日記
二章・日記
家に帰り昼食もとらず部屋にこもった。
お父さんもお母さんも弟も今は出掛けているようでよかった…邪魔が入らなくて済む。
秋人のお母さんから渡された本、もといい日記。丁寧に鍵つきである。
表紙にはクリップで「雄介へ」と書かれたメモが挟まっている。
「う~ん……」…しかし問題がある。
鍵がない。
そりゃあ鍵つきの日記に鍵が指しっぱなしだったら鍵つきの意味がないが……。
秋人のお母さんが鍵を渡しそびれるなんてことはないだろうし……。
メモの裏には「秘密について」と書かれてた。
ん?…秘密……鍵……秋人……。
そのとき、脳裏にある光景が浮かんだ。
「実は僕には秘密があるんだ。」
下校中、秋人が不意に言った。
「なんだよ秘密って」特に興味なさそうに返事をする僕に秋人がいう。
「いつか教えてやるよ。それまでこの鍵、持っとけよ」
そういうとなにか投げてきた。キャッチするとそれは鍵であった。
「なんの鍵だよ」
ニヤリとしながら「その秘密について書かれた日記の鍵だよ」そうこたえる。
「秘密が書かれた日記の鍵って…渡していいものなのか」
呆れながら言うと秋人は笑って言った。「大丈夫だよ、日記は僕しか知らないところにあるし。いつか、そのときが来たら、日記を君に渡すよ。」
「いつかって……」
小学生のとき、そんな会話をした覚えがある。
あの鍵がこの日記の鍵なのか―
その鍵はたしか引き出しにしまっておいたはずだ。
我ながらちゃんと保管してたことに感心する。引き出しを探すと鍵はちゃんとあった。
日記が目の前にある。つまり、秋人のいう「そのとき」は「今」ということだろうか。
あのときからもうかれこれ三年は過ぎている。今になってその秘密を教えてくれるのか?
一体どんな秘密が書かれてるのだろう……。
深呼吸をし、日記の鍵を開けた。
カチャ
鍵が開いた。
表紙をめくり、一ページ目を開くと信じがたいことが書かれていた。
『この先に書かれていることは全て事実である。記憶が無くならないうちに覚えてる限りのことを書き留めておく。僕、庵沢秋人はこの「世界」とは違う、別の「世界」から追放された人間である。』
………………………………………………………………は?
瞬きを何度もし、日記を閉じて、深呼吸。
また開いて書かれていたことを確認し、また閉じる。
秋人は冗談はうまい方ではない。ましてこんなことをわざわざ日記に書くようなやつじゃない……。
そう考えるとこの日記に書かれていることは本当なのか………?
半信半疑になりながらも読み進めてみる。
『僕のいた「世界」は「世界の本」と呼ばれる「本」によって存在する「世界」、簡単に言えば「本の世界」である。「本の世界」に住む住人は全員、自分の「本」をもっている。その「本」は自分が生まれると同時に誕生する。そしてそれらの「本」は全て同じ場所に保管されている。そのため自由に閲覧はできない。閲覧するためにはそれらの「本」を管理している「管理人」の許可が必要である。ちなみに閲覧できる「本」は自分の「本」だけである。
「本」の内容は「自分の人生」である。今まで経験したこと、確定している未来の出来事は全て書かれている。しかし唐突的な出来事は書かれていない。内容は人によって異なり、死期の近い者は管理人から伝えられ、寿命を延ばすかどうか、質問されるという。死期の変更は「本」に書き込むことで変更できるが書き込めるのは管理人だけである。
そして延ばせるとしてもせいぜい七日程度である。
ここからは僕の話だ。
何故、追放されたのか。それは僕が、「世界の本」を破壊しようとしたからだ。
「世界の本」が消えることはこの「本」による制度が無くなることを意味する。だから僕は「世界の本」を破壊しようとした。何故、破壊しようとしたか。僕の両親、「本の世界」の両親は「本」に書かれたとおり、死んでしまった。唐突に訪れた死期だったので管理人も間に合わなかった。生まれたときから人生が決まっている「世界」に僕は怒りを覚えた。僕の周りにもそんな考えの人はいたが皆、諦めていた。
唯一、協力してくれたのは同じ年の男の子だった。彼は管理人の実の息子であり、自分なら「世界の本」を破壊する方法を探せるかもしれないと考えていた。共に行動するうちに僕と彼は親友になった。そこではじめて、互いに、「世界の本」を破壊しようとしている理由を話した。彼は「自由にいきたい」と言った。僕は「両親が悲しんでいる」と嘘をついた。余計に心配させたくなかったからだ。
当時10歳だった僕らは、「世界の本」を破壊することの重大さをわかっていなかった。
「世界の本」を破壊することは不可能に近かった。
年月が過ぎ、わかったことは破壊する方法がひとつしかない。ということだった。その方法がわかろうとしたとき、バレてしまった。
「世界の本」を破壊する作戦が
管理人に。
当時、15歳。五年かけてようやくわかったことはあっけなく、崩れ去った。
この作戦の首謀者である僕は管理人に追放された。自分の「本」を「本の世界」に残したまま。親友は管理人である両親に懇願し、止めようとしたが、彼自身も作戦に協力した者である。同じように罰が与えられただろう。少なくとも両親の後を継ぐことは出来ないだろう。彼がどうなったか知るよしもない。
そちらの「世界」で10歳になった僕は記憶が戻った。しかし、親友の名前は思い出せないでいる。
「本の世界」へ行ける方法がある。この日記に鍵をさし、「扉」が開くよう念じればいい。
僕が戻れば言い話なのだが、追放された者は二度と、「本の世界」に戻れない。
どうか「本の世界」へ行って「世界の本」を破壊してほしい。
僕らの無念を晴らしてほしい。
向こうからはこちらに戻れるはずだ。
管理人に会って、過去の事件記録、「世界の本」に関係のある事件資料を見させてもらえば親友の名前もわかると思う。
その親友に会うことができれば、「世界の本」を破壊する方法が分かるかもしれない。
近いうちに僕は死にかけるかもしれない。
それは「本」が原因だと思う。
「本の世界」へ行って、「世界の本」を破壊してくれ。』
日記はそこで終わっていた。
正直いうとかなり無茶なことであり信じたいにも信憑性にかける…。
そして素朴な疑問がひとつ…「世界の本」とはなんなのだろうか…?「世界の本」の場所はどこなのだろうか……。
こんなことを考えてる場合じゃない。
信じよう。
このままだと秋人も危ない。
秋人を助けよう。
やつは親友だ。
死なせるわけにいかない。
思いきって、鍵を日記にさした。
ガチャ
鍵の開く音が響いた。
途端、日記が白く輝き、周りも真っ白になったと同時に風に包まれた。
息苦しく、風を払い除けながら出てくると、太陽の光に目が眩む。
気がつくと、
緑色の草が広がる丘の上にいた。
「本の世界」だった。
後ろに一本の大樹が見えたので全体を見ようと思い、近づいた。すると、なにかが大樹にもたれ掛かっている。
動かずにじっとしている。
それは人であった。
黒っぽい制服のようなものを着ている。
誰かを待っているのか。その人物は一向に動かない。こちらにに気づいていないようだ。
もっと近づいてみると、そこで、顔をこちらに向けた。そして
「こんにちは」まるで知り合いに会ったかのような口調でそう言った。
「………こんにちは」敵意は無いようなのでこちらも返事をする。
その人物はこちらに近づいてきた。足音をたてずに一歩、また一歩と近づく。
「君を待っていたよ」
その人物は言った。
「君はこことは違う『別の世界』から来たのだろう?『この世界』を変えるために」
目を見開く僕にその人物は続けて言った。
「初めまして、僕はアランディール=ミルフォーレック。この『世界』の『管理人』です。」
その人物は管理人と名乗った。
「気軽にアランディール、またはアランとでも呼んでくれ。」そいつは笑顔で言った。