ふざけんな異世界
ギャグです。何であろうとギャグです。トリップ直前で寸止めです。
………すみません (おい)
「ごめん、俺ノーマルなんだ」
つれなく返した瞬間、背中に固い衝撃がぶつかった。あまりに突然のことで、肺に溜まっていた空気が一気に吐き出される。
ヤバい、と思った頃には既に遅く、いつの間にか両肩を掴んでいた手に身体を押さえつけられていた。
いわゆる、壁ドン。
未だ背中に残る痛みに眉をしかめつつ、遼路は恐る恐る相手の様子を窺う。
見上げた先にあった男の目は、猛獣のごとく血走っていた。
完全に理性を失っている男の形相に冷や汗をかきつつ、遼路はなかなか働いてくれない頭を叱咤して、つい先程までのことを回想する。
昼休み。友人と一緒に弁当を食べていた遼路は、その途中で目の前の男に「先生が呼んでいたぞ」と告げられた。礼を言って職員室に向かおうとすると、廊下に出たところでそいつに腕を掴まれ、誰もいない会議室に引きずり込まれた。
そして、そこから数分あまり経った現在。一週間でもいいから付き合ってくれという願い出を撥ね退けたところで、回想は終わる。
同性に告白されることは悲しいかな、慣れていた。彼以外にも、五人くらいから愛を伝えられた過去があるから。そのうちの何人かは知り合って間もなかったこともあり、遼路を女だと勘違いしていたようだったが。
そうした経験も踏まえて、高校は男子校を選んだのに。高校一年の間は何の波乱もなく、このまま平穏に過ごせると確信していたのに。
――――なんだよ、その犯罪者みたいな顔!?
気を緩めてしまっていたのが迂闊だった。
「野江」
男――――そういえばこいつは、遼路の所属する部活の主将だった――――の口元が、遼路の姓を紡ぐ。凄みのある声音に、遼路は唾を飲んだ。
「お前、つきあってる奴は?」
「い、いない」
「じゃあ、好きな奴は?」
「いるわけねえだろ!」
早く解放されたくて、つい怒鳴ってしまう。だが男は、それらの答えに満足したのか、ずいと身を乗り出してきた。
「それなら、俺と付き合ってみても問題ないじゃねえか」
……………。
………問題ありありじゃねぇか馬鹿野郎。
どうやったらそんな結論に至るのかと聞きたいところだが、それどころじゃない。今はこの場を何とか切り抜けないと。
咄嗟に視線を斜め下にずらすと、幸いにも掃除用の箒の柄が足元に転がっていた。器用に蹴り上げれば、柄の先は左手に収まる。上手く振り回したらこいつを沈められる。
思い立ったが吉日。遼路は靴先を箒の柄にかけた。
しかし彼が行動を起こすより早く、男が箒を奥へ蹴り飛ばした。遼路が絶望を感じる間にも男は髪を絡め取り、壁に押しつけ、彼の顎を固定する。
男の目は野獣から怒りの色に変わっていた。遼路はそれで、自分の犯した失態の重大さに気づく。
逃げ道はない。前は男の巨体に立ち塞がれているし、後ろは壁で、しかも今背中を縫いつけられている。
つまり絶体絶命。男の顔は、睫毛が触れ合いそうなくらいまで迫ってきている。
――――あ、俺、終わった……。
遼路が全てを投げ捨て、これから訪れるであろうこの世の地獄を覚悟したその時。
視界の下から、イルミネーションのような淡い輝きが湧き出でた。反射的に顔を下げると、それまでなかった筈の円が、内部で不可解な文字を揺らめかせながら遼路の足場を取り囲んでいるのが目に入った。どうやら発光源はコレらしく、見ようによっては蒼や銀などの光を放っている。
輝きはだんだん濃さを増し、目を開けていられないほどに眩くなる。
「うわ、なんだよコレ……!?」
床からいきなり生まれ出た光は相手をも威嚇したらしく、両肩を戒めていた男の握力が緩む。その隙に、遼路は男を思い切り突き飛ばした。耳が、男の尻餅をつく音を拾う。
「野江……っ!」
差し伸べられた手が指先を触れる前に、遼路は眩しさにまぶたを閉ざしながら振り払った。
足元に広がる円が一際鋭い輝きを咲かせ、身体ごと遼路を呑み込んだ。