み、張り手で目の前の障害物を破壊する。
口には大きな頬袋。空気を溜めているようでかなり膨らんで見える。
ぼこぼこと、その男の鼻から息が気泡となって漏れて行く。
その光景こそが、彼が肺呼吸で進んでいるのだと分かる状態であると言えた。
しかし、そんな男が進むのは、海底である。
「ちょ、なんでこんなところに二足歩行の生物が!?」
「あ、ちょっとリフィさん!?」
慌てて泳ぎ、彼の元へと急行する。
「ちょっとあなた、こんな場所危ないわ! 速く海上に出なさい! 死にたいの!?」
男は一瞬リフィに視線を向けるが、気にせず張り手を付きだし前へと進む。しかし息苦しくなったようで、仕方なく海底から真上へと移動。
海上で息を吸った後、再び真下へ泳ぎ、サンゴ礁に張り手をしながらトココカ向けて進み始める。
「キチガイね」
「うーん、なんかニンゲンって感じじゃないですね。あ、やっぱり。アレは偽人ですね」
「うそ!? あんな偽人もいるの?」
「えーっと、おいどんは自分の道を行くでゴワス? 変な名前ですね」
「まぁ、名前の由来は分からなくもない、かなぁ」
「あ。見てください。真っ直ぐ行くだけじゃないみたいですよ」
「チンアナゴを避けた?」
チンアナゴという海底に巣を持ちたゆたっているアナゴの群生地に差し掛かると、その偽人は大きく迂回してこれを回避、そして再び真っ直ぐに歩き出し、息が続かなくなったところで海面へと浮上して呼吸。
これを繰り返しながら海底を進んでいた。
「優しい偽人さんですね」
「いや、でもサンゴ礁普通に破壊してるし、ほら、サメッぽいの撃墜してるわよ」
「わわわ、三つ折りザメが張り手一発!?」
正面に来たサメを張り手一発。側面から攻撃を仕掛けたサメにもドスコイっとばかりに手を掛け投げ飛ばし、足で踏み締め進んでいく。
超強力な偽人は、自分の思うまま前方向かって進んでいるのだった。
「トココカに向かえばアレと鉢合わせしそうね」
「うーん。方角的にプレシオさんの寝床直通な気が……大丈夫かな?」
リフィが不安げに呟く。
しかし彼の道を阻むことなど出来はしない。
リフィとアマンダは不安な面持ちでおいどんは自分の道を行くでゴワスを追いながら進んでいく。
リフィの不安は的中する。それも運命的な再会と共に。
そこで交錯する者たちとの邂逅が何を齎すのか、リフィもアマンダも、そしておいどんは自分の道を行くでゴワスすらも、今、この時点では誰も分かりはしなかった。
聖獣プレシオ。その寝床でかつてないカオスが始まろうとしていることを、まだ、誰も知らない。




