37・初「遠征」
――動体反応を感知、起動します――
「あっはぁ! 面白そうなのみーつっけた!」
――休眠状態から通常起動へ移行――
「なつかしいなぁ。でもこれ、ちょっと壊れちゃってるね」
――燃料が不足しています、早急な魔力の補充を提案――
「んー、中はちゃんと動いてるみたいだけど――そうだ! 面白い事思い付いちゃった!」
――本機の周辺に、二体の固体を感知――声紋照合――該当なし――外見照合――該当なし――魔力照合――失敗、魔力測定器が破損しています、直ちに交換して下さい――
「ほら、その辺のを引き千切っちゃってよ。他にもそことか軽く削って――うんうん、良い感じ」
――高空軌道端末「エデン」との情報同期処理を開始――失敗、通信回線が途絶しています、本機の通信機能は正常と診断――原因不明――
「もう良いよ――これぐらいで十分かなぁ? あんまり大きく壊しちゃうと、ほんとに動かなくなっちゃうもんね」
――呼び出しを行います――失敗、契約者登録が抹消されています、速やかに契約者登録を行って下さい――失敗――契約者登録が抹消されています、速やかに契約者登録を行って下さい――失敗――
「ふふふっ。たくさん暴れて、たくさん殺してね――お人形ちゃん」
――失敗――失敗――失敗――
『ザザッ――ザー――マス、ター――ドコ、デス、カ――?』
◇
魔物と獣の違いは、その固体が魔力や心力を扱えるか否かだ。獣は体内にそれらの力があっても使用する知恵を持たず、魔物は知恵がなくとも無意識でそれらを利用してのける。
今回、レオたちが森の中で相手取っている一本角の狼――ホーンウルフも、ほんの僅かだが心力を扱えているという点では、大別として魔物の部類に入るだろう。
とはいえ、ほとんど獣と変わりのない魔物など、当然彼らの敵ではない。
「がぁっ!」
「よっと」
口を大きく開き、額から一本の角を生やしたホーンウルフがレオへと噛み付こうとするが、彼は両腕に着けた金色の手甲、「ダハーカ」を使う事もせずに素早く側面へと周り込むと、その首に右腕を回す。
「っらぁ!」
「がひっ!?」
締めるのではなく、圧し折る。鈍く耳障りな音と共に、狼の首はあらぬ方向へと捻じ曲がり、哀れな魔物は泡を吹いて絶命した。
森の中では、更に複数のホーンウルフが面々へと襲い掛かっているが、結果は同じだった。
「ふっ」
「げうっ!」
「ぎゃうっ!」
シルヴィアがすり抜け様に放った一閃は、正確無比に皮一枚を残して二体のホーンウルフの首筋を見事に切り裂く。
「しっ!」
「がっ!」
「ぐげっ!」
狼たちの手出し出来ない木の上より放たれるのは、幾筋ものメルセの矢だ。曲線を描くそれらの凶器は、様々な角度からホーンウルフの喉や額などの急所を抉り、致命傷を与えていく。
「ぐるるるるるる……っ」
「お休み――『魔雷』」
「ぎゃんっ!」
足元を凍らされ、身動きの取れなくなったまな板の魔物の頭部に、至近距離から発せられたディーの雷が直撃し、成す術なく一体のホーンウルフがこの世を去った。
「す、すごい……」
見届け人である村長の息子――茶髪をした青年であるテッドは、八面六臂の活躍を見せる自分よりも若い子供らに、感嘆を上げる事しか出来ない。
武芸大会が終わり、学園の授業の内容は講義や基礎訓練から、進級や卒業の為の課題や試験を重視する方向へと進んでいた。
「スミス」の課題などは数日を必要とする場合も多く、学園の授業には間隔が開くようになる。
問題なく大抵の試験を合格し、手の開いたレオたちが現在行っているのは、武芸大会優勝という華々しい成績を収めた者に送られた特典の中にあった、二年生以上から許可の出る「遠征」だ。
「遠征」とは、街の住人や周辺の村や町から学園に送られて来た様々な依頼の中で、比較的難易度の低いものを生徒たちが請け負い解決するという、大手ギルドの真似事のようなシステムである。
仲介料を引いた依頼料は、そのまま「遠征」を受けた生徒たちに渡されるので、生徒たちからは卒業後の軍資金稼ぎとして重宝されている。しかし、成績には一切反映されず受け過ぎれば進級や卒業が危うくなってしまう為、注意が必要だ。
また、魔物の討伐など街の外へ出る依頼に対しては、大会の時と同じく「死んだりしても文句は言いません」といった内容の契約書にサインをしなければならない。
「これでラストっと!」
「ぐぎゃっ!」
群れとして固まっていた、十匹以上のホーンウルフが死体となって森に転がる中、最後の一匹にも容赦なく首折りを行い、レオたちの戦いは呆気なく終了した。
「ありがとう。これでしばらくは、村人が森に入った時の危険も減るだろう。なるべく傷付けずに、なんていう無茶な条件も呑んでくれて、本当に助かるよ」
一仕事を終えたレオたちに、テッドは村の代表として大きく頭を下げる。
「皮でも剥ぐんだったら手伝うぜ?」
「いや――埋めるんだよ、丁重にね」
集まった学園生たちの中心から、片手を上げて手伝いを申し出るレオに、テッドは困った表情で苦笑した。
◇
村を囲う柵の外側には、幾つもの簡易な墓が立てられていた。そこに、今日死んだ新たな亡骸が一斉に埋め立てられ、木組みの墓板が刺さる事で墓標の数が一つ増す。
傷のない死体を欲したのは、魔物たちの骸を辱める為ではない。その死を弔う為に、村の墓まで運び易くして貰う為だったのだ。
「――すまんの。村の衆でやるものも手伝って貰って」
墓に手を合わせた後、静かに黙祷を捧げ終わった高齢の村長が、背後に待つレオたちに振り返って礼を言った。
「いえ、僕たちが好きでやった事ですから。それより、埋葬する理由をお聞きしても構いませんか?」
「うむ、森の生態系を維持する為――といえば聞こえは良いが、結局はワシらが生きていく糧を減らさん為に森の住人を間引いておるだけじゃ。自己満足とはいえ、せめて丁重に弔ってやらねばな」
生きていれば、糧が要る。水であり、食料であり、金銭であり――しかし、それらは無限ではない。
「お主らも、どうか頭の片隅で覚えておいて欲しい。魔物を狩るという事は、大抵がひとに都合の良く解釈された、身勝手な所業じゃという事を」
そして、有限である糧を奪い合う以上、誰かが救われるどこかで、別の誰かは救われずにその生を終えていくのだ。
「――いやはや、年を取るとどうにも説教臭くていかんのぉ」
湿っぽくなった空気を変えようと、老人は朗らかに笑う。
「前に、同じ事を別の生徒さんに言うたら、その子は怒って墓を蹴倒してしまってのぉ」
「それは……」
「良いんじゃよ。助けて貰っておいてその行為を責めるなど、怒られて当然じゃ」
眉を下げて謝罪しようとするディーを、村長は片手で制していた。
森の魔物の数が増えれば、餌を求めて村が襲われる危険も増していく。定期的に増えた魔物を駆逐しなければ、森の恵みを糧の一つとするこの村は立ち行かなくなってしまう。
結局、こうして魔物の墓を作るのも、村長が言った通りひとの傲慢でしかないのだ。
「そうそう、お主らが一緒に連れて来た子は、相当な働き者じゃなぁ。村の壊れた農具や貴重な魔具なんかを、片っ端から治してくれたぞい」
「あんのバカ……」
「まぁ、予想通りよね」
村長の話を聞いて、苛立たしげに顔を歪めるレオとは違い、メルセはどこか諦めのこもった表情で肩をすくめている。
あの少年を前に壊れた農具を置いておくなど、腹を空かせた犬の前に大好物のエサを置くようなものだ。待てと言われて、待てるとは到底思えない。
「――あ、皆さんお帰りなさい」
学園のあるギラソールから半日ほどの位置に作られた、今回の依頼先である小さな村へと戻った一同を笑顔で出迎えたのは、同行者として「遠征」に付いて来たフレサだった。
彼女は大会の優勝メンバーではなく「遠征」の資格はないのだが、資格を持つメンバーが誘えば一年生でも学園からの許可は簡単に下りる。
例え足手纏いを誘ったとしても、学園は契約書のサインさえ貰えれば生徒の自己責任として処理出来るからだ。
「おう――って」
自身の使役する精霊、闇色をした小さな猫耳の人形、ウンブラを出して子供たちと戯れていたフレサに答えるが早いか、レオは村の一箇所に集まった別の子供たちの集団へと駆け出し、その中心に居る人物の頭を拳で挟み込む。
「何で、休みに来てるお前が働いてるんだよ! このバカ野郎が!」
「いたいいたいいたいいたい!――痛いよレオ~っ!」
子供たちに、廃材を使った様々な木彫りの人形を作ってプレゼントしていたシロエが、突然の襲撃に悶えながら訳も解らず涙目になって抵抗する。
「兄ちゃんイジめんなよぉ!」
「そうだそうだー!」
「うるせぇ! お前らも玩具貰ったからって、即行で懐いてるんじゃねぇよ!」
周囲からの非難も、レオは聞く耳を持たずに怒鳴り返した。
シロエが新たな武具の作成を持ち掛けたのは、総勢十名の大所帯だ。
その全員の身体能力や癖を見極め、個々人の魔力や心力を正確に測り、その上で一つの武具につき丸一日を使って精根尽き果てるまで鎚を振るい続ける。
明らかに身体に負担の掛かる作業を、後先考えずに何度も繰り返した結果――全く当然の出来事として、シロエは倒れた。
これで、皆に一日でも早く武具を届けたかったなどの理由ならばまだ良かったのだが、実際のところは単に鍛冶が楽し過ぎて没頭しただけという、情状酌量の余地すらない自業自得である。
大好きな鍛冶となると、自分の体調すらろくに管理出来なくなる小さな鍛冶師の頭へと、友人たちから盛大な雷が落ちたのは言うまでもない。
このままでは、不調を抱えたまま這ってでも工房棟に行きかねないシロエを見かねたレオたちが、今回の「遠征」に無理やり彼を引っ張って来たのだ。
「ファム、二人の事は頼んでいたよね?」
「わ、私はちゃんと注意したわよ!」
学園からの最後のメンバーであるつなぎ姿の少女に問えば、彼女はびくりと身体を揺らして即座に反論する。
彼女がこの場に居る理由は、進級課題が中々合格出来ず、インスピレーションを求める為の散策――という名を借りた現実逃避をしている為だ。
「そしたら二人して、捨てられた子犬と子猫みたいな目をしてこっち見てくるのよ!? 勝てる訳ないでしょ! 思わず二人とも抱きしめちゃったわよ! 悪い!?」
「何ギレだよ……」
半泣きになったファムの剣幕に呆れるレオの隣では、シルヴィアが「解る、解るぞ」とでも言い出しそうな神妙な表情で、しきりに首肯を繰り返している。
「あつかましい話で申し訳ないんですが……」
「解っとるよ。今、息子が村を回って報酬を集めに行っとる――じゃがまぁ、ない袖は振れんからのぉ、その辺は勘弁しておくれ」
彼らのやりとりを見ながら頬を掻くディーに、村長は言われるまでもなく少年の願いを理解していた。
無償の善行は、施された他者を堕落させてしまう。
仕事をまっとうすれば、対価を得る。それは当然の権利であり義務だ。なにも、自分の利益を求めるだけの行為ではない。
「ありがとうございます」
「欲のないあの子を利用して、安価で仕事をさせたのはワシじゃよ。礼は言わんでくれると助かるわい」
ディーの礼に、情も理も知る強かな老人は人差し指を口元に置きながら、老獪な笑みを浮かべていた。
◇
依頼を達成したその夜。森から村へと帰るまでに、レオとメルセがついでで狩ったひとの倍ほどもある一頭の猪は綺麗に捌かれ、村中の夕食へと並んでいた。
村の中央に建てられた集会場を、本日の寝床として与えられた一同も、その肉が入った鍋に舌鼓を打っている。
「昨日、隣の村の者がこっちに来た時に言うておったんじゃが――」
生徒たちが滞在する間の世話役として、同じ集会場で寝泊りを申し出た村長が、鍋の中身を器によそって渡しながら、唐突にその話を切り出した。
「どうもあっちの畑の中から、何かが出て来たらしいんじゃよ」
「何か、とは?」
「解らん。その者は、ただ「大きな何か」と言うばかりで要領をえんでのう。今は動いとらんそうじゃが、村の衆が恐がって近づけず、畑仕事が出来んと困っとるらしい」
王国都市であるギラソールの周辺には、こういった村が幾つかある。
都市が出来た事で併合され大半は姿を消したが、発展よりも停滞を望んだ村民たちは都市と交易を行いながら、こうして牧歌的な生活を続けているのだ。
「もし、時間があるようなら行って確かめてはくれんかのう? 向こうも報酬を集めて学園に依頼する気じゃろうから、行って解決出来ればその報酬はお主らが貰えるじゃろ。解決出来ずとも、報告ついでに道中の護衛として雇われれば、無駄足にはならんと思うしの」
収入の少ない都市外の村は、基本的に困った事があれば学園を頼る。粗雑で腕の解らない流れの傭兵や、割高に感じる正規のギルドを頼るよりは、例え実力が不安定でも安くて信頼出来る学園に依頼するのは道理だった。
「面白そうだ、オレは賛成だぜ」
村長の頼みを聞いて真っ先に答えを出したのは、猪の肉を飲み下したレオだ。
「ボクも行ってみたい。土の中から出て来たなら、古代の道具とかかもしれないし」
「私も賛成だ。民が困っているなら、力になりたい」
「私もさんせー。どうせ帰っても課題やらされるばっかりだし、シロエの休暇を伸ばしてお金も追加で貰えるなら、そっちの方が良いんじゃない?」
「アンタ、帰ってからお尻に火が付いても知らないわよ? ――アタシはどっちでも良いわ」
「私も、皆さんが選んだ方で構いません」
続いて、他のメンバーたちも次々と賛同の意を示す。メルセとフレサに関しては、消極的な肯定とみて良いだろう。
「賛成意見が多いみたいだし、明日の朝一番で隣村に行ってみようか」
まとめとして、ディーが皆の意見を総括した今後の方針を決めた。
今回の「遠征」で学園に許可を求めた日数は、シロエの休暇も兼ねて長めに四日を申請している。この村での依頼は既に完了しているので、移動と帰りに一日使ったとしても後二日間は自由な行動が許されるだろう。
「うっし。そんじゃ、さっさと食って寝るか」
「レオン、ちゃんと野菜も食べないか。シロエを見習え」
「良く見ろよ。ソイツ、キノコ嫌いだから食べてねぇだろ」
「なにぃっ」
「むぐっ。レ、レオぉ~」
肉ばかりを取るレオを咎めたシルヴィアだったが、彼の告げ口によってシロエの内緒にしていた偏食を暴露されると、途端にそちらを睨み始める。
「好き嫌いをするなど、糧となったものたちに失礼だろう。全てを食べきれるまで、ずっと見ているからな」
「う゛ぅ゛……」
キノコが山盛りとなった器を手渡され、嫌いな食材を前にシロエの顔がみるみる青ざめていく。
「まるでお母さんね――あ、お姉さんとか言ってあげた方が良いのかな?」
「多分、どっちでも怒るんじゃないかな。態度や振る舞いで、年上に見られるのを気にしてたみたいだし」
そんな、他者から見れば滑稽にも感じるシロエとシルヴィアのやりとりを、横目で観察しながら悠々と食事を取るファムとディー。
ファムも、皆と知り合ってからそれなりの時間を過ごしているので、こんな光景にも慣れたものだ。
和気藹々とした空気の中、静かに食事を取っていたメルセが盛大な溜息を吐く。
「――無駄に元気よね、コイツらって」
「ですね。何だか、私たちまで元気になっちゃいます」
「……アタシは疲れるだけよ」
フレサの少々ずれた発言を聞き、彼女の口から追加の溜息が漏れ出した。




