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星屑の鍛冶師  作者: タクミンP
第3章 箱庭の人形劇
24/45

24・黒蛇の弓、鋼の泡沫

 準決勝となる一年生第三試合で、レオたちが相手とするチームは、四人全員が「ソード」の獣人という、極めて攻撃重視の編成だった。

 試合開始の合図と共に、前の試合で八面六臂の活躍を見せた熊の獣人と勝負がしたいと、素晴らしい笑顔で駆け出して行ったレオたちを放置し、ディーとメルセは開始位置として指定された、岩場に留まる選択をした。

 残った二人とも遠距離が主体なので、移動の制限に加え、仮に接近戦に持ち込まれても、足場の不安定さによって攻撃に体重を乗せ辛くさせる目的も兼ねて、岩場の中央である湖の上で、巨大な蓮の葉に乗って相手を待ち構えていた。

 四対二という不利な状況に陥り、レオたちが逃げ帰って来る事を想定していたのだが、どうやら相手のチームも、都合良く二人ずつの二手に分かれてくれていたらしい。

 岩場を登って現れた、兎の獣人と鱗蜥蜴人リザードマンが、それぞれディーたちへと襲い掛かって来た。


「お兄ちゃん強いね。お名前は?」

「ディーエンだよ。君は?」

「ルーはルーだよ。よろしくね」


 笑顔のままに、その両手に装着した四刃の鉤爪によって放たれる攻撃を、中に仕込まれていた仕掛けを外し、長さを伸ばした杖で受け止めながら、ディーは暢気に会話を行う。

 シロエと同じく、同年代のはずが随分と幼く見える、背の低い兎の少女。獣の血は薄いのか、その外見は頭の上に付いた二つの耳以外、然して人間と大差が無かった。

 僅かに色褪せた白い頭髪と、潤んだ真紅の瞳。身軽さを重視した、鉤爪と皮鎧だけのシンプルな装備で、限定された空間を前後左右に跳ね回るその姿は、正に兎と呼ぶに相応しい姿だろう。

 鈴を転がすような幼い声と天真爛漫な笑顔に、ディーは戦闘の最中にありながら、まるで子猫にじゃれつかれているような、不思議な錯覚を覚えた。

 会話に重きを置き、互いに武具を振り回しているだけの、本気とはほど遠い攻防が、二人の間で続く。


「お兄ちゃん、魔法も使えるんでしょ? 魔法ってかっこいいよねっ」

「ありがとう、君も可愛いよ」

「ホント!? ルーって可愛い!?」


 社交辞令も含め、ディーが軽く褒めただけで、抱きつかんばかりに全身で喜びを表現するルー。


「じゃぁお兄ちゃん。ルーとつがいになってよ!」


 両手の爪と杖が噛み合い、お互いの顔を近付けた所で、ディーの顔を見上げながら、ルーから突然の求婚が行われた。


「唐突だね……どうして?」


 数回目を瞬かせ、大して驚いた様子も無く、至極当然の疑問を返すディー。


「ルーね、強い人のお嫁さんになりたいの! いっぱい子供を作って、いっぱいいっぱい幸せになるの!」


 ルーの口から語られた答えは、半分以上答えになっていなかった。

 獣の本能を持つ獣人は、その衝動に従い、種の保存を求めて結婚願望の強い者が多いのだが、彼女はその傾向が特に顕著な形で現れているのだろう。


「駄目? ルー、ちゃんとお兄ちゃんの言う事聞くよ。我侭もあんまり言わない。お兄ちゃんがして欲しいなら……恥ずかしいけど、その……ひ、膝枕とかもしてあげるっ」

「それは、何とも魅力的な提案だね」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら、精一杯の誘惑を口にするルーに、孤児院で暮らしていた頃、年下の女の子たちから同じような事を言われた過去を思い出し、ディーは顔を綻ばせた。


「ごらぁ!」


 そんな二人の、和やかな空気に割って入ったのは、近くで戦っていたメルセの怒号だった。


「試合の最中だっていうのに、何鼻の下伸ばしてんのよ! スケベ! ロリコン!」


 鱗蜥蜴とかげの獣人とは別の葉に着地し、ディーに向けて矢を射掛けんほどの殺気を放ちながら、理不尽な怒りをぶつけるメルセ。


「ルー。求愛するのは構わんが、するなら試合が終わってからにしろ」


 同じく蓮の葉の上に着地した、丸盾と長剣、そして鉄で出来たプレートメイルという、剣士として一般的な出で立ちをした、深緑色の鱗を全身に生やした鱗蜥蜴人リザードマンの男――ドゥーガが、二つに割れた舌を出しながらルーに苦笑を送っていた。


「長耳もドゥーガもうるさい! ルーは今、お兄ちゃんとお話ししてるの! 関係無い人は黙ってて!」


 邪魔をするなと、ルーは二人に向けて即座に怒鳴り返す。ディーに背を向けた状態で姿勢を下げ、低く唸るその様子は、警戒した獣以外の何者でもない。


「アンタが黙りなさい! 獣人だからって、見境無く発情してんじゃないわよ! この駄兎!」

「何さ、ぺちゃぱい!」

「……っ!」


 ルーの無自覚な反撃に逆鱗を抉られ、メルセは大して高くもない自分の沸点へと、一瞬で感情の波を跳ね上げた。

 メルセの胸は、小さい身体ながら中々の膨らみを持つルーとは、確かに趣が異なっていた。

 エルフ族は男性女性に関わらず、性別の象徴と言われている部分が、小さかったり薄かったりする者が大半だ。

 これは、本来彼らが生殖による増加が不要な為、異性に対する積極的な自己の優性を示す必要が無いからだというのが、研究者たちの間で最も有力な定説となっている。

 ハイエルフという母体と、一定以上の年月が経過した樹木によって作り出されるエルフの集落では、そもそも子孫繁栄という概念さえ薄いのだ。

 蛇足だが、では何故古木から生まれ出る彼らに、他者と交配可能な生殖機能が備わっているのかという疑問には、未だ明確な答えは出ていない。

 長々と説明したが、要するにメルセは貧乳だった。しかも、両親の種族的に四分の三以上の因子に見込みが無いという、絶望的な貧乳である。

 これで、その価値観が集落に住まうエルフに近ければ、今回の発言も鼻で笑って事足りたのだろうが、生憎同族との接点が無かった弊害から、彼女の思想は人間に近いものとなってしまっている。


「チビの癖していい度胸してるじゃない……っ。アタシが躾けてあげるから、覚悟しなさい!」


 額に血管が浮き出るほど怒りを灯し、ルーに怒声を張り上げるメルセ。

「うー、言ったなぁっ。ドゥーガ、交代して! 長耳なんて、けちょんけちょんにしてやるんだから!」

「やれるもんなら、やってみなさいよ!」


 女子二人は、売り言葉に買い言葉で感情を高ぶらせ、そのまま男子たちを放置して、湖の中央へと移動していった。


「……大変だな」

「……お互いにね」


 そんな彼女たちを見送った後、同時に軽く溜息を吐き出した二人は、お互いに労いの言葉を送りながら視線を交わす。


「正直助かったよ。あのままあの子を相手にするのは、気が引けていたからね」

「――恐らくお前が考えているだろう、勘違いの一つを訂正しておいてやる」


 苦笑するディーに対し、ドゥーガは武具を構えながら、嘘でも誇張でもない、ただの真実を語った。


「俺たちのチームで一番の強者は、ルーだぞ」


 それを証明するかのように、遠くで水柱の上がる大きな音が、ディーの鼓膜へと鳴り響いた。







 メルセもルーも、一介の戦士だ。それまでどんなにふざけていても、戦闘が始まれば意識は自然と切り替えを終えている。

 距離を離そうと跳び上がったメルセに、それ以上の加速力で跳躍したルーが背後を取り、右足を振り被った。


「どーん!」

「ぐぅっ!」


 可愛いのは口調だけだ。細く小さな身体からは想像も出来ない、強烈な蹴りを片腕で受け止め、メルセは骨を軋ませながら下方へと高速で叩き落された。

 身体を捻り、水面に無理やり両足を乗せたメルセは、脚甲の能力を利用して水上を盛大に滑っていく。

 図らずも、相手の攻撃で距離を開ける事に成功したエルフの少女は、後退しながらも素早く弓を構え、自らの起こす飛沫の先に隠れた敵に、落下の軌道を予測して矢を放った。


「ぎぅっ!」


 視界が塞がれたのはお互い様だ。水滴の壁の間から、突如として飛来した一条の矢は、ルーのかざした右手の上からその額へと命中し、彼女頭部を強かに揺らす。


「いったーい……っ!」


 咄嗟に手の平一枚を間に入れたとはいえ、並みの者であれば十分終わっていただろう一撃を食らっても、ルーは顔をしかめているだけだった。


「ちっ、伊達に勝ち上がって来てる訳じゃないわね」


 脚甲の能力を使っても、水上に静止する事は難しい。沈み始めた水面から素早く近くの葉の上へと飛び乗りながら、メルセは小さく舌打ちする。


「んーと、こうかな? ――いっくよー!」


 そんな事を言いながら、先程メルセが見せた光景を真似たのか、ルーが水上を走って突進して来た。


「はぁっ!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げたメルセに、非は無いだろう。

 見た限りでは、ルーが何らかの魔具を装備している様子は無い。メルセは足に着けた脚甲の恩恵だが、ルーは独力で同じ事をやってのけているのだ。

 心力操作の精密さは元より、相手の技術を短時間でものにする、異常なまでに高い戦闘の才能が彼女にはあった。


「ったく、どっかのバカじゃあるまいしっ」


 一直線に迫るルーに、メルセは悪態を吐きながら新たに二本の矢を番え、全力で解き放つ。

 この兎の獣人も、恐らくレオたちと同類の非常識人だ。遠慮や手抜きをしていて勝てる相手では無い。


「よっ……うわっ!?」


 一つ目の矢を回避した所で、左下から抉るような角度で飛来したもう一本の矢に、ルーは驚きながらも真横に跳んで爪で弾く。


「すごいすごーい! ねぇねぇ、今のどうやったの!?」

「教える訳無いでしょ」


 口喧嘩の事など既に忘れ去り、瞳を輝かせるルーに呆れながら、矢筒から取り出した矢は四本。


「――シッ」

「あはっ!」


 四方から時間差で迫る連撃に、ルーは笑い声を上げながら避け、落とし、弾く。


「おーわり! ――わぶっ!?」


 最後に、右のこめかみに向けられた矢を掴んだその時、先端に取り付けられた矢尻が、彼女の近くでいきなり爆発した。

 捕獲用の矢と同じ形状でありながら、全く別物の中身が、黒煙を上げて爆ぜ上がる。


「相変わらず、あの子の考えはえげつないわよ、ねっ!」

「あぐっ!」


 突然の出来事に怯むルーの隙を逃さず、メルセの矢が再度その眉間を射抜く。


「くー、やったなぁっ!」


 二度の打撃に額を赤くしながらも、ルーは大して弱った様子も無く、再びメルセに向けて駆け出した。


「呆れたタフさね。ほんとにアイツみたい」


 ルーの元気さに辟易しながら、淀みの無い動作で更に三本の矢を射出するメルセ。


「よっ、はっ、えーいっ」


 気の抜けるような掛け声を持って、全方位から飛来する二射、三射を軽々と退けたルーが、メルセの眼前へと肉薄する。


「やぁっ!」

「ふっ」


 右手に弓を持ったまま、メルセは左手で後ろ腰のナイフを引き抜き、真上から振り下ろされるルーの両爪を受け止めた。


「んー、しょっと!」


 噛み合った場所にぶら下がるようにして、ルーは勢いを付けて繰り出した両足を、メルセの胸部へと叩き込む。


「ぐふっ!」


 皮鎧で守られているとはいえ、心力の込められた打撃は鉄槌に匹敵する。肺の空気を残らず吐き出しながら、メルセは大きく後ろへと吹き飛ばされた。

 水中に落ちれば、そこから這い上がる為に無防備な姿を晒さなければならず、相手がそれを見逃すとは思えない。

 メルセは歯を食いしばりながら、何とか脚甲で水面へと着地した後、素早く跳躍して蓮の葉の上へと避難する。


「んふー。長耳も強いね! でも、ルーの方がもっと強いよ!」

「……でしょうね」


 胸を反らし、鼻息荒く主張するルーの言葉に、メルセはあっさりと同意した。

 身体能力、心力の操作、出力、全てにおいてルーが勝り、捕獲用の矢では大したダメージにもなっていない。このまま普通に勝負をしていては、先の勝敗は明らかだろう。

 とはいえ、だからといって敗北を認める必要は無かった。


「ねぇ、アンタ。アイツ以外には何人に声を掛けたの?」

「んぅ?」


 メルセから唐突に疑問を投げ掛けられ、大きく首を傾げるルー。


「学園に来て、もうそれなりに日は経ってるわ。強い奴ってだけで良いなら、もう何人も居たでしょ?」

「ううん。お兄ちゃんが初めてだよ」

「どうして?」

「だって、友達の人間以外でルーの事バカにしなかったの、お兄ちゃんが初めてだもん」

「そう……」


 実力はあれど幼い言動を取る彼女を、人間の生徒たちはその一点だけを理由に侮辱しているのだろう。

 心底下らない行為だが、少数派種族が受ける仕打ちとしては、ルーへの態度は軽い部類だ。中にはフレサのように、露骨な虐めに合う者までいる。


「お兄ちゃんカッコイイし、とっても優しい。ルーの事可愛いって言ってくれたし、お兄ちゃんと結婚したら、きっと凄く幸せだよね!」

「そうね。結構捻くれてるけど、顔も良いしお人好し。身内には特に甘いし、つがいにするなら悪くは無い相手かもね」


 完全に自分の事を棚に上げ、肩を竦めるメルセは、会話は終わりと言いたげに弓を構えた。


「試合が終わったら、好きになさいよ」

「うんっ! ありがとう長耳! ……はれ?」


 元気良くお礼を言ったルーは、突然何の前置きも無くがくりと膝を付いた。全身に力が入らず、立ち上がることさえ出来ない自分の身体に驚き、何度も瞳を瞬かせる。


「なに……これ……?」

「ふぅっ、やっと効いたわね」


 呆然とする彼女に、その前方で弓を引き絞るメルセが、溜息混じりに言葉を告げた。


「毒よ。さっきの爆発、ただの火薬だとでも思った?」


 心力で肉体を強化すると、身体の代謝が急激に上昇して毒が回り易くなる。然程強い毒ではないが、ルーが回復するよりも早く弓を射るぐらいは余裕だろう。

 会話を行ったのも、単にルーの身体に毒の効果が現れるまでの時間稼ぎだ。


「獲物を弱らせてから仕留めるのは、狩りの基本よね」


 メルセの考えでは、勝負と狩猟に明確な差異は無かった。

 有利な場へと相手を誘い込み、罠を巡らせて弱体化させ、如何にして確実に仕留めるかが全てであり、相手が自分より強いか弱いかなどは、彼女にとってはどうでも良い事だった。


「ついでに言っておくと、その毒を作ったのは、アンタの言うお兄ちゃんよ」

「あはっ……だったら、ルーはお兄ちゃんに負けるんだね――やっぱり凄いや」

「おバカ」


 抵抗の術を奪われ、弱々しく笑うルーへと、三度高速で直進した矢は、遂に彼女の意識を刈り取った。







「取った!――がっ!?」


 ディーとの接近戦を制し、ドゥーガが右手の長剣を振り被った瞬間、相手の腰辺りから飛び出した何かが、彼の下顎に直撃し、その顔を真上に跳ね上げた。

 飛び退くディーを追えず、顎を押さえて後ずさるドゥーガ。

 警戒心を強める彼の前で、ディーは指先で器用にそれ(・・)を回転させていた。

 それは鋼の輝きを放つ、手の平に納まる程度の大きさをした、金属の球だった。良く目を凝らせば、鋼の球は指先には一切触れておらず、更にその僅か上の空間で、宙へと浮いた状態で漂っているのが解る。


「それは――何だ?」

「「オムニスフィア」――僕専用の魔具だよ」


 相手の疑問に答えるのが早いか、ディーの動かした指に連動し、空を泳ぐ球がドゥーガへと向かって飛び出した。完全な不意打ちで意識を刈り取れなかった所から見ても解るように、威力も速度も大した事は無い。


「ふんっ」

「『氷球アイスボール』」

「ごぁっ!?」


 しかし、鋼の球を回避した直後、今度は側頭部から謎の一撃が入り、更に意識を明滅させるドゥーガ。

 眼前に散らばる氷の欠片を見て、ようやく飛んで来た球から魔法が放たれたのだと気付く。

 通常、魔法は術者の杖かその周囲に出現するのが常識であるはずなのに、魔法も唱えず宙を舞う不可思議な鋼球は、その法則を完全に無視しているのだ。


「今までの試合で使う機会が無かったから、実戦で一度試しておきたかったんだけど……特に問題は無いみたいだね」

「……無茶苦茶だ」


 空中を自在に操作出来る鋼球から、術者の魔法が放たれるならば、それは何人もの魔道士を同時に相手にするに等しい。


「ならば、使用者を直接叩くまでだ!」

「だろうね。『氷操球フロストビット』」


 飛び掛かるドゥーガに向けて、今度は自分の持つ杖から魔法を発動させるディー。

 三つの氷球に鋼球が一つ。計四つの操球が落下するドゥーガへと疾駆する。


「同じ手は食わん!」


 盾を使って氷球の一つを潰し、二つ目を長剣で両断した鱗蜥蜴人リザードマンは、三つ目を回避した後、本命だろう鋼球を拳で殴り、水中へと叩き落した。


「はあぁっ!」

「くぅっ!」


 空中から上段で振り下ろされた長剣を、ディーは横に構えた杖の柄を使って受け止める。


「『氷凍鞭アイスウィップ』」

「ぬぉっ!?」


 更に盾で殴り掛かろうとしたドゥーガの右足が、突如後ろへ向けて引き摺られた。見下ろせば、水中から伸びる白銀の鞭が足首に絡まり、触れた箇所を凍らせながら水の中へと引きずり込もうとしていた。


「鬱陶しい!」


 ドゥーガは怒号と共に、長く伸びた太い尻尾を振るい、氷の鞭を微塵に砕く。


「『灯り(ライト)』」

「がぁっ!?」


 視線を戻したドゥーガの目の前で、ディーの構えた杖の先端から閃光が炸裂し、彼の視界を覆い尽くす。

 詠唱魔法は、四つの工程を経て発動する魔法だ。

 魔力を練り、術式を思い描き、それをなぞり、「呪文ワード」を唱える。上位に術になるにつれ術式は複雑さを増し、発動に時間を要してしまう。

 正確に術式をなぞるのは、非常に繊細な集中力を必要とする為、今のディーが接近戦の最中に使える魔法は、術式の短い下位の魔法に限られていた。


「ぐっ、があぁぁっ!」


 闇雲に刃を振るうドゥーガから離れ、別の葉へと跳躍したディーは、敵が視覚を回復する間に、魔力を杖の先端にある魔晶石へと、一気に練り上げていく。


「『氷魔創造アイスクリエイト』」


 視覚を取り戻しかけているドゥーガに向けて、ディーの魔法が発動する。

 ディーの周囲にある水が瞬時に凍り付き、巨大な二本の拳となってドゥーガへと殴り掛かった。


「く……っ」


 霞んだ視界で己の危機を察知したドゥーガは、素早く後ろへと倒れ、水の中へと潜り込む。無人となった蓮の葉に、氷の拳が音を立てて直撃し、氷像となって突き立った。

 普通であれば、重たい装備を着けた状態での入水は自殺行為なのだが、彼は人間ではなく鱗蜥蜴人リザードマンだ。水中での移動は、然して難しい行為では無いだろう。


「……」

「――はあぁっ!」

「くっ――うぐっ」


 周囲を警戒していたディーの背後から、水面を飛び跳ねて迫るドゥーガの剣が、防御の遅れた魔道士の腕を浅く切り裂いた。


「はっ」


 反撃の間を与えず、短い呼気を吐いて再び水中へと没するドゥーガ。ディーの魔法を警戒し、彼の目が届かない水中から死角を付き、時間を掛けても確実に仕留める事にしたらしい。

 水の中では魔法を唱える事の出来ず、ドゥーガの行動範囲を全て凍らせるだけの魔力も無いディーには、その策は決して悪いものでは無いだろう。

 しかし、ドゥーガは完全に失念していた。

 ディーの二つ名は「氷雷」。学園の在学中には殆ど使用していないだけで、彼の得意属性は二つあるのだ。


「――『魔蕾爆雷ライラックブラスト』」


 水中に待機させていた「オムニスフィア」から、全方位に向けて雷撃が迸る。周辺を制圧する雷の余波で水面が激しく跳ね、気泡が浮かんでは消えていく。


「ぐ、がぁ……っ」


 やがて、ドゥーガが息も絶えだえの様子で、水中から葉の一つへと這い出して来た。身体を痙攣させ、焦げた臭いと煙を吐き出しながら、それでもゆっくりと立ち上がる。


「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ここまで来ては、最早策などありはしない。全身に力を込め、肺の空気全てを咆哮として迫る獣人に、ディーは杖を構えて迎え撃つ構えを見せた。


「がっ! があぁ! がうぁぁっ!」

「くっ、ぐぅ……っ」


 理性の枷さえも外した猛攻を前に、持ったのは数合だけだ。振るわれた剣に弾かれ、ディーの杖が腕ごと上へと跳ね上がる。


「があぁぁぁぁぁぁ!――がぅっ!?」


 好機を逃さず剣を振り上げたドゥーガの顎を、再び何かが真下から打ち抜いた。視界の霞む彼が見たのは、矢張り空を飛ぶ鋼の硬球だった。


「はっ!」

「がぁっ!――ぎっ!?」


 投げ付けられた鋼球を怒りを持って弾いた時、今度は後頭部から、先程と同じ衝撃がドゥーガを襲う。


「ぐぅっ、がっ、ぎぅ……っ!」


 立ち直るよりも早く、右下、左、再び顎へと、度重なる衝撃を受け、堪らずドゥーガの意識が薄れていく。


「――内緒にしてて悪いけど、シロエが僕にくれた「オムニスフィア」の数は、全部で六個だよ」


 半分以上聞き取れない言葉と、暗転する視界の中で彼が最後に見たのは、宙へと浮かぶ幾つもの鋼球が、蒼の魔道士の周囲に漂う光景だった。







「またでた……」


 大議堂の一角で、試合を観戦していたファムが、搾り出すように呟いた。

 正面の映像に映っているのは、太陽に光を反射する金属の球体を空へと飛ばす、ディーの姿だ。

 空中を自在に操作出来るだけでも驚きなのに、そこから魔法を吐き出すまでいけば、やりたい放題としか言い様が無い。


「あれもシロエの作品な訳?」

「うん、そうだよ」


 解っていた事ではあるが、右隣に座る小さな鍛冶師に問えば、あっさりと肯定が返って来た。


「あの「オムニスフィア」は、ディー用に調節した魔晶石に、全方位から魔力文字ルーンの書かれた鉄心を刺して、鋼で覆ってるんだ。ディーの杖、「プレコダ」から魔力を送って操作してるんだよ」


 お手軽料理の作り方を説明するような気軽さで、「オムニスフィア」の構造を説明するシロエ。


「あー、一応念の為に聞いときたいんっすけど、あれってシロエ君が言ってるほど、簡単に作れるものなんっすか?」

「んな訳ないでしょ。あっち見てみなさいよ」


 ファムの左隣に座るデジーの疑問に、眉間に皺を寄せながら答えた彼女は、シロエの座る奥を指差した。


「他者の魔力との混線が……そもそも遠隔で動くなら、距離を離してどうやって魔力を……魔力文字ルーンを刻んだ状態で、別の魔法の発動はありえないし……でも……」


 そこには、ディーが魔具を使った直後から、憑り付かれたように独り言を繰り返す、ユアンの姿があった。真剣な表情で口元を押さえ、他の事など気付きもせずに呟き続ける魔具師志望の様が、あの魔具のあり得なさを如実に物語っていた。


「「魔法を唱えられない状況でも使えて、遠隔操作が出来る武具が欲しい」って頼まれて作ってみたんだけど……あれって一つ一つを全部自分の意思で操作しなくちゃいけないから、本当は一つ操るだけでも大変なんだ」

「そうなの?」

「うん。送る魔力が多過ぎても少な過ぎても上手く操れないから、大会中もずっと練習してたみたいだし」


 申し訳無さを滲ませながら、シロエはうつむき気味に話している。巻いた鋼の重さや、魔晶石の大きさなど、試行錯誤を何度繰り返しても、使用者の負担は避けれなかった事を悔やんでいるのだ。


「やっぱり、ディーたちって凄いよねぇ」

「……その結論に達するアンタが凄いわよ」

「……自分を知らない天才が、これほど恐ろしいとは知らなかったっすね」


 才能に胡坐を掻かず、努力を惜しまない自分の友達たちに称賛を送るシロエの横で、自分の成した偉業を何一つ自覚しない鍛冶師に、ファムとデジーは盛大に溜息を吐き出していた。


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