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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第四話 その盗賊達がどうなったかを彼らは知らない
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SS・その抗争が始まろうとしていることを誰も知らない

 その日、アメリスたちは久しぶりに故郷であるマイネフランへと戻って来ていた。

 アメリスとフィラデルフィラル家のメイドや下働き、ミルクティ、ネフティアそしてアキオといったメンバーである。


 ミーザルたちはアメリス別邸にそのまま残っているのだが、アメリスたちは冒険者学校の休暇時期を故郷で過ごすことにしたのである。

 馬車に揺られて戻るアメリス。その膝にはミルクティがごろにゃんと寝そべっており、その対面には無表情のネフティアと、ナイフを舐め続けるパンク頭の男。


「?」


 ふと、ネフティアは揺れる馬車の中、疑問を覚える。

 隣でナイフを舐め続けるアキオに無言の視線を向けた。


「ヒャハァ?」


 なんだ? と彼はネフティアの視線に気づいて声を出す。

 そしてネフティアは気付いた。

 あ、こいつアキオじゃねぇ、ただのヒャッハーだ。


 思わず視線を逸らして脂汗を流すネフティア。

 アキオが暇してたからついでに連れて行こうとして引っ張って来たのだが、どうやらアキオではなくたまたま街に遊びに来ていたヒャッハーという魔物を連れて来てしまったようだ。

 ヒャッハーも大人しく連れて来られ、馬車内でもナイフを舐め続けるだけだったから気付かなかった。

 そもそもが似たような姿なのが悪いのだ。


「どうかしたかネフティア?」


 不意に、アメリスから声を掛けられびくりと身体が揺れる。

 困ったようにネフティアが視線でアキオを見る。


「ん? アキオがどうかしたか? ああ、馬車の中でナイフをちらつかせるのは確かに感心せんな。アキオ、ナイフを仕舞っておけ」


「ひゃっはー」


「ヒャッハーではない。馬車の中は憩いの場である。ゆえにナイフなど殺傷武器は仕舞っておくものだ。郷に行っては郷に従えというだろう」


「ひゃはぁ……」


 残念そうに素直に仕舞うヒャッハー。

 違うの、そうじゃないの。ネフティアの無言の視線に、アメリスは気付かなかった。


「それにしてもぉ~、アメリスお姉様ぁ、にっちゃんたちは連れ帰らなくてよかったのぉ?」


 猫なで声で告げるミルクティ。

 アメリスの股に顔を埋めてすんすんしながら聞いて来る。

 やめろ。と拳骨を後頭部に落としたアメリスはミルクティの首根っこを引っ掴んで身体から引き剥がすと、自分の隣に座らせる。


「にっちゃんはにっくんと一緒に居たいみたいだからな。好き者同士、邪魔するのも無粋だろう」


「そうよね、好きな人同士の邪魔はダメだわ。ねぇ、アメリス」


 としなだれかかって来たミルクティを裏拳で迎撃し、アメリスはネフティアに視線を向ける。


「今回はすまんなネフティア。冒険者学校卒業者は葛餅とお前しかいなかったから私達の護衛に来て貰わざるを得なかった。葛餅は弟子の育成で忙しいからな、手の空いている者はお前だけだったのだ」


 気にしてない。と親指を立てるネフティア。

 しかし彼女はやはりヒャッハーが気になるようで、手持ちぶたさで窓から外を眺めているヒャッハーに視線を向ける。


「でも、ネフティアはやっぱりアキオが好きなのかしら?」


 なんだと!?

 思わずネフティアが視線をミルクティに向ける。目を見開き驚愕しているのは、寝耳に水の情報を聞かされたからである。


「どうやら違うようだぞ」


「あれ? でも最近ずっと一緒でしょ。アキオ連れ回してるじゃない」


 当然である。アキオは自己主張が強い癖にやたら弱いのだ。

 まさにやられるために出張っているといっても過言ではない。

 ネフティアが必死に否定するが、ミルクティはそれを照れ隠しと取ってしまったようで、まともに取り合ってくれなかった。


「そろそろ着くな」


 馬車が検問の為に一度立ち止まる。

 御者が身分証を提示し、簡易検査が終わると、直ぐにマイネフランへと入ることになった。

 ネフティアも久々に訪れたマイネフランの街並みを見ようとヒャッハーとは逆方向の窓から外を見る。

 街中に魔物が普通に歩いていた。


 アルセイデスが屋台でフランクフルトを買っていたり、ハーピーが卵を露店販売したりしているのを見てしまい、ネフティアは思わず自分の頬を抓った。

 街中では至るところでツッパリとレディースがう○こ座りしながら行きかう人々を威嚇している。

 これは本当に人間の街なのだろうか?

 魔物達が普通に人々の生活に溶け込んでいるのを目の当たりにして、ネフティアはしばし呆然とした。


「ひぃやっはぁぁぁぁ!?」


「ン? ルァア!?」


 馬車上から覗いていたヒャッハー、そして不審な生物が入国していないか警備を兼ねた睨みを効かせていたツッパリの視線が交錯した。

 後にヒャッハーツッパリ抗争と呼ばれる二つの軍団が激突する布石がこの時、他の誰も知らぬ間に交わされていたのであった。


 馬車が通り過ぎる。

 発端となった二人は互いに無視できない存在を感じ取り、確かな戦火の足音を聞いていた。

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