SS・その抗争のきっかけを彼女しか知らない
「じゃあネフティア、二、三日は自由にしていて構わないわよ」
「おおアメリス。よぉく帰って来てくれた」
アメリス邸に戻ってくると同時に館から現れた父親に気付き、貴族風に挨拶を行うアメリス。
令嬢然とした姿にミルクティがぽぉっと顔を赤らめていた。
「ただいま帰りましたお父さま。三日程ですが寝食を共にすることをお許しください」
「ええい堅苦しい。お前が帰ってくるのを心待ちにしていたよ。マルセイユよ。向こうでのアメリスの生活はどうだ? 不自由はしていなかったか? 声を掛けて来るような男はいなかったか!?」
一瞬、聞かれた側付きメイドはミルクティに視線を向けたが、言い寄ってくる男ではないので報告しないことに決めたらしい。
「いいえ。アメリスお嬢様はとても素晴らしい日々を送っておられます。間もなく冒険者学校も卒業出来ましょう」
「なんと、では正式に戻ってくるのも……」
「いえ、お父さま。卒業後は貴族学校の方に入学しろと言っていらしたではありませんか」
「む、そ、そうだったか?」
「ええ。冒険者学校は私の我儘。しかしその後に貴族としての見識を広めよと。ですから卒業後は直ぐに貴族院に向かいますわ」
そんなアメリス達の話は長くなりそうだったので、ネフティアはそっとアメリス邸を後にした。
館に居る間は護衛の必要はないとのことなので、寝泊まりに戻る以外は自由にしていいらしい。
せっかくなので少し遠出して兄の様子でも見に行こうか。そんなどうでもいいことを考えて歩いていると、背後に気配。
はて? と視線を向ければ、ナイフを舐りながらヒャッハーが付いて来ていた。
傍から見れば幼女を背後から襲わんと手ぐすね引いている危険人物にしか見えない。
ツッパリ達が警戒して視線を向けて来ていたので、溜息を吐いたネフティアはヒャッハーの横へと並ぶ。
「ひゃはぁ?」
どうした姐さん? みたいに尋ねて来たヒャッハー。
ネフティアは沈痛な顔をしたあと気を取り直してゴボル平原へと向かうことにした。
しばし街を歩いていると、やはりヒャッハーは危険人物にしか見えないようで、レディースやつっぱり、果ては兵士達が警戒した顔で近づいて来たりする。
ただ、ヒャッハーの隣に青白い肌の少女がいるので人攫いかと勘違いしているだけのようで、ネフティアが薄い笑みを浮かべて手を振れば安心して去って行くのだった。
たぶん、ヒャッハー一人きりにした瞬間彼は牢屋行きになるだろう。
アキオもヒャッハーもホント自己主張が激しいだけで弱いのだから、自分が守らなければ。
使命にも似た思いでネフティアは決意を新たにする。
ゴボル平原でもヒャッハーは威嚇だけをして狼モドキに殺されかけていた。
ネフティアが居なければ本当に死んでいたかもしれなかっただけに、彼の弱さは折り紙つきなのだとネフティアは気付かされた。
途中巡回中のツッパリが手伝ってくれたのでヒャッハーがいつの間にか死んでいたなんてことにはならなかったものの、拳を振るい狼モドキを薙ぎ払うツッパリに、ヒャッハーが威嚇を始めたのにはネフティアもまいった。
狼モドキたちが居なくなった平原で、ツッパリとヒャッハーが睨み合う。
「オルァ」
「ヒャッハ」
ギロリ、睨み上げるツッパリ。ナイフを舐めて威嚇するヒャッハー。
どうしたらいいのか分からずただただ冷めた視線を送るネフティア。
どんどん近づく顔と顔。
ガンつけによりツッパリの顔が恐ろしいモノに変化しているが、ヒャッハーも下っ端根性前面に押し出しナイフを舐めながら上から目線で威嚇する。
下から睨み上げ顔を近づけて行くツッパリ、上から目線で見下すようにナイフを舐め上げるヒャッハー。
決戦は永遠に続くかと思われた。
だが……
「オルァ」
何をしてる?
見回りを行っていたツッパリ達がやってくる。
ここは彼らの縄張りなのだ。
ヒャッハーは見る間に無数のツッパリたちに囲まれる。
そして、そのツッパリ達の間から、白いガクラン姿のツッパリが姿を露わした。
「オルァッ」
その人物に気付いたネフティアが軽く手を上げる。
白きツッパリ総長辰真は、懐かしい顔に気付いてオルァと挨拶を行う。
ネフティアのジェスチャーで何が起こったかを理解した辰真は少し考え、ヒャッハーに話しかける。
ヒャッハーもツッパリ達には思う事があるようで、何かの密約を行っていたのだが、ネフティアに彼らの言葉を理解することはできなかった。
「オラァ!」
「ヒィャッハァァァ!!」
最後に一度だけ威嚇をしあい、辰真たちが去って行く。
ヒャッハーは彼らの後ろ姿をじぃっと見つめ、来る戦乱に生唾を飲み込むのだった。
で、なんだったの? ネフティアが小首を傾げるが、理由を知ることは出来なかった。
ちなみに、セルヴァティア王国への顔だしは二十分とかからず終わり、帰路についたネフティアたちはアメリス邸にしばし厄介になったあとアメリス別邸へと引き上げて行くのであった。




