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星屑の鍛冶師  作者: タクミンP
幕間
34/45

34・後日譚その1 宴にて

感想がやたら増えたなぁと思っていたら、日刊ランキングの上位とか取ってたんですねぇ、びっくりです。

今日辺り、私は転生トラックに轢かれて、そのまま転生しないんじゃないでしょうか……

「今日は、僕たちの我侭を聞いて頂いて、本当にありがとうございます」

「良いって良いって。ウチの看板娘として働いてくれてる子が、武芸大会で優勝なんて大健闘をしたんだ。ウチみたいな普通のメシ屋で祝賀会がしたいだなんて、むしろ光栄だよ」


 頭を下げるディーに、料理で汚れた白地のエプロンと頭にバンダナを巻いた姿で、四十ほどの年に見える「白斧亭しろおのてい」の亭主、バックスは快活に笑った。

 日の昇り切った真昼の現在、メルセの仕事先でもあるこの「白斧亭」は、二階の宿に泊まってる客も全員が気を利かせて外出しており、一階にある酒場兼食堂は、シロエたちの貸し切り状態となっていた。

 丸いテーブルと椅子が幾つも並ぶ広い空間に、シロエたちが大会で出会った者たちが集合している。


「ねぇ、私たちも参加して、本当に良かったの?」

「勿論だよ。お祝いは、皆でした方が楽しいもん」


 不安げに見下ろすつなぎ姿のファムに、当然といった感じで肯定を返すシロエ。彼女と共に観戦者だったユアンもまたこの場に招待されており、今はシャルルやエミリアらと歓談をしていた。


「おーい! こっち料理足んねぇぞ! 肉持って来い! 肉!」

「うるっさいわねぇ! 自分でやんなさいよ!」


 皆が作業を手伝う中で、一人だけ椅子に座り料理をねだる横着者のレオに、厨房から大皿を受け取る途中だったメルセが、きつい表情で怒声を返す。


「はい、これで最後よ」


 その様子を見て、ころころと可愛い笑顔でメルセに大盛りのミートスパゲッティを渡すのは、亭主のものと同じ色をしたエプロンドレスを着込み、二本の角と大きなお尻に尻尾を生やした牝牛の獣人、メロウ。

 獣の血は余り入っていないのか、ほぼ人間と変わらない容姿である。夫に比べて随分と幼い風貌ながら、顔立ちも整っている。

 もう一度いうが、牝牛の獣人である。もっと詳しく記すなら、乳牛の獣人だ。

 その胸囲的な数値は、あの黒衣の魔女たるヴァネッサすらも凌いでいる。

 夫であるバックスは、人生の勝ち組だった。


「ありがとうございます」


 流石に、雇い主に対しては言葉を正すメルセに大皿を差し出しつつ、メロウは一度レオを軽く見てから、視線を戻して苦笑する。


「元気の良い子ね」

「だだのバカですよ」

「ふふっ、そんな事言っちゃって。メルセティアちゃん、少し嬉しそうよ」

「――気のせいです」


 くすぐるようにからかわれ、メルセは僅かに間を挟んだ後、普段通りを装いながらメロウから離れた。


「うふふっ」


 自分の頬が、軽く高潮している事に気付かない初心なエルフに、メロウは背後から忍び笑いを送った。

 大体の準備が整った所を見計らい、店内で銘々が好き勝手に散らばる中、開幕の挨拶としてレオが口火を切る。


「んじゃま、前に言った通り、今日は全部デジーの奢りだ」


 今回の祝賀会は、「この宴での出費は全額負担する」という、デジーへの罰も含まれていた。

 当人は大層不満顔だが、拷問されて殺されるよりはかなりマシな罰だ。諦めて貰うしかない。


「好きに食って騒ぐぞ! 野郎ども!」

「「「おぉーっ!」」」


 レオの扇動に、獣人たちを中心とした比較的ノリの良いメンバーが咆哮を上げ、気勢を高めていく。


「女も居るぞ」

「気にすんな! ノリだノリ!」


 シルヴィアの冷静な突込みにも、レオは動じない。

 こういった場で必要なのは、何にも勝る勢いだ。宴とは楽しんだ者勝ちであり、付いて来れない者から取り残されていく無情の場なのだ。


「さぁ、乾杯の音頭はフレサだよ」

「えぇ!? わ、私ですか!?」


 ディーのから手渡された、酒気を帯びた液体入りのグラスを受け取りながら、寝耳に水だったフレサが素っ頓狂な声を上げた。


「主賓でしょ。ほら、皆待ってるわよ」

「え、えと……あうぅ……」


 続いてメルセが急かせば、猫の獣人は己の耳を忙しなく動かした後、おずおずと皆に向かって杯を持ち上げていく。


「あ、あの……か、乾杯」

「「「乾杯ッ!」」」

「ひぅっ!」


 か細い彼女の声も、その後に出した小さな悲鳴も諸共に掻き消す、大音量での返事をもって、宴の開始が宣言された。







「美味い! 矢張り肉は焼きたてに限るな!」


 いち早く、鳥の骨付き肉を手掴みで豪快に食らい付いたバンコが、溢れる肉汁に笑みをこぼす。


「バンコてめぇ! オレが目ぇ付けといた一番でかいの、何いきなり食ってんだよ!?」

「違うよ! ルーが最初に見つけてたの!」

「がはははっ! 宴会もまた戦場よ! 遅れを取った弱者の言い分など、聞く気にもならんわ!」


 子供の理屈で騒ぎ立てるレオとルーの抗議にも、バンコはその破顔した表情のままで一蹴する。


「言ったなこの野郎……っ! どりゃ!」

「えいっ! はむはむはむっ!」


 お返しにと、二人はバンコが小皿にキープしていた、大振りのソーセージを奪い取って一気に噛み砕くと、互いの腹の中へと流し込む。


「ぬぅっ! ワシの目の前で好物を奪うとは……断じて許さん!」

「てめぇが最初に始めたんだろうが!」

「そーだよそーだよ! バンコのばーか!」

「開始早々から騒がしいったらないねぇ、落ち着いてメシも食えないのかい……たくっ」


 幼稚極まるケンカを始めた三人を横目に、辟易とした口調で言いながらも、ドーラは場の雰囲気に流されて自然と笑みを浮かべていた。


「ほら、アンタもビビッてないで早く取らなきゃ、コイツらに全部食われちまうよ」

「あ、ありがと」


 自分の分を確保しながら、ドーラは野獣と化したレオたちに驚くファムへと、適当に見繕った小皿を渡す。肉が多めなのは、このテーブルでは仕方の無い事だ。


「なんだか、皆大きい子供みたいね」

「みたい、じゃなくて、実際にコイツらは見た目だけのガキなんだよ。苦労ばっかり掛けさせられる、こっちの身にもなれってんだ」

「ぷっ、何それ」


 保護者のように、疲れた様子で言葉を漏らすドーラに、ファムは思わず噴出してしまう。何時もやっているのか、問題児を抱えて頭を悩ませるその姿が、彼女には妙にはまっていた。

 そして、そんな正しく宴を楽しむ連中を遠くに、知り合い同士に魔具師の新参を加えた別の一団が、その混沌とした光景を眺める。


「野蛮の極地ですわね……皆さん、もっと品良く出来ないものですの?」

「同意致します。ミス・エミリア」


 赤ワインの入ったグラスを片手に、宴といえば舞踏会や社交会しか経験の無いエミリアと、従者として主への悪影響を懸念するダイオンが同時に眉をひそめれば、ユアンとシャルルが苦笑を返す。


「無粋だよ、エミリアさん」

「ダイオンもね。踊りも音楽も無いけれど、僕は舞踏会よりもこちらの方が楽しく感じるな」

「主!?」


 眩しいものを見るように、騒ぐレオたちへと目を細めたシャルルの言葉に反応し、ダイオンが驚いた表情で勢い良く振り返った。


「なりませんぞ! このような無法極まりない場に毒されるなど、大旦那様に何と申し開きされるおつもりですか!」

「解ってる。ちょっと言ってみただけだよ」


 見下ろしながら必死に捲くし立てる従者を、困った顔で片手を上げて押し留めつつ、シャルルはもう片方の手に持つグラスを口元で傾けた。

 この場で無粋なのは、確実にダイオンの方なのだが、シャルルにも課せられた使命というものがある。

 高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュ――貴族の子息であるという時点で、彼は何時如何なる状況においても「貴族」であらねばならない責務を背負っているのだ。


「お目付け役が居ると、気苦労が多そうだね」

「次期当主だからね。父上の期待には応えないと」


 ユアンの同情にも似た発言にも、シャルルは小さく笑うだけだ。

 地位を受け継ぐべく育てられた少年には、確かに苦悩や束縛も多い。だが、シャルルはそれ以上にこの国を担う一員としての、確かな誇りを瞳に宿していた。

 そんな彼らから離れ、厨房の前に取り付けられた横長のテーブルには、シロエに集まる形で出来た集団が、料理に舌鼓を打っていた。


「もむもむ」

「お前の食べ方は、まるで頬袋の詰まったリスのようだな」

「シルヴィア、はい、あーん」

「あー、ん。うん、美味い。主人の人柄が窺い知れる、良い味だ」

「……お前ら、普段からそんな事をやっているのか?」


 当たり前のように食べさせ合いを行うシロエとシルヴィアに、ドゥーガが串焼き肉の串を口元から覗かせながら、頬に一筋の汗を垂らす。


「どこかで、吹っ切れる要素があったみたいだね」

「でも、ちょっと憧れます――はわわ、い、今の無しです、無しっ」


 苦笑しながらグラスを傾けるディーの隣で、フレサが本音を漏らした後、真っ赤になって誤魔化した。


「……兄様……あーん」

「いや、今回の食事は手掴みでも食べれる品が多いので、拙者にそんな事をする必要は――うおぉっ!?」


 シルヴィアに触発され、一念発起してフォークに巻いたスパゲッティを差し出したシズクに、何も理解していないヤカタが平静のまま辞退して、彼女からの目突きを全力で避ける。


「せ、拙者が何かしたでござるか?」

「……何もしなかった……兄様のばか」

「胸焼けがしてくるな……」

「同感だ……」


 夫婦漫才にも似た寸劇に、傍で見せ付けられている独り身のラギウスとドゥーガが、二人で同時に切ない溜息を漏らした。


「ははっ。面白いなぁ、お前ら」

「ふふふっ、若い頃の私たちみたいね。妬けちゃうわ」


 自由に宴を楽しむ若人たちを見て、厨房で鍋を振り回し、追加の料理を作りながら笑うバックスと、出来た料理を盛り付けながら、思い出に浸るメロウ。

 騒がしくも楽しい宴は、まだ始まったばかりだった。







 タダより恐いものはなく、タダより意地汚くなるものはない。

 食べ放題飲み放題の宴会で、自重するほど行儀の良い者は、このメンバーの中では少数派だった。


「コイツで、今日の為に仕入れた食材はラストだ」

「足んねぇな」

「足らんな」

「足りなーい」


 最後の品として差し出された、肉野菜炒めを我先に食らいながら、三人が同時に不満の言葉を漏らす。

 満腹になった者も出始めたが、最初から全開で食い続けながら、レオを含めた数名の胃は更なる料理を貪欲に欲していた。


「市場で、追加の食材を買って来るか?」


 誰かが言ったその台詞に、ディーの瞳が怪しく光る。


「そういえば、西門の入り口付近に展開してる行商隊キャラバンが、「王宮御用達」っていう謳い文句で高級食材を売ってるらしいね」

「ちょっ、ディーエン君!?」


 本当に丁度思い出したかのような、何気無く呟かれたその情報に、一人寂しく角に居たデジーが、青ざめながら引きつった声を上げた。


「食材の目利きに自信のある者は、起立して名乗りを上げろ!」


 それ以上、誰かからの言葉を差し込む暇を与えず、シルヴィアが放った大声の誰何すいかに反応し、我こそはという勇猛な猛者たちが、文字通りの意味で次々と立ち上がる。


「ルー、お肉の美味しさなら見て解るよ!」


 勢い良く椅子を跳ね上げ、両手を真上に上げるルー。


「では、水産系は俺が行こう。鮮度の見分けぐらいしか出来んが、それで十分だろう」


 どっしりと構えた椅子から立ち上がり、貫禄を見せ付けるドゥーガ。


「だったら、私野菜! お母さんに仕込まれたから、結構自信あるわよ!」


 立ち姿だったファムが、嬉々として片手を上げる。


「僕も行こうか。皆が見た事無い食材は、僕が説明するよ。調理の難しい食材とかは、買わない方が無難だろうしね」


 最後に、満を持して雑学博士であるディーが進み出た。一人の商人見習いを破産に追い込む、容赦無しの買出し部隊が、今ここに完成した。


「おいおい、そんなお高いモン買って来られても、宮仕えのシェフじゃないんだし、切るか焼くか煮るか炒めるか揚げるしか出来んぜ?」

「本当に素材が良ければ、それだけで十分ですわよ」

「うふふ、楽しみねぇ」


 呆れ顔で苦笑いするバックスにエミリアが答えを返せば、メロウが未だ見ぬ高級食材を想っているのか、朗らかな笑みを作る。


「じゃあ、そういう事だから――デジー?」

「ひっ」


 死刑宣告すらも生温い死神の鎌が、呆然と立ち尽くす受刑者の肩に添えられた。哀れな少年は短い悲鳴を上げ、その身を固く強張らせつつ執行者へと振り返った。


「じょ、冗談っすよね!? どっきりっすよね!? まさかそんな非道な事、本当にする訳無いっすよね!?」

「まぁ、行ってみれば解るよ。あぁ、安心して。払えなければデジーの実家に請求書が行くように、もう行商隊キャラバンとは話が付いてるから」

「最悪じゃないっすか!?」

「うむ、では行こうか」

「い、嫌っすうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


 逃げ道を完全に塞がれ、絶望の淵へと叩き落とされたデジーが、泣き叫びながら荷物持ちの任に就いたバンコに引き摺られていく。その哀れなように、残った一同の合掌が送られたのは、言うまでも無い。

 彼らが持ち帰った食材は、バックスの腕前もあって謳い文句に違わぬほどの美味であった事を追記しておく。

 罪には罰を。デジーの贖罪は、多大な代償を支払う事で食材へと変化し、その罪をようやくこの場の全員から許された。







 宴も終盤に差し掛かり、店の内部は死屍累々の有り様だ。途中退場した者たちが机に突っ伏してたり、椅子を連ねた簡易のベッドで呻き声を上げながら横たわっている。


「……どうした?」

「あぁ? 何がだよ」


 そんな中、酒瓶を片手に持ったバンコが、レオの隣に腰掛けながら疑問を投げ掛けた。

 レオを含め、彼を挟む形で座るヤカタも食事から酒へと趣向を変えており、こちらは自らのグラスに手酌をしながら飲んでいる。


「澱んでおるように見えるぞ。何ぞ思い出しでもしたか?」

「……」

「それは、拙者が付けたお主の手甲の傷が、何時の間にやら塞がっておる事が原因でござるかな?」


 注いだ一献を楽しむように、ゆっくりと杯を傾けるヤカタの質問は、正鵠を射ていた。

 黒髪の剣士が目配せする場所に鎮座した、金色をした左右非対称の手甲には、「菊ノ丸(きくのまる)」によって刻まれたはずの、大きく横に伸びる形で付けられた傷が完全に消失し、新品同様の姿へと戻っていた。

 その部分を削って整えた訳でも、別の新品が作成された訳でも無い。まるで、生物の怪我が自然と治癒するかのように、手甲の傷が完治しているのだ。


「――あぁ、そうだよっ。決勝戦の後に気付いてシロエを問い質してみたら、あのバカ、オレの「ダハーカ」にとんでもねぇもんぶち込んでやがった……っ」


 しばらく無言だったレオが、酔いに任せて自分のグラスに入った酒を一気に呷り、テーブルへと叩き付けながら吐き出すように答えた。その声に、苦味以外の色は一切含まれてはいない。


「とんでもないものとは、一体なんでござる?」

「――竜の鱗だよ」

「「っ!?」」


 その正体を聞かされ、左右の二人は酔いも忘れて両目を見開く。

 竜――それはこの世界において最強の種族であり、生命の象徴ともされる覇者の一族は、最下級のものであっても町一つの防衛戦力と互角に渡り合う、正真正銘破壊の権化だ。

 その鱗は生半な刃や魔法を軽々と弾き、口から放たれる圧倒的な吐息ブレスは、一面に破滅を撒き散らす。

 たった一体討伐出来れば、その素材で遊んで暮らせるほどの額が手に入るといわれる究極の生命体の一部が、彼の武具には込められているというのだ。


「――生きてんだよ。オレの武具は」


 竜種の生命力は絶大であり、死してなおその肉体の活動が止まる事は無い。高位の素材を材料として組み込めば、その圧倒的な生命の奔流は、溶かし込んだ物質に新たな命さえ吹き込む。

 心力を扱う者にとって、同質の波長を宿した「生きた」武具は、その相乗効果をもって正に一騎当千の業物になりえる可能性を秘めていた。


「オレも、着けてる時にコイツの呼吸っつーか、気配っつーか、そんなもんは感じてたんだよ。気のせいだろうとずっと思ってたんだが……決勝戦でお前に付けられた傷が治って、確信しちまった」

「ふむ、拙者の「菊ノ丸(きくのまる)」は妖刀である事は元より、使われた素材も間違い無く一流どころでござった。シロエ殿の腕前が如何ほどであれど、一般の素材だけで打ち勝てるとは到底思えず、不思議に思っていたでござるが……これで合点がいったでござる」


 幾ら高い技術を持っていたとしても、元にした素材の質が圧倒的に負けていれば、作品の完成度に差が出るのは自明の理である。

 盾と矛の競争は、基本的に矛に軍配が上がるのが常だ。「鮮血武具ブラッドウェポン」という性質を差し引いても、切れ味を特化させたヤカタの剣を凌いだ「ダハーカ」には、当然それだけの理由が存在していなければおかしい。


「武具に生命が宿るほどとなれば、込めた竜の鱗は相当高位のものだったのだろうな。しかし何故、そんな品をあの者が?」

「拾われた赤ん坊の時に、後生大事に一枚だけ持ってたんだと――本当の親を探す手掛かりだったかも知れねぇってのによ。大バカ野郎が……っ!」


 続けて放たれたバンコの疑問に、レオは苛立ちを含んだ表情で答えた後、歯軋りしながら手に持つグラスを軋ませる。

 自分の武具を作る為に、惜し気もなく大切なものを手放したシロエに対し、レオの心には行き場のない感情がうねっていた。


「しかし、そうでなければあの勝負、お主は負けておったでござろう?」

「だけどよ!」

「終わってしまったものを、メソメソと女々しく嘆くな。そのような軟弱さ、僅かな付き合いしかないワシでもらしくないと解るぞ」

「……っ!」


 憮然としたバンコに指摘され、レオの表情が更に歪む。

 結局レオも、誰に言われずとも理解しているのだ。シロエが全てを納得した上で、武具の素材とした事も。そうして生み出された武具が、自分にとって一生涯の相棒として手渡された事も。


「感謝をすれば良いのでござるよ。シロエ殿はただ無心に、己が打てる最高の武具を作り上げただけではござらんか」

「左様、本当に良き友ではないか。ますます気に入ったぞ」

「勝手な事ばっか言いやがって……っ」


 口々にのんきな助言を送ってくる二人に、レオは怒りすら滲ませて左右を睨む。

 そんな、不貞腐れているレオを見て、大きく笑みの表情を作ったバンコが、彼の肩を叩きながら酒瓶を持ち上げた。


「がはははっ! まぁ、飲め飲め!」

「飲んで忘れろって? 柄じゃねぇよ」

「愚か者め、飲んで忘れるのではない。酔い飛ばして吹っ切れるのだ!」


 酒が入っても、熊の獣人の性格は変わらない。どこまでも豪快に、世にある全てを笑い飛ばそうじゃないかと、赤髪の少年に向けて裏表無く笑い掛ける。


「さぁさぁ、一気飲みで勝負勝負!」

「だぁ~もぅ、うるせぇよ! 吠え面かかせてやるから、掛かって来やがれ!」

「そうだそうだ、そうこなくてはなぁ!」


 隣で騒ぐバンコに、痺れを切らしたレオがやけくそ気味に乗った。近くの酒瓶に手を伸ばし、封になったコルクを親指で引き抜く。


「それでは、立会人は拙者が務めよう。両者――はじめ!」


 釣られて笑うヤカタの宣言に、両者が酒瓶を一気に真上へと傾け、その中身を喉を鳴らして飲み干していく。

 酒は憂いの玉箒。酔って笑って酔い潰れたレオが、己の迷いをきっぱりと断てるかどうかは、今後の本人次第である。







「はぐっ、はぐっ」

「やけ食いか?」

「もう、どうにでもなれっすよ!」

「勇ましい事だ」


 涙目で調理された高級食材を食らうデジーを、シルヴィアが横手から笑っている。

 殆ど食い尽くされてはいるが、まだ少ないながらも残りはある。最後の一欠けらまで完食しなければ払った硬貨が無駄になると、デジーは猛然とマカロニ入りのサラダを掻き込んだ。

 やがて一皿目が終わった後、真面目な雰囲気に切り替えたデジーは、皿を脇に避けながら口元を拭いて、正面に座りながら果実のジュースを飲むフレサへと視線を向けた。


「……フレサさん」

「はい?」

「この度は、本当に申し訳無かったっす」


 真剣なな顔つきでテーブルに両手を付き、フレサへ向けて深々と頭を下げるデジー。その真摯な態度に、傍で見ていたシルヴィアの片眉が跳ねる。


「――頭を、上げて下さい」


 憂いを帯びた表情で、フレサはデジー姿勢を戻すよう促した。顔を上げたデジーに対し、被害者である彼女は兼ねてからの疑問を投げ掛ける。


「どうして、と、聞いても良いですか?」

「前に言った通り、金の為っすよ」

「……」

「「利に敏く、益に賢く」。あれは、オイラに商人としての矜持を叩き込んでくれた人の言葉っす。一枚でも多く金貨を儲ける為なら、オイラは皆さんと敵対する道を選べるっす」

「それ、嘘です」


 強い意思を宿したデジーの両目と、逸らす事無く自身の視線を重ねながら、フレサは確信に満ちた断定を下す。


「どうしてそう思うっすか? 現にオイラはフレサさんを利益の為に利用したっす」

「デジー君は、私を利用しても、見捨はしませんでした」


 ただ利用するだけで良ければ、ヤカタやシズクを彼女の護衛としてクリストファーに雇わせる必要は無い。


「それは、レオン君たちが勝った時の為に必要だったからっすよ」

「アルベールさんたちを、勝たせる事も出来ました」


 彼がアルベールたちに助言が出来る立場にあったなら、正々堂々などといわず、権力を笠に着せた策を進言し、幾らでもシロエたちを学園から追放する事が可能だったはずだ。


「より、儲けの出る勝ち組に付いただけっす」

「色々と高価なものを買ってくれる、三等貴族の子供よりもですか?」

「――っ」


 本当に利益だけを考えていたならば、双方の間を渡り歩く理由は無いのだ。

 潤沢な資金を持ち、顧客として上等なアルベールたちと、今後芽が出るかどうかも解らない、ほとんどが世間を知らない平民でしかないシロエたち。

 当時のデジーにしてみれば、どちらがより儲けられるかなど、考えるまでも無かったはずである。

 口では利益だけだと言っていながら、その実デジーはアルベールたちから金貨を稼ぎながらも、何の儲けにもならないシロエたちへの助力を行っていた。

 想定外だったであろうウンブラの暴走は、本当に運が無かった。

 しかし、あの時仮にディーたちが救出に失敗していたとしても、監視役として控えていた教師たちが、替わりにその役目を代行していただろう。

 あの場面において、本当にフレサが死ぬ可能性は、限りなく低かったのだ。

 自分が死に掛けておいて、愚か過ぎるともいえる判断だが、フレサはデジーを責めようなどとは、爪の先ほども考えてはいなかった。


「はぁっ――どれだけオイラを買いかぶってるんっすか。オイラはただ、揉み手摺り手で皆さんからお金を巻き上げていただけっすよ」


 自分の言葉をことごとく返されたデジーは、それでもなお態度を崩さず、溜息を吐きながら軽い調子でおどけてみせる。


「えぇ、だから私が勝手にそう思っているんです。皆の為に頑張ってくれて、ありがとう、デジー君って」

「くくっ、お前の負けだ、デジー」


 どうあってもぶれないフレサの言動に耐え切れず、シルヴィアが喉を鳴らして笑いながら、薄い笑みを浮かべてデジーを見た。


「シルヴィアさんまで……勘弁して下さいっすよ」


 そんな二人に、デジーは付き合っていられないとばかりに最後の一切れとなっていたミートパイを掴み、口の中へと放り込む。


「――ほんと、勘弁して下さいっすよ……」


 そのまま、パイを食べながら椅子ごとそっぽを向いて呟くデジーが今、一体どんな表情をしているかは、二人の視点から見る事は叶わなかった。







 段々と静かになり始めた「白斧亭」の屋根に座り、宴会を抜け出したメルセは一人、黄昏時の空を静かに眺めていた。

 宴の中盤辺りから席を外していた彼女は、下で巻き起こる狂乱の騒音を聞きながら、ずっと独りでこの場に居座り続けている。

 仲間も友達も、隣人ですら慣れていないメルセにとって、今回の宴はいささか刺激が強過ぎた。


「めーるせ。何してるの?」


 どうやって嗅ぎ付けたのか、宿の一室から屋根の縁を掴み、ひょっこりと姿を現した小さな少年が、メルセに向かって笑い掛ける。


「さぁね」


 しかし、彼女はそんなシロエの相手をする気になれず、適当に答えてそちらを見ようともしなかった。


「皆の所に戻らないの?」


 視線を合わせないメルセの反応を特に気にした様子も無く、シロエはそのまま彼女の座る屋根の中央まで歩み寄る。


「騒がしいのは嫌いなのよ」

「ふぅん……あ、はい、毛布。夜の外は少し冷えるから、バックスさんに頼んで持って来たんだ」


 目の前に、無遠慮とも言える動作で大き目の毛布を差し出され、ここでようやくメルセの視線がシロエへと移動する。メルセが無言でそれを受け取り、大人しく包まったのを確認したシロエは、断りも入れずに彼女の隣へと腰を下ろした。


「……」

「……」


 そして、しばしの無言。

 メルセはお話しなどをする気になれず、シロエもまた、そんな彼女に合わせる形で口を開かない。

 沈黙への不快感は無い。ただ、階下や街で起こる雑多な音を聞き流しながら、穏やかともいえる空間が二人の間に漂っている。


「そういうアンタは、戻らなくて良いの?」

「今は、メルセの隣が良い――駄目?」

「……好きにしなさい」


 尋ねてみれば、メルセにとって予想外、とも言えない答えが返って来た。


「(お節介焼き……)」


 メルセ心の中で、悪態とも呆れともつかない呟きが漏れる。

 矢張りこの子も、階下で一番に騒いでいたあの赤髪の同郷だ。自然体のまま、他人の領域へと躊躇無く踏み込んでくる。

 違いは、あちらががさつで騒々しく、気付けば乗せられているのに対し、この子は人畜無害な雰囲気からか、こうして当たり前のように傍に寄り、「独り」を「二人」にしてくれる。そんなところか。

 自分の事は解らない癖に、他人の事には敏感で、しかも、誰かが困っていれば、手を出さずにはいられないほどのお人好し。


「ホント――アンタが一番バカよね」

「ん? 何か言った?」


 ポツリとメルセが漏らせば、くりくりとした両の目が、傾げた顔から彼女へと向けられてくる。


「何も」

「そっか」


 メルセが誤魔化すと、シロエはそれ以上の追求はせず、そのまま押し黙った。

 何もせず、何も話さず、ただ傍に。

 面倒な人生を歩んで来た自分が、同じく面倒な気質であると半ば自覚しているメルセだが、隣に座る存在に、僅かな気まずさすら湧いては来ない。

 孤児院で、長い間年長者をしていたからこその性質だろう。彼が隣に居るだけで、不思議と安堵の溜息が漏れそうになるほど空気が弛緩し、淀んでいた気持ちが安らいでいくのが解る。


「(あの、堅いのか柔らかいのかよく解らない騎士様が執着するのも、何となく頷けるわね)」


 シロエの無心な気遣いは、心のささくれた者たちにとって麻薬に近い。

 愛情とも呼べる優しさを無条件に差し出され、こちらがどんな対応をしたとしても、構う事なく次々と注ぎ込んでくるのだ。

 それは、捻くれ者のメルセでさえ、仕方が無いかと許してしまいそうになる、抗い難い誘惑だった。

 特に、シルヴィアのような真っ直ぐな気性の者ならば、その()は真正面から直撃するのだ。耐えろというのが無理な話である。

 時系列がずれ、シルヴィアよりも先にメルセがシロエと出会っていたならば、彼を求めていたのは霹靂の騎士ではなく、ひょっとすれば異種の混じったエルフの少女の方だったかもしれない。


「……ほら、アンタももっとこっちに寄りなさい」

「うん」


 少し風が出てきた為、メルセが捲し上げた毛布に、彼女より小さい身体をしたシロエが潜り込む。

 メルセは、同年代であるはずのシロエを子供として認識しているので、肌を密着させた今の状態も、精々子守をしているような感覚でしかなかった。


「あったかいね」

「……そうね」


 身体もそうだが、何よりも心が暖かい。

 自ら輪を離れていたメルセが、シロエの温もりに解け崩され、遂に固めたその表情を和らげる。

 二人で一つの毛布に包まり、特に話す事も無く、時折下で起こる喧騒を遠くにかんじなら、二人だけの時間が静かに流れていく。

 静寂が破られ、金髪をなびかせた騎士が到着して騒動になるまで、残されたほんの少しだけの時間を、二人は互いに何も喋らず、茜色の空を見上げて寄り添いながら過ごしていた。


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