42・カーテンコール 前編
――ただいまでござるよ。
退職したり引越ししたり再就職したりと世間の荒波にもまれていましたが――私は元気です。
久々に自分の書いたものを読み返しまして、手前の話を加筆修正したくてしょうがありません。
「ぬぅぅんっ! だあぁっ!」
「ほっ、さっ、よいさっ」
大柄な体格を活かし気合を入れて木製の長槍を縦横無尽に振るう熊の獣人と、通常のものとは意匠の異なる細長い木剣でその軌道をずらし防御に徹する黒髪の剣士。
一年生の鍛練場にてバンコとヤカタの暇潰しとして始められた組み手は、終始その展開が続いていた。
暇潰しである為心技は一切使用していないにも関わらず、直撃すれば腕の一、二本は確実に折れてしまいそうな勢いだが、二人はまるで気にした様子もない。
「避けてばかりではなく、攻めて来んか!」
「いやはや。そうしたいのは山々でござるが、こうも継ぎ目なく振るわれると――っとと、距離もあって早々には攻め込めぬでござるよ」
「ぬかせっ、こちらの攻撃をそれほど軽々と受け流しておきながら、そのような適当な言い訳が通ると思うてか!」
両者の表情は、どちらも笑顔だ。暴風もかくやと唸りを上げる連撃の中でありながら、二人は実に楽しそうに終わらぬ攻防を繰り返す。
「そう言えば――お主、シロエの武具は触ってみたか?」
「おぉっ、勿論でござるよ!」
バンコの問いに、ヤカタはその笑みを更に深めた。プレゼントを貰った小さな子供のように、両の瞳はキラキラと純粋に輝いている。
シロエの作製する武具の順番は、公平さを重視して即席のくじ引きで決定された。最終的にあの場に居た全員が受け取る事に変わりはないのだが、それでも一日でも早く手に取ってみたいと思ってしまうのが人情というもの。
「あれほど気分が高揚したのは、師匠から初めて手ほどきを受けた時以来でござった!」
「そうだろうそうだろう! アレを実戦で振るえる日が、ワシも今から待ち遠しいわ!」
あの小さな鍛冶師の作り上げる武具は、何よりも手に馴染む。まるで、生来から苦楽を共にした相棒であるかのように使い手たちの力をどこまでも高めてくれる。
そんなものを渡されて、武人として興奮しない訳がない。
「今日も、あの武具で練習するべく鍛練場に持ち込もうとしたのだが……ドーラの奴がうるさくてなぁ」
「拙者も、バンコ殿と修行すると伝えたらシズクに取り上げられてしまったでござるよ……折角、受け取った武具を披露出来ると思っていたのでござるが――」
一転し、しょぼくれた顔でその事を悔やむ両名。本気で落ち込んでいるらしく、攻める側も受ける側も一気に勢いがなくなってしまった。
止めて正解だ。興奮の鎮まらない今の二人にそんなものを持たせて組み手をさせた日には、鍛練場とそこに居る生徒たちが比喩抜きで吹き飛びかねない。
「ふっ、隙ありでござるなっ」
「なんのぉっ!」
バンコの突きを真横に逸らして半身でかわし、軽やかな挙動で距離を詰めるヤカタへと槍を反転させた石突が下から風を切って振り上げられる。
しかし、こちらも黒髪の剣士を捉える事は出来ない。
軸足を反転させ踊るように右へと回避したヤカタが、がら空きとなったバンコの胴へとその木剣を素早く振り抜く。
「シッ!」
「ぬぅんっ!」
死角を取られたバンコの選択は、防御や回避ではなく相討ちすら視野に入れた反撃だった。槍から片手を離し、隣に立つヤカタの顔面へとその豪腕に付いた肘鉄を繰り出す。
「うぉっ」
「つぅっ」
細剣が脇腹を掠め、肘打ちが額を掠める。
再び振るわれる槍の射程外まで地を蹴って飛び去ったヤカタが、仕切り直しとして己の剣を正眼に構えた。
「惜しいなぁ、実に惜しい」
「しかり、しかり」
両者は変わらずの笑顔だ。しかし、その奥には着いてしまった灼熱にも近い戦いへの欲望が表れ始めている。
「まっこと、あの武具でお主と戦り合えぬ事が残念で仕方がないわ!」
「はははっ、拙者もでござるよ! バンコ殿!」
その後、結局受けるはずだった授業も無視して日の暮れるまで打ち合いを続けた二人は、ドーラとシズクというお目付け役から散々に叱られる事となる。
ボロボロになった身体で仲良く笑顔を続ける二人に、女性たちは呆れと諦めを込めて盛大な溜息を吐くのであった。
◇
無残な瓦礫と化した村を見て、嘆き悲しむ村人たち。共に非難していた家畜以外等しく住家を失った彼らの苦悩は深い。
そして、村一つを壊滅させてしまったシロエたちを待っていたのは、当然村人たちからの強い怒りと非難の声だった。
しかし、それを止めたのもまた村人の一人だ。
「いい加減にしなっ! このバカタレ共がっ!」
腰を曲げ、長い杖を付く皺々の老婆がその小さな身体からは想像も付かないほどの大喝で、周囲の村人たちを黙らせる。
「寄ってたかって! こんな子供たちが命を懸けて戦ってくれたというに、感謝の一つも口に出来ないのかいっ!?」
「で、でもよぉサンダースのばあさん」
「でももへったくれもないわいっ!」
傍に居た年配の男が口を挟むが、老婆は眼力と怒鳴りでその意見を一蹴した。
「この子たちがおらんかったら、アンタたちだけでどうにか出来たのかいっ!?」
「そ、それは……」
「だったら感謝が先じゃろうがっ!」
老婆の勢いに押され、村人たちに充満していた不満や怒気が徐々に萎められていく。
「この村は、ワシの曾爺さんの代が汗水垂らして一から作り上げたもんだっ! 曾爺さんに出来て、ワシらに出来ん道理がどこにあるねっ!」
「――はーい、そ・こ・ま・でぇ」
「うぉわっ」
村人一人の独壇場のまま一段落着くかに思えたその場へ、シロエたちと村人たちの中間にある空間に闇が広がりそこから滲むようにして人影を吐き出す。
「ヴァネッサ先生!?」
「大変だったみたいねぇ。後の事は、学園と駐在騎士団が預かるわ」
現れたのは、学園の教師であり黒耀の魔女であるヴァネッサだ。何時もと変わらず男を惑わすようにしなを作り、驚くシロエたちへと微笑み掛ける。
「村長さんはどこかしら?」
「は、はいっ。私が、この村の村長になります」
「それでは、向こうでこれまでの経緯をお聞かせ願いますわ。村の皆様は、間もなく騎士団が街からの支援物資と共に到着致しますので、この場で待機をお願いしますわねぇ」
やって来た別の矛先に言葉を発しようとした村人たちへ、ヴァネッサは有無を言わさぬ笑顔のまま先手を取り村長を連れて離れていく。
「……手際が良過ぎる気がするんだけど」
「あぁ、もしかすると――いや、憶測でものを言うものではないか」
「四時方向より、こちらへと向かう熱源を多数感知したであります。先ほどの説明にあった、「キシダン」であると推測」
しかし、メルセの指摘とシルヴィアの憶測は恐らく正鵠を射ているのだろう。シロエの傍を飛ぶラキの言う通り、すでに多くの馬蹄の音が街の方角から聞こえ始めている。
「えーっと? どういう事でしょう?」
「え? え?」
裏を読む事に疎いフレサとファムは、訳が解からないと首を傾げるばかりだ。
「僕たちも移動しよう。騎士団の人たちに申し出れば、支援の手伝いくらいはさせて貰えると思うし」
「ま、オレたちのせいでこんなにしちまったんだし、配給と瓦礫を動かすぐらいは手伝わねぇとな」
「ボ、ボクも手伝うよっ」
「お前はやめとけ、どうせドジすんだから」
「むぅっ、しないよっ! レオたちこそ怪我人でしょっ」
「かっ、腹に穴が開いてぐらいで甘えてられっかよ」
ディーに連れられ、レオとシロエもやって来る騎士団の方へと歩いていく。
「私も、お手伝いしないと……あふぅっ」
「随分と大きな欠伸だな、フレサ。眠いのか?」
「うみゅ……いえ、あれほど大きくしたウンブラを自分の意思で維持し続けたのは初めてで。ちょっと……くぅ……」
「おっと」
突然船を漕ぎ始めたフレサは、そのまま崩れ落ちるように倒れ込んでしまう。シルヴィアが受け止めていなければ、地面に頭をぶつけていた事だろう。
「あ、ごめんなさ……ん」
「良い、そのままじっとしていろ。私が運んでやる」
身じろぎする獣人の少女を、騎士の少女がその両肩に腕を回させて背負いあげる。
初の実戦で、しかも途中から彼女はウンブラを途切れさせる事なく延々と出現させていた。幾ら魔力の消費が少ない精霊術であっても、精神的な負担は相当なものだったに違いない。
「初陣ぐらいは勝ち星で飾ってやりたかったが……ままならんな」
「あの変なのが邪魔に入ったんだし、今回のは数に入れなくても良いんじゃない?」
「そーそー、あんなの誰でもどうにもなんなかったって」
自分たちがあれほど苦戦した巨人を、赤子の如くあしらい破砕した謎のカラスと白装束。
名前も出自も解からない一人と一匹は、一体何者だったのか。考えた所で、答えなど得られる訳もない。
「気にしていても始まらんか――今は、村の復旧作業に集中しよう」
「こんちゃーっす! 学園の生徒だ、なんか手伝える仕事くれー!」
「レ、レオッ、そんな言い方しちゃ失礼だよぉ」
到着と同時にテントの設営や配給用と思われる大鍋での料理を開始している騎士団へと、シロエたちも混じり各々の分野で作業に協力していく。
近隣への警戒、村人への毛布や配給食の配布、瓦礫の撤去と貴重品の回収、衣服や農具の修繕、埋もれてしまった井戸の掘り起こし――
それらの作業に終わりなどなく、生徒たちはせめてもの謝罪として任された仕事を精一杯こなす。
太陽は動き、食事と休憩の為に一段落着く頃にはもう一番高い場所へと辿り着くほどとなっていた。
◇
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいぃっ」
騎士団の集合地から離れ、適当な岩場でジャガイモのスープと白パンという簡素な配給食を突くシロエたち。
休憩時間になってようやく目を覚ましたフレサは、そんな中でしきりに皆へと謝罪を繰り返している。
「別に良いって、手伝いはオレらの好きでやってるだけなんだしよ」
「私たちに謝られても、仕方がないわよ」
「ほいっ、フレサの分も配給貰ってるわよ。冷めない内に早く食べなさいよ」
「うぅ……」
「……」
自己嫌悪で沈む少女の頭へ、その影から現れた闇の精霊の腕が伸び慰める。
「はぁい。お・ま・た・せぇ」
「別に待ってなどいません」
村のあった方向から、甘ったるい声を出して現れたヴァネッサにシルヴィアがつれない即答を返す。
「あら、ツンツンねぇ。先生寂しくて、シロエちゃんに温もりを分けて貰いたくなっちゃうわぁ」
「わぷっ」
「シロエが苦しんでいます、離して下さいっ」
騎士の少女は、その苛立ちと反感が黒衣の魔女を喜ばせていると気付いているのだろうか。或いは、気付いていても反応せずにはいられない場所を突くこの教師が上手なのか。
しばらくじゃれ合い二人でシロエをもみくちゃにした後、満足したのか小さな鍛冶師をシルヴィアの膝に奪われたヴァネッサはツヤツヤとした表情で本題へと入る。
「貴方たちから、今回の件について事情を聞いておきたいの。良いかしら?」
「はい、まず――」
学園に張り出されていた隣村の「遠征」依頼をこなした後、こちらの村の事情を聞きこちらへと移動した事。
畑から出土したという巨像が突如動き出し、村へと向かおうとした事。
解決を目前にして、謎のカラスと白装束が全てを破壊して去って行った事――
順を追い、時に客観的な意見も加えながら行われるディーの説明に、ヴァネッサは口を挟む事なく静かに耳を傾けた。
「そう――それで、その子が古代兵器から出て来た人工精霊ね」
「はっ。陸戦支援型人工精霊、型式番号GRAKI―タイプES――略式名称グラキエスであります」
「へぇ。ESタイプだなんて、また珍しい固体を引き当てたわねぇ」
シロエたちに出会った時と同じ右腕となる氷柱を斜めにして額の横へと添えるラキを見て、目を細めながら感心するヴァネッサ。
「先生、この子の事知ってるんですか!?」
その言葉に反応したのは、ラキの主人となったシロエだ。この精霊の乗り込んでいた強化外装と呼ばれる巨人を含め、古代の遺産とそれに連なる情報は今の彼にとって喉から手が出るほどに欲しいものだからだ。
「人工精霊は、言葉通り古代文明時に人間族が「向こう側」から取り出した力で人為的に作り上げた精霊たちよ。学園にも研究用名目で一体、王都の研究施設には十二体の人工精霊が保有されてるわ」
「良かったね、ラキ。学園にも、ラキの友達が居るんだってっ」
「はっ、同胞と出会える日が楽しみであります」
ラキを抱きかかえ、我が事のように喜ぶシロエ。氷の精霊は、感情を見せない平坦な声で彼に頷いている。
「先生、僕たちを襲ったあのカラスですが――」
「えぇ、正解よディーエンちゃん。貴方たちが出会ったのは、悪魔――それも、かなりの高位に属する存在でしょうね」
「あ、悪魔ぁっ!? あんなちっちゃいカラスがですか!?」
ディーの質問に答えるヴァネッサに、ファムがすっとんきょうな声を上げる。
それも仕方のない事だ。「百年戦争」の終わりに大半が消滅したとされる世界への反逆者たちは、害獣程度の脆弱なもの以外は最早御伽噺の中でしか語られぬほどにその存在を認知されていない。
「姿形に惑わされてはダメよ。精霊と同じで、あの子たちには私たちの常識なんてほとんど通用しないんだから」
「学園と街は、あの悪魔の到来を察していたのではないのですか?」
続く質問は、食事を終えて腕を組むシルヴィアだ。まるで、こうなる事を予測していたような手際の良さに疑問を感じているらしい。
「うーん……どちらかと言うと、常に警戒している感じかしらねぇ。街や都市に駐在する騎士団は、こういった事態が発生した時の為に感知に優れた術者を数人雇って昼夜を問わず周辺に目を光らせているの」
これは、突発的な精霊の出現や大型魔獣の襲来などにも有効な為諸外国でも採用されている正式な防衛網だ。
「高位の悪魔は規則性もなく突然現れては、災厄を撒き散らしてどこかへと消えて行くわ。むしろ、村人が全員無事だった分今回は運が良いくらいよ」
「そ、そうなんですか?」
「勿論、一般の人には内緒よ。予測不能な天災みたいな破壊をなす術もなく許しているだなんて皆に知られたら、余計な恐怖や反感を生んでしまうでしょうから。今回の件も、自然災害か出土した古代兵器が暴走したせいって事にされるでしょうね」
「……良く無事だったわね、私たち」
「……」
ヴァネッサの説明に、ファムが顔色を蒼ざめさせる。その隣では、フレサも対峙した時の恐怖を思い出したのかかたかたとその身を震わせていた。
「なんにせよ、皆が無事で本当に良かったわ。後の事は騎士団に任せて、貴方たちはもう学園にお帰りなさい」
「いや、でもよ……」
「言ったでしょう? 天災みたいな現象なのだから、貴方たちが責任を感じる必要はないの。むしろこれは、未然に防げなかった国と街の責任ね。お手伝いを続けたいのなら、学園にも依頼が来るでしょうからそれを受けなさい」
これ以降は街と村が解決するべき問題であり、無償で手を貸す必要はない。なおも手伝いを続けようとするレオへ、黒衣の魔女は自分の唇に人差し指を添えてウィンクをする。
「こんな状態で、本当に復興するのかしら」
「諦めた住人たちを街が取り込むか、誰一人諦めずにここに新しく村が出来るか――可能性は多分、半々といったところだろうね」
ポツリと漏らすメルセの自問自答に、ディーは力なく首を振るしかない。
食事を終えたシロエたちは、後続との交代で帰還を開始した騎士団の一部と共に学園へと帰路に着く。
「あぁ!」
「ひゃうっ。ど、どうしたんですか? ファムさん」
廃材を運ぶ馬車の荷台の上でツナギ姿の少女が突然大声を上げて立ち上がり、獣人の少女が驚いて肩を跳ね上げる。
「進級課題! すっかり忘れてた!」
「現実逃避で付いて来たんだから、自業自得じゃない」
「あ、あはは……」
メルセの的確な指摘に、シロエは苦笑いするばかりだ。元々遊び半分で参加したファムにとって、今回の「遠征」は予想を遥かに超える刺激的なものだったに違いない。
「むあー! あんな事があった後で、インスピレーションとか湧くわけないじゃんさー!」
「だったら、強く印象に残ってる巨人かカラスか――それか、ラキを題材にして作品を作れば良いんじゃないかな」
「そ・れ・だ!」
ディーの適当な助言に、ファムは目を輝かせて縋り付く。合格の締め切りまで残りの期日も少ない為、最早手段を考えている時間すら惜しいらしい。
「シロエー! 学園に帰ったら、ラキちゃん貸してー!」
「うん、良いよ。ボクも、ラキの服とか作ってあげたいし――わぷっ」
「ありがとう! 心の友よー!」
感謝の証として、小さなシロエにおおい被さるように全力で抱き付くファム。そのまま持ち上げて倒れ込み、髪や背中を好き放題に撫で回す。
「ちょっとファム、くすぐったいよぉ」
「やっぱり良いわねぇ、この抱き心地っ。ヴァネッサ先生の気持ちが解かるわー」
「ファムゥ、離してってばぁ」
そんなじゃれ合いを続ける二人を見て、メルセは横目でそれとなくシルヴィアを見た。だが、不機嫌になっていそうな騎士の少女は、微笑ましいものを見るように二人のたわむれを眺めているだけだ。
「――良いの?」
「何がだ?」
「あのエロ教師の時みたいに、怒らないのって聞いてるの」
「あれは別だ。ファムとシロエの間には友情があるが、ヴァネッサ教諭にはそれがない――それと、私は別に怒ってなどいない。ただ、なんとなく気に入らないだけだ」
「はいはい」
それを怒っていると世間一般では言うのだが、指摘したところでこの娘はきっと認めはしないだろう。
村一つの壊滅と、古代の遺産である人工精霊との出会い。
かくして、彼らの臨んだ初の「遠征」は痛烈な被害と一つの邂逅を持ってその幕を閉じる。
その後しばらく、シロエたちはヴァネッサの言っていた通り学園に張り出された村の復興依頼を受け「遠征」を繰り返した。
失ったもの、得られたもの――全ては明日への糧として、彼らの身となり肉となっていく。
家が建ち、柵が作られ、畑や牧場が出来上がる――それでも、この村が一度壊滅した事実は決してなくなりはしない。
それをなしたあのカラスと白装束もまた、この世に存在している事実に揺らぎはなかった。
◇
騎士団との折衝も終わり、やって来た学園の職員たちが崩壊した強化外装の回収に勤しんでいるのを監督役であるヴァネッサが眺めていると、不意にその右手の指に着けられた薄紫色の宝石が淡い光りを発し始める。
『ご苦労様。報告を聞こうか』
そこから聞こえて来るのは、随分と若い少年とも少女とも判断出来る中性的な澄んだ声。
「破壊された家屋に残留した魔力から見て、最高位クラスなのは確定ね。破壊する方法やあの子たちが語った言動から考えると、「傲慢」の一派かしら」
『罪の名を冠した七体の大悪魔と、その直属の眷属たち――それはそれは、また随分な大御所が遊んだものだね』
歴史上では全員が消滅したとされる大悪魔たちだが、それは歴史として語られているだけで正式な記録ではない。
そして、今でもその存在は「魔王の肉芽」などによる闇の恩恵としてこの世に点在している。そう考えると、彼らの脅威は悠久の時を越えてさえ何一つ解消されてはいないのだ。
村どころか、最悪学園のあるギラソールの街さえも消滅していた可能性を前に宝石の向こう側の声はあくまで余裕を崩さない。
「まだ遠くへは行っていないでしょうから、魔力の残滓を辿れば追えるわよ?」
『やめておこう。下手にちょっかいを掛けて、国内での被害をこれ以上増やしたくはないね。何時もの通り、それとなく誘導して国の外にご退場願うよ』
「悪いひとね」
『世界平和も結構だけれど、ボクには過ぎた願いだしね。それに、君はまだ失うには惜しい人材だ』
国一つ、大陸一つ、世界そのものさえも相手にして暴れ回れるほどの規格外の力を前に、対抗出来る生物など早々に居るはずもない。
ヴァネッサは学園の抱える最高峰の魔道士であり、最高戦力の一角でもある。彼女を戦場に投入する場面は、確実に勝利出来る条件が揃うか進退窮まった最終局面かの二択だ。
それまでは、黙認と小競り合いを続けて受け流しておくしかない。
『人工精霊も出たんだってね。主人になったのはシロエ君か――武芸大会での一件といい、今回といい、彼らは数奇な運命を辿る星の下に生まれているのかもしれないねぇ』
「良くも悪くも目立つ子たちですもの、周りが放っておかないのよ。私や貴方を含めて、ね」
『はははっ、確かに。素質もあって運も強い、彼らの今後にはボクも期待しているよ』
才能としては平凡な者たちも居るが、その中心に居るのは次世代を担うに足る有能な若者たちだ。学園という教育機関に勤める者として、そんな彼らの成長を喜ぶのは当然の事だった。
それが、あの生徒たちにとって今後も学園長の玩具としてもてあそばれる迷惑に繋がってしまうのは、果たして幸か不幸か。
『それじゃあ、強化外装と人工精霊の件は全て君に一任するから、何か面白い事でも解かったら連絡して来てよ』
学園の最高責任者は、笑いながらそう言って通信を終了した。
指輪が光りを失い沈黙し、ヴァネッサは口元へと近づけていたそれを降ろす。
「――二番目に私を振った男が育てた子たちなんですもの、期待出来るのは当たり前じゃない」
シロエも、レオも、ディーも――子供たちは何も知らない。あの小さな村で凡庸な生活に落ち着いた黒衣の男とその相方が何をなし、そして、何を失って来たのか。
「本当に――罪な男」
過去を知る者たちは、ただ沈黙を持って英雄が守り通したその宝石たちを慈しむだけだ。
昨日が終わり、明日が来る。燦然と輝き闇を払う太陽と共に、新しい朝が来る。
それは、想いを託す者たちにとって確かな救いとなる希望に満ちた未来である事を意味していた。
さて、次の更新は何時になるんでしょうねぇ(遠い目)




