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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第四話 その盗賊達がどうなったかを彼らは知らない
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SS・その抗争でなにがあったのかを彼しか知らない

「はぁ!? バイクの増量? 正気か辰真」


 マイネフラン武器屋で、おやっさんは思わず大声をあげていた。

 その日、突然白いガクランを風に靡かせポンパドール頭の男と、肩パッドで世紀末を生きていそうなパンク頭の男が肩組んでやって来たのである。


「オルァ!」


 ああ、頼む。こいつ等の分も作ってやってほしいんだ。

 パントマイムで告げる辰真に、おやっさんは困ったように禿げた頭を掻く。


「つってもなぁ。一つ二つならまだしも数が数だろ? 何人分になんだ?」


 少なくとも数十台は必要だ。


「まぁ、相談はしてみるが、皆仕事があるんだ。すぐできるもんじゃ……あん?」


 おやっさんが告げると、辰真がおやっさんに付いて来な。とジェスチャーする。

 おやっさんがなんだぁ? と訝しみながら店の前に出てくると、そこにはツッパリレディースヒャッハーの群れ群れ群れ。


「営業妨害かっ!?」


「オルァ!」

「ラァッ」

「ヒャッハーッ」


 おやっさんの言葉に反応し、その場の皆がオスッとばかりに両手を目の前で交差させて頭を下げる。


「……あー、もう、わぁったわぁった。だが人手が足りん。折角だからテメーらも手伝え。作成方法知っとけば整備も量産も可能だろう」


「オルァ!?」


 いいのか? と驚く辰真にはっと鼻で笑うおやっさん。


「こうなったらとことんやるしかねぇだろ。なぁ、おめぇら!」


「仕方ないのぅ。だが、まぁ面白いからやるがの」


 騒ぎを聞き付けてやってきた鍛冶屋の親父も、防具屋の店主も、製鉄所の所長も、皆が集まりニヤリと笑みを浮かべる。

 金にならない道楽。否、ツッパリ達が素材を持ち込み、ヒャッハーたちがコルッカ地方の珍しい素材を金にして、ついでにレディースたちが皆を鼓舞する。

 彼ら一丸となりヒャッハーたちのバイク作成が始まった。


「ところで辰真。そこの変な頭の奴らは何処で知り合ったんだ?」


「オルァ」


 抗争相手だった奴らだ。

 そう告げてヒャッハーを見る辰真。ヒャッハーも同じように辰真を見つめ、軽く拳を突き合わせる。

 つまり、抗争終えておめぇら、やるな。てめぇらもな。みたいな状況になったのだろうことはおやっさんにも理解できた。


 しかし、ツッパリとヒャッハーが激突したのならギルド等で噂になってもおかしくない気がするのだが……

 おやっさんは小首を傾げ、しかし次の瞬間自分には関係の無いことだと思いなおして深く詰問するのを止めるのだった。




「た、助かった……のか?」


 戦場跡に一人、その男は立っていた。

 もう既に闘いが終わってから数時間が経過しているが、彼は未だに自分が生き残っていることが不思議でならなかった。

 それもそうだろう。本格的にツッパリとヒャッハーが争って居れば中央で巻き込まれた彼は確実にどちらかの攻撃を受けてボロ雑巾のようになっていただろうから。


 彼は狐に抓まれたような顔で自分の頬を引っ張る。

 痛い。夢じゃない。

 実際、巻き込まれた際は死を覚悟した。

 総長辰真とヒャッハーが睨み合い、彼を中心に近づいて来たのだ。

 しかも何故か彼を挟んで睨み合いが始まったのである。


 ナイフを舐めながら男の首すじにナイフの刃先を当てて来るヒャッハー。

 下から睨み上げるように恐ろしい顔をしてくる辰真。

 途中で何度か失神したものの、気が付くと自分を中心にして睨み合いがまだ続いており恐怖でまた失神を繰り返す。


 辰真以外にもそこかしこで睨み合いが始まり、もはや生きた心地は無く、いつ抗争が勃発してもおかしくなかった。

 無数の威嚇がそこかしこから響き渡り、怒声にびびって意識を覚醒し、睨みにびびって意識を失うを繰り返す。

 男は本当に、自分はこの抗争に巻き込まれて死ぬのだと確信した。


 そして気付いたら、彼一人だけがそこに居た。

 まるで先程までのことが夢だったのではないかと思えるほどに、長閑な街道は快晴が広がっており、ぴーひょろろとハーピーが空を舞っている。


 近くの森からはリスが出て来ては彼に驚き森に消え去る。

 正直生きた心地はしないが、自分は助かったのだ。

 断じていつの間にか死んでいたなんてことも無さそうだ。


「なん、だったんだ……」


 護衛任務が終わった後だったからよかったものの、もしも護衛任務中にアレに巻き込まれていたらどうなっていたか。否、そればかりか剣でも抜こうモノなら自分は既に生きていなかったのではないかとすら思え、全身が震えて来た。


 冒険とは夢あるモノではなかっただろうか?

 今ではあんな状況を味わうこともある冒険などもはやする気にもならなかった。

 とぼとぼと家路に着く男は、安堵の息を吐く。


「父ちゃん母ちゃん、俺、農業継ぐわ」


 誰にともなく呟き、男はこれからの人生を確定させた。

 きっと辛いことはこれからも起こってくるだろう。

 しかし、凶悪な軍団に前も後ろも囲まれ押し潰されるように迫って来られる体験よりも恐ろしいことなど、彼には思いつかなかった。

 今なら嫌で嫌で飛び出した実家の農業も、喜んで行える仕事になりそうであった。

 そしてこの日、一人の冒険者が……引退した。

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