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星屑の鍛冶師  作者: タクミンP
第3章 箱庭の人形劇
29/45

29・這い出ずる影

「『地重魔波グラビジオ』!」

「『魔障壁ラ・シール』――ぐぅっ!」


 紫紺の杖より放たれた真上からの重圧は、ディーの障壁をあっさりと砕き、彼を強制的に地面へと這い蹲らせた。

 押さえ付けてくる力に反発し、何とか身を起こすディーに向かって、クリストファーの哄笑が響く。


「はははっ! 良い恰好じゃないか! 最初の勢いはどうしたんだい!?」


 白銀の魔道士が行使する魔法は、威力の面で完全に蒼の魔道士を凌駕しており、ディーは防戦を余儀なくされていた。


「素晴らしいだろう? この杖は。君の杖も中々だけど、王家専属の鍛冶師を輩出する家柄に掛かれば、血統以外の属性もこの通りと言う訳さ」


 見せびらかすように杖を掲げたクリストファーの顔には、喜悦の笑みが浮かび上がっている。


「そら、次だ! 『炎連弾フレイムバレット』!」


 陶酔したまま繰り出されたのは、炎の連弾を打ち出す魔法。杖によってその効果を増したそれは、灯の豪雨となってディーへと襲い掛かった。

 圧力から開放されたディーは、流れ来る炎の波を真横に駆けて回避し、結界によって守られているフレサの元まで辿り着くと、杖を前に再び障壁を作り出す。


「『魔障壁ラ・シール七連セプト』」


 花の花弁の如く、折り重なった七枚の淡い盾が、クリストファーの魔法とぶつかって甲高い悲鳴を上げた。


「ディ、ディーエン君……」


 フレサは、自分を囲う壁を両手で触れながら、不安そうに自分に背を向ける魔道士の名前を呼ぶ。


「――一つだけ、教えて欲しいんだけど」


 火炎の猛攻に晒されながら、ディーは魔法の盾を維持しつつ、振り向かないままでフレサに語りかけた。


「僕たちは、君を助けても良いのかな?」

「え?」


 質問の意味が解らず、フレサは短い疑問符で問い返す。


「今回の件は、本来君には何の関係も無かった話だ。僕たちと知り合ったばかりに、こんな目に合わせてしまって――本当に申し訳ないと思ってる」

「そ、そんなっ。私こそ、皆さんにご迷惑を掛けてしまって……っ」


 ディーの謝罪に、すぐさま否定を被せるフレサ。誰が悪いと言われれば、当然クリストファーとアルベールが一番の元凶なのだが、それでも迷惑を掛けたという意味での負い目は、ディーもフレサも互いに同じ気持ちだった。


「うん、まぁ、謝罪合戦をしている時間もないから、手短に確認したいんだけど――僕たちは、これから先も君を友達として扱って良いかな?」


 ここで、初めて振り向いたディーの双眸が、獣人の少女を見つめる。そこには、苦笑しているような、困っているような、複雑な表情が浮かんでいた。


「きっと、僕たちは君に沢山の迷惑を掛けると思う。今回みたいな事も、また起こらないとも限らない」


 戦闘に参加していないフレサは兎も角、この試合に勝っても負けても、決勝戦まで勝ち上がった者たちの名は、必然的に学園の生徒たちの間に広まる事だろう。

 有名人の知り合いというだけで、シロエがアルベールから受けたような、より暴力的、より直接的な攻撃が仕掛けられる危険もある。

 今ならまだ、試合後にデジーに噂を流して貰い、貴族の我侭に巻き込まれた結果、疎遠になってしまった生徒として、関係を遠ざける事も出来た。

 クリストファーから杖を取り戻さずとも、シロエがもう一度同じものを作成すれば、自衛するだけの強さは得られる。

 後は本人次第になってしまうが、例え彼らとの関係を切ったとしても、フレサがただ虐められていた頃に戻る可能性は低いだろう。


「君の望む事を、僕たちは否定しないよ。だから――」

「……やです」


 結論を委ねようとして、ディーはフレサの言葉によって遮られた。彼女の目尻には、堪えて溢れた大粒の涙が溜まっている。


「嫌ですっ。私、皆さんに恩返しするって決めたんですっ。お友達になって貰いたいって、お願いするって……ぐずっ……私、そう決めたんです」


 声を荒げ、精一杯の主張をするフレサ。最後にはすすり泣きになりながら、それでも必死に自分の本心を伝えようと、ディーを真っ直ぐ見据えていた。


「……ディーエン君は、私とお友達になってくれますか?」

「もちろんだよ」


 懇願に近いフレサからの質問を、ディーは笑顔で頷いた。

 軟禁されていた期間に、一体何があったのかは解らないが、フレサの変化はディーにとって歓迎すべきものだった。短時間で成長した彼女の心に、ディーは内心で手放しの称賛を送る。


「良かった。それじゃあ結論も出た所で、そろそろ勝ちに行こうか」

「あ……」


 自然と笑みの質を変えたディーは、炎の弾丸を受ける障壁を維持したまま、フレサの周囲を守っていた結界を解除し、展開していた「オムニスフィア」を自分の周囲へと引き戻した。


「恰好付けておいて、ごめんね。後ろに通す気は無いけど、少し下がってて――『接続コネクト』――『増幅ブースト開始オン』」


 フレサに苦笑を送りながら、「プレコダ」から伸ばした魔力の糸を鋼球たちと繋げ、その全てに等しく魔力を込めていく。


「ふふっ、ようやく本気というわけかい?」


 炎弾を撃ち尽くしたクリストファーが、自分の勝利に絶対の自信を滲ませながら、蒼の魔道士へと嬉しそうな表情を向けた。死力を尽くした勝負を望む彼にしてみれば、ここからが本番だとでも思っているのだろう。


「そうだね。色々と手段は考えてたんだけど、君は純粋に力で叩き潰した方が、効き目がありそうだから」


 しかし、そんな彼のままごとに付き合うつもりは毛頭無い。

 フレサに対するものとは態度を一変させ、ディーは表情を消して淡々と答えた。


「――『武踏魔装ティ・ターニア』」


 硬球の中に封じられた、魔晶石たちの力により、肥大した魔力が実像となって具現化する。

 ディーの頭上で展開している「オムニスフィア」の陣形に被さる形で、それは次第に顔の無い上半身だけの巨人へと姿を変えていった。

 色は薄く、陽炎の如く揺らめきながら、発散する魔力はこれまでの魔法とは段違いの圧力を放ち続けている。


「これが、今の僕が使える中で、一番の魔法だよ……まぁ、本当は君じゃない人に使うつもりのものだったんだけどね」


 魔装を維持しながら、肩を竦める蒼の魔道士。彼の頭上に出現した影の巨人は、その挙動に合わせて同じ動作を取った。


「こけおどしを――『炎魔蛇ラーヴァファング』!」


 クリストファーの杖から、人の身長より大きな焔の大蛇が解き放たれる。

 周囲を焦がし、猛然と突き進むその魔法を、ディーは杖を持った右手を前に突き出し、同じ動きをした巨人の手で受け止めた。

 そして、巨人は受け止めたその大蛇の頭部を、力を込める動作であっさりと握り潰す。


「なっ!?」


 消滅していく己の魔法に、驚愕の声を上げるクリストファー。


「い、一体何をした!?」

「単に握り潰しただけだよ」


 焦るクリストファーとは違い、ディーは特に感慨も湧かない様子で、見たままの答えを返す。


「『地重魔波グラビジオ』!」

「それもだね」


 巨人が頭上に手を向け、現れた一枚の巨大な障壁が、クリストファーの魔法を退ける。驚いているフレサにも、魔力の波は一切届かない。


「う、嘘だ! 『炎速弾バーストブリット九連ノヴェム』!」

「無駄だよ。もう君の底は見えた」


 硬い巨人の護りを前に、今まで押していたクリストファーの全てが挫かれていく。

 たった一つの魔法で戦局が変わり、その攻守は完全に逆転していた。


「僕が、シロエの武具で一番好きな所はね、自分が努力した分だけ、偽りの無い結果を返してくれる所なんだ」


 七つの硬球全てを操作しつつ、更に魔力を均等に込めた状態で強力な魔法を維持する。その精密な制御の数々は、この魔具を手に入れてからずっと繰り返されてきた、ディー自身の研鑽の成果に他ならない。


「ま、まだっ! まだだっ! 僕が、こんな……『地重魔波グラビジオ』!――え?」


 杖を振り上げ、懲りずに攻撃を繰り出そうとしたクリストファーの動きが止まる。

 彼の持つ紫紺の杖から、放たれるはずの魔法は出て来なかった。


「ようやく――かな。流石はアルヴィス、国内最高峰の魔道血統と言った所だったね」

「くそっ!――『地重魔波グラビジオ』! 『炎速弾バーストブリット』! 『火球ファイアーボール』――な、何で……っ!?」

「魔力の枯渇だよ」


 訳が解らず、不安と恐怖によって混乱するクリストファーに向けて、ディーは己の魔法を解除しながら、非情な回答を突きつけた。


「そんな馬鹿な!? 僕がこの程度で、魔力を使い切るなんてありえない!」

「君が、アルベールからその杖を受け取った時、どんな説明をされたかは知らないけど――それは、魔法の威力を増幅させる杖なんかじゃないよ」


 声を荒げるクリストファーと向かい合いながら、ディーは何処までも冷静に言葉を紡ぐ。

 魔晶石の調整は、一度決定してしまえば、二度と変更出来ない部分が出て来る。アルベールが再調整した杖のコンセプトは、最初にシロエが調整したものと何も変わってはいない。


「結果的にそうなっているだけで、その杖の本当の役割は、身体から魔力を強制的に吸い上げる事で、過剰に消費させる為の杖なんだ」


 魔晶石は、術者の魔力を効率的に吸収し、収束し、魔法の威力を増幅させる性質を持っている。魔晶石が無くとも、魔法を使う事は不可能では無いが、その威力は雲泥の差だ。

 しかし、現在の魔具師の技術では、属性に特化させたり、使用者に合わせ細かな調節を施す事で、当初の効果から僅かばかりの底上げが見込める程度が限界だった。

 ディーの「オムニスフィア」にしても、「プレコダ」を含めた魔晶石七つという、普通では考えられない数を連結させた状態でなければ、これほどの増幅は出来なかっただろう。

 クリストファーの持つ杖も、また同じだ。高過ぎる性能を発揮していた魔具の代償は、本人が自覚しないままに、最初から支払われ続けていたのだ。


「ど、どうして、そんなものを……」

「フレサは、小さい頃から無意識的に精霊との交信を続けていた影響で、精霊を呼び込む境界の空間が、とても小さく狭い範囲で固定されていたんだ。同じ大きさに慣れきってしまって、本人の意思ではもう調節が効かなくてね。魔法の使い方を、もう一度一から習得し直す必要があったんだ」


 フレサに行ったものと同じ説明を、ディーは何も知らない銀の魔道士へと語る。


「魔力消費の極端に少ない、精霊術士だからこそ出来る荒業だ。僕たちみたいな詠唱魔法の使い手が使用すれば、結果はご覧の通りだよ」


 術式を変更せずに、魔力を込めるだけで威力を上げる方法は、本来非情に効率が悪い。それでもその方法を選んだのは、フレサがその手段を苦としない、精霊術士だったからに他ならない。


「しかも、君の魔法を見る限りだと、君と組んだ魔具師はシロエの調整を何一つ理解しないまま、更に悪い方向に調節してるみたいだね」


 アルベールにしてみれば、シロエに魔具師としての腕で勝利する事だけが全てであり、その魔具が何故そんな調整を施されているのかなど、まるで考えていなかったのだろう。

 ただ強く、ただ大きく。抜き出た部分を更に突出させ、その効果を無闇に倍増させただけで、自分の方が作り手より優れているという、愚かな誤解を担い手にまで押し付けたのだ。


「フレサに渡した時は、普段の十倍消費して、効果は三倍ぐらいだったはずだけど……今のそれは、百倍以上消費して、威力は五倍といった感じかな」


 精霊魔法に必要な魔力を一とすると、下位の詠唱魔法は十程度といったところだろうか。

 1×10は10だが、10×10は100。同じ倍率でも、元の消費が大きければその差は歴然だ。

 しかも、それから更に倍率を上げただろう杖を使い続けて、魔力が枯渇しない訳が無い。


「ぼ、僕は王国筆頭魔道士の家系、誇り高きアルヴィスで――っ」

「その名は、確かに今まで君を守っていたよ――それを気付かないまま無視したのは、他でもない君自身だ」


 クリストファーの持つ今の杖は、並みの魔道士ならば数回すら魔法が使えぬままに、魔力を枯渇させるほどの代物だ。そんな出鱈目な調整の施された魔具を、彼は血統による膨大な魔力によって、無理やり補っていたに過ぎない。


「ぼ、僕が負ける訳がないっ――この……この杖がガラクタだから――っ!」

「杖の効果を知っていれば、君なら短期戦用として使いこなす事も、或いは可能だったかもしれないね。アルベールから詳しい説明を聞かなかった時点で、君の落ち度だよ」


 最初から遊ぼうとはせず、全力で相手を仕留める事だけを優先されれば、ディーはもっと苦戦していただろうし、もしかすればそのまま決着が付いていたかもしれない。

 ディーが、切り札として使用した魔法『武踏魔装ティ・ターニア』も、その効果に相応しい魔力を消費する。もし序盤で使わされていれば、魔力が枯渇していたのは彼の方が先だっただろう。

 例えどんな理由であれ、魔法の威力が数倍に底上げされていたのは事実なのだ。杖の機能を正しく理解していれば、取れた戦法は幾らでもあった。


「だって……だって……っ」

「勝敗に拘るのなら、もっと確実に勝てる策を用意すれば良かった。勝負の内容に拘るのなら、君は自分を高める努力をするべきだっだ。何もせず、自分の都合の良い妄想ばかりを並べ立てても、現実は変わらないよ」


 言葉を詰まらせるクリストファーに向けて、ディーは次々と言葉の刃を突き立てていく。


「……ひっ」


 ディーが一歩近付くと、クリストファーは同じだけ後退した。

 恐怖し、絶望し、精一杯の後悔をさせた上で、二度と同じ事が出来ないよう、心の楔としてその身に鉄槌を下す。


「君は、もっと貪欲になるべきだったんだ」


 その為に、まずは心を折る。

 見ただけで凍えてしまいそうになる、冷徹な視線を送りながら、ディーは抵抗の手段を失ったクリストファーを、追い詰めるようにゆっくりと近付いていく。


「――う、うう、動くな! 動けば彼女を殺す!」


 恥も外聞も無くなった、無ような魔道士の脅迫は、しかしその場を凍らせる事は無かった。


「どうやって? 魔力が切れた今の君を、僕がフレサに近付けさせるとでも思っているのかい?」


 今更になって、脅し文句を言い出すクリストファーの言葉など意にも介さず、ディーは歩みを続ける。

 これを見越して、ディーはわざわざ彼の魔力が枯渇するまで、戦闘を長引かせたのだ。今の彼では、ディーの背後に立つフレサには、触れる事すら出来ないだろう。


「彼女の首にはめてあるのは、「服従の輪」だ! 登録者である僕が念じれば、すぐさま電撃が流れる仕組みになってる!」

「それを聞いて、むしろ安心したよ」


 腰を引きながら、尚も言い募るクリストファーに、ディーは即座に言葉を返す。


「「服従の輪」を装着させる目的は、隷属と過度な暴力での死亡防止。手に入れた貴重な捕虜や人材を、死なせない為に作成された魔具なのに、不慮の事故以外で人が殺せるとは思えないね」

「は、ははっ、自分で言ってもう忘れたのかい!? こちらには、この杖を再調整した魔具師が付いているんだよ!? 電撃の威力なんて、とっくに変更済みさ!」

「……」


 「服従の輪」は、学園のあるこの国では制作を禁じられている。許されているのは所持だけであり、手に入れたものを、自国の魔具師が調整を行えば、同ように犯罪と見なされる。

 つまり、それを行えば、アルベールは犯罪者としてお縄になり、それを知りながら黙認したクリストファーも、それぞれの本家共々責任が問われる形となるだろう。

 そんな、自分どころか家すら巻き込む犯罪者宣言を、監視役も居るこの場で暴露するとは思えない。故に、彼の発言は十中八九嘘だと推測出来るのだが、万が一、億が一――例え兆が一以下でも可能性がある以上、ディーは足を止めざるをえなかった。


「周囲に居る審判たちも、今は僕の手先だよ! この場所の映像は、違う場面が観客席に流され、彼女の死は君の魔法が暴走した事による事故として、学園に報告されるだろうね!」

「そ、そんなっ」


 途端に強気になったクリストファーが、何処か偉そうな態度で自分の悪事を語っている。怯えるフレサには悪いが、ディーの目にはその様は酷く滑稽にしか見えなかった。


「さぁっ、杖を置くんだ!」

「……解ったよ」


 逡巡するまでもなく、ディーはあっさりと杖を地面へと放り投げる。「プレコダ」からの制御を失い、空飛ぶ硬球たちも地面へと落下していった。


「き、君が悪いんだ……っ。君さえ負けていればっ!」

「清々しいまでの八つ当たりだね。フレサはただの身届け人じゃなかったのかい?」

「黙れ! 僕を誰だと思っているんだ!」

「自分の言葉も碌に全う出来ない、最低で矮小な屑だね」

「……っ! 貴様ぁ!」


 ディーの安い挑発に、情緒が不安定になっているクリストファーは、あっさりと乗って来た。

 服の中から、護身用と思われる無駄に装飾の付いた短剣を取り出し、震えるその先端をディーへと向けて、荒い呼吸を繰り返す。


「こ、殺してやる……っ!」

「ふぅっ……」


 血走った目で睨まれながら、ディーは身動きしないままで、うんざりとした溜息を吐いた。

 実力は劣るが、レオとの接近戦も行えるディーとは違い、クリストファーの動きは完全に素人だ。

 魔力を失い、心力の練り方さえも知らないだろう弱者を前に、ディーの胸には恐怖の一つさえ湧いては来なかった。

 相手の勝手な自爆だが、クリストファーの口から、フレサの行動を縛る元凶を知れたのは僥倖だ。

 フレサの首に取り付けられた「服従の輪」の契約者が、目の前に居る彼だというなら話は早い。不用意に近付いて来た所で、打撃によって意識を刈り取り、そのままフレサを連れてシロエの元へ向かえば、後は彼がどうにかしてくれるだろう。

 他の三人には敵わないが、ディー自身も心力を操作出来る。例えそれを貫くほどの切れ味だったとしても、腕一本を犠牲にすれば、彼の意識を落とすなど造作も無い。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「……」


 狂気すら混じらせて、にじり寄るクリストファーに視線を向けながら、ディーは静かに集中を開始する。

 この時、二人はお互いに集中する余り、一つ大きな見落としをしていた。

 それは、ディーの背後で事の成り行きを見守っていた、フレサの存在だ。


「いや、いやだよ……いやぁっ」


 事情を知らず、恐怖に染まった少女が、自分の首を振りながら否定の言葉を繰り返す。

 割って入る勇気も無く、しかし傍観するだけの冷酷さも持ち合わせていない彼女の精神は、既にその許容範囲を超えつつあった。

 そんな彼女の精神に答えるようにして、その首にはめられた魔具が悲鳴を上げ、大きく長い亀裂が走る。

 見えていない彼女は、その事に全く気付いていない。亀裂は既に首輪全体へと伝播しており、何時崩壊してもおかしくないほど、傷と罅割れの溢れる有り様となっていた。

 今のフレサは、魔力も心力も封じられた脆弱な存在だ。金属で出来たその魔具に対し、そこまでの損傷を与える手段は無い。

 ならば誰が――答えは決まっている。

 彼女の傍には、もう一人――否、もう一つの存在が常にあった。

 それは、彼女が話し相手として無意識に生み出し、その主人を親として成長しながら、「向こう側」から片時も離れず共に居た、彼女の家族とも呼べる存在だった。

 彼女に魔力が無くなろうとも、「向こう側」からの知覚は健在だ。今までずっと、その繋がりは完全に断たれてはいなかった。

 愛しい主人と切り離され、彼女の悲しみを、苦しみを、手出し出来ずに受け取るしかなかったその激情は、一体如何ほどのものだっただろうか。


「……助けてぇ……ウンブラぁ――」


 絶望の少女が乞うた祈りを最後に、首輪が限界を迎えて砕け散った。

 彼女の影が大きく歪む。伸び、揺らぎ、禍々しい気配を伴って膨れ上がる。

 闇が――爆ぜた――


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