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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
  第一話 その世界の名を彼は知らない
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その彼の危機を、誰も知らない

 吠え声が何度も聞こえ出す。

 かなり近くに来たはずだ。この近くだと思うけど……

 下手に近づき過ぎるとアルセが危険だ。

 こちらが分かる場所にアルセを置いて僕だけでなんとかするのがベストなんだけど……

 あ、いた。


 鋭い牙をもつチーターのような生物を相手に、カインが剣を構えていた。

 話を聞いた限りだと、あいつがアローシザーズだろう。

 何とかなりそうかと思ったものの、徐々に見える視界に映った光景に足が止まる。


 ネッテが別の生物と対峙していた。

 こちらは木のモンスター。エンテとでも言えばいいのだろうか。

 さらにリエラは木の枝で震えながら、目の前にいるウサギのような生物に対峙している。


 ウサギの化け物は鋭い牙と長い耳、発達した後ろ足を持つ生物で、ウサギに似ていながら顔が凶悪過ぎて面と向かうのが怖い。

 さすがに木の枝で対峙するには危険な気がする。


「さて、どうすっかな」


 全員ピンチには変わりない。

 しかし、一番はやはり遠距離攻撃ができるネッテを自由にさせるべきだろう。

 ならあのエンテだ。火とか……ないよな。どうしよ。


 とりあえずとアルセの持っていた折れた剣を構え、アルセを降ろす。

 高いところが気に入ったのか、もう一度してくれとせがむように両手を広げるアルセの頭を撫で、僕は走り出す。

 森を駆け抜ける音で僕が遠ざかると知ったアルセは戸惑いながらも剣を追ってくる。

 でも、歩きながらなので他の魔物に気付かれる前に僕がエンテに辿りつく。


「だああああぁぁっ」


 気合いと共に剣を突き立てる。

 木とはまた違った少し柔らかい感触。

 今さらながら刃が立つ相手でよかった。


 突然の攻撃に魔物から悲鳴が上がる。

 驚く他の魔物たち。

 これをチャンスと捉えられたのは、やはり戦闘経験豊富なカインとネッテだった。


「ラ・ギ」


 僕がすぐさま距離を取ると入れ違いに、ネッテが魔法を唱える。

 魔法がエンテに当り、唐突に燃え上がる。今のは炎の魔法だったようだ。

 燃えたエンテは雄叫び上げて踊るように悶え出す。

 そのまま数秒悶えて力尽き、その場に倒れた。


「よしっ」


 アローシザーズも悲鳴を上げる。

 気付けばカインの剣がアローシザーズの目に突き刺さっていた。

 カインは即座に引き抜き、薙ぎ払う。


 しかしアローシザーズはこれを爪で受け流すと、飛び退る。

 距離を取って唸りを上げ、カイン向けて飛びかかる。

 巨大な口を開き、顔面を引き千切らんと襲いかかるアローシザーズに、カインは舌打ちして砂を掛ける。

 目を瞑って顔を背けたアローシザーズを真下から蹴り上げ距離を取る。


「援護するわカイ……このッ」


 アローシザーズに向け魔法を放とうとしていたネッテだったが、リエラに向い飛びかかっていたウサギの化け物を先に攻撃対象とする。


「コ・ルラ!」


 コ・ルラリカといっていた魔法より、幾分威力の劣る氷結魔法のようだ。

 ウサギの化け物に当ると、そいつを氷に閉じ込める。


「リエラ、そいつを思いっきり地面に叩きつけて、割れるはずよッ」


 氷結魔法……危険だ。

 リエラは言われるままに凍った化け物を両手で掴み、「冷たっ」と、一度手を引っ込める。

 それでも意を決して掴みあげ、思いっきり地面に投げた。

 ガラスの砕けるような音が響き、化け物が粉々になる。


「やったっ」


「最後よ、アローシザーズを……」


 その瞬間、アローシザーズが遠吠えを上げた。

 しまった! とカインから声が漏れるが後の祭りだ。

 アローシザーズの遠吠えに誘われるように草木が揺れる。

 それに呼応するように現れたのは……キルベアだった。


「お、おいおい……嘘だろ」


 カインは吹き飛ばされた事を思い出したのか、絶望にも似た顔で呟く。

 ど、どうするべきだ?

 僕、今回ばかりは手助けできないと思うぞ。


 思わず戦慄してしまった僕の背中に、何かが触れた。

 振り返ると、アルセだ。

 何時の間にやってきたのか、僕の身体を見つけて微笑みを浮かべている。


「逃げろアルセ、死んじゃうぞッ」


 キルベアに一番近いのは、僕だ。

 つまり、僕の元へとやってきたアルセが一番キルベアに近い。

 だから……キルベアが狙いを定めたのは、アルセだった。


 威嚇するように両手を振り上げるキルベア。

 アルセはそれを見上げて首を捻るだけだ。

 狙われているなんて理解していない。


「くそっ」


 キルベアの両腕が振り下ろされる瞬間、僕はアルセを掴んで飛んでいた。

 なんとか、ぎりぎり避ける。

 背中に空を切った風が通ったのが、恐怖を増大させてくれた。


 ラグビー選手がトライを決めたような格好で僕はアルセをなんとか逃がす。けれど、僕はもう逃げられそうになかった。

 近づいてくるキルベアに恐怖が募る。

 あの爪を振り落とされれば僕は……


 アルセがしゃがみ込み、僕の身体を触りだす。

 揺するような行動に、周りからアルセを呼ぶ声が聞こえた。

 ネッテとリエラが早く逃げろと急き立てる。


 でも、アルセが反応するより早く、僕の真横に、キルベアが辿りつく。

 再び両手を振り上げ、アルセを狙う。

 そして、アルセの下にいる僕も……


 死ぬ? ここで僕は殺されるのか?

 僕がなぜここにいるのかすらわからないままで?

 嫌だ。そんなの嫌だ。


 思わずキルベアに視線を向ける。凶悪な顔が醜悪に歪み、鋭い切っ先を持つ腕をこちらに振り降ろしているところだった。

 迫りくる絶望に、僕は立ち上がる事もできずただただその光景を見つめるしかできなかった。

 死にたくないっ。元の世界に戻りたいんだっ。助けて、誰か――――

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