ひこうき雲/松任谷由実
続・イタリア紀行(ひこうき雲/松任谷由実)
もう飽きた。嫌なのだ。正直に言えば縛られることに疲れたのだ。パワハラもセクハラも何も無い実恵まれた職場を今までてんてんとさせていただいた。世界はそんなに悪くなかった。だが時折見せる利害の混じった時の人間の保身の穢さにドン引きしたまでだ。人は色と恋が絡むと180度豹変する。あぁ、先生が見たのはこれか、そして先生がなってしまったのもこれか、と心痛した。これを学べただけでも働きに出た甲斐があったというものだ。まぁ、いい。身分高きの、卑しきの問わず、毎日定時に起きて社会のため、家族のため、自分のために働くすべての人をぼくは心の底から尊敬する。彼らが納めた税金で幾ばかりかぼくは養われている。ぼくの納めた税金で幾ばかりかの人を養っている。父よ、母よ、祖父よ、祖母よ、彼らにぼくは養われている。祖父と祖母がかけた年金でぼくは養われている。三年寝太郎はかくして産まれた。
今は最期の最期と持てる精神力を発揮して派遣のバイトに明け暮れている。8月の末までにふた月で何とか20万円を貯めるつもりだ。初めは30万円の予定であったがピノ子が10万円分を、つまり航空券分を借してくれるというから甘えることにして残り20万円を何とか自力で捻出せねばならない。文字通りタオルから汗が絞り出る仕事が手っ取り早いと利率の低いレートで労働力を売った。経済的観点から見ても今の貴重な時間を売るのは阿呆な話だ。授業料、学費等をコマ単位で割って時給換算すれば私立なら確実にドボンなのは重々承知でそれでもやらざるを得ない現状は、あぁ、矛盾だ、と呟いて、自由に動くために所帯を持つ、これも矛盾だ、と面接に赴いた。面接と意気込んでスーツで行ったが浮いてしまった。周りはみなダサイよれよれの普段着を着ている落ち目な奴ばかりである。あぁ、やっぱり派遣とはそういうクラスターの職業なのだとこれから始まるバイトの世界を覚悟した。しかし、金のためとはいえ、炎天下で盆踊りのやぐらを作るのは辛過ぎる。自分よりも一回りも二周りも年下の一昨年まで高校球児だったんじゃないか疑惑の奴に足蹴にされてこき使われるのは鼻持ちならない。水を飲んでいては死ぬ。派遣はポカリでなければ死ぬ。マジで死ぬのだ。最悪塩分が無ければ脳細胞のナトリウムポンプが停止する。イオンチャンネル共役型受容体も止まる。自分よりも一周りも二周りも歳をとっているおっさんがトロくてバカにされているのを見て、あぁ、ああはなりたくないな、と思ったが刹那、あぁ、あれは自分なのだも。近い将来なるあろう自分なのだ、と懐かしい感情にもなった。一服の清涼剤が現場に風をもたらした。風とはかくも涼しいものではあるが火照った頬には微力どころか無力である。風も小島聡が天山に対して無力であると自分に腹を立てた時のように遺憾の意を表明しているのかもしれない。ぼくは未来のぼくの味方になれるよう心がけた。彼の背中には確かに“もののあはれ”があった。田舎で蛍を見ることと、初夏の午後にうとうとしながら風鈴の音をきくのと同じくらいに”あはれ”があった。蝉はがんがん鳴いている。留まる気配はない。そうしてどこまでも鳴き続けるのだろう。
炎天下、あぁ炎天下、炎天下。
飛行機が空に一筋の綺麗な線を引いた。あぁ、この空はモナリザに繋がっている。あぁ、この汗はヴァチカンに繋がっている。




