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雨が降って、

作者: 今日優記

――雨

天からの賜物と謳われている微小で無数の宝石。そこに価値を見出し、万歳万歳と唄う人たち。宝石にも価値を見出せないのに、わけもわからないものから生まれた『宝石』にどうしたら価値があると愚考するのだろう……





「――なにボーっとしてんの?」

 今まで黙りこくっていたのに突然声を出したので、俺は驚いた。普段だってそこまで話そうとはしない人だからだ。

「どうしたら、宝石が無くなるかなと思って」

 心の中で呟く本心をそのまま口にした。隣にいる彼女には豪快にはぁ?と言われたが、俺は傘の骨組みを見ながらその言葉を聞き流した。俺が傘を持ち、半分より右に俺。左に彼女がいる。言うなれば相々傘というやつだ。ちなみに、傘は俺の。

 大きなため息にも似た声を出していた彼女は、今度はあっけらかんと笑っている。その声は宝石を落とす鈍色の空に吸い込まれていく。

「やっぱり、おもしろいね」

 ……やっぱり?

 何もないこの男に何を切望し、期待したのか。本心から発した、たった十五文字の言葉たちからどのようにくみ取り、やっぱりという言葉に繋げたのか。

 思考を巡らそうとして、傘の骨組みを見続ける。彼女の顔は見ようとはしない。恥ずかしいという気持ちがあったからかもしれない。

 ついに嫌気がさしたのか、まったくと声を出すと同時に彼女は俺の左肩をつかみ、顔を自分の方へ無理やり向けさせた。その際、左手に納まっていた傘の柄の部位が彼女の顔に当たるところを慌てて寸止めした。

――彼女は破顔していた。まるで俺が寸止めすることをはじめから理解していたかのように。屈託の無い笑顔を向けている。

「ずっと上を向いてたら、絶対うちを見ないでしょ。しかも、いつも喋らないのに、今日は余計喋らないよね。もっとコミュニケーションを楽しまなくちゃ」

 今日はやけに饒舌だ……いや違う、逆だ。彼女は元々饒舌だ。俺が話さない人なんだ。なんで逆に考えていたのだろうか。

優越感に浸りたかったから?

傘の骨組みの数が多いから?

彼女が嫌いだから?

自分には何もないから?

それとも、空が暗いから?

「……それもそうだな。少し、話すか」

 思考から逃げるために声を出す。

すると決まって彼女は会話を繋ぎ、おまけを付けてくる。

「おっ、さすがだね」

 ――笑顔だ。

この笑顔を何度も見てきた。計算済みであるかのように彼女はことあるごとに笑顔になる。だからなのかわからないが、どうしてもその笑顔には逆らえなかった。昔からずっと――

雨脚がわずかに緩まった気がした。それに合わせてひとつの傘に納まる男女は、歩くペースを緩めた。





「嫌いなものってある?」

 それが彼女に話しかけられた最初のセリフ。

一般的なら好きなものから聞くはずなのに、嫌いなものから聞いてきたこの人は普通ではないと思った。しかし、彼女は高校一年生の時から目立っていた。とにかく『きれい』なのだ。かわいいときれいが紙一重と言うならかわいいとも言えよう。しかも人懐っこく、終始笑顔で明るいと来たら男子はもちろん、女子までもが彼女を求めた。彼女と共に居れば、学校内のヒエラルキーではびゅんと最上級まで登りつめることができるからだ。上へ登ることを望む単純な高校生ともなれば、彼女の噂はクラスの端から端まで瞬時に拡散する。

そして彼女は文字通り『人気者』になった。



 六月頃だっただろうか、高校で気が合う友達となった西本が昼休みに言い寄ってきた。

「なぁ、あの美女を見に行かないか?」

 あの美女と言われただけで誰を指しているかが理解できた。あの美女とは一年の間はクラスが異なり、実際に見物することがない限り見ることは無かった。そこまでクラス外にでることをしない人なのかもしれないと俺のクラス内ではそう位置づけられた。そんな位置づけをし始めたのがこの六月頃。だから、噂の美女を一目みるために旅に出ようと西本は結論に至ったのだろう。もちろん健全な高校男子としての答えはイエスだ。そうでなくとも、ここまで有名でまともに拝見できない人物なら誰でも見たがる。

 返答をし、西本の嬉しそうな顔を見たところで、他に二人の男子を連れ彼女のいるクラスへと足を進めた。

ちらと腕時計で時間を確かめる。昼休みは五十分なのでまだ時間はある。

「やば、どんな娘かな?ずっと好きでしたって言われたらどうするよ。付き合うしかなくね?」

「それやばいわ。俺、全力でアプローチしようかな」

「だったら俺だって、本気でねらうよ。なぁ、お前もそうだろう?」

 最後の西本の言葉で三人の視線がすべて俺に向けられる。目線を三人に合わせたまま心の中でため息をつく。

 なんというか、そういうの早くないか?一か月ちょっとで順応しすぎだよ……

 本心は口に出さず、当たり前だろと一言だけ答えた。西本はだよなぁと嬉しそうに呟く。他の二人も同様の反応だ。それを聞いて、俺はもう一度小さくため息をついた。



 教室に着くと、ドアに取り付けられた透明のガラスからクラスの様子を四人で覗き見る。ここまで来たら本能に従順になるわけで、しかし傍から見たらただの変態集団だ。そんなことは気にも留めず、なめまわすように中を確認する。

「なぁ、どんな娘だっけ?」

「まったく知らないな、そういえば」

「とびぬけてすごいやつを探せばいいんだよ」

 とは言うものの、とびぬけての言葉に当てはまる人が見あたらない。噂を飛躍しすぎて考えたせいだろうか。もっと抑えた人なのかもしれない。それとも、早くも位置づけを否定する事態が起きているのか。どちらにせよ何故か、今クラス内には居ないことが確信できた。それは他の三人も同じようで、戻るかーと西本が提案した。

 ――その刹那。

「あの、そこに居たら入れないんだけど」

 派手に肩がびくんと動いた。とっさに振り向くと二人組の女の子が立っていた。声を出したのは前に居る方だろう。顔が整っていて、きれいだ。だが後ろの女の子は――違った。

他の人とは明らかに『違う』。一瞬にして釘付けになるほど(せい)(れい)とした姿で、明朗な雰囲気をまとい、身体の配分が完璧に精練されたように整い、小さな輪郭の大きく穏やかな瞳でこちらを見て、口元は微かに笑みを浮かべている。確かにきれいという言葉が一番当てはまる。前に居る子も目を惹く容姿なのだが、彼女と比べるとまさに月とすっぽんだった。

 誰も四人がまぬけな顔をしているのにどうしたの?とは言わなかった。理解しているんだ。みんなが誰に好意を抱いているのか。

「はいはい、どうせこの子のメルアド目当てでしょ。やっぱり誰しも狙ってくるんだね」

 ため息混じりに前の子が場の空気を広言する。そのためにここに来たのだから否めない。後ろの子がちょっと咲乃と前の子に声をかける。前の子は咲乃という名前らしい。

 西本が急に前に進み出てきた。

「じゃあ、メルアド交換しようか。なぁ、みんな」

 そうだなと口をそろえ、おもむろに皆、携帯を取り出す。今のご時世は、ほとんどの携帯所有者はスマートフォンだ。まあ俺は折り畳み式だが……

 時代の波に乗れていないことを再確認し、六人(ついでと言っては失礼だが、咲乃という女の子も入れて)で赤外線やアプリを介して交換した。

「んじゃ」

 短い咲乃の言葉と彼女の別れ際の笑顔で、この旅は終了した。その時、クラスに戻っていく彼女の後姿を一瞥して俺は前を向いた。

「やば、めっちゃやばいじゃん」

「めっちゃやばいな」

「あれは、やばい。きれいすぎる……」

 口々に彼女のことを称賛する。

 確かにきれいだ。誰もが認める人気者。よく言えばそういうことだろう。悪く言えば、ただきれいなだけ。

……でも、ただきれいなだけでも何も無い俺にとって、その一つの特性が妬ましく、羨ましく、無性に愛おしかった――



その日の夜に一斉送信のメールが届いた。名前は小寺(おでら) ()()。彼女だ。

ちなみにこの子のことを彼女と呼んでいるが、男女の親密な関係を持った『彼女』の意味ではない。三人称として彼女と明記しているだけだ。

誰に言っているのだろうと自嘲し、携帯画面に目を向ける。


「はじめまして!小寺 夕美と言います!よろしく!

 ところで、みんなは嫌いなものってある?」


 やけに感嘆符が多い。それよりも、最後の文に惹かれてしまう。普通、こんなことは聞かないだろう。それとも、これも魅力の一つなのだろうか。それとも、彼女による麻酔が効きすぎて、すべてがいいと思えるのか。

……とりあえず、


「ありますよ。一つしか際立った特徴が無いもの。

 例えば、ただきれいなだけの宝石とか。」


 返信をする。

――すると、五分もたたないうちに返事が返ってくる。


「へぇ~。面白いね!

 そしたら、きれいなら雨もそうだね!雨も宝石の仲間入りだ!」


 ――雨

 嫌になる。

 それよりも嫌なのはこのメールの最後の文。


「でも、宝石も雨も、ただきれいなだけじゃないと思うけどね(笑)」


 嫌になる。

 いいじゃないか。それ以上何を求める。

 宝石を見れば必ずと言っていいほど、「わぁ、きれいだね」の一言で終わってしまう。その後の宝石を見ると何かを欲しているような風情で人を待つ。

 いいじゃないか。それ以上何を欲している。何も無い俺には何かを称賛されたことなんて無かったんだから。勉強も運動も性格も恋愛も、傑出した特徴なんてずっと無かった。どれも中途半端で、どれにも熱を注げようとはせず、その努力さえも無かった。いつもお前、何も無いなと周りから言われた。分かっていた。自分が悪いんだって。だけど俺は何も出来やしないと勝手に自己陶酔に走った。注目を浴びるのはいつも何かを持っている人。そう思っている。今でも。

 いいじゃないか。

――それ以上何を手に入れたい?





「だからそれは、俺がやったことじゃないって」

 雨道を歩き、傘を差し、半分に分け寄り添い、なんとなくで喋るその口は嬉しそうに舌を滑らしていた。結局、彼女に乗せられて俺はいろいろなことを話している。楽しかったこと。笑ったこと。怒ったこと。彼女と咲乃と西本と俺。四人が二年になって同じクラスになり、一層話す機会が増えた。そんなことも話題に上がった。どうでもいいことなのに、彼女は今も笑っている。

「あはは、そうか。違ったんだね。じゃあ、咲乃に言っとかないと。まだ気にしてるんじゃない?」

「めんどくさ。まあ、いつかね」

「いつかねぇ~。ホントは今すぐにでも言わなきゃなんだけど、もう帰ったからね」

 あれから、アドレスを交換した六人で遊んだりした。彼女はひときわ輝いていて、告白する男子は後を絶たなかった。あのとき付いてきた男子二人もそうだ。しかし、彼女は誰に対しても承諾しなかった。その際は決まって「ごめんね、君じゃダメなんだ」と何か理由がありそうなことを言ったそうだが、真相は誰にも分からず、相手を全否定するかのようなその言葉は、確実に高校男子の心を傷つけた。いつしかその噂は広まり、難攻不落の要塞やら、史上最強の男嫌いと命名され、二年になった頃には、物好きな人以外は告白しなくなった。西本もその現状を見てきた一人なので、彼女への熱が薄れ、今では咲乃に目を向けている。たぶん今日も一緒に帰っている。実に勝手なやつだ。

そんなこんなで俺たちは同じクラスになり、それなりに仲が良いと言えるだろう。一緒に帰る人がいないのか、帰ろうと言ってきたのは彼女だ。単調な住宅街の路地を抜け、今は大通りの端の歩道を歩いている。隣の彼女を横目で見つつ、彼女を独占したという嫌な優越感に浸りそうになり、空いている左手で頬を叩く。

 ――ふと、彼女の視線が傘越しに空へと向けられる。数分前ほどではないが、雨足は確実に穏やかになっている。彼女に誘導されたかのように俺も空に目をやる。傘からはみ出した顔に小さな宝石が落ちてきた。そのままあごまで伝って、アスファルトに落ち、弾ける。どこかしらの薄い光に当てられ、降り注ぐ幾千ものそれは、きらめきながら水へと還る。そんな果てしない繰り返しを続けて続けて続けて、落下する雨は放射状に伸び、俺たちを彩っていく。

 曇天を瞳に映しこみ、儚げに立つ彼女は何を思っているのだろう。

 いつの間にか彼女を凝視していた俺の視線に気づき、小寺夕美は笑顔で(こた)える。

「どうしたの?……もしかして、儚げに立つこの少女は何を思っているのだろうとか思ったりした?」

 俺は思わずため息をついた。人の本心を見透かしているように、言っていることが的確すぎる。

「おっとっと、図星っぽいね~。でも、君がわかりやすいってのもあるかもね」

「図星は図星のままでいさせてくれよ。なんだわかりやすいって。それじゃ誰に対しても俺の思っていることは筒抜けみたいじゃないか」

 小寺夕美はわざとらしく首を横に振る。

「それじゃあちょっと語弊があるなぁ。『誰に対しても』じゃなくて『うちに対しては』だよ」

 そして、快活に笑う。

「なんだよそれ。しかも笑うなって。すんごく馬鹿にされてる気分だ」

「いいじゃないか。何かを隠している人より、すべてを吐き出している人の方が日本基準で見て、好かれんだよ」

「吐き出すって……ってか何情報だよ」

「そりゃあ、うち情報でしょ!」

 盛大にため息をついてしまった。小寺夕美はそれを見て、盛大だねぇと子供のようにはしゃぎながら言った。

 ……嫌になる。

 第一、何も無い人は何かを隠せたりするモノも、吐き出すモノも無い。つまり、好かれようがないし、嫌われようもない。ただ中間にいる存在。嫌いよりも残酷な『無関心』を背負っている存在。好きの反対は無関心とはよく言ったものだ。誰もそれ以上には行かない。どこかに無関心さがあり、友達としてあり続ける。そんな人達ばかりだった。だから自分には何も無いと思った。思い続けた。今でも……

違う。

自己陶酔?利己的思考?違う。違う。違うんだ。俺が求めていたものは、そんなものじゃない――

「さっきの質問に答えようか」

 俺の思考がある声によって途切れる。その明るい声とは裏腹に小寺夕美は、憐れみを含んだような笑顔で言葉を紡ぐ。

「『雨を見て何を思っているか』か……しいて言うなら、君のことかな」

「はぁ」

 少し落胆する。いまいち意味が分からない。愛の告白だろうか。それはそれで悪くないのだが。

「えっとね、別に告白とかじゃないよ。ただ、なんとなく、今日の君はやけにいつもと違うなと思ったりしたりしてね。喋らない君がより喋らなくなると、なかなかこちらとしても気になるものなんだよ。確か雨とかが嫌いだったよね。雨があるからとか。でも、雨が嫌いならどうしてさっき顔を出したりして、水滴に当たりに行ったのかなとか。そうしたら、雨が若干好きなうちも嫌いの部類に入るのかなとか。じゃあ、一緒に帰るのっておかしいほど気が変になったりしたりしなかったりするんじゃないかなって。雨とうちでプラスじゃなくてかけるで不快感が倍増していくのかなって思ったり。だったら――」

「ああー、待て待て。話を進めすぎだ。何から答えればいいんだよ。あーっと、まず、小寺夕美のことは嫌いじゃないから」

 さらっと言って気づいたが、結構恥ずかしい。俺は少し顔がほてるのを感じるが、見つめる先の相手は少し不服そうだ。

「じゃあ、なんでフルネームなのさ。仲が良いのなら普通、名前とかで呼ばない?」

「いや、まあ、そうかもしれんけど……まあでも、とにかく――」

 不意に傘に入り込んでいる男女に光が射し込んできた。いつの間にか雨が上がっていた。雲間から流れる光の波がなんともない街を照らして、別の街に居るような錯覚を起こさせる。それくらい明るく、きれいに、この自分たちを彩っていく。明白な色彩の変化に俺は見とれて、無意識的に空を見上げ、現れたばかりの青に、居なくなった灰色に、ここにいる俺に、手を伸ばそうとした――

「どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?」

 声が聞こえる。

まるで眠っている赤子を抱くような優しい笑みを浮かべ、俺を見つめる。

 いつも小寺夕美の笑顔は残酷なほど俺に思考からの逃避を許してはくれない。容赦が無い。分かっているくせに、いやになる。何もかも守ってくれそうな、そんな彼女を……

「分かっているだろ。嫌い嫌いって言っときながら、いざその手から離れると、探し求める。いつもそうだ。何かを持っている人は、他の何かを求めて背を向ける。俺は、いつもその姿しか見て来なかった。ただ、置いて行かれるのが――」

「嫌なだけだった。弱い自分が一番嫌い。そうやって、逃げてきた。まあ、ありがちな話だよね。このストーリー、うちは嫌いじゃないけどな」

言葉を盗られる。それに加え、上目線のいらない感想。そして、今回は、顔いっぱいにほころんでいる。それを見せられて、次の言葉を胃の底から懸命に引っ張り出そうとする。

「……王道ストーリーにも魅力はたくさんあるんだよ」

「つまり、君にも魅力はたくさんあるわけだ。そうだね。確かに、たくさんある。自分が気づこうとしないだけで、ねぇ」

 墓穴を掘ってしまったようだ。素直に赤面してしまう。今掘った穴に隠れてしまおうか。

ふわっと向けてきた人差し指を焦点の合わない目で無視しようとする。無情にも小寺夕美は言葉を紡ぐ。

「顔が赤いねぇ。なかなか可愛いところがあるじゃん。そういうのが魅力なのかもね」

「あ、あのな。褒めても俺からは何も出ないんだぞ」

「十分出まくってるけどね」

「――っ」

 どうすればいいのかが分からない。初めてすぎるんだ。笑えばいいのか。怒ればいいのか。泣けばいいのか。何を言えばいいのか……

 雨が止み、雲がまばらに佇む青空で、少しだけ深く息をする。吸い込んだ空気の味なんて分からない。なのにどうして人は絶え間なく息をするのだろうと問われるとそれは求めるからと答えるだろう。単純明快、至極当然。

……ならばこれも、当然のことなのだろう。だからこうやって、内心では嬉しがっているのだろう。

「魅力が無いとかなんとか言ってるけどさ、魅力が無かったら人間成り立たないでしょ」

 伸ばした人差し指を戻し、小寺夕美はいたずらに頬を釣り上げる。

「もしそれでも無い無い言うのなら、うちが引っ張り出して、鏡を突きつけるよ。ここに変な奴がいるって、自分の顔を見て気持ち悪がってるって。そうしたら笑ってくれるんじゃない?」

「ぷ……あはは。笑うわけないだろう。意味が分からない。むしろ俺は怒るよ。」

 唐突の彼女の言葉に呆れようとした。しかし、彼女の拍子抜けの対処法に俺は笑ってしまっている。

「怒って、その人を殴るよ。殴って、無理やり謝らせて、なんかおごらせて、それで……」

 言葉を区切る。そして、彼女を捉える。大きな彼女の眼は、疑いなくここにいる男を見ている。次の言葉を待っていることを示唆するかのように、口元は軽くゆるんでいる。イヤな期待の仕方だと俺は思う。面白がっているとも言えるだろう。

 まったく、イヤになる。

「――どいつもこいつも勝手なんだよ。西本も咲乃も小寺夕美も宝石も雨も……」

 ――だけど、一番勝手な奴は、俺だ。

「……そうだね。誰もかれも勝手だね。……あっ、もしかしたら勝手と自由は一緒になるのかな。ほら、案外当てはまるでしょ」

「いきなりなんだよ。……まあでも、あながち間違ってはいないような」

「でしょ!つまり、どいつもこいつも自由な奴ってことだ」

「――なんだよ、それ……」

いたずらに笑う、そんな彼女を見る。うるさいのだけれど、つい笑ってしまう。

何かがあるから妬ましい。何かがあるから羨ましい。そして、ここに居て、何かを見せつけてくるから無性に愛おしい――

本当に、イヤになる。

だからこそ、期待を裏切るようなことを言ってやる。言ってやれ。覚悟を決めて。夕美みたいに、気楽に……

少し息を吸う。味はしない。空を見る。雨は降っていない。一歩進む。一気に近づく。口を開く。音が震えたままで。顔が歪む。真剣にやろうとしているのに。鼓動が早い。止まらない止まるわけがない。目が乾く。一生閉じないような気がする。手に傘がある。一生閉じないようにしたい。言葉を紡ぐ。懸命に思い描いたモノを間違わないように。見ないように見る。僅かに顔を紅くしていつものように微笑んでそんな表情。口を閉じる。もう言ったことを思い出せない。音が聞こえ始める。動き出した静寂に後ろめたさを感じながら。雨が降り出す。まるで誰かに手を差し伸べるかのように……


「……なんとなく、俺は、夕美のことが……好きだと思う」


――すると、五分もたたないうちに返事が返ってきた。


初めて投稿しました!もしこの作品を読んだ方の心に何かが残ったなら、とても幸いです。


そして、感想などを書いてくれたらもっと嬉しいです!

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