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星屑の鍛冶師  作者: タクミンP
第3章 箱庭の人形劇
32/45

32・カーテンコール 中編

「レオンもここに居ると踏んでいたんだが……お前一人か」


 着替えもしないまま、丸めた表彰状を片手にシルヴィアが何時もの場所に辿り着いた時、二つの校舎の隙間に作られた空間には、長椅子に腰掛けたメルセの姿だけがあった。


「そう、都合良くはいかないわよ」


 顔だけ向けて、鼻で笑ってのけるメルセ。嘘とはいえ、表彰式を辞退する理由を告げたメルセとは違い、逃げ出したに等しいレオがこの場に居ると考えるのは、虫の良過ぎる話だ。


「怪我はもう良いのか?」

「えぇ。学園お抱えの治癒術士は、本当に優秀みたいね」


 実際は、吸血鬼化した事によって自己治癒能力が高まっていたメルセは、シズクを下した時点で粗方の傷は塞がっていた。

 彼女のした事といえば、偽装の為に軽く包帯を巻いたぐらいなので、今の発言も単なる誤魔化しだ。

 彼女たちに治療を施した職員は、短めで栗色の髪をした、何とも覚え辛そうな特色のない風貌の男だった。

 言葉少なに魔法や傷薬、包帯などで手早く処置を終えた彼は、入室した時と同じく一礼をして、そそくさと救護室を後にしていった。

 それが素なのか、多忙さ故の余裕の無さなのかは、初めてその人物を見るシルヴィアたちには、判断は付きかねた。

 本来、救護室の職員ではないヴァネッサが、臨時でその役に就いていたように、大会が始まってから、学園の教員や警備委員などの役目がある生徒たちは、内に外にと大忙しだ。

 彼女らが通うイサラ・アルコリス学園と、学園のあるギラソールの街は、相互扶助の関係にある。

 学園は、街の治安維持への協力や、街の住人だけでは解決出来ない問題を、他の場所より格安で引き受ける見返りとして、街の様々な店に生徒たちの働き口を融通したり、学園職員が利用する一部施設での割引や無料化を行うなど、その関係はこの街全体の規模で浸透している。

 大きな催しには、問題が付き物だ。日頃の恩恵の借りを清算しようと、大小を含めて様々な依頼が学園へと舞い込む今のような時期に、学園の職員で暇を持て余している者は少数派だった。


「優勝の賞金は後日だそうだ。六等分しても随分な大金になる、保管場所には注意した方が良いだろうな」


 学生の大会とはいえ、ここには貴族の子息も通っているのだ。それなりの金額でなければ、そんな彼らの意欲を刺激する事は出来ない。


「六等分? 二人増えてるわよ」

「シロエとフレサの分だ」

「あぁ――だったら、あの細目商人には渡さないの?」


 散々からかったせいで意固地になったのか、どうあっても普段では誰かの名を出す気はないらしいメルセに苦笑しつつ、シルヴィアは軽く肩を竦める。


「どうやら、デジーは金銭の受け渡しに関して一家言あるようでな。前に一度、シロエの作った武具の件で軽く包もうとしたんだが、丁重に断られてしまった。一応聞いてはみるが、まず受け取りはすまい」

「同じように、二人が断わったら?」

「シロエは全員で押せば頷くだろう。フレサには、罰ゲームとして無理やりにでも受け取らせるさ。レオンが、試合の時に言っていただろう?」


 皮肉と意地悪さを同伴させた笑みで、シルヴィアはメルセを見た。

 金を使って解決するのは気分が悪いが、気持ちだけの謝罪では、彼女たちの気が納まらない。


「お互いのしこりは、早い内に清算しておきたいからな」


 両者の間に横たわる負い目に、形ある終止符を。賞金の分配は、フレサの為と自分たちの為、半々の理由から行われるものだった。


「……まぁ、罪悪感って意味に関しちゃ、確かにあの子にとってこれ以上ない罰ゲームになるでしょうね」


 シルヴィアの案に、メルセは特に反対する気はない様子だ。受け取れる金額は減るが、元より賞金を目的として大会に参加した訳ではないので、貰えるだけで十分だと考えているのだろう。


「他の者は?」

「まだ、救護室に居るのが二人。何処かに逃げたのが一人。観戦してた二人は、まだ来てないわ。大方、一緒に見てるって言ってた人たちにでも、捕まってるんじゃないの?」

「だと良いが……」


 各人の居場所を聞いたシルヴィアの表情が、目に見えてかげる。

 彼女が一番にこの場所を訪れたのは、レオの居場所を探るのと、もう一つ、シロエが今居そうな場所を探すという意味も併せ持っていた。

 大本の元凶とも言えるアルベールが、今まで何の動きも見せていない事を、彼女は強く気に掛けているのだ。

 あの、自分至上主義でプライドの塊のような男が、このまま黙っているとは到底思えない。己の敗北を認められず、愚かな凶行に走る可能性も高い。

 もしもの時の為、シロエには単独行動を控えるよう忠告してあるし、デジーにそれとなく彼と共に居て貰うよう頼んでもいる。

 何より、シロエは過去の教訓を活かし、護身用に自らが作成した魔具を身に付けていた。短時間だが、装着者の周囲に結界を発生させる魔具で、直接敵を害するものではないが、時間稼ぎをするには十分な代物だ。

 同時に、シルヴィアたち全員に、発動させるとそれぞれに発動した固体の位置を指し示す、首飾り型の魔具も渡されている。それにより、彼女たちは学園内でシロエの身に危険が迫れば、即座に駆け付ける事が可能となっていた。


「心配し過ぎよ。気にしてるバカ貴族だって、こんな人目の多い中で、事を起こそう何て考えないわよ」


 各校内では、大会に合わせて生徒たちが運営する喫茶や、軽い娯楽部屋なども設けられており、人の出入りは普段の学園よりも激しくなっている。

 そういった理由から、シルヴィアの不安を杞憂と断じたメルセだったが、次の瞬間、自らの発言の甘さを知る事となった。


「「っ!?」」


 二人の胸元から、突然鋭く白色の光が灯る。首から下げていた、色違いの小さな魔晶石から発せられるその輝きの色は、シロエの身に付けた同じ魔具からの呼び掛けに他ならない。


「くそっ、矢張りか!」

「何やってんのよ、あの子……っ」


 魔具が示す集合の合図を見て、二人はすぐさま校庭側へと駆け出した。校舎の隙間という狭い空間では、光の指し示す正確な位置が把握し辛いからだ。

 服から取り出した粒状の鉱石の光は、彼女たちの斜め上――「スミス」校舎にある三階の一室を指し示していた。


「上かっ!?」

「跳ぶわ、風を貸して」


 後から来たにも関わらず、一瞬でシルヴィアを追い抜いたメルセが、後腰から展開した弓を片手に、光の先へと向かいながら端的に言った。

 それだけで、彼女の意図を理解したシルヴィアは、走りながら腰の「ゲイレルル」を引き抜き、そのまま全力で上空へと突き出す。


「行って来い!」


 直前に、地を蹴って小さく跳躍したメルセが、背後の騎士が生み出した平面状の風に乗せられ、高速で空へと跳び上がった。

 弓を構え、備え付けの矢で窓のガラスを射抜くと、そのまま中へと侵入していく。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 一拍遅れる形で、シルヴィアもまた背後に風を噴出させ、大地を踏み締めて大きく跳躍し、目的の部屋へと一足飛びで辿り着く。


「シロエ! 無事か!?」


 メルセの隣で窓枠に手を掛け、部屋の中に向かって大声を張り上げるシルヴィア。


「あ……シルヴィア、メルセ」


 他と同じ構造をしているものの、机や椅子がない分広々とした空き教室の空間内で、壁際である白板近くに居たシロエが、窓から入って来た二人を驚いた様子で見つめていた。


「……何か、思いっきり無事ね」


 全力で臨戦態勢を整えていたメルセは、室内の光景を目にして、呆れながら構えた弓を下げる。

 現在、シロエの周囲には、見覚えのある面々ばかりが、武具を片手に彼を守る形で布陣を敷き、侵入者であるシルヴィアたちを見ていた。

 一回戦で戦った魔道士、ラギウス。二回戦で戦った(カルヴァ)の騎士シャルルと、その従者であるダイオン。そして、同じく二回戦ディーにあしらわれた魔道士の少女、エミリア。

 バンコ、ドーラ、ドゥーガ、ルー。準決勝の獣人四人と、決勝戦で戦った異国の傭兵、ヤカタにシズク。

 大会で出会った者たちのほとんどが一同に集まっている謎な状況に、シルヴィアたちは瞬きを繰り返す。

 彼らとは対角線上にある教室の後方を見れば、明らかに学園の生徒ではない者たち数人と一緒に、アルベールが気を失って倒れていた。


「――っらぁ!」


 しばしの沈黙を破り、シルヴィアたちとは反対に位置する廊下側から、誰かが気合と共に扉を蹴り飛ばし、勢いを付けて中へと侵入した来た。


「シロエ!……あ?」


 部屋の状況に、最初に入ったシルヴィアたちと全く同じ反応をしたのは、表彰式を逃亡し、いままで姿を消していたレオだ。


「その扉は開き戸だぞ? 慌て過ぎだ」

「まぁ、シロエ殿の状況と身に付けている魔具の効果を聞くかぎり、無理からぬ事ではござるがなぁ」


 吹き飛ばされてきた扉を片手で受け止め、脇へと投げながら呆れるバンコの隣で、ヤカタが変わらぬ笑みを浮かべている。


「一体どうなっている?」

「集められた、といった所だ――誰の思惑かは解らんがな」


 シルヴィアの質問に、鱗蜥蜴人リザードマンのドゥーガが長い舌を出し入れしながら答えた。


「集められた?」

「アンタたちに負けた後にね、ここに居る全員に、差出人不明の手紙が届いたんだよ。内容は、アンタたちが優勝しちまったら、その武具を作った「スミス」のシロエって子が、貴族の子供に妬まれて襲われるかもってな感じでね」


 懐から、小さい紙切れを取り出して、ひらひらと掲げてみせるドーラ。恐らくそれが、彼女らに届けられた手紙という事らしい。


「それとなく、チームだった連中にも聞いてみたんだが、どうやらアイツらは知らないようだ。お前たちと戦った全員に、配られてるって訳でもないみたいだな」


 ラギウスの言う通り、一回戦に居たジェラルドたちを含め、大会中に出会った幾人かは、シロエの周囲に居ない。


「妬心による暴挙など、言語道断。よって我らは、その企みを阻止するべく動いていたのだ――しかし、真偽を問い質そうにも、差出人も相手の貴族とやらの名前も不明だ。そこで、ここに居る全員で協力し合い、今までこの坊主を銘々で監視していたという訳だ」

「君たちに余計な負担は掛けないようにと、本当に事が起こるまでは内密にして、だね。とはいえ、まさかクレストス家の嫡男が出て来るとは、思いもしなかったけど……」


 堀の深い素顔を晒し、義憤に燃えるダイオンの言葉をシャルルが眉を伏せながら引き継いだ。シャルルにとっては、アルベールが起こそうとした愚か過ぎる罪過に、同じ貴族の子息として恥じる思いが強いのだろう。


「拙者とシズクは、試合が終わり次第シロエ殿の護衛を行うよう、とある方から依頼をされていたのでござるよ。道中で彼らが接触して来てくれたのは、僥倖でござった」

「……事情を知らずに事態が終わるのは不本意だろうと、彼に頼んで貴方たちを呼んで貰った」

「その、とある方ってのは誰なんだよ?」

「ふふっ、秘密にござる。お主やそちらのお二人には、或いは察しが付くやもしれぬでござるがな」


 レオの疑問に、ヤカタは赤髪の少年を見た後、シルヴィアとメルセに視線を移して意味深に笑ってみせる。

 大会終了後、シロエがアルベールから襲われる可能性を理解し、ヤカタたちを護衛として雇いそうな人物として、レオたちの頭に思い浮かぶのは、デジーかディーの二人だけだ。

 ディーであれば、わざわざ秘密にしたりせず、むしろ事前に報告して来るだろう。なのでこの場合、依頼者はデジーだと考えるのが妥当だ。

 選考基準から見て、集まった彼らに手紙を贈ったのも、あの細目の商人だろうと推測出来るが、その目的までを想像するには、情報が不足していた。


「ん……」

「あ、アイツ、起きそうかも」


 大会前からこそこそと動いていたようだが、後で一度きっちりと事情を問い質すべきかもしれない。

 三人が同じ結論に達したところで、気絶していたアルベールが小さくうめいたのを、バンコの肩に乗っていたルー気が付いた。


「まぁ、周りの者がやられて、勝手に気絶しただけでしたし……本当に、どこまでも情けない人ですわ」

「う……ボク……は……っ!?」


 右肘に左手を置いて支えつつ、頬に手を添えて流し目をするエミリアの言葉が終わると同時に、アルベールの瞳がゆっくりと開き、次いで立ち上がる時間すら惜しんで、転がるように教室の後方へと後ずさった。


「な、何故だ……お前たち、一体何のつもりだ!」

「それはこちらの台詞だ。民を守るべき高貴なる身分に在りながら、このような愚挙を仕出かすなど――貴族の末席として恥を知れい!」


 壁に背を付けたアルベールの非難を、ダイオンが一喝する。

 貴族に仕える一人の従者として、彼の有り様はとても容認出来るものではない。その声には、ありありと怒りの色が宿っている。


「飼い犬風情が、偉そうに……っ」


 しかし、上半身を起こして下から睨み上げるアルベールには、その言葉は単なる雑音としか受け取られなかった。


「ボクは何も悪くない! その平民が……その平民が生意気だから!」

「アルベール君……」

「最早何も言うまい。お前とまともに会話をする事は、当の昔に諦めている」

「シルヴィア……プレディカード……っ!」


 剥き出しの悪意を受け、俯くシロエを護る囲いから一歩進み出たシルヴィアを、黒髪の貴族から憎悪の篭った瞳が射抜く。一度煮え湯を飲まされ、挙句見下ろされている今の状況は、彼にとって耐え難い屈辱となって臓腑を焼いている事だろう。


「くそっ、くそぉっ! 高い金を払って、ボクの武具まで貸してやったっていうのに……っ。この役立たず共が!」

「いや、むしろ敗因それじゃねぇ? 明らかに使えてねぇだろ、それ」

「折れてしまった拙者の「菊ノ丸」ですら、誰かに振るわれる為に拵えられたというのに……これではなぁ」


 怒りに任せて金切り声を上げるアルベールに、心の底から呆れた視線を向けるのは、レオとヤカタだ。

 黒髪の貴族の周りに倒れている、雇われ者たちが振るっていた武具の数々は、その場に居る「ソード」の全員が顔をしかめるものばかりだった。

 一振りすれば、必ずどれかの部品が飛んで行きそうな、大量の装飾が施された長剣。

 無意味に歪曲した、持ち手に刺さりそうなほど大きな刃を持つ、明らかに比率のおかしい片手斧。

 振るった時点で自分に刺さるだろう、どう見ても使わせる気のない、前後に長過ぎる刃を付けた双刃剣。

 壊れたり、刃こぼれしたりしたものもあるが、おおむねそんなものばかりだ。

 それぞれに魔晶石らしきものが取り付けられており、全てが魔剣や魔具と呼ぶべき代物なのだろうが、部屋の状況を見る限り、それらの効果は一度も発揮される事なく終わっている。

 素材は素晴らしいのかもしれない。切れ味は鋭いのかもしれない。もしかすれば、魔具としての効果が凄いのかもしれない。

 しかし、それら全ての作品が、実戦で振るわれる事を微塵も想定されていない、ガラクタよりもなお酷い出来でしかなかった。

 クリストファーが使った杖の再調整の結果から薄々と解っていた事ではあるが、このアルベールという少年は自分の作品を他者が使用した際の問題点を、何一つ理解していないのだ。

 正当な評価を受けた経験がないのか、それとも、自分の気に入った評価しか聞き入れてこなかったのか。後者の可能性が強いと考えてしまうのは、ひとえに彼の人徳だろう。

 気絶している彼らは、使い慣れれた武具を取り上げられ、儀礼用にすら見えない傑作(駄作)の数々を手渡された時、一体どんな気持ちだったのだろうか。

 或いは、本来の武具を使えていたならば、それなりに善戦くらいはしたのかもしれない。そう思うと、金に釣られて雇われた哀れな者たちに、憐憫の情が沸いてくるから不思議だ。


「お前も! お前たちも! ボクの才能が妬ましいんだろう!? だから、寄って集ってボクの邪魔をするんだ!」

「えーと……ルー、この人が何を言ってるか解んない」

「安心しろ。俺も解らん」


 ヒステリックに喚くアルベールの言い分は、最初から道理など欠片もなかったのだが、ここにきて、もう前後の碌な統一性すら失われ始めていた。

 小首を傾げるルーの隣で、ドゥーガが諦めのこもった鼻息を吐く。


「警備委員だ! お前ら動くな!」


 そろそろ、全員がアルベールの相手をするのも面倒になってきたところで、今度は彼に近い後方の扉が開き、騒ぎを聞きつけて来たのだろう、腕章を付けた私服姿の生徒が乱入して来た。


「っ!? た、助けてくれ!」


 たてがみのような後ろに長い金髪をした、獅子の獣人――レニオラの登場に、アルベールが突然彼女に対し助けを請い、そちらに近付こうとする。


「動くなっつってんだろうが!」

「ひぃっ!」


 しかし、切れたレニオラの恫喝に一瞬で身を強張らせ、その鋭い眼光に身動きを封じられてしまう。


「こーら。非番の日に働かされてるからって、相手に当たらないの」


 唸るレニオラの後ろから、彼女の肩を叩きつつ同じく私服姿のアイリーンが現れ、更に警備委員の制服を着た生徒数名が脇を固める。


「事自体は終わってんのか……おい、誰か状況を説明しろ」


 軽く室内を見回した後、下手な行動を起こさせないよう全員に睨みを利かせながら質問する獅子の獣人へ、誰よりも早くその口を開いたのは、固まっていたアルベールだった。


「か、彼らからこの場に呼び出さたんだ……そしたら、急に襲い掛かって来て――良いからボクを助けろよ!」

「だったら、お前の周りで目を回してるソイツらは誰だ?」

「し、知らない! コイツらの事なんか、ボクは何も知らない!」


 どうやら、全ての罪をシロエたちへと着せる事にしたらしい。黒髪の貴族は警備委員に対し、嘘八百を並べ立て必死に自分の無実を訴え始めた。


「そうか――で、そっちの言い分は?」


 アルベールの証言を聞いたレニオラも、それが真実だとは全く思っていないのだろう。素っ気なく会話を打ち切り、今度はシロエを囲む集団へと視線を送る。


「そこの男――アルベールから、彼がこの場所に呼び出されました」

「わ、わ」


 前に進み出ていたシルヴィアが、全員を代表して口を開く。片手で、皆から押し出される形で輪を抜けた、小さな鍛冶師を指し示す。


「ふぅん……って、お前、シロエじゃねぇか」

「えと、お久しぶりです。怪我、治ったみたいですね、良かったぁ」

「あぁ、ありがとうな。お前のお陰だよ」


 意外な再会を喜び、顔をほころばせるシロエに、レニオラもまた脇腹を軽く叩いて完治を示すと、尖った歯を晒して破顔した。


「ちょっとぉ、こんな場面で運命的な再開とか、勘弁してよねぇ」

「ん゛、ん゛――」


 そんな二人の雰囲気に、露骨に顔をしかめたのはレニオラの隣に居たアイリーンと、シロエの隣に居たシルヴィアだ。

 唐突に現れた女の影に、後でシロエを問い詰める事を心に誓ったシルヴィアは、後に敵となるかもしれないレニオラの肢体を可能な限りつぶさに観察しながら、しかし表情と声には出さず説明を続ける。


「どうやら、そこの連中を雇い私怨によってシロエを襲うつもりだったようです。事前に誰かからの密告を受けていた彼らが、秘密裏に調査と警護を行ってくれていたので事無きを得ました」

「そうか、解った」


 まるで違う双方の言い分を聞き終えたレニオラは、面倒臭そうに頭を掻くと、腕組みをして黙考を開始する。


「どうするの?」

「とりあえず、全員禁固室だな。言ってる事が違う以上、面倒だが調査が必要になるだろう」


 部屋の状況から見て、シルヴィアの証言の方が正しいのだろうが、双方に貴族の子息が居る以上、軽率な処罰は避けねばならない。

 正式な調査を行い、その親である当主が納得するだけの論証を集めた後でなければ、どんな難癖を付けられるか解ったものではないからだ。


「な!? ふざけるな! 何故ボクが、そんな扱いを受けなければならないんだ!」


 武芸大会という、この多忙な時期に舞い込んで来た最大級の厄介事に、頭を悩ませているレニオラの苦労などお構いなしに、アルベールはありえない結論だと声高に彼女を非難する。


「おい、コイツら全員――」

『それには及ばないよ』


 アルベールを無視し、部下たちに指示を出そうとしたレニオラに、甲高く、どこかくぐもった声で制止が掛かった。レオが扉を壊した側の入り口から、三度教室へと二人の人物が入室する。


「急がせてしまって、申し訳ありません。途中で説明した通り、一刻を争う事態だと思ったもので」

「ぜぇっ、ぜぇっ……」

「ディーと……オルゲイ先生?」


 現れたのは、救護室でフレサに付き添っていた蒼髪の魔道士と、ボサボサ頭と長い顎に無精髭を生やした「スミス」の教師、オルゲイ・ロレンツォだった。

 余程急いで来たのだろう。申し訳なさそうに謝罪するディーの隣で、オルゲイは息も絶えだえで両膝に手を置き、荒い呼吸を繰り返している。


『君が謝る必要はないよ。オルゲイ君も、部屋にこもってばかりじゃなくて、少しは運動しないとね』


 最初に聞こえた声は、オルゲイの右手人差し指に着けられた指輪の上にある、薄紫色の宝玉から発せられていた。

 どうやらそれは通信用の魔具なのだろう。何処に居るかも解らないその人物は、その魔具を通してこちらに語りかけているらしかった。


「心力操作も出来んインドア派を……ごほっ、余り虐めんで下さいよ……」


 声の主の方が地位が高いのか、オルゲイは軽く咳き込みつつも敬語を使いながら反論している。


「おい、ディー。遅せぇぞ」

「遅れてごめん。シロエは君たちが守るだろうから、事態を収拾出来そうな人を探してたんだ」


 オルゲイの介抱を終えたディーは、軽く事情を説明しながら教師から離れレオたちの下へと駆け寄った。


『いやー、皆、青春してるねぇ』


 再び、全員が動きを止めたのを見計らい、それだけで判断すればレオやレニオラたちと大差がない年齢だと感じさせる誰かの声が、指輪からさも嬉しそうに流れて来た。


『ここに居る大抵の人には、声だけで始めましてだね。ボクがイサラ・アルコリス学園の学園長。この学園の長だよ。気軽に、学園長って呼んでね』

「名乗れよ」

『んん~、良い突っ込みだね。君、素質あるよ』


 レオの突っ込みに、ひとを神経を故意に逆撫でするような、軽薄な笑い声が返される。

 完全に、ひとを食った口調で対応してくる自称学園長の登場に、その全容を知らない周囲の生徒たちからは、オルゲイの指輪に向けて不審と疑惑に満ちた視線が放たれていた。


『さて、アルベール君。君はきっと、おふざけが過ぎちゃっただけなんだよね? 少し驚かせるだけの冗談だったのに、周りが勝手に騒いじゃうから、こんなに大きな騒動になっちゃったんだよね?』

「そ、そうなんです! ボクは、彼を傷付けるつもりなんて無かったんですよ!」


 学園における最高権力者からの擁護に、アルベールは今までの発言を全て反故にして、喜色を浮かべてすぐさま縋り付いた。


「おい! いい加減にしとけよ、こら! そんな言い訳が通るとでも思ってんのか!」


 学園長によって、どうにもおかしな方向に話が進み始めてしまい、噛み付かんばかりの勢いで抗議の声を上げるレオ。


『んー、ボクは今、アルベール君とお話しをしているんだ。あんまりうるさいと、君のお友達共々罰を与えちゃおうかなー』

「気を付けろよ。態度は適当だが、有言実行するからな」

「……ちっ」


 しかし、相変わらずふざけているとしか思えない学園長の発言の後に、興味なさ気なオルゲイの忠告を聞けば、沈黙せざるをえない。


『ん、良い子だ。アルベール君の身柄は、学園預かりとさせて貰うよ。アルベール君も、彼らからの馬鹿げた報復なんて、受けたくはないだろう?』

「はい! ありがとうございます!」

『それじゃあ、警備委員は倒れている彼らを街の衛兵に引き渡して、アルベール君を委員会室まで送って差し上げて』

「了解――おい」

「はいっ」


 学園長を味方に付けたアルベールは、己の勝利を確信した様子で、レニオラから指示を受けた警備委員の一人に連れられ、教室を後にしていく。


「――お前たち全員、この学園から追放してやる。精々悔しがるが良いさ」


 醜悪な笑顔と共に、そんな捨て台詞を残してアルベールが消えた後、今度は気絶している雇われ者たちを片付ける為に、アイリーンが動いた。


「皆、出ておいで」


 後ろ腰に差していた、緋色の宝玉が付いた杖を振るう彼女の頭上から、呼び出された存在たちが次々と開いた「門」を抜け、床へと着地していく。

 四本腕の猿。尾羽の長い大鷲。雄々しい角を持つ牡鹿。野太い大蛇。口から小さく炎を吐く狼――

 一体一体が、レニオラと同程度の大きな体躯を持つそれら全ては、肉体が炎で構築された精霊だった。

 契約の数が、術者の強さに繋がる訳ではない。しかし、これだけの数を同時に召喚する高度な技術は、アイリーンの実力を表すには十分な光景だろう。


「それじゃあ皆、そこで寝ている人たちを運んで頂戴」

「「「――」」」


 アイリーンの指示に従い、呼び出された動物型の精霊たちはそれぞれで雇われ者たちを抱え上げると、レオの壊した扉側から、ぞろぞろと教室の外へと抜けて行く。


『ご苦労様』

「いえ、私たちは事後処理がありますので、これで失礼します――行くぞ」

「「「はいっ」」」

「はーい。それじゃあね」


 学園長の労いに答えた後、最後尾でレオたちに向かって手を振るアイリーンを含めた、他の警備委員一同を伴って、レニオラは精霊を追う形でその場を立ち去った。


『はい、お疲れ様。後はボクたちがやっておくから、皆は帰って良いよ』

「……彼の処遇は、どうなりますか?」


 確かに事態は収拾が付いたが、到底納得の出来る終わり方ではない。学園長の解散宣言に、声に乗る剣呑さを隠そうともせず、シルヴィアが背後に控える皆の気持ちを代弁する。


『ふふっ、教えなーい』

「……っ!」


 しかし、学園長の回答は今まで通りの軽薄そのもので、からかいしか含んでいない。アルベールとは違った意味でまともな会話が出来そうにない相手に、シルヴィアの額に大きな井桁が張り付く。


『うそうそ、嘘だよ。彼のような子が居ると、一々腰を折られて話が先に進まないからね。とりあえず言いくるめて、ご退場して貰っただけだよ』


 おどけた調子で笑いつつ、学園長は不満顔の生徒たちに向けて、アルベールの今後について説明を開始した。


『彼の実家はね、このイサラ・アルコリス学園に出資する家元の一つなんだ。特に、「スミス」に対する援助の額はダントツでねぇ。平民に慣れていないアルベール君がこの学園に入学したのも、その辺りの事情になるね』


 アリスレイ王国には、ここ以外にも幾つかの大きな学園が存在する。この学園のように、平民と貴族が机を並べて学ぶ場は大変珍しく、本来アルベールのような性格の者は、本人の要望によって貴族の子息のみが通う学園へと入学するのが普通だ。

 実際、彼は一年と立たず今のような問題を起こしているし、これから先も在学を続ける限り、反省もせぬまま同様の事件を起こす事は明白だった。


『もう既に、クレストス家の本家に向けて早馬は飛ばしてあるから、多分、二・三日くらいで当主かその縁者がこの学園に来訪されるんじゃないかな。その後、やって来たひとに今回の事情をもう一度詳しく説明して――ん?』


 言い掛けた途中で、喋っていた学園長の声が止まる。どうやら、向こう側に居る別の誰かから、声を掛けられたらしい。


『おっと、お呼びだ。人気者は辛いね。そういう事だから、沙汰が決まるまで好きに過ごして良いよ』

「おいこら、待てよ! 説明の途中だろうが!」


 中途半端過ぎる説明の打ち切りに、怒りながら呼び止めるレオ。だが、所詮は言葉だけしか相手には届けない今の状況では、その行動を止める事は出来ない。


『まだまだ大会は続くから、それを観戦するなり、街の祭りを楽しむなりしていなよ。まぁ、悪いようにはしないさ。あっはっはっはっはっはっ――』


 場違いなほどのんきに笑いながら、学園長は自分の言いたい事だけ言い終えると、一方的に魔具の通信を打ち切った。


「何なんだよ、くそったれが……っ!」


 拳を握り締めたレオが、吐き捨てるように悪態を吐く。

 あんなものを呼んで来たディーの失策を非難したいが、問題が大きくなった以上、遅かれ早かれあの人物に話はいったはずだ。今の展開は、どこかで必ず起こっていたに違いないと考えると、それも八つ当たりでしかなかった。


「「「……」」」

「俺を睨んでも、仕方がないだろうが」


 他のメンバーの多くは、指輪の装着者であるオルゲイに対し、強い非難の視線を向けている。だが、彼にとっては柳に風でしかなく、その効果は限りなく薄い。


「まぁ、俺から言える事は特にないが、せめて結果が出るまで大人しくしていろ。それが気に入らなければ、学園を去るなり、アルベールを襲うなり好きにすれば良い」


 制服の胸元から、煙草を取り出して口へとくわえつつ、学園の教師にあるまじき発言をするオルゲイ。

 ズボンのポケットから、長方形をした小型の着火用魔具を取り出した彼は、先端の魔晶石に灯った火で煙草を炙り、大きく息を吸い込んでから、大量の煙を正面へと吐き出す。


「学園長は、有言実行すると言っただろう? 言葉通り、恐らく悪いようにはならんだろうよ。それで納得するかどうかは、お前たち次第だ」


 そんな言葉を残して、来ただけで特に何もしなかったオルゲイも居なくなり、微妙な空気の中になった教室内には、襲われ掛けた当事者であるシロエと、それを守った多くの生徒たちだけが残された。


「釈然としない終わり方だな……」

「ふんっ、権力者が権力を好き勝手に振るうのは、今に始まった事でもないでしょ」


 不満げに唸るシルヴィアに、メルセは肩を竦めながら首を振った。学園にしろ、王国にしろ、結局権威がものを言うのは何処の場所でも変わりはない。


「否定したいけど……今のやりとりの後だと、反論が出来ないね」


 その発言に、貴族全体の問題として責任を感じているのか、顔を歪めてうつむくシャルル。


「別に、アンタを責めたわけじゃないわよ」


 素っ気なく言いながら、メルセは無駄に落ち込む真面目なシャルルに向けて、とりあえずのフォローを入れておく。

 そんな三人の近くでは、武芸大会の優勝者たちが振るった武具の製作者であるシロエを、バンコとドーラを含む大勢が見下ろしていた。


「ふむ――こんな小僧が、本当にワシを破った武具を鍛えたのか?」

「うん、そうだよ」

「言っちゃ悪いけど、にわかには信じられないねぇ」

「うぅ……」

「まぁ、信じないならそれでも良いよ」


 バンコの巨体から威圧され、ドーラからはジト目でじっくりと値踏みされて、すっかり怯えてしまっているシロエを背後から支えつつ、ディーは淡白に答えた。

 信じないと言うのなら、無理に納得させる必要もない。過度な売名をするつもりはないし、シロエの腕は、知るべき者のみが知っておけば良い。


「信じられん……が、お主たちが言うのなら、それが真実なのだろうな」

「バンコ? どうしたんだい?」


 なにやら、一人で納得して大仰に頷くバンコに、疑問符を上げるドーラ。


「シロエ」

「う、うん」

「お主の手で、ワシの武具を一振り鍛えては貰えんだろうか」

「え?」


 バンコの願いは、彼にとっては当然でも、シロエにとって完全に予想外のものだった。

 バンコの使っていた十文字の大槍は、大会でシルヴィアによって大破させられている。新しい武具の製作を、自分を討ち破った相手ともいえるシロエに依頼するのは、別段おかしな話ではない。


「えと……ボクに?」

「あぁ。武具の代金は、幾らになろうと時間を掛けて必ず支払う。だから――この通りだ」

「わ、解った! 解ったから、頭を上げてよ!」


 一歩後退し、深々と頭を下げたバンコに対し、シロエは両手を彷徨わせながら即座に姿勢を戻すようお願いした。


「良いのか?」

「う、うん。ボクで良ければ」


 シルヴィアたちの時とは違い、もうシロエは他人の武具を作る事に、気後れする事はなくなっていた。不安がないと言えば嘘になるが、それでも自分の作成した武具が誰かに認められた経験は、シロエにとって確かな自信へと繋がっている。


「――あ、そうだ」


 バンコの頼みを聞いて、良い事を思い付いたとばかりに小さく手を叩くと、シロエは周りに居る面々を見渡す。


「皆はどうかな? ボク、大会で皆の活躍を見て作ってみたいなって思ってたんだ。もし、皆さえ良ければ……だけど……」


 言い掛けた途中から、シロエは周りから一斉に送られて来た視線を感じ取り、途端にその台詞を尻すぼみにさせてしまう。

 無数の眼光に晒され、シロエの胸中に込み上げて来るのは、激しい後悔と自責の念だ。

 調子に乗って、自分は何を言っているのだろうか。自分如きの未熟な鍛冶師が誰かに武具を作ってやるなどと、おこがましいにも程がある。あぁほら、周りの皆も呆れ果てて段々顔が恐くなっているじゃないか。


「ご、ごめっ、やっぱり忘れ――」

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」

「ふえぇぇぇっ!?」


 ぐるぐると悪い方向に考えを進めてしまい、遂に軽く涙目になりながら自分の愚かな発言を撤回しようとしたシロエの言葉は、周囲から起こった大音量によって掻き消された。


「ちょっと待て、本気か!?」

「大変嬉しい申し出なのだが……本当に良いのか?」

「う、うん。ボクからお願いしてる事だし」

「良かった。警備委員が介入してきた辺りから、来なけきゃ良かったとか思ってたけど――来て良かった」


 ラギウスとダイオンの疑問に答えれば、苦労症の魔道士は感極まった面持ちで、両手を握って天を仰ぐ。

 この場に居る全員が大会を通してシロエの武具と直に戦い、レオたちが戦った他の試合を観戦する事で、その脅威を十全に理解している者たちばかりだ。

 それらを作った、製作者からの降って湧いた申し出を断ろうと思う者など、この中には誰一人とて居ないのは当然だった。


「でも、この子の作るモンは、ほとんどが魔剣や魔具なんだろう!? 入学費もギリギリだったアタシら貧乏人なんかじゃ、そんな大金とても払えやしないよ!?」

「ふむ、参考までにだが、シロエが私に作成したこの「ゲイレルル」の値段が――」

「ぶっ!? 何だいそのバカげた値段は!? 鋼の長剣十本にも届かない値段で買える魔剣なんて、聞いた事もないよ!」


 焦るように質問を重ねるドーラに、シルヴィアが自分の剣を例にした回答は、その混乱を更に加速させる結果となった。

 世界の相場など、一笑に伏すその破格の安さに、周りの面々も驚きを隠せない。


「それほどの武具となれば、作成に複数人の職人が関わると聞き及んでいるでござる。ただでさえ少ない報酬を割れば、一人辺りには雀の涙しか残るまい。他の制作者は、そんな安い賃金で納得しているのでござるか?」

「あぁ、私と同じ誤解をしているようだから先に訂正しておこう。我々の武具を作成したのは、シロエ一人だ」

「……は?」


 呆けた声を出したのは、一体誰だったのか。

 ただの事実を話すシルヴィアの言葉に、今度こそ室内全ての空気が凍った。


「うそ……でしょう……」

「あはは……」


 完全に両目を見開き、驚愕の面持ちで声を搾り出すエミリアに見下ろされても、シロエは反応に困って頬を掻くだけだった。

 目の前に転がるあれらも、恐らくはアルベール一人で作成されたものだろう。貴族の子息として幼い頃から学び、学園の職人クラス「スミス」で成績上位者として名を連ねる彼の作品で、これなのだ。

 本人だけが未だに自覚していないが、シロエが如何に常識外れの作業を行っているか、それほど武具の作成に詳しくない者たちでも二つの武具の差を見れば大体の察しは付く。


「これで、安さの理由が理解出来ただろう? ついでに言えば、使われている鉱石も別段希少なものはない。ミスリル銀やアダマンダイトなど、鉄や胴などよりは値が張るものの、市販でも売りに出されている極普通の金属ばかりだ」

「理解出来るか! 何なんだ、その化け物は!」


 怒りにも似たラギウスの反応も、無理からぬ事だ。世間の常識が、一切合財通用しない鍛冶師の存在など、一般の者にとっては尊敬や驚愕を通り越して単なる恐怖でしかない。

 鍛冶師であり、魔具師であり、細工師でもある。それら全ての技術を高水準で修めた職人など、恐らく大陸全土を探してもそう多くは居ないだろう。

 そんな、都市伝説にも似た作り話染みた存在が目の前の小さな少年であると聞かされて、即座に納得するのは不可能に近かった。


「だが、それほどの人材が何故今更学園などに通っているんだ?」

「え? 勉強の為だよ。ボク、まだまだ未熟者だし」

「「「……」」」


 何とか平静を取り戻した後、眉をひそめるドゥーガの質問に、シロエが何の考えもなく素の答えを返すと、再び沈黙が降りた。


「?」


 何とも言えない空気になった中で、シロエだけが一人、その意味を理解していない。

 この少年が未熟者だというのなら、自分たちは一体何だというのか。無垢にして絶大な技量を持つ小さな鍛冶師を前に、その場に居る多くの者が立場や出自を超え、心を一つにした瞬間だった。


「こういう子なのよ。まともに会話しても疲れるだけだから、半分くらいは聞き流しといた方が身の為よ」

「くくっ、酷ぇ言いようだな」


 シロエを知る上で、恒例となった行事にメルセが溜息交じりの忠告を授け、レオは口元を押さえて笑いを堪えつつ、その光景を面白がっている。


「うわわっ」

「小さいお兄ちゃん、ルーの新しい武具を作ってくれるってホント? だったらルーね、かっこいいのが良い!」


 会話の内容を余り理解していないだろうルーが、シロエに飛び付いてニコニコと楽しそうに笑う。

 聞き逃せない内容も多々あったが、そんなものを理解せずとも、本当に知っておくべき事など、彼女が言ったように「シロエが武具を作る」の一点のみで十分であり、他の面倒な事情などは単なる些事だ。


「そうだな。驚きはしたが、これは嬉し過ぎる誤算だ。是非ワシらの為に、その腕を存分に振るって欲しい」

「僕の未熟が原因だけど、我が家の家宝すら討ち破った刀匠の一品だ。コーフィス家として、正式に注文させて貰うよ。勿論、ダイオンの分もね」

「拙者も、大会でカタナを一本失った身。使い慣れぬ大陸製とはいえ、お主ならば安心して任せられるでござる。どうか、シズク共々お願いするでござるよ」


 周りから預けられる、シロエにとっては無条件に感じる信頼と期待。その暖かくも強い想いを受け取り、彼の胸にもまた、責任と使命感によって熱い想いが灯る。


「――うん。ボク、頑張るよ」


 武具と人は対。鍛冶師とは、その架け橋となるべき者。

 どれだけシロエが成長しようと、彼にどれだけの仲間が増えようと、その言葉を忘れない限り、師の教えは少年の心を正しく導く事だろう。

 遥か遠く、彼が夢見る頂きの先へと繋がる、その長く険しい道のりを。


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