21・担う者たち
状況に既視感を覚えながら、メルセは森の木々を跳び移って行く。
「待て! 待てと言っているだろう!」
後ろから追って来るのは、相手チームの一人で、肩程度まで金髪を伸ばしたエルフの少年――ジャハルだ。
細い体躯に黄緑色の服装と、手にしているのは木製の長弓。エルフとして模範的な出で立ちの彼は、逃げるメルセに声を掛けながら追い縋っていた。
「話を聞け!」
背後から放たれる矢を直前で回避したメルセは、振り向きようにお返しを射掛け、再び別の枝へと跳躍する。
「お前も、この学園に来て感じただろう。百年戦争も終わり、多種族間の群雄割拠も終わった今、人間の数は加速度的に増加していると」
距離を開け、互いに弓で牽制し合いながら、ジャハルの話は続く。
「このままでは、増え続けた人間は住処を求めて平野を、森を開拓し、いずれ私たちエルフの集落にさえ至るだろう」
「それが何だって言うのよ」
感情的に言葉を紡ぐジャハルとは違い、メルセの反応は冷め切ったものだ。
同族に見放された彼女にとっては、彼らが滅ぼうが繁栄しようが、どうでも良い事だった。
「本当に解らないのか? 「知恵ある民」を自称しておきながら、森から離れず、新しい知識を得ようとはしない我らエルフ族は、近い将来人間によって存亡の危機に立たされる事になる」
「だから?」
「人間に対抗する為には、我々エルフは一致団結しなければならない。最早純潔や混血など、問題にしている場合ではないのだっ」
審判の使い魔が聞き耳を立てているだろう中で、人間の学園に在籍している生徒にしては、少々過激な発言だ。
とはいえ、彼一人が騒いだ所で特に危険視されるものではないだろう。所詮子供の戯言と、捨て置かれるだけだ。
確かに彼の言う通り、人間の繁殖力はエルフの数倍以上だ。ハイエルフという長命種から派生したエルフ族は、種の保存に対して積極性を欠いていた。
ドワーフの長、「鉄と鋼の王」が土塊からドワーフを生み出すように、古い木々から生み出る純血のエルフは、族長たるハイエルフさえ存在していれば、何度でも種を再生させる事が可能だった。
しかし、人間が私欲によって彼らの住む森とハイエルフを手に掛ければ、エルフ族は滅びの運命を辿る。ジャハルはその危険性を説いているのだ。
「アンタの仲間もその人間じゃない」
「違うっ。大会に参加するお前と話す為に、彼らのチームに籍を置いているだけだ」
メルセの突っ込みを、不快感すら滲ませて即座に否定するジャハル。彼もご他聞に漏れず、他種族間特有の選民思考が働いているらしい。
この時点で、メルセとジャハルが相容れない事は明白だった。
「私と共に、故郷の集落へ来い。お前ほどの腕前の者が先導すれば、混血のエルフたちの賛同も得易いだろう。エルフ族の未来の為に、どうか協力してくれ」
「お断りよ。他を探して」
切実な彼の願いを聞いても、メルセの心は動く事は無い。感情の波は一定のままであり、自分勝手な都合の良い話ばかりを語られても、怒りや憎しみさえ沸いてはいなかった。
「何故だ!?」
「今まで散々、アタシと母さんを爪弾きにしといて、今更手の平返してんじゃないわよ」
「大義の前だぞ、私情は捨てるべきだろう!」
「アンタの言葉は薄っぺらいのよ。アイツも似たようなもんだけど、二人きりにならなきゃ声も掛けれない奴よりはましだわ」
声を荒げるジャハルに対し、感情の見えない表情のまま、メルセは相手の眉間を目標に弓を引く。
レオもジャハルも、自分を押し付けているという点では同じだ。だが、それでも最後の選択を相手に委ねるレオの方が、メルセにとっては幾らかこちらを見ている気がした。
「そんなに従わせたきゃ、腕ずくで来なさい」
「……いいだろう」
メルセの挑発に、彼もまた番えた矢を弓を引き絞り、彼女へと狙いを付ける。
最初の矢は同時だった。
互いの矢がその中心でぶつかり合い、彼方へと弾かれる。移動しながら二射、三射と続く応酬も、両者の身体を貫くには至らない。
逃げるメルセと追うジャハルの構図はそのままに、攻防は苛烈さを増していく。
「シッ!」
相手の着地に合わせ、ジャハルの矢が走る。メルセは足が付くと同時に前へと倒れ、肩口を狙ったそれをやり過ごした。
そのまま地面に落ちると思われた彼女は、直立した状態のまま、足の触れている枝を基点にして、大きくその場で一回転する。
彼女の履いた靴の効果を知らなければ、それは相当ありえない軌道だっただろう。
「何!?――ぐぼぁっ!」
そしてその加速を利用して、ジャハルへ向かって勢い良く跳躍したメルセは、仰天して硬直する彼の顔面へと、容赦無く己の膝蹴りを叩き込んだ。
「――がはっ!」
鼻血を噴出し、枝から落ちるジャハル。混乱からか、彼はそのまま受身も取れずに地面へと激突する。
「……う……がぅっ!?」
それでも起き上がろうとした彼の後頭部に、メルエは止めとして捕獲用の矢を撃ち込み、その意識を無情に吹き飛ばした。
「ま、気長にやんなさいよ」
気絶するジャハルには目もくれず、彼女は自分の弓を折り畳みながら、適当な助言を送る。
どうせ、自分には関わり合いの無い話だ。ジャハルの語った未来に興味は無いが、他人の努力を笑うつもりも無い。
「本当に肌が合えば、自然と付いて来る奴も出て来るんじゃない?――仲間って、そういうものらしいわよ」
立ち去る直前、肩越しにそう言い残して、メルセは分かれた三人の居る場所へと向かう為、枝を蹴って跳躍した。
◇
平原では、金属同士のぶつかる重い剣戟の音が、絶え間無く鳴り響いていた。
「前の試合は見せて貰ったが、矢張り強いな!」
「おめぇもな!」
相手の振り下ろしを、剣の腹を使って斜めに逸らし、反撃の横薙ぎが大きな盾によって弾かれる。肩に力が込められ、突進の要領で突き出されたその盾を、今度は左手の手甲で押し留めた。
全身を白の甲冑で覆った騎士――ダイオンを前に、レオは嬉々とした表情で一歩も引かずに打ち合っていた。
ダイオンの剣は、基本に忠実なお手本のような剣技だが、流派としてある意味完成されたその挙動は、例え先が読めていたとしても、そう簡単に凌げるものでは無い。
「これだよ、これっ。くぅ~、ようやくまともに戦り合えるぜ」
「戦狂いか。何と愚かな」
喜びを噛み締めるレオの姿に、ダイオンが不愉快になった事は、兜に覆われた場所からこぼれる声だけで理解出来た。
「大義無き刃を幾百千積み重ねたところで、主よりご信頼賜ったこの私には届かん! 我が主に対する忠義の深さ、とくと思い知るが良い!」
「かっ、長過ぎんだよ。男が負けられねぇ理由なんざ、「負けたくねぇ」で十分だろうが!」
足を重く踏み締め、重量を活かして突き出された剣を、右手の手甲を使って真下に弾くレオ。そのまま相手の剣に沿って振り上げられた握り拳は、再び盾に防がれ盛大な音を響かせた。
「我が勝利は、主君へと捧げられるべき崇高なもの! お前のような寄る辺の無い者とは違うのだ!」
「そうかい! そいつぁ悪かった、なっ!」
突き出した盾によって視界を塞ぎ、身体ごと振りかぶって繰り出された袈裟切りを、即座に半身となってかわした後、レオは剣を持った右手で盾の側面を掴み、力尽くで押し退ける。そして同時に振るった左拳を、相手の顔面へと肉薄させた。
「くっ」
焦りを浮かべながらも、首を捻って攻撃を回避したダイオンは、己の筋力を駆使して盾に置かれた手を振り払い、そのまま裏拳として真横に薙いだ。
「っとぉ」
迫り来る壁に等しい巨大な盾に、レオは右肘を突き出して手甲の先端を当て、弾かれた勢いのまま跳躍する。
「……まるで猿だな」
「はっ、そいつぁどうも」
距離を開け、相手に視線を向けたまま、手甲の取り付けを確認するレオと、盾を突き出した最初の構えへと戻り、どっしりと待ちの姿勢を取るダイオン。
再び両者が肉薄し、剣と盾、そして手甲が振るわれる度に火花を散らす。攻守を入れ替え、次々と応酬を繰り返す。
この勝負は、純粋な剣技ではレオより強く、盾によって悉く攻撃を弾くダイオンに分があった。
彼の敗因は、この戦いを騎士道精神に則った、神聖な決闘だと勘違いしていた事だろう。野生児たるレオの中には、そんな考えは欠片も存在しない。
「ぐぬぬ……っ」
「ぬうぅ……っ」
剣と盾、剣と手甲が噛み合った状態で、拮抗する両者。赤髪の少年より一回りは大きな体躯と、全身を覆う甲冑の重みによって、徐々にダイオンが押し始める。
そんな中、ニヤリとレオが笑った瞬間、互いの拮抗が突如として崩れた。彼の急な脱力によって、二人の上体が一気に泳ぐ。
レオは、身体を大きく後ろに倒しながら右足を引くと、ダイオンの股間に向かって全力で蹴り上げた。
「―――――――――っ!?」
衝撃は鎧を突き抜け、彼の急所へと一瞬で伝播する。爪先に金属の仕込まれた最悪の一撃を食らい、声にならない慟哭が辺りへと鳴り響く。
「ぁ……が……っ」
「足癖の悪さは師匠譲りだ。悪ぃな」
兜の中で、打ち上げられた魚の如く口を開閉させているだろうダイオンへ向けて、レオは続けざまに腰から鞘を引き抜くと、そのまま彼の頭部へと叩き込んだ。
「ぐがっ!」
身動きの取れない哀れな白騎士に、なす術などあろうはずも無い。柄の直撃を食らい、頭を盛大に揺らされた事で、彼は意識を手放した。
「ま、割と楽しかったぜ。機会があったらまた戦ろうな」
目線の高さで鞘に剣を納めながら、レオは気絶するダイオンに向かって、悪びれもせずに軽快な笑顔を送った。
◇
彼――シャルル・C・コーフィスの持つ水の魔剣「ニーフリート」は、彼の家に伝わる宝剣だ。
フランベルジュと呼ばれる波状の刃をした直剣で、取り込んだ周囲の水分が、刃の部分を高速で移動する事により、切れ味を倍化させる。
そんな、鉄製の剣すら余裕で両断する、無類の鋭さを持つ強力な魔剣を使い、戦っている場所も岩場の中央に作られた湖の近くと、魔剣にとって絶好の条件が揃っていた。
にも関わらず、彼は現在自分が押されている事実を、認めざるを得なかった。
「はぁっ!――くっ」
振り下ろした一閃が、相手の剣から起こる螺旋の強風によって、自身の体勢ごと泳がされる。どれだけ勢いを付けて繰り出した所で、辿り着く頃には完全に水が弾かれてしまい、魔剣としての効果は発揮されない。
「ふっ、しっ!」
交差する軌道で剣を弾かれた後、相手から反撃の刺突。
「ぐぅっ!」
受ける場合でさえ、その烈風は容赦なくこちらの剣を揺るがせる。防御が後れ、その刃が肩口の鎧を浅く掠めた。
「武具の相性ではこちらが上だな。勝たせて貰うぞ、シャルル!」
「その余裕、後悔するよ! シルヴィア!」
目の前に立つ麗しい女性、シルヴィアの口上に反論しながら、すぐさま剣を重ね合う。
口でどれだけ強がろうと、劣勢の立場は変わらない。無傷に近いシルヴィアとは違い、彼の身体には既に少なくない切り傷が出来上がっていた。
距離を離し、再び湖の水を剣に纏わせる。それに対しシルヴィアもまた、剣から起こる旋風を滾らせた。
「はあぁぁぁぁぁぁっ!」
一意専心を刃に込め、愚直に繰り返されるシャルルの攻撃を、シルヴィアもまたそれに応えるように何度も崩し、捌き、返す。
剣の腕では互角の二人だが、手に持つ武具がその優劣を決定していた。
「はぁっ、はぁっ……くっ」
繰り返された攻防の末、呼吸を荒げながらも大きく後ろへと跳躍するシャルル。
「ふぅー」
湖に幾つも浮かぶ、人が三人は余裕で乗れるほどの巨大な蓮の葉に立ち、深く長い息を吐き出しながら、彼はゆっくりと手に持つ剣を真上へと振り上げていく。
練り上げられる魔力が魔剣に集まり、彼の周囲の水面から、幾本もの水の筋が剣へと伸びた。水流の集いは留まる所を知らず、彼の集中に呼応して際限無く収束し続ける。
「「ニーフリート」が奥義、受けてみよ!」
水によって形成され、結界にも届きかねない長さとなった極長の刃が、シルヴィアへ向けて振り下ろされた。
天地を引き裂く斬撃を見上げながら、シルヴィアは己の剣を強く握り締める。
「はあぁぁぁっ!」
裂帛の気合と共に振り切られた豪風の一閃は、迫る凶刃をものともせず、見事に水の刃を消し飛ばした。
繋がりの絶たれた大量の水が、彼女の後方へと崩れ落ちていく。
「魔剣に頼って、小手先の技に逃げるな」
眼前で剣を振り払い、唖然とするシャルルに鋭い視線を送るシルヴィア。
散らした雫が降り注ぐ中に佇む、長い金糸を揺らす凛とした立ち姿。尽きぬ意思を瞳に灯したその美しさに、シャルルは思わず呼吸を忘れて見入っていた。
「お互い、奥義などというものを放つには過分な身の上だ。もしも今の技が本来の威力で放たれていたならば、吹き飛ばされていたのは私の方だっただろう」
「……返す言葉も無いよ」
彼女の指摘は正鵠を射ていた。それは、シャルル自身が一番理解している事でもあった。
代々当主へと受け継がれて来たこの魔剣を、もしも十全に扱う事が出来ていたならば、この勝負の成り行きはきっと違っていただろう。
己の不甲斐無さに、シャルルは思わず歯軋りしながら俯いてしまう。
「顔を上げろ。前を向け」
命令に近いシルヴィアの台詞に逆らえず、苦しそうな顔を上げるシャルル。彼女はそんな彼に向けて剣を構え直した後、静かに語り始めた。
「私もお前も、目指す頂きは遥か彼方だ。遠い背中を見失わない為にも、私たちは常に前を、先を、見据えていなければならない」
「……敵わないな」
自分たちが弱いのは当たり前だ。年若く、経験も浅い、嘴の黄色い雛鳥でしかないのだから。だからこそ、先に立つ彼らに追いつく為には、俯いている暇など無い。
強い口調で叱責され、かげっていた彼の眼に光が戻る。
彼女の揺るぎない信念を感じ、シャルルは苦笑しながら下ろしていた剣を正眼に構えた。先の未来で敗北が決まっていようと、未だ決着は付いていない。
「来い。その膝が折るまで付き合ってやる」
「当然だよ。例え親に送られたものであれ、Cの名に後退はありえない!」
跳躍したシャルルの剣が、シルヴィアの剣と絡み合う。
切り合う度に傷を増やし、徐々に劣勢へと押し込まれながら、それでもシャルルはその先一度として下がる事は無かった。
百七十七合――後に彼が力尽き、敗北を認めるまでに打ち合った、剣戟の回数である。
「ありがとう――降参だ」
宣言した彼の清々しい顔に、もう影は無かった。
◇
己の最も戦い易い場所で待ち構えていた四人の内、土魔法の使い手であるエミリア・グレシアスの選んだ戦場は、演習場の岩場だった。
「『岩連弾』!」
「『魔障壁』」
薄黄色の魔晶石を付けた杖を振りかざし、地面から放たれた石つぶてが、蒼髪の魔道士の張った障壁に当たって砕け散った。
「『雪降雲』」
続いて、彼の持つ杖の先端から黒雲が舞い上がり、上空を漂う雲たちと合流する。
普通のものよりかなり低い位置で停滞し、太陽を覆い隠す黒染めの空間からは、深々と大粒の雪が舞い降りていた。
「バカにしていますの!?」
「そんなに怒ると、可愛い顔が台無しだよ?」
「よ、余計なお世話ですわ!」
白い息を吐きながら、ディーの言葉に真っ赤になって反応するエミリア。
最初に出会った時から、同じ場面の繰り返しだった。エミリアの魔法を彼が障壁使って防ぎ、或いはそれすら必要とせず回避する中で、時折雲を浮かべては周囲に雪を降らせる。
生み出した当初は、彼女の頭上を追尾していただけだった雪雲は、重ねる度にその範囲を広げ、今では対峙している二人の場の全てを覆い隠していた。
状況を打破する為に増援を呼ぼうにも、彼らは彼らで他の相手と戦っているはず。
逃亡を図れば、当然背後から狙い撃ちにされる為、他の仲間の下に辿り着く事も難しい。
どちらかのチームの勝者がこの場に現れるまで、彼はこの膠着を続けるつもりらしかった。
「全く、先程から何度こちらが仕掛けても、防ぐばかりで反撃して来ないではありませんの。食えない方ですわ」
一呼吸毎に体温を奪われていくエミリアとは違い、ディーの着ているローブは自分の魔法の属性を考慮され、見た目に反した強い防寒性能を隠し持っている。
服の裏地に取り付けられた、マフラーや手袋などの防寒具も装着した今のディーは、この雪景色の中で凍える事なく平然と佇んでいた。
「僕もそう思うよ」
エミリアの嫌味に、ディーは他人事のように大きく頷ずく。最も、それは正しく他人に向けての肯定だった。
「まぁ、調べるのを他人任せにした僕も悪かったよ。参加者の情報収集をしていたなら、彼女の参加は知れたはずなんだ。だって、この大会への応募締め切りは、行事の始まる幾らか前だったからね」
「? 何をおっしゃっていますの?」
誰かに話し掛けている様で、その実限りなく独り言に近い考察を、唐突に語り始めるディー。
「言った通りの目的なのかもしれないし、それを含めた別の目的もあるのかもしれない。結果として、明確な指針を持たない僕たちも、彼女を理由に決勝を目指さざるを得なくなった」
戦闘が開始されてから常に降り続け、周囲に積もった淡い雪の層が、踏み締める度に独特の音を奏でる中、ディーの独白は続く。
「フレサを利用したのは許せないけど、それは全部が終わった後で話し合えば良い。それに、最初から本当に裏切るつもりだったなら、もっと上手く立ち回っていただろうしね」
「だから、一体何なのですの!?」
不明瞭な言葉の羅列に、とうとうエミリアの感情が爆発した。何一つ意味の理解出来ない言葉を続けられ、憤慨した様子で声を大きくして怒鳴る。
「僕は彼を信じる事にした。ただそれだけの話だよ」
結局、彼女の質問にすらまともに答えないまま、ディーは肩を竦めて会話を打ち切った。
「さて、それじゃあ続けようか」
「くっ、貴方という人は……っ」
杖を向けられ、鼻白むエミリア。自分の魔法が一切届かない相手に向けての攻撃が、再び開始される。
「『巨岩隆起』!」
「おっと」
大地に手を付き、そこから伸びる巨大な岩の錐を、真横に跳んで回避する。
「はっ、はっ、『揺踊魔震』!」
ディーの周囲を回るように走りながら、息を弾ませて放ったのは、指定した一部の地面に干渉し、局地的に大きな揺れを発生させる魔法だ。
「『氷球』」
対するディーは、まるでそれを読んでいたかのように氷の球を一つ浮かべ、片足でその上に乗って地震をやり過ごした。
まるで相手にされていない攻防が虚しく続く中で、彼女の焦りが色濃くなっていく。
「『砂』……っ」
「ねぇ、何でまだ終わってないのよ?」
「えっ!?」
背後から突然知らない声が聞こえ、エミリアは慌てて後ろを振り返った。
そこには、相手のチームと思われるエルフの少女が、不満げな顔でディーに視線を送っていた。
「到着っと。目印でか過ぎだっての」
「遠くからでも見える分、見つけ易くはあったがな」
「そ、そんな……っ」
驚いている内に次々と現れるのは、いずれも敵ばかり。仲間たち全員の敗北を知り、彼女の顔が蒼白になっていく。
「君に勝ち目は無いよ。降参して欲しい」
乗っていた球から降り、ディーは動けないエミリアに向けて降伏を促した。
「だ、誰が……っ」
「そう――『氷魔創造』」
必死に恐怖を隠す彼女の態度に、ディーは杖を振って仕込んでいた魔法を発動させた。
地面に横たわる雪たちの一部が、彼の魔力に反応して即座に凝結し、一枚の結晶となって彼女の前に浮かび上がる。
「こ、れは……っ」
美しくも危うい美しさを放つ、六花の氷刃に目を奪われながら、彼女はようやく蒼の魔道士の策を理解した様子だった。
ディーの魔法によって生み出された雪は、言わば彼の指先に等しい。魔法の触媒として、これ以上制御し易い媒体は無いだろう。
居場所を示す目印として雲を浮かべ、相手の体温を奪って動きを鈍らせる目的で降らせていた雪は、その実彼の武器として、ずっと地面でその出番を待ち受けていたのだ。
「参り……ましたわ」
勢い任せに相手を倒すことしか考えなかった彼女と、たった一つの魔法で何手もの手段を講じたディー。格の違いを思い知らされ、エミリアは喉から搾り出すような声で、己の敗北を認めた。
「ありがとう。君の魔法は凄く真っ直ぐだった。頑張ればきっと優秀な魔道士になれるよ」
魔法を解除し、空に浮かぶ雲まで消失させたディーが、エミリアに向かって満面の笑みを送る。
「……は、はい」
「それじゃあね」
雲の切れ間から光が差し込む中で、蕩けるような美貌を向けられ、少女は心を撃ち抜かれたように呆然とした後、淡く頬を染め上げた。
そんな彼女を放置したまま、ディーは勝負の終わりを待っていた、他の三人と合流する。
「真面目にやるんじゃなかったの?」
「時間稼ぎも立派な策だよ。僕は皆を信じていたからね」
「けっ、自分の手の内を晒さない為にってか?」
「なるほどね。段々とアンタの本性が見えて来たわね」
「あれ? 僕、今良い事言ったと思うんだけど……」
「こんな場面で言われても、誰が素直に受け取るものか」
多勢の援軍によって相手の心を挫き、碌に魔法も使わないまま勝利したディーに向け、周囲から非難の視線が集まった。
「ともかく、次に勝てば決勝だ。こちらと同じく試合を勝ち昇って来た相手だから、油断は禁物だよ」
「アンタにだけは言われたく無いわ」
「同感だ」
「だな」
「もう、一人だけずるして悪かったよ」
三人の頑なな態度に、ディーは困った表情で謝罪した。
完勝を収めた四人は、そのまま和気藹々と話しを続けながら、演習場を後にする。
シロエの武具を担う者たちの名が、また一つ高みへと昇ったというのに、何とも締まらない終わりとなった彼らの第二回戦は、こうして圧倒的な強さを見せ付ける形で幕を閉じた。




