39・古代(いにしえ)の機兵
学園から離れた商業区で、高台の手すりに寄り掛かった姿勢で夕暮の空を見上げている、一人の少女。
褐色の肌に、白と黄色を基調とした、民族衣装を改良した貫頭衣を着用し、三つ編みにされた深緑の髪には、最近付き合い始めた男子生徒からプレゼントされた、向日葵柄をした安物の髪留めが挿さっている。
彼女の名は、フィエナ・エルリカ。
大陸の南東、精霊信仰が最も盛んな土地であるパレーラ諸島から、海を渡って学園の「フォース」に入学した一年生だ。
専攻は薬学と占星学。精霊の声こそ聞こえない彼女ではあったが、その才能は学園で伸ばすには十分以上なものを持ち合わせている。
だが、精霊術士の家系として生まれた彼女が、精霊と交信出来ないという事実は、彼女を放逐するのに十分過ぎるほどの理由だった。
それこそ、彼女が故郷から大陸へ、半ば追われるようにして渡るほどに。
「ここに居たのか」
「ン?」
亡羊と、何時までも空を眺め続けていた彼女の背後から、聞き知った人物の声が掛かった。
「――ラギィ?」
声に振り向いた先には、何時も通り疲れた表情をした彼女の恋人であるラギウスが、何時もよりもう少しだけ疲れた表情でそこに居た。
「直に門限だ。戻るぞ、フィー」
素っ気なく言い、その場で彼女が来るのを待つラギウス。何時から二人が愛称で呼ぶようになったかなど、もうお互いは覚えていない。
息も切らしておらず、態度にも変化はないが、フィエナは彼がここに現れた理由を敏感に察した。
「ひょっとしテ、ラギィはワタシを探してくれてたノ?」
「……あぁ」
僅かな逡巡の後、返されたのは肯定。それだけで彼女の心は跳ね、幸福が胸を満たす。
ラギウスの人柄は、付き合いの薄い者には余り理解されていない部分が多い。
何時でも本気にならず、必ず幾らか手を抜く習慣が染み付いてしまった、自堕落な態度。知らないひとが見れば、それは負け犬根性とも取れる、情けない姿に映るかもしれない。
だが、彼の理解者はそれがある種の勘違いである事を知っている。
本気にならないのは、感情を制御下に置き、常に冷静な思考で対処出来るようにする為。手を抜くのは、自分の実力を見ていた者たちが敵になった時、手札をより多く残しておく為。
決して一流にはなれないという、己の才能を自覚した強かさと、いち早く周囲へ適応する為に身に付けた洞察力。
何より、その洞察力から来ているのであろう、他者へのさり気ない気遣いが、フィエナは好きだった。
「南の空を見てたノ」
星詠みは星を詠む。だが、星がなければ詠めない訳ではない。
空に映る広大な空間に、自身の精神をトランスさせ、大局から導き出される数々の予測を立てるのだ。
星という、明確な情報量の多い夜空の方が、より正確で的中し易い予測が可能だが、曇り空や茜空であっても出来ない事はない。
「きっと、アッチで悲しい事が起こるヨ。とっても、とっても悲しい事ガ――」
黒と茜の曖昧な境界線の向こう側から、彼女は酷く淀んだ雰囲気を感じ取った。
あの下にある場所で、これから不幸が起こる。誰かが泣き、誰かが苦しむ出来事が、避けようもない現実として起こってしまう。
「掛けていろ」
聞いているのか、いないのか。ラギウスはフィエナの言葉に答える事なく、自分から近づいて着ていたローブを彼女の肩へと掛けた。
「今日は少し冷える。どこかの誰かの不幸より、お前が風邪を引かないかどうかの方が、俺にとっては重要だ」
「ンフフー」
言われるままに、ラギウスの服に袖を通したフィエナは、微かに香る彼の匂いを、存分に肺の中へと送り込む。
不幸への悲しみは、消え去りはしない。だが、彼の気遣いは彼女の気持ちを浮上させるには十分だった。
次第に、それだけでは満足出来なくなったフィエナは、見ているだけでこちらまで嬉しくなるような笑顔のまま、彼の腕を自分のそれに絡めて引き寄せた。
「大好きだヨ、ラギィ!」
「……そうか」
出会ってから何度も、本当に何度も語っているその愛の言葉に、ラギウスは未だ一度の答えも返してはくれない。
だが、彼女に不満はなかった。
何故なら、ラギウスがその言葉に応える時、それはきっと、彼女の想いに生涯付き合うと、彼が覚悟を決めた時となるだろうからだ。
大会にかこつけて告白する前から、彼の事はずっと見ていた。
才能のなさを意外と気にしている事も、嘘も方便と容認しながら、それでも誠実であろうとしている事も、実はずぼらな性格は素である事も、全部ぜんぶ知っている。
「行こウ!」
「あぁ」
互いの手を絡ませ合いながら、少女は笑い、少年はそんな彼女へ苦笑を送る。
日が沈み、学園の門を通って分かれるまでの僅かな時間、二人の手が離される事はなかった。
◇
僅かに残っていた西日も消え去り、フレサは一帯に光源を巻き終えたウンブラを、自身の影の中へとしまった。
「っ!? シルヴィアさん、何か様子が変です」
次の瞬間、動かぬ赤胴の巨人から目に見えない異変を感じ取った彼女は、警戒をあらわにシルヴィアへと声を掛けた。
「中の子の魔力がどんどん上がって……これは、怒ってる? よく解りませんが、酷く混乱しています」
フレサが説明している間にも、巨人はゆっくりとした動作で、しかし確実に身体を動かして背を伸ばしていく。
「どうやら、動き出すらしいな。こちらの都合はお構いなしか……っ」
動くなとは言わないが、こんな夜中からいきなり元気になられても、夜行性ではない者にとってはかなりやり辛い環境だ。
周囲に漂う、ウンブラの光源があるだけ遥かにましだが、巨人に場所を移動されては折角用意したそれも、まるで意味をなさなくなってしまう。
フレサから声を掛けられた時点で、シルヴィアは既に胸元の魔具に魔力を込め、同じ魔具を身に付けている全員へ報せを送っていた。
二人の胸に付けられたペンダントの先端から、シルヴィアからの報せを意味する黄緑色の発光が起こる。
動き出した巨人の意図は解らないが、昼に行った一撃を見る限り、今更友好的な行動である可能性は薄い。
「お前は下がって、シロエたちと一緒に村人の避難を――」
「私も戦います! 戦わせて下さい!」
ウンブラという力は持てど、戦闘経験のないフレサを戦場から離そうとしたシルヴィアの提案を、獣人の少女は声を上げて遮った。
「出された指示には従います! 足手まといにはなりません! お願いです、あの子を助ける手助けをさせて下さい!」
「……ならば、自分の身を最優先に行動しろ。例え、アレを完全に破壊する事になったとしてもだ。良いな」
「はいっ!」
その強い覚悟から、無理に引かせるのは不可能だと判断したシルヴィアは、口約束だけでも戦場の心得を彼女に諭す。
巨人は、既に上半身を完全に起立させており、金属の噛み合う重低音を響かせて、脚部の車輪と板が回転し、その大きな体躯を遂に移動させ始めた。
シルヴィアたちの方向に進んでいるが、彼女たちへの攻撃はない。最初の時と同じように、目的以外の行動を取る気はないらしい。
「村に向かう気か!?」
巨人は何を思ってか、シロエたちが休む依頼先の村へと一直線に向かっている。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
例え相手に攻撃の意思がなくとも、この巨人を村に入れる訳にはいかない。
シルヴィアは、剣を引き抜き巨人と村の間に立つと、強嵐をまとわせた身体ごと、巨人へと全力の突進をお見舞いする。
「くっ、頑丈だな――押し戻すのが精一杯か」
大岩さえも砕ききる、手加減抜きの暴風をその身に受けながら、大きく後退した巨人はその表面に傷を増やしただけだった。
攻撃された事で、巨人はシルヴィアを外敵と認めたのだろう。残っている右の腕を振るって彼女を引き離すと、昼間と同じく腕を突き出し、立ち塞がる邪魔者へと轟音を立てて撃ち出す。
「ウンブラ!」
こちらも再現として、横手からフレサの影より放たれた四つの腕が、シルヴィアに飛ばされた腕を掴み取る。
足を止めた巨人は腕を引き戻し、今度はフレサへと腕の照準を移した。
握られていた拳を開き、揃えられた五つの指先の先端が外れると、腕の回転と爆音を伴い、無数の弾丸が連続で吐き出され始める。
「え? きゃあぁぁぁ!」
突然の攻撃に驚く彼女の身を、守護者の腕が何重にも重なり合う事で防護する。だが、絶え間なく続けられる猛攻を前に、一枚、また一枚と守りが微塵に吹き散らされ、次第に彼女の身へと近付いていく。
「何してんだこらぁ!」
巨人の攻撃を止めるべく、シルヴィアが再び剣へと風をまとわせている間に、村から全速力で駆け付けて跳躍したレオの鉄拳が、巨人の頭部を殴り飛ばした。
衝撃により上半身が泳ぎ、巨人の連射がそこで止まる。
「って~。硬過ぎんぞ、コイツ!」
殴った右拳を押さえ、フレサの前へと移動するレオ。「ダハーカ」の上からでなければ、もしかすれば指の骨数本程度は折れていてたかもしれない。
それほどまでに巨人を覆う装甲は分厚く、何よりも強固だった。
「お待たせ。シロエとファムには、村人の避難をお願いしたよ」
「ていうか、何で動き出してるのよ。動かないんじゃなかったの?」
「悠長に語っている暇は――っ!? 散開しろ!」
遅れて到着した二人に、シルヴィアが声を掛けようとした瞬間、巨人の胸部が開き、指先のものよりも更に大きな筒が姿を現した。その砲身の数は、全部で七つ。
角度を自在に変化させる七つの砲台から、その場に居る全員に向け、間も置かずに純白の砲弾が射出された。
避ける者、切り捨てる者と居る中で、砲弾を受け止めた者がその弾の正体に気付く。
「これ、氷です! あの巨人は、氷を撃ち出しています!」
「中に居るのは、氷の精霊って事かな」
ウンブラの腕によって、氷の砲弾を抱えるフレサの台詞から、冷静に相手を分析するディーを無視し、巨人は指の連射砲から、再びけたたましい音を立てて次々と弾丸を撃ち出した。
「おわ、とっとっとっとぉ!」
標的となったレオは、堪らず逃げの一手を取って走り回る。一発一発の威力も然る事ながら、あれだけの数を連射されては、空気の盾でも削りきられるのは明白だ。
続けて、周囲に向かって次々と胸の砲弾を撃ち込み、全員を同時に牽制していた巨人の背が一部外れ、右肩口へと回転して一本の大筒へと変化した。
「今度は何だ!?」
叫ぶシルヴィアへの答えとして、大筒は空気の抜ける音と共に、斜め上空へと向かって今までより遥かに大きな砲弾を撃ち出す。
高過ぎる射角と、遥か遠方へと向かう砲弾――そこから導き出される答えは、村へと落とす長距離砲撃。
「『氷雷魔槍』!」
ディーは咄嗟に、巨人へ向けようとしていた雷入りの氷槍をぶつける事で、何とか砲弾を撃ち落す。
空中で白亜の爆裂が起こり、二つの氷塊の砕けた破片が、周囲へ粉雪となって降り注いだ。
「っく! やはり狙いは村か!」
「離れて! 『接続』――『氷操球』!」
砲弾を切り捨てながら、苦い表情になるシルヴィアの隣から、再び蒼の魔道士の魔法が発動する。
展開した三つの「オムニスフィア」と、手に持つ「プレコダ」から出現した計十二の氷球が、巨人の足元へと着弾する事でその脚の一部に分厚い氷を貼り付けた。
しかし、巨人は車輪を強引に回転させてあっさりと氷を砕き、何事もなかったかのように前進を再開し始めてしまう。
「斬撃も打撃も駄目、魔法も駄目――打つ手なしだね」
「言うな! 何としてでも、この場に押し留めるぞ!」
正にお手上げ状態の強さを見せる巨人に、半ば諦めの言葉を吐いたディーを、シルヴィアが大声で叱咤した。
相手の攻撃は苛烈だが、付け入る隙は十分にあった。
攻撃の時は脚は止まり、脚が動けは攻撃は止まる。指、胸、肩、どれかの砲から弾が撃ち出されている時は、別の砲は撃っては来ない。
これならば、仮に勝てずとも守勢を続け、村人たちが逃げる時間を稼ぐ事は可能だろう。
「止まって! お願い、止まって!」
「聞いてくれれば儲けものね。来るわよ」
必死に巨人の中の存在へと訴えるフレサを横目に、メルセが折り畳まれた己の弓を展開する。
古の機兵との激戦は、まだ始まったばかりだった。
◇
「巨人が暴れだしただと!?」
シロエとファムから告げられた事実と避難誘導は、村人たちにとって到底受け入れられるものではなかった。
「何とかしろよ! その為に高い金を払って雇ったんだろうが!」
「だぁ~かぁ~らぁ~、今私の友達が必死に戦ってんでしょうが! 文句言ってる暇があったら、さっさと皆を集めて逃げなさい!」
集めた数人の男たちから睨まれても、ファムは怯えた様子もなくそれ以上の大声で怒鳴り返す。
遠く、といっても、巨人が暴れているのは村に隣接された畑の中だ。時折聞こえる爆発音や振動は、耳を澄ませる必要もないほど近い。
今の所、音がこちらに近づく気配はないが、だからといって、戦場の間近くに居て良い理由にはならない。
「え、偉そうに! アイツが動き出した原因は、お前たちが来たせいなんじゃないのか!?」
「そうだそうだ!」
古代の巨兵が近くで暴走している現状で、言い争う時間すら惜しいというのに、村人たちは問題点を取り違えたまま興奮し、会話を成立させてくれない。
「う、動き出した巨人が、この村に来てしまうかもしれません。避難しないと、本当に危険なんです!」
村人たちの剣幕に押されながら、それでも涙目になって必死に危険を伝えようとするシロエ。
「お、オレは村に残るぞ! こんなガキ共に頼ったのが間違いだったんだ! 学園を訴えてやる!」
しかし、そんな彼の言葉にも、村の大人たちは耳を傾けようとはしない。
村人たちの思考は、これからの行動よりも居もしない責任者の追求へと捻じ曲げられ、完全にそこで停止していた。
「いい加減にしないか!」
聞き分けのない大人たちを強引に掻き分け、最後に到着した村長が双方の間に立つ。
「そ、村長……」
若くとも、村の方針を決める重要な役職を背負うその背中に、大人たちは開いていた口を閉ざして黙り込む。
「途中からだが話は聞いた――お前たちは、集会場に皆を集めてくれ。点呼の後、村から離れる」
「村長! 本気か!?」
「村を捨てるなんて、出来る訳がないだろう!」
大人たちに振り返り、冷静に指示を出す村長の判断に、周りの村人たちから不満や抗議が巻き起こった。村という狭い場所しか知らない彼らにとって、それを捨てるという事は、世界の終わりを意味するからだ。
「そんな事より、このガキ共をとっちめて……っ!」
「とっちめてる間に巨人に襲われて、皆殺しにされたいのか! いい年してみっともない、頭を冷やせ!」
村を破壊されれば、村人たちは生活が出来なくなる。だが、生きてこそ、そんな明日を悩めるのだ。
大人として、錯乱したまま生きる事を放棄するなど、若者に見せて良い姿ではない。
「……すまん」
しぶしぶといった様子で、大人たちが村に散って行った後、村長はシロエたちに深々と頭を下げた。
「いえ、助かりました。協力してくれて、ありがとうございます」
シロエもまた、そんな村長へと同じように頭を下げる。
突然現れた巨人に精神をすり減らし、様々な不安に押し潰された村人が、自分ではない何かに責任を押し付けようとするのは、ひとの心理として仕方のない反応だ。
そこまで深く考えた訳ではないが、シロエは村人たちを責める気はない。苛立ちや興奮でひとの話を聞かないなど、子供の頃のレオは日常茶飯事だったので、彼には十分過ぎるほどの耐性と理解が備わっていた。
「うぎぎぎっ。何なの、あのおっさんたち! こんないたいけな少女を相手に、ぴーちくぱーちく! 文句言いたいだけなら、壁か空にでも愚痴ってなさいよ!」
対して、ファムにはそんな経験がなかったのか、一人納得出来ずに憤慨した様子で、何度も地団駄を踏んで吠え散らかす。
「小さな村だ。なるべく急がせるし、避難は直ぐに済むだろう」
「解りました。避難が終わり次第、ボクは皆にその事を知らせに行きます」
シロエたちの胸に下がっている魔具は、集合の合図しか送る事が出来ない。なので、伝言を伝える為には誰かが直接戦場に赴かねばならない。
「私も行くわよ! 除け者にしないで!」
「ひゃっ、ご、ごめん」
怒りによって、恐いものなどなくなったファムの怒鳴り声に、シロエは驚きながら謝罪する。
「あの……やっぱり、ボクたちで知らせに行きますね」
「あ、あぁ……」
続く、シロエからの至極どうでも良い訂正に、村長はどもりながら頷くだけだった。
◇
巨人の指先が、強烈に爆ぜた。
戦闘が始まって、初めてといえる巨人へ明確なダメージは、メルセの弓によってもたらされていた。
「やっぱり、理屈は大砲と同じね。中が詰まれば、弾が外に出られずに弾け飛ぶ」
巨人の連射砲から狙いを付けられた彼女は、逆にそれを利用して、弾が出るより早く捕獲用の矢で筒を塞いだのだ。
親指と人差し指に該当する箇所は、軋み爆ぜる金属音を響かせた後、無残にその部位を消失させている。
「胸のやつは太過ぎるわ。今の所は、精々指のやつを使い物にならなくさせるのが限界よ」
「十分だよ――『接続』――『増幅・開始』」
メルセの弓を警戒してか、巨人が再び胸の砲台へと攻撃方法を変更する中、ディーの杖から伸びる魔力の糸と繋がった四つの鋼球が、四方から巨人の身体を打つ。
「『凍獄魔封』!」
増幅された凍土の魔法は、四箇所から同時に巨人の身体を這い上がり、腕を、脚を、胸部を、氷の内へと閉ざしていく。
これだけの威力であっても、巨人の膂力の前には時間稼ぎにしかならない。だが、今はその時間こそが重要だった。
「背後に回って! シロエたちが直した場所からなら、この巨人を破壊出来るはずだ!」
「ちっ、やるしかねぇか!」
今まで足止めに専念し、出来れば避けていた選択肢ではあったが、このまま持久戦を続けても巨人が止まる保障はどこにもない。
むしろ、巨人の中に力の塊である精霊に近い存在が居るというのなら、体力を消耗させるだけ不利になっていくだけだ。
覚悟を決めたレオは、自身の両足に心力を込め、身体を覆う氷塊に苦戦する巨人の側面へと一足跳びで回り込む。
レオの目的を察してか、巨人は肩口の砲口を倒し、そのまま後ろへと回り込もうとする赤髪の少年へ撃ち出した。
肩の巨砲から飛び出したのは、砲弾ではなく散弾。指二本ほどの無数の氷刃が、一息にレオを含めたその周辺へと吐き出される。
「ぐぅっ――がはぁっ!」
咄嗟に、「ダハーカ」を前方に掲げて不可視の盾を形成し、氷刃を耐えたレオだったが、続く氷をまとったままの巨人から、強引に撃ち出された豪腕をまともに食らい、彼方へと吹き飛ばされてしまう。
「――残念、そっちは囮よ」
レオへの対応に気を取られた巨人の背に、メルセが上空から難なく着地した。
彼と時間差で動いた色白のエルフは、気配を消したまま跳躍し、巨人の背後を呆気なく取ってのける。
「悪いけど――ちっ!」
シロエから聞いた手順で、背面の板を外そうとしたメルセだったが、手を掛けた板はどれだけ力任せに引いてもびくともしない。
良く見れば、板の隙間を塞ぐように強烈な冷気を帯びた透明に近い物質が顔を覗かせ、メルセの行動を阻んでいた。
ディーではなく、この巨人の中に居る者が生み出したのだろう氷壁に舌打ちし、メルセは振り落とされる前にその場を退避する。
「だめ、中から氷で塞がれてるわ! こっちの手が読まれてる!」
「そう簡単に、事を運ばせては貰えんかっ」
その後、背後に回らせまいと拳を使って身体中の氷を砕いた巨人は、素早く斜めに後退した後で肩の大砲を牽制としつつ、七つの砲台によって敵を分断させながら、右腕の連弾で目標たちを追い立てていく。
「おい、段々動きが良くなってきてんぞ!」
たった一体で、五人を相手に互角以上の戦いを披露する巨兵は、砲弾を殴り飛ばすレオの言う通り、砲撃の精度を徐々に上げてきていた。
当初、単に狙って撃つだけだった三種の射撃は、相手の行動を予測し、回避した先を着実に捉え始めているのだ。
「長い間寝ていたんだ。いよいよ本調子になって来たのかも――ね!」
二つを壊され、五本から三本に減った指の砲身からの連弾を走り抜け、続く胸からの砲弾に跳躍を合わせて後退するディー。
「お願い、止まって! ――きゃうっ!」
足止め用に、巨人の腕へと絡ませたウンブラの腕が強引に引き千切られ、フレサはお返しの砲撃を防御しながら悲鳴を上げた。
「このままでは……っ」
シルヴィアの焦りをあざ笑うかのように、巨人の顔面に亀裂が走る。上下に開いた頭部の中心から顔を出したのは、水晶に似た透明度の高い球体。
「まだ、なんかあるのかよ……」
うんざりした表情のレオを尻目に、球体は出現すると同時に内部から放たれ始めた発光を、ゆっくりと確実に強めていく。
誰もが新しい攻撃なのだと察するが、当然その攻撃がどんな方法で、どんな威力を持つのかは、今まで通り一度見てみるしかない。
だが、今回ばかりはその手段は悪手だ。もし、事前にこの攻撃を知っていたのなら、彼らは迷う事なく全員で攻撃そのものを止めようとしていた事だろう。
しかし、情報不足故にそうはならない。
「だぁー、もう! どんだけ弾あんだよコイツ!」
「きっと、中に居る存在が生み出し続けてるんだ。弾切れなんて、待つだけ無駄だよ」
レオの起こす癇癪に、ディーは冷静に解説を挟む。
「コイツの目的通り、一度通してみない? 村とは別の用事があるかもしれないんだし」
「だとしても、村人たちの避難が終了した後だ。シロエたちが報せに来るまでは、ここで抑えておくしかあるまい」
どうせ、こちらの攻撃はほとんど通用しないのだ。メルセとシルヴィアが、魔力や心力を温存しながら回避に専念し、今後の対応を検討し合う。
「――ねぇ、応えて。あなたは、一体何を怯えているの?」
そんな中で、フレサはウンブラの守りに包まれながら、交信を繋げようと両手を組み、巨人の中に居る存在へと懸命に語り掛け続けていた。
有効な手段を打てない面々の前で、十分な時間を掛け、眩いほどの光を晶球へと溜めきった巨兵は、遂にその一撃を撃ち放つ。
「――っ!? 避けて!」
己の直感に従ったフレサの警告は正く、そして余りに遅過ぎた。
ディーの放つ雷よりも更に上、正に光と見紛う速度で射出された直線が、月夜の闇を引き裂き目標へと突き進む。
巨人の放った光線は、砲撃に追い込まれ、射線上に重なっていたレオとメルセの脇腹を、彼らが反応する間もなく無情に貫いた。




