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星屑の鍛冶師  作者: タクミンP
第四章 眠らぬ歯車
40/45

40・示す答え・示さぬ答え

 脇腹を貫通し、背後へと走り抜ける強い衝撃の後、続いて訪れた焼け付くような激痛が、撃ち抜かれた箇所から全身を駆け巡る。


「あ、がぁっ!」


 巨人へ殴り掛かろうと、大きく跳び上がったレオは閃光によって撃ち落され、受身も取れずに地面へと落ちた。


「ぎ、ぐぅ……あ?」


 仰向けの状態で歯を食いしばり、痛みに耐えていたレオの目に映ったのは、遠くで倒れる仲間メルセの姿。

 久々だった初戦の余裕から、実戦への甘えはあった。

 強敵とはいえ、拮抗を保てていた事で高を括った油断もあった。

 だが、それが彼の怒りを抑える理由には、到底なりはしない。

 レオの血流と思考が一瞬で沸騰し、視界が赤色へと染まり果てる。


「やりやがったな、この野郎がぁ!」


 爆発にも似た激情のまま、腹の傷も痛みも無視して吠えたレオが、起き上がりざまに己の剣に手を掛けた。

 巨人の分厚い装甲に、生半な攻撃が効かないのは実証済みだ。今更拳から剣に切り替えた所で、大した変化はない。

 だがそれは、レオの持つ剣が何の変哲もない、普通の剣であればの話だ。

 刀身も、柄も、鞘すらもシロエの鍛えたその一振りの深奥には、その師であるガモフの業が――天才を超えた才能を誇る小さな鍛冶師が未だ届かない、傑物の業が息づいている。


「レオ、駄目だ!」


 レオのやろうとしている事を察したディーが、大声で彼を引き止めた。

 確かにそれ(・・)を使えば、巨人を仕留める事は出来る。しかし、未だ扱いきれてない剣の真価を、初めて実戦で使用するリスクと代償は、余りに分が悪い。


「ふざけんな、ダチがやられたんだぞ! 黙ってなんざいられるか!」


 目の前で仲間がやられ、レオは巨人への怒りに身を焦がしながら、殺気を漲らせてディーへと返す。


「ファウスト先生の言葉を思い出して!」


 激情に駆られ、巨人を殺す(壊す)事に執着してしまったレオに、ディーは躊躇いもなく最高の手札を叩き付けた。


「先生は、感情のままに振るう為に、その剣をレオに託した訳じゃないはずだ!」


 力の使い道を、見誤るな――

 どんなに感情的になっていようと、レオにとって師の言葉は拝聴に値する。旅立ちの日、ファウストから告げられた警告は、確かにその耳へと届いた。


「~~っ!」


 声なき呻き声を上げ、レオは両手を震わせてディーを睨む。

 シロエの願い、ディーの不安、己の未熟。全てを無視して剣を抜けば、恐らく事態は終わる。

 その後に残されるのは、きっと倒れた自分と破壊された巨人。そして、望まぬ結果だけを押し付けられた、仲間たちの悲しむ顔。


「く、あぁあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁ!」


 結局、レオはどうしようもない雄叫びを上げて、剣からその手を引き離した。


「何を躊躇ったのかは知らんが、相手は待ってはくれんぞ!」


 レオの葛藤をそのままに、巨人は攻撃を止め、脚部の車輪と板を動かして村への移動を始めていた。つくづく、レオたちは眼中にないらしい。


「解ってるよ、くそったれぇ!」


 まるで相手にしていない、巨人からの態度にも腹を立てながら、レオは巨人の足を止めるべく、真っ直ぐに突進を開始した。







「ぐぅっ――あー、我ながら情けないわね。最近の油断し過ぎは、アンタたちのせいよ」


 レオより更に深い位置を抉られ、メルセは比較的余裕のある声で空を仰いでいるが、顔中に脂汗を浮かべ、苦悶に歪む表情も隠しきれてはいない。

 実戦でなくとも、狩りや鍛練などで傷を負う事は珍しくないが、腹に穴が開くほどのものは流石に少ない。

 痛みに多少の耐性を持つ彼女であっても、これほどの激痛は軽口でも言わなければ耐えられないのだ。


「メルセ! ぐしゅっ、しっかり!」


 現在、メルセはウンブラの腕によって後方に運ばれ、丁度駆け付けたシロエによって応急処置を施されていた。

 大粒の涙を流しながらも、その処置は素早く的確だ。極力メルセを動かさないように注意しながら、開いた傷口を塞ぐように布を置き、上から包帯を巻いていく。

 撃ち抜かれた箇所からは、ほとんど血が流れていない。焦げた匂いと、黒く爛れた傷口から、あの光線が強力な熱波なのだと理解出来た。


「ちょ、ちょっと、大丈夫なのこれ!? メルセ、痛くない!?」


 傍で状況を見守っているファムは、大怪我をした友人の姿に、かなりずれた質問を投げ掛けるほどに混乱している。

 自分よりも余程慌てた二人の姿に、メルセは何とも気の抜けた気分にさせられてしまう。

 状況は悪いが、最悪からはかなり遠い。メンバーの内二人は怪我人となったが、武芸大会から更に腕を上げた彼らは、まだ誰一人として奥の手を晒していない。

 暴走した巨人を破壊する事だけを考えれば、恐らく彼女一人が脱落しても可能だろう。


「ごめんね、メルセっ。ボク、ボクが、あの子を助けたいだなんて言ったから……っ」

「後悔、してるのね」


 滂沱の雫を落とす少年の頬に、メルセはそっと片手を添える。誰よりも優しく、誰よりも他人が傷付く事を嫌う彼が、化け物の血が混じり、ひとより遥かに死に辛い自分の身を、本心から心配してくれる事が純粋に嬉しかった。


「それじゃあ、諦める?」


 ぐしゃぐしゃになったシロエの顔を見て、メルセの心に意地の悪い気持ちが首をもたげた。薄く笑いながら、解りきった問いをしてみる。


「いやだ!」


 返って来たのは、子供の癇癪にも似た頑なな返答だった。


「いやだよ! メルセも、あの子も、助けたいよ!」


 全てを救いたいと願いながら、しかし、彼にはその為の意思しかない。だというのに、その意思が決して曲がらないのだ。


「我侭ばっかり……っ」


 シロエの答えを聞き、メルセの心に去来するのは、苛立ちと、呆れと、ほんの少しの歓喜。


「だったら――アンタの血を寄越しなさい」

「――良いよ、どうすれば良いの」


 襟元を掴み寄せ、メルセが脅し文句で腰を引かせようとすれば、シロエは間髪入れず、それ以上の気迫でその身を差し出して来た。


「え? え?」


 一人、事情を知らないファムの頭に、大量の疑問符が踊り狂っている。

 吸血鬼ヴァンパイアが眷属を作り出す方法を、シロエが知らないはずはない。それでもなお、彼は何も恐れてはいないのだ。

 吸血による死も、食屍鬼グールとして眷族へと堕とされるかもしれない可能性も、全てを理解した上でメルセにその身の全てを委ねている。

 底なしの愛情を起源とした、絶対の信頼。


「(本当に、この子は――)」


 きっと、この少年は例え本当に裏切られたとしても、決してメルセを恨む事をしないだろう。

 結局の所、彼は本当にバカなのだ。どうしようもないほどに、信じると決めたひとを疑おうとはしない、大バカ者。

 一体、どこまでこちらを呆れさせれば気が済むのか――

 一体、どこまでこちらを救えば気が済むというのか――


「(やられっぱなしも癪だし、アタシなりの援護をしてあげるわ――感謝しなさいよ、シルヴィア!)」


 半ば自棄になったメルセは、羞恥を捨てた反撃の敢行を決意する。

 大体、他の連中は甘過ぎるのだ。

 この鈍感なお子様は、ちょっとやそっと周りが騒いだ程度では、恋愛に興味を示そうとはしないだろう。それなのに、シルヴィア側だけがどれだけ頑張ったとしても、一人芝居に終わるだけだ。

 ならば、我が身を犠牲にしてでも金鎚で殴り付けるような鮮烈な衝撃を叩き込み、嫌でも意識せざるをえない記憶を残す。


「(これは、違うから。この感情は、きっとそれ(・・)じゃないから――)」


 何が違うのか、何がそうではないのか。

 「それ」についての意味を、メルセは深く考えようとはしなかった。考えれば、きっと辿り着いてしまうから。

 だから、彼女は考えない。

 黒衣の魔女は、相手と望んでキスが出来るかどうかが分水嶺だと言っていたらしいが――なるほど、確かにその通りだ。


「(初めては取っておきたいだなんて、アタシも随分と乙女になったものね)」


 始まる前に終わってしまった気持ちを、胸の奥深くへと沈め込み、メルセはシロエの顔を引き寄せた。


「え?」

「えぇ!?」


 シロエと傍観者の声を無視し、彼の頬へとわざとらしい音すら立てて落としたのは、自分自身の柔らかく滑らかな唇。

 一拍、二拍と時間が流れ、ようやく触れ合っていた箇所を離す。


「め、める、せ?」


 感触の残っているだろう片頬を押さえながら、シロエは眼下の少女へと泳いだ視線を送り、完全に困惑した様子だ。


「ばーか」


 悪戯が成功した事を確信した彼女は、ほんの少しだけ頬を染めながら、改めて彼の首筋に舌を這わせ、ゆっくりとその牙を突き立てた。


「――あ」


 吸血鬼ヴァンパイアの吸血行為は、痛みよりを快楽をもたらす。少年の口から、短くも甘い声が漏れた。

 大会の時よりも多くの血が、メルセの喉奥へと嚥下されていく。一飲みごとに、彼女の中にある闇が急速に膨れ上がっていく。

 都合三回喉を鳴らし、コップ一杯程度の血を飲み干して立ち上がったメルセは、闇夜の怪物と入り混じり合い、元々の金と白に闇の黒が加わった、黄昏色の姿へと変じていた。

 開いた傷口は一瞬で塞がり、犬歯と鋭い爪が伸び生え、そして紅色に染まった目が鋭く細められる。


「ひ……っ!」


 薄ら寒い瘴気を漏らし、凶悪さを増したメルセの風貌に、ファムは怯えた表情で喉を鳴らす。


「……っ!」


 しかし、彼女は咄嗟に自分の両頬を全力で叩き、強引なやりかたで正気を取り戻した。


「~~っ! ごめん! 私今、貴女にびびった!」

「別に良いわよ」


 実際、彼女からの恐怖や軽蔑を覚悟していたメルセは、持ち直したファムに内心で賞賛を送っていた。

 血を吸って姿を変えた時点で、メルセが吸血鬼ヴァンパイア、もしくはその近親種である事は晒したのだ。

 クロの脅威は万人共通。その中でも特に有名で、危険度の高い化け物が目の前に居るというのに、怯えない方がどうかしている。

 シロエたちの反応は、本来極少数派でしかない。


「見くびらないで。友達にびびるようなちみっちゃい根性で、女だてらに職人なんて目指しちゃいないわよ!」


 頬を腫らし、皮膚を引きつらせならが、それでもファムは無理やり笑っていた。目に溜まる涙も、音を立てそうなほどに食いしばられた歯も、きっと、ほんの少しでも友人に恐れを抱いた悔しさから来ているのだろう。

 自分の周りには、どうしてこんなバカばかりなのだろうか。メルセは、必要以上に気丈さを見せるファムに、呆れを含んだ微笑を送る。


「――解けた」

「「え?」」


 ポツリと呟かれた言葉に、笑い合っていた二人が振り向いた。


「メルセ、ファム、解けたよ! あの問題が解けた! 直せるよ、あの子!」


 二人の視線を受け、シロエは瞳と顔に歓喜を宿らせながらはっきりと言い切った。

 その回答が正解かどうかも解らない上に、解いた所であの巨人が本当に止まるかどうかも解らない。その上、現在巨人は動きを止める所か、レオたちを相手に暴れ回っている真っ最中だ。

 今更、巨人の背にある板に書かれた問題が解けたからといって、そこに辿り着くだけでも困難だ。それでも、シロエの視線はメルセへと強く訴えていた。

 どうか自分を、あの戦場に連れて行って欲しい、と。


「――まだ、見えてる部分の修理が全部終わってないの。私も連れてって」


 シロエの意思に感化され、ファムも恐れをなくしてメルセを見ていた。二人からの要望に、しばらく視線を合わせた後、黄昏色に染まったエルフが根負けして白旗を揚げた。


「はぁっ……移動する時は口を閉じてなさい。喋ると舌を噛むわよ」


 言いつつも、彼女は矢筒から金属塊の取り付けられた異形の矢を取り出し、弓に掛けて力を込めて引き絞る。

 機械弓「バジュラ」。金属で出来た黒蛇の弓は、担い手である彼女の剛力と心力を受けて、その身をしなやかに逸らしていく。

 限界まで伸ばされた弦を離すと同時に弓を捨て、メルセは二人を両脇に抱えて全力で走り出した。


「今から、シロエとファムがソイツを直すわ! 何とかして!」


 矢の直撃によって、巨人の頭部を強かに揺らしながら、メルセは大声で全員へと指示を出す。

 「何とか」の部分には、巨人の動きを止める事と、内部を覆っているであろう分厚い氷の壁を除去する事。そして、巨人の攻撃一切をこちらに届かせない事が含まれている。

 そんな無茶振りを聞いても、仲間たちからは不満も疑問も上がらなかった。

 メルセを信じ、何よりもシロエを信じる彼らのするべき事は、彼女からの言葉を聞いた時点で決まっている。

 そして、メルセたちを援護すべく、周りの者たちはほぼ同時に行動を開始した。







「来いよ、でかぶつ!」


 注意を引く為、脚を止めた巨人の正面に仁王立ちし、両手を広げて挑発するレオ。

 戦闘の間観察して判明した事だが、この巨人はある程度の規則に沿った行動しか取れていない。それを逆手にとって、レオは相手の動きを誘導する。

 十分な距離、正面という位置取り、一対一となった状況――巨人は彼の予測通り拳を握り込み、真っ直ぐにその豪腕を撃ち出した。

 直撃すれば、人間など楽に肉塊へと変えてしまうだろう一撃を前に、レオは全身に心力を滾らせ、鋼鉄と化した肉体で迎え撃つ。


「ぐぶっ! おぉぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁ!」


 大地に踏み締めた二の足がわだちを生み、口から盛大に血を吐きながらも、レオは己の身体にも匹敵するその塊を、両腕で見事に受け止めきった。


「シルヴィア!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 巨人は腕を戻そうとするが、埋もれた足と両腕に力を込めレオにそれを阻まれ、紐を引き寄せる事が出来ない。吐血するレオの声に応え、両者の間に伸びる太い紐へと、裂帛の気合を伴ったシルヴィアの剣が振り下ろされる。

 全力で切り付けられた紐は、しかし、ほんの僅かに切れ込みを作っただけで、装甲にも劣らない頑丈さでその刃を受け止めていた。

 だが、所詮は紐一本。それは彼女にとって、想定内の出来事だ。刃に幾層も重ねた風の直線が、連続で同じ箇所を切り刻む。

 十、二十と繰り返された風の斬撃に、堪らず紐は甲高い悲鳴を上げ続け、その強靭さは数の暴力に屈して二つに分かたれた。


「『接続コネクト』――『防壁ウォール』!」


 紐が切り飛ばされた事で両腕を失い、胸の砲台を構え始める巨人。それを、大会より精進を重ね、八つを同時に操作可能としたディーの「オムニスフィア」が繋がり合い、立方体の壁となって封じ込めた。


「『増幅ブースト開始オン』――『立方雷激陣エレクトリックキューブ』!」


 巨人を囲んだ檻の内部に、増幅したディーの魔法が弾ける。八方から発せられた雷撃が、結界の壁に反射しながら縦横無尽に荒れ狂う。

 最後に、囲った結界を弾き飛ばすまで紫電は続き、消え去った雷光の後に残された巨人は、盛大に煙を噴出させて動きを止めていた。

 それでも、巨人は多少動きを緩慢にさせながら肩の砲身を倒し、ディーの周囲へとその照準を定める。


「ウンブラ!」


 肩の大筒から、特大の散弾が射出されようとした直前、フレサが巨人の傍まで走り込むと、その影を限界まで広げ、常闇の泉から影の精霊を召喚した。

 精霊の肉体は、術者に近いほどその力を存分に発揮する。今までよりも更に巨人へと近づいた主人の努力に呼応するように、ウンブラの生み出す闇の奔流が、巨人の前面へとまとわり付く。

 胸の砲身に闇の肉体を潜り込ませ、フレサを包むように出現したウンブラの巨大な頭部が、大口を開けて肩の大筒へと食らい付いた。

 それでも、強引に撃ち出された無数の散弾は、ゲル状の肉体によって完全に威力を削がれ、ウンブラの体内で解け消えていく。

 全ての砲台を止められた巨人は、最後の手段としてその頭部に亀裂を走らせ、再び水晶球を外気へと晒す。


「アンタは――その口閉じてなさい!」


 その瞬間、シロエたちを抱えたまま跳躍したメルセの踵落としが、開いた頭部を強引に元へと押し戻した。

 レオの鉄拳ですら傷だけだった巨人の頭部は、脚甲の硬さと彼女の怪力によって無残に陥没し、亀裂がさながら半笑いのような形に曲がってしまう。


「『武踏魔装ティ・ターニア』!」

「ウンブラ! 押さえて!」


 最後の攻撃も失敗に終わり、脚部を動かして離脱を図ろうとした巨人を、霞の巨人と闇の精霊が同時に押さえ込む。


「長くは持ちません!」

「だ、そうよ。しっかりやんなさい」

「うん!」

「あーもう。何で恰好付けちゃったかなぁ、私……」


 放り捨てるように、メルセから投げられた対照的な態度を取る二人は、伸ばされたウンブラの一部に乗って、背面の金属板を外す。


「うわっつぅ! 何これ!?」

「中を塞いでいた氷が解けて、蒸気になってるかもしれない。火傷に気を付けて」


 開いた瞬間、内部から溢れ出た熱を持った白煙に驚くファムへと、下で巨人を押さえ付けているディーが遅過ぎる忠告を入れた。

 雷撃によって焼かれた巨人の内部は、しかし焦げても溶けてもおらず、熱を持ちながらも昼に直したままの形でそこにあった。


「あった、これ!」


 熱気に顔をしかめながら、シロエは色取りどりの紐や幾つもの板の中から、目的のものを引き摺り出す。


「あっちちち。あーもう、こんな事になるんだったら、大人しく最初の村で帰っておけば良かったのに。何で行こうとか言い出したのよ、私のバカっ」


 ファムは悪態を吐きながらも、自分の役目である残りの修復作業をこなしていく。出来る限りの速さで、千切れた紐同士を繋ぎ、外れた部品同士を組み合わせて、巨人の内部を元の姿へと戻していく。


「ディー、綴りを教えて! 問題の答えは――っ!」

「だったら――っ!」


 魔力文字ルーンの暗号で問題が書かれている以上、回答もそれに習う必要がある。

 シロエの問いに、巨人の軋む音に負けまいと、ディーが叫んだ。

 告げられた文字を、文字盤の最後に開けられた箇所へと、決して消えないよう袖から出した彫刻刀で正確に掘り込んでいく。

 その回答を思い付いた時、シロエはそれが正解なのだと、誰に言われるでもなく確信出来た。

 武具と巨兵。分野は違えど、想いは同じだ。

 だから、シロエには解る。

 この問いは願いだ。この巨人を作ったどこかの誰かが、叶うようにと強く願い、そうであればと夢想した、この子の未来への問い掛け。


――其は他者に与えるもの。

――それは、誰かを必要とする事。


――其は他者より受け取るもの。

――それは、誰かに必要とされる事。


――其は「個」ではなく、「群」でなければ意味をなさない。

――一人より二人、二人より皆で。より多くのひとと共に在る事。


――其は数多の意味を持ち、しかし全ては「心」により生じる。

――道具にはないもの。しかし、もしも持ち得たならば、きっとやっていて欲しい事。


――其が失われる時、「絆」は死を迎える。

――この子と、この子を受け入れた全員が、決して失わないようにして欲しい事。


――其を表す名――

――誰かと共に、誰かの為に。


――それは――

――この子がずっと、幸福でいられますように。


――それは――

――それは――この子が何時も、誰かと「笑顔」でいられますように。


「うわっ!」

「うぇあ!?」


 文字を刻み終えた瞬間、巨人の身体が振るえるように大きく揺らぐ。衝撃によって、作業をしていたシロエとファムは、足場から強制的に地面へと落とされた。


「わぷっ」

「おぶっ」


 シロエは背中から、ファムは頭から地面に落下し、激突する寸前でウンブラの伸ばした柔らかい身体に受け止められる。


「……止まった?」


 静寂となったその場で、ポツリと誰かが呟く。

 周囲の畑を蹂躙し、村まで後一歩という所まで来ていた巨人は、唐突にその動きを停止していた。




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