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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第四話 その真なる王の出現を僕は知りたくなかった
1000/1818

1000話突破特別編・その闘いが行われていたことを彼らは知らない

 その日、ついにそいつは辿りついた。

 その門はまるで魔王城のように禍々しく、塀は来る者を拒むように高い。

 門の奥に存在するのは何者をも通さんとライオンの顔がついた取っ手が彼の前に立ち塞がっていた。


 無数の仲間を連れ、幾多の敵を倒し、長い旅路を駆け抜けた。

 ここに来るまで随分と掛かった。

 仲間は斃れ、敵は増え、刀折れ矢尽き、それでも彼は必死に目指した。

 ただ、前世の約束を守るために。


 抵抗、抵抗、また抵抗。

 まるで彼らが出会うことを世界が拒むかのように、幾多の試練が彼を襲った。それでも、ついに辿りついた。

 長い旅路に仲間は数えるほどになっていた。

 それでも、辿りついたのだ。


 男は用意していた矢を番える。

 弦を引き、弓を中庭へと向けた。

 そこに居ることは既に気付いていたからだ。


 ヒュンッと風切り音。

 文を仕込んだ矢が中庭へと飛んで行く。

 届いたことは悲鳴で分かった。


「ちょ、敵襲!?」


「まァ待て、アレは矢文だ。ぎりぎり避けれたみたいじゃないか、良かったなミーザル」


「ウキャァ」


 にわかに騒がしくなった屋敷に、満足げに彼は動き出す。


「って、何コレ?」


「ウキャァ?」


「イエーイ、しか書いてないわよこの手紙」


 アメリス邸では射られた矢文から文を取って広げていた。

 アメリスとミルクティが首をひねる。

 手紙には地図らしきものとイエーイという文字しか書かれていなかったのである。

 だが、それだけで分かる奴もいた。


「ウキャァ!!」


 アメリスから手紙をひったくり動き出したのはミーザル。


「あ、ちょまっ」


 驚くアメリスとミルクティを放置して、ミーザルが飛び去っていった。


「何だったのかしら?」


「さぁ? 折角だし私達はお部屋でしっぽりしちゃわない?」


「やめろ。私はノーマルだ」


 近寄って来るミルクティを片手で止めて、そそくさと部屋を出て行くアメリス。慌ててミルクティが彼女を追って行った。




 吹きすさぶ風。荒野の片隅をころころと藁のような物が転がって行く。

 近くの森からカレーニャー達が覗いている。

 ヒャッハーたちが木々の隙間からナイフを舐めてその二人を見つめていた。


 荒れた大地に一人の鎧武者。

 対するは小柄な目を瞑ったままの猿。

 男はニタリと笑みを向ける。


 久しいな、宿敵。

 おかしいな、お前は既に死んだはず。

 ああ、儂は死んだ。否、前の儂は死んだ。儂はその記憶を持ち新たに生まれし存在。


 二人は鳴き声だけで相手と会話していた。

 興味を覚えた他の魔物達も集まり、彼らを囲むように見つめている。

 カレーニャーがカレールーバーを齧る姿が時折見られた。


 二世、ということか。

 そうなるかな? 前世の記憶を持っているゆえに、お前との決着をつけねばならんと地上に来た。

 そうか。ならばもう、言葉は要らないだろう。

 然り、言葉は不要、ただ、行動でのみ!


「ウキャァ!」

「イェーイッ!!」


 ミーザルと新生イエイエ康の闘いの幕が開けた。


「ウキャァ!」

「イェーイッ!!」


 謎のポーズを決めながら双方譲ることのない自己主張を始める。

 初め、意味が分からず見守っていた魔物達だったが、二人が闘い合う訳ではなく変なポーズを付けるだけしかしていないことに気付き、一匹、また一匹と消えていく。


「ヒャッハー!」


 自己主張の強いヒャッハーの一体が躍り出てナイフを舐める。

 気付いたミーザルが彼にも自己主張を始めた。

 イエイエ康も負けてはいられんとヒャッハーへとピースサインを見せつける。


 カレーニャーたちが自己主張に呆れて帰って行き、あるいはその場で眠りだす。

 ヒャッハーたちが地面にしゃがみ込みヨモギを摘まんで食べながら、互いにナイフを舐め合い自己主張。割りと平和な魔物達の日常が展開され始めた。


 そんな周囲など気にせずに、ミーザルとイエイエ康、ヒャッハーの三つ巴の自己主張が続く。

 誰も彼も自分が一番目立つのだとばかりに自己主張を止める気配がない。

 あまりにも長い闘いは、昼夜を問わずに繰り広げられ、三日三晩続いたのだとか。


 流石に心配になったアメリスが途中食事を持って来たのでその時だけは休憩を行い、三人は互いをライバル視しながらも相手を認めることなく自己主張をし続けるのだった。


「ウキィ!」

「イェーイ!」

「ヒィャッハー!!」


 その闘いは、永遠に続くかと思われた。

 だが、唐突に終わりを告げる。


「ヒャハ!?」


 プシッと血飛沫が舞った。

 ヒャッハーがナイフを舐め過ぎて舌を切ったのだ。


「ひゃ、ひゃはあぁぁぁぁっ!?」


 慌てふためくヒャッハーと顔を青くして手当てを行おうとするミーザルとイエイエ康。

 ライバルの危機に彼らは一つとなって救護するのだった。

 闘いは……決着つかずでお開きとなった。

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