7・霹靂の騎士
朝日の昇り始めた、草木の葉を冷たい水滴が濡らす時間帯。
一年生に開放された鍛錬場の片隅で、一人の女生徒が一心不乱に剣を振るっていた。
「せいっ、はっ!」
細身の長剣を片手に、目の前に敵を想定しながら緩急を付けつつ継ぎ目なく身体を動かし続ける。
剣の軌道と足捌きに合わせ、腰まで伸びた長く美しい金髪が踊るように揺れてはなびく。
「やっ、たぁっ!」
突きを主体にした果敢な攻めを繰り返す、均整の取れたメリハリのある肢体。その見目麗しい真剣な表情は、目を奪われるほどの清爽な輝きに満ち溢れていた。
彼女の名前は、シルヴィア・C・プレディカード。王国貴族最下層の五等貴族でありながら、筆頭騎士の証である「C」の名を国王より下賜された、珍しい家柄の少女である。
端麗な容姿を持つものの、騎士に対する憧れから来る頑固さと上級生や教師であろうと自分が正しいと信じたものは絶対に譲らない負けん気の強さを持つが故に、付けられたあだ名が「霹靂騎士」。
「ふっ、せぁっ!」
そんな少女が繰り返す剣武の舞いを、少し離れた休憩用の長椅子からずっと眺め続けている少年が居た。
洗練された技への憧憬でも、美しい肢体への邪な視線でもなく、ただ漫然とその動きを視界に捉えたまま何時までも視線を送り続けている。
「たっ、はぁっ!」
その視線に、相手を不快にさせる印象はない。
彼の視線はしっかりと対象を「見る」のではなく、視界の中にたまたまその場に居る彼女が「見えている」だけなのではないかと思わせる、不思議な自然さがあった。
「えいっ、せぇあっ!」
とはいえ、鍛錬を開始した直後からずっと視線を向け続けられれば、如何に集中していいるシルヴィアも流石に気付く訳で。
「はっ、ずぇいっ!」
シルヴィアの発声に硬さが混ざり始める中、少年の視線は依然として続く。
まるで真綿が首を絞めるような、希薄過ぎる集中という矛盾染みた観賞。いっそ不躾であった方が、相手を非難出来るというのに。
苛立ちに近い焦燥から、剣を握る手にどうしようもなく力がこもるのを止められない。
砂時計が流れ落ちるような感覚で精神を磨耗させたシルヴィアに、遂に限界が訪れた。
「……あぁぁぁぁぁぁ! もうっ!」
「へひゃい!?」
とうとうその視線に耐え切れず、腹の底から大声を出して手に持つ剣を振り払うシルヴィア。
背後の少年は、その怒りに満ちた声音に驚いて自分の身体を縮こまらせる。
「れ、れれ、練習の邪魔ですか!? 邪魔ですよね!? ご、ごごご、ごめんなさい!」
「解っているのなら、何故私を見続ける!? お前は一体、何が目的なのだ!?」
剣を腰の鞘へと収め、シルヴィアは怯えながら謝罪する薄銀色の髪をした小柄な少年――シロエにずかずかと近づき、怒髪天を突く勢いで怒鳴り上げる。
「ひぅ!」
「怯えていては解らんだろう! 理由を答えろと言っているんだ!」
竦み上がるシロエを見下ろす体勢で、シルヴィアはまなじりを釣り上げ口から煙が出かねない形相で少年を睨む。
「あ、えうぅ……ぐずっ」
彼女の怒気に当てられ、シロエの涙腺があっさりと決壊する。目尻に溜まった雫が零れたのを皮切りに、本人の意思を無視して大粒の涙が次々と流れ落ちていく。
これに慌てたのはシルヴィアだ。
「な!? だ、男子たる者がそう簡単に泣くな馬鹿者! これでは私が悪人のようではないか……」
突然泣き出したシロエに動揺し、成す術もなくおろおろと両手をさ迷わせるシルヴィア。
霹靂とまで呼ばれた苛烈な気性も、泣く子には勝てないらしい。
「ほ、ほら、このハンカチを使え。遠慮などしなくて良いから」
「ぐしゅ……ごめ、ごめんなざ……泣ぐづもりなんで……ずっ、なぐで……」
「解った解った。私も、もう怒ってはいないから。だからお前も、早く泣き止んでくれ」
突然の出来事に冷や水を浴びせられ平静さを取り戻したシルヴィアは、年の離れた姉弟に言い聞かせるような宥めすかす声を掛けながらシロエの涙を拭う。
やがて、小さな騒動が一段落した二人はシロエの座っていた長椅子へと一緒に腰を下ろす形となっていた。
「落ち着いたか?」
「はい……ぐしゅ、ご迷惑をお掛けしました」
未だ目元の赤いシロエが、何度か鼻をすすりながら謝罪する。
「私も、自分の苛立ちをお前にぶつけてしまった。あの程度の視線で集中力を乱されるなど、私の未熟に他ならないというのにな。すまなかった」
お互いが謝罪した事で先ほどの件を水に流し、シルヴィアは本題を尋ねた。
「それで、何故私の鍛錬を見続けていたんだ? あんなもの、見ていて楽しいものでもあるまい」
「そんな事ないですよ。とっても綺麗でした」
「き、きれ……ごほんっ」
「?」
シロエの笑顔と純粋な賛辞に驚き、顔を逸らして咳払いをするシルヴィア。
まるで気取っていない分、貴族連中の世辞に慣れている彼女にはシロエの純朴さは中々に新鮮だった。
「あ、ボク、「スミス」のシロエって言います」
シルヴィアの反応に首を傾げた後、思い出したような自己紹介するシロエ。最初が最初だけに、失念していたらしい。
「私は「ソード」、シルヴィア・C・プレディカードだ。「スミス」のシロエ、どこかで……あぁ。確か、レオンの同郷だったな」
「え?」
「同じ「ソード」だ。授業の合間に、奴から多少の話は聞いている。背が低く、臆病で軟弱者だが、紛れもない天才だと」
「そ、そんなっ。ボクなんて、レオやディーみたいには全然出来ないし! 鍛冶の腕だって、師匠と比べるとまだまだだし……っ!」
友人の勝手な評価に、シロエは大慌てで恐縮しながら必死に否定する。
「ディー……「フォース」のディーエンも同郷だと言っていたか。しかしなるほど、聞いた通りの軟弱者だな」
「うぅ……」
呆れたような見下ろされ、小さい身体を更に縮こまらせるシロエ。
謙虚と言えば聞こえは良いが、過剰に自分を卑下するその心根は余り褒められたものではない。
「それで。まぁ、なんだ……綺麗だという理由だけで、見ていたのでは無いのだろう?」
「えと、レオとディーが武芸大会に出場したいみたいで、昨日仲間を集めようって言い出したんです。それで、その仲間になってくれる人の武具をボクが作る事になっちゃって」
再び咳払いを一つしてそう問い掛けるシルヴィアに、シロエは事の経緯を説明し始めた。
「私は、実家からすでに自分の武具を持って来ているぞ?」
「あ、別にボクの武具と交換して欲しいって訳じゃ無いんです。使い心地の感想とかは聞きたいですけど――あくまでボクが、その人の武具を作ってあげたいなって思ってるだけなので」
「なるほど。大会のメンバー集めにかこつけて、お前の鍛冶師としての鍛錬も同時に行う訳か。贈り物をすれば、心象も多少は良くなるという事だな。悪くない手だ」
ようやく事情を理解し、合点がいったとしきりに頷くシルヴィア。
しばらくそうしていた彼女が、不意に考えを止めて再びシロエを見下ろす。
「ふむ。つまり、私はお前の眼鏡に適ったという訳か」
「えと……そう、なるのかな?」
昨日決まったという事は、本格的なメンバー集めは今日から開始されたのだろう。
少数とはいえ、朝練をしている者は他にも居る。そんな中で一番に選ばれたという事実は、例え理由がなんであれ嬉しいものだ。
「面白いな。あのレオンが、あれだけ持ち上げる職人だ。大会メンバーへの返事は保留として、私に一振り鍛えては貰えないか?」
「良いんですか!?」
「頼んでいるのはこちらだ。勿論無理を言うのだ、材料費を含めた報酬も適正な価格でなら支払おう」
「ありがとうございます! ――ふぇ?」
嬉しさが全身から照射されているかのようなシロエの笑顔に、シルヴィアは思わず彼の頭を撫でてしまう。何度か撫でてから自分の行動に気が付き、少女は慌てて手を離す。
「す、すまない」
「?」
しかし、シロエにとっては教会に居た頃から頭を撫でられるのは茶飯事なので、謝罪の意味が解らず首を傾げるだけだ。
「えっと、それじゃあですね。手――手を、見せて貰って良いですか?」
「あぁ」
誰かの武具を作れる事が、純粋に嬉しいのだろう。
軽く興奮した面持ちでお願いして来る少年に、少女は素直に両手を差し出す。
「……」
「……」
しばらくの間、シロエはシルヴィアの手を眺めたり触れたり、時には自分の両手で挟んだりと、謎の行動を繰り返した。
まるで壊れ物を扱うかのような繊細な手付きで触れられ、騎士の少女は居心地が悪そうに少しだけ身体を強張らせる。
「……シロエ、一体何をしているんだ?」
「手を見ています」
質問に対するシロエの回答は、簡潔だが彼女が納得出来る内容ではない。
仕方なく、シルヴィアは質問を重ねる。
「私の手を見てどうする?」
「? 手を見ないと、握り型が作れないじゃないですか。シルヴィアさんはまだ成長期だから、ちゃんとゆとりは持たせて作りますよ?」
「握り型だと? そこまで本格的に作るつもりなのか?」
握り型とは、柄や持ち手を使用者の手に合わせた形で作る技法の一種だ。
大量生産のものは統一規格で作られている為、そういった安い商品を卒業し些細な違いに拘るようになった武芸者が、鍛冶師に更に金を積んで作成を依頼するような言わば玄人向けの技法である。
「本格的って、どういう意味ですか?」
シルヴィアの言葉の意味が解らず、質問を返すシロエ。
会って間もないシルヴィアは知る由もないが、彼にしてみれば自分の武具を託す人に全力を尽くすのは当然の事なので、握り型も作るのが当たり前という認識でしかないのだ。
名前の通り、握り型は本来粘土などの柔らかい素材を握らせてから硬め型を取るのが基本なのだが、ガモフから習った直に触って細部を把握する方法しか知らないシロエにとって、自分の作業工程が普通だとしか考えていない。
噛み合わない会話に疑問を募らせるシルヴィアをそのままに、シロエの作業が完了した。
「はい、ありがとうございます」
「あ、あぁ」
「次は、シルヴィアさんの使っている剣を見せて貰っても良いですか?」
「解った。ほら」
腰のベルトから鞘と共に外し、シロエの膝元へと剣を置く。
シルヴィアの剣を受け取ったシロエは、無言で柄や装飾などをつぶさに観察した後で鞘から刀身を引き抜き日の光に輝く白金の刃を凝視する。
表情は真剣そのものであり、先ほど泣きじゃくっていた情けない表情が幻に思えるほどその瞳には強い意思の光が宿っていた。
「――良い剣ですね」
刀身から目を離さずに、シロエが一言ポツリと漏らした。
「十年以上前に作られてるはずなのに、まるで新品みたいです。良く手入れされてるのもそうですけど、これは実戦では一度も振るわれてないからこその綺麗さです」
「解るのか?」
「手入れの度合いとかで、なんとなく。それに命を切った業は、簡単に取れるものじゃないですから」
「……」
語りながら、半ば心此処に在らずといった調子で剣の鑑定を続けるシロエ。
華やかさはなく、派手さもなく、ただ淡々と行われていく作業の細かさと優しく滑らかな手の動きが、この少年の歩んで来た道を思わせる。
「儀礼用としても使えるように意匠もちゃんと考えられてて、それでも実戦で邪魔にならないよう装飾は最低限で――本当に、良く考えられてます」
「大した観察眼だ」
「――でもこれ、シルヴィアさんの剣じゃありませんよね?」
「っ!?」
何気なく言われたその台詞に、シルヴィアは驚きから一瞬呼吸を忘れてしまう。
「……何故、そう思う?」
声を擦れさせないような努めるのが、彼女の精一杯だった。
学園では誰一人として話した事のない事実に、シルヴィアの隣に座る小さな少年は何も知らぬまま辿り着いてのけたのだ。
「うーん……一、ううん。一・五シク、かな?」
刀身の先から指を伸ばし、距離を測る仕草をするシロエ。
シクは長さの単位であり、一シクは大体人差し指一本程度の長さである。
「なんの話だ?」
「届いてないんですよね? 相手に。だから、踏み込みが深くなり過ぎて切り返す度にリズムが崩れてしまってる」
「……っ」
確信を持ったシロエの問い掛けに、今度こそ言葉を失うシルヴィア。
この剣を受け取ってまだ日も浅く、振るう度に起こる不和は自分がまだ慣れていないからだと言い聞かせていたその癖を、軽く鍛錬を見ただけで看破されたのだ。こんな短時間の観察で見破られるほど、露骨な癖では決してなかったはずなのに。
シルヴィアが戦慄に似た感情を抱いている事にはまったく気付かず、今度は鞘に収めた剣を左右に傾けて各部の重さやその比重を確認するシロエ。
「後、この剣を使う人はシルヴィアさんみたいに前に出て攻めるよりも、相手の攻撃に合わせた返し技の方が得意なんじゃないですか?」
「……そうだ。何故解った?」
最早驚くのも疲れたと、彼女は諦め気味に肯定を返す。
「全体の重心も調整されてるんです。まずは防御ありきの前提で設計されてるから、受け捌くには向きますが、反対に突きに体重が乗り難くなってて前に出る戦闘には不向きです。これも、踏み込み過ぎの原因ですね。他には――」
「……何が言いたい」
シロエの言葉を遮ったシルヴィアの声には、自然と重さが乗ってしまっていた。
彼が今持っている剣は、おそれ多くも国王陛下からプレディカード家へと下賜された一振りだ。そんな貴重かつ重要な剣を、現当主であるシルヴィアの父は入学祝いとしてシルヴィアに譲り渡した。
誇りと共に預けられたはずの剣が自分には向かないと言われては、心穏やかでいられるはずもない。
「ひぅっ」
「ぬ、すまない。少し感情的になってしまった」
しかし、すぐに怯えた表情になるシロエを見て、シルヴィアの熱し掛けた感情が急速にしぼんでゆく。
また泣かれては、先ほどの二の舞だ。彼から情報を聞く為に、ここははやる気持ちを抑え込まねばなるまい。
「(冷静になれ、冷静に――)」
両目を瞑り、心の中で何度も反芻して、僅かに灯った激情を胸の奥へと押し込めるシルヴィア。
「(この少年は、自分の目で理解した事実しか語っていない。この剣は私の父の為に作られた武具であり、最初から私の物ではない。それは紛れも無い真実だ)」
少女の冷静な部分が、事実を事実として受け入れる。
国王陛下から褒美として渡された一品が彼の言うように実戦を想定されて設計されているのなら、それは彼女の父が扱う事を前提として作られていて当然だろう。
どれだけ振っても馴染まない父の剣に最近は苛立ちすら募り掛けていた所で、突然その理由が明確に告げられたシルヴィアだったが、しかし、完全に納得するまでには至らない。
「(父は全てを理解した上で、私にこの剣を譲ったのではないのか。私に、今この少年が言ってくれた事を気付かせる為に――だめだ。思考では解っていても、心が理解を拒絶している)」
他でもない、騎士として目指すべき目標にある父の強さ。そんな背中を物心付いた頃から追い掛け続けて来た彼女にとって、授けられた憧れの剣に対する思い入れは相当なものだ。
自分がその家宝の持ち主にはなり得ないのだと、諦める事は容易ではなかった。
もし、自分が父親と同じ戦法を体得すれば。
もし、この剣に慣れるまで振り続ければ。
もし、この少年の言う言葉に嘘があれば――
心の片隅で「もしも」の可能性に縋ってしまう時点で、納得からはほど遠いだろう。
「あの、ボク……」
沈黙に耐えかねたシロエのか細い声に、シルヴィアはようやく思考の海から意識を浮上させた。
「この剣は私には使えない。お前は私にそう言いたいのか? ――こら、目を逸らすな」
「むぎゅっ」
シロエの頬を両手で挟み強制的に前を向かせたシルヴィアは、その幼さの残る童顔を抱えるようにして覗き込む。
「頼む、正直に話してくれ。私は今、どうしてもお前の言葉で聞きたいんだ」
両者の瞳が重なる中、シルヴィアが懇願する。
シロエの鑑定眼は本物であり、更にはとても誠実だ。最後の判断を託す人物として、これ以上の適任は居ない。
自分の中で半ば答えを出しながら最後の一歩を押して貰う為、如何なる答えも受け入れる覚悟でシルヴァはシロエの言葉を待った。
「……師匠からずっと言われてた言葉があるんです。「武具と人は対なんだ」って」
僅かな沈黙の後、シロエが彼女の真摯な視線に応える為おずおずと口を開いた。
「武具と人は対……」
「ボクにとって、武具はその人の相棒なんです。どれだけ優れてる人が居たって、どれだけ優秀な武具があったって、互いに噛み合わなければその価値は簡単に埋もれてしまう」
そこで言葉を止め、何度か大きく深呼吸するシロエ。
少年は、自分の頬を掴むシルヴィアの手に自らの両手を添える。
決して目を逸らさず、悲壮ささえ感じさせる覚悟を持って少女の瞳をしっかりと見つめ返す。
「ボ、ボクは、この剣は凄いと思うけど……こ、この剣は、あ、貴女の剣じゃ、ありません!」
僅かに涙を溜め、何度も詰まり、噛みながら、それでも精一杯の勇気を振り絞って、シロエは確かにそう言い切った。
そんな一杯一杯な少年の様子を見て、シルヴィアは今更ながら弱気な彼にとんでもない無理をさせていた事を自覚する。
「――ありがとう」
「シルヴィアさん?」
彼女は自分の為に勇気と誠実さを持って頑張ってくれたシロエに両腕を回し、ありったけの感謝を込めて優しく抱き寄せる。
感謝の言葉を千回言っても足りはしない。少年はその言葉で、しっかりと少女の背を押してくれた。
そうしてしばらくしそのままの姿勢を続けた後、身を離した彼女の顔はどこか意地悪気な雰囲気へと変わっていた。
「しかし、そこまで言うのだ。お前はさぞ、私に合った剣を作ってくれるのだろうな」
「え、えぇ!?」
驚くシロエの顔を再び掴み、触れそうなほど近くに寄せてからその瞳を剣呑な目で覗き込むシルヴィアは。
「私は、嘘吐きと大言壮語を吐く者が大嫌いだ」
「あ、あわ、あわわわわわわわわ……」
脅し文句を真に受けたシロエの顔色が、青へ白へと変色を繰り返す。
何処か吹っ切れた笑みとなったシルヴィアは、シロエから手を離し自分の剣を片手に椅子から立ち上がった。
「急がせるつもりはないが、出来れば武芸大会の受付が終了するまでには間に合わせてくれ。それを試してみて、レオンたちのチームに入るかを決めよう」
自分の道を正してくれたのだ。
本当は無条件で入りたい所だが、シルヴィアは類希なる観察眼を持つ少年の鍛冶師としての腕前も見たくなっていた。
「私に協力出来る事があれば、遠慮無く声を掛けてくれ――ではな」
「あ、あの、ありがとうございます!」
颯爽と立ち去る少女の後ろから、シロエが大きな声でお礼の言葉を送る。
きっとその表情は、またあの可愛らしい満点の笑顔になっているに違いない。
「ふふっ。おっと、いかんな。同年代の男を、可愛いなどと」
その姿を想像し、顔を綻ばせながら歩くシルヴィア。
口元に手を当てて緩んだ表情を元に戻そうとするが、これが中々上手くいかない。
「これは、いかんな――」
その笑みと共にしばらく続くだろう暖かな感情が、霹靂の騎士の心を満たす。
彼女の笑みを止められるのは、まだ当分先になるらしかった。