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星屑の鍛冶師  作者: タクミンP
第3章 箱庭の人形劇
20/45

20・去りし闇、残りし影

 あぁ、こいつが走馬灯ってやつか――

 目の前に迫る、どう足掻いても逃げられない死を他人事として見ながら、俺は今までの出来事を振り返っていた。

 一ヶ月前、夜明け前に一瞬だけ土砂降りのあった日。ギラソールから少し離れた、待ち伏せ場所にしている林の中を通る荷馬車を、部下と一緒に襲ったのがそもそもの始まりだ。

 考えていた以上に足止めの罠が上手くはまったっていうのに、通り雨の日のボロ勝ちは碌な事が無いなんてバカなジンクスを、真っ正直に信じてびびる部下共を蹴り飛ばし、道のど真ん中で油断しきってる奴らへと襲い掛かった。

 不意打ちが完璧に決まり、部下を二人失ったものの、護衛を含めた全員をあれだけ楽に殺せたのは、俺たちにしては運が良かった。

 死体を放ったまま、荷台を検めた俺たちは、その中身を見て言葉を失った。

 そこには、俺たちのような底辺の人間には一生掛かっても目に出来ないような、高価な芸術品や様々な魔具が、ごろごろと転がっていたのだ。

 法に触れる品ばかりな所から見て、殺した連中は同業者だったのだろうが、知った事ではない。喜び勇んで全ての品を奪い、死体を馬車毎焼いて証拠を消した後、俺たちはお頭に戦利品を持ち帰った。

 裏のルートで捌けば、二つ三つで遊んで暮らせる額が手に入る品々に、お頭はいたく上機嫌だ。

 その後、お頭は学園の武芸大会と同時に起こる街の祭りに乗じて、手に入れた品を売りに出す事を決めた。

 その金を使って別の街に移り、組織の規模を広げるつもりらしい。この街は学園があるせいで治安が良く、でかくなり過ぎると潰される危険があるからだ。

 俺は組織に対して潮時を感じており、取引が終わり次第、纏まった金を奪って逃げる算段をしていた。

 取引が全て終われば、一人や二人の裏切りなど気にならないほどの金額になるのだ。楽に大金を持ち逃げ出来る好機に、俺の心は決まっていた。

 街が祭りの準備に入った頃から取引を始め、アジトに大量の金貨の山が出来上がるのを見て油断したのだろう。大一番だと聞かされていた商品を、余所者に盗まれる事件が起こってしまった。

 犯人を見つけたと言う部下の一人に先導され、仲間たちと共にふざけた事を仕出かしてくれた犯人を追い掛け、とうとう裏路地の行き止まりまで追い詰める。

 そいつは肩に白猫を乗せた、両腕の無い狼の獣人だった。身体の欠けたみすぼらしい姿に、部下たちと共に失笑してしまう。

 身のほどをわきまえなかった犬コロを、楽に殺す気は無い。散々いたぶった後に、お頭の所に引き摺って首を撥ねるぐらいはしなければ、組織としての面子に関わる。

 そんな事を考えていた時、血の気の多い部下の一人が、ニヤつきながらナイフを片手に獣人へと詰め寄った所で、突然そいつの頭が消え失せた。

 ぐらりと傾ぎ、首から大量の血が噴出した所で、ようやく獣人が攻撃したのだと悟る。


「殺せ!」


 捕らえるには強過ぎると判断した俺の号令に従い、部下たちが各々の武器を構えて、獣人へと襲い掛かった。

 腕に覚えのある様子だが、多勢に無勢な上、更に相手は最初から腕無しのハンデ背負いだ。負ける要素は皆無のはずだった。

 獣人の脚が振るわれ、部下の顔が身体毎跳ね飛ぶ。飛んで来たそいつを見れば、まるで醜巨人トロールにでも踏み潰されたかのように、頭部が原型を留めていない。

 続いて跳躍。回し蹴りの要領で、更に二人の部下が絶命した。

 だが、跳んだのは失敗だ。着地までの間、無防備となった獣人に、別の部下がナイフを突き込む。

 両手が存在しない奴は、防御さえ碌に出来ずに、腹を抉られるはずだった。

 終わったと思ったその瞬間、狼の獣人が空中でいきなり直角に跳ねた(・・・・・・)

 唖然とする部下は、直後に振るわれた蹴りにより、何も理解しないままこの世を去った。

 そこからはもう、ただの悪夢だ。

 獣人は無言のまま、まるで空に地面があるかのように、「空を跳ねる」としか表現の出来ない動きで立ち回り、次々と部下を殺していく。

 路地の壁さえ必要とせず、狭い箱に石を入れ、力の限り振り回したような軌道で、縦横無尽に天地を駆けるその影に、言葉も無く後ずさる。

 自分に、これは何かの悪い夢じゃないのかと問い掛け、現実逃避をしていた時間は、極僅かだっただろう。

 呼吸を忘れたその短時間で、二十人は居ただろう俺の部下たちは、あっさりと皆殺しにされていた。


「指示を出した後、最後まで仕掛けて来なかった所を見ると、君は指揮官的な役割なのかな?」


 突然声を掛けられ、そちらを慌てて振り仰げば、何時の間にか獣人の肩から離れていた白猫が、塀の上からこちらを見下ろしていた。

 次元の違う強さの獣人に、人間の言葉を喋る猫。もう訳が解らなかった。


「う、うぁ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 腹の底から大声を出し、恥も外聞もかなぐり捨てて、逃げの一手を取る。

 こんな化け物共を相手にしては、命が幾つあっても足りない。

 お頭に――いや、もう良い。今すぐこの街から逃げ出さなければ、目の前の部下たちのように殺されてしまう。

 焦りながら振り返り、路地を走り抜けようとした矢先、いきなり見えない壁に阻まれ、何故かその先に進めない。


「な、なんだ!? くそっ、くそぉっ!」


 不可視の壁を、両腕を使って何度も叩く。向こう側は見えるのに、その壁は揺るいだ気配もしなかった。

 しばらくそうした後、両手から伝わる冷たさを感じ、唐突に見えない壁の正体を理解する。


「……氷?」

「ご名答だよ」

「ひぃっ!?」


 足下から鈴を転がす声が聞こえ、顔を引きつらせながら腰の曲刀で薙ぎ払う。しかしそこには何もおらず、振り切った右腕の上へと、あの白猫が飛び乗って来た。


「くっ――ぎゃぁっ!?」


 反射的に伸ばした左手が、猫の胴体を掴んだ直後、突然炎にでも突っ込んだように激痛が走った。

 慌てて引いた手の平を見れば、そこには肌に霜が張り付き、酷い凍傷を起こしていた。

 熱は熱でも真逆の熱――白猫から起こる極寒の冷気は、瞬く間に右腕を凍らせ、全身へと這い上がる。


「あ、あぁ、あぁぁ……っ」

「死んだ直後なら記憶は読めるから、安心して眠ると良い。どうか永久とこしえ悪夢ゆめを――」


 最早命乞いをする余裕さえ無く、ただガキのように泣きじゃくるしか出来ない俺に、白猫は最後にそんな事を言っていた。

 氷に閉ざされえる直前に俺が思ったのは、白猫への恐怖でも、判断を間違えた後悔でもなく、ただの下らない戯言だった。

 誰だよ、通り雨の日のボロ勝ちは碌な事が無いなんてジンクス言い出したのは――本当に、その通りじゃねぇかよ――







 月灯りが照らす真夜中の時間帯。

 その場所は、正しく惨劇の場だった。


「ったく、めでたい祭りだってのに、好き勝手やってくれやがるっ」


 魔道士たちが発する明かりを頼りに、折り重なって地に横たわるものたちを見下ろしながら、レニオラがたてがみのような髪の毛を逆立て、不機嫌さを隠そうともせずに吐き捨てる。


「酷い……」


 レニオラの隣で、アイリーンが口元を押さえながら、喉の奥から込み上げてくる衝動に耐えていた。


「余り見るなよ。血を見慣れてないお前じゃ、傷になるぞ」


 肉食系の獣人であるレニオラは、動物を生で食べた事もあるので耐性を持っているが、アイリーンは人間である上に、実はそこそこのお嬢様だ。このような陰惨な光景を直視すれば、トラウマになってもおかしくは無い。


「ううん……警備委員の一員として、ちゃんと現場は見ておかないと」


 青ざめた表情のまま、それでも健気に首を振るアイリーン。

 本日の大会が一段落し、街の衛兵と合同で警邏を行っていた彼女たちは、市民の通報を受けて裏路地の一角へと赴いていた。

 辺り一面に、足の踏み場も無いほどの血溜まりが溢れ返り、倒れている死体の数々も、ある者はありえない方向に身体を曲げ、またある者は頭のサイズを半分以下に潰されるなど、惨たらしい死に様を見せ付けている。

 鼻の効く獣人にとっては、耐え難いほどの血風が充満し、それがレニオラの機嫌を更に悪化させていた。

 格闘を主体とする彼女だからこそ解る。殺し方に拘りでもあるのか、単なる余興か、この場に転がる者たちを葬ったのは、攻撃の軌道や力の掛かり方から見て、蹴り技の一択。しかもその全てが一撃で仕留められていた。

 敵も当然、それなりに心力で肉体や武具を強化していただろうに、まるで粘土細工を扱うような容易さで捻じ曲げ、圧し折り、叩き潰しているのだ。


「……化け物が」


 自分では到底不可能だと思わせる、技の切れと威力を見せ付けられ、更に悪態が漏れた。


「報告します」


 衛兵に混じって検分を行っていた、警備委員の男子生徒がレニオラへと走りより、羊皮紙を乗せた板に目を落としながら、集めた情報を報告する。


「目撃者はおらず、犯人は不明。一つだけあった凍死体を調べた所、この街の犯罪者ギルド「茨の旅団」の構成員だと判明しました。恐らくここにある死体のほとんどが、その組織に属していた者たちだと思われます」


 ギルドとは、目的を持った集団の意味を指し、公式、非公式に関わらず、今回の者たちのように、組織に名を持つ集団は一ようにギルド扱いとなる。


「捕らえた幹部からの情報では、どうやら今回の祭りに乗じた大規模な違法取引を企んでいた模様。街に持ち込んだ物品は、「服従の輪」、「不和の果実」、「美人魚セイレーンの涙」など、既に幾つかの取引が終了しているそうです。そして――」


 そこで言い辛そうに言葉を切り、生徒は沈んだ面持ちで続きを読み上げた。


「――曖昧な情報ですが、組織が用意して奪われた品の中に、どうやら「魔王の肉芽」が含まれていた可能性があります」

「えぇ!? それ、本当なの!?」


 生徒の言葉を聞き、アイリーンがぎょっとした表情でその顔を凝視する。

 「魔王の肉芽」とは、百年戦争時代の遺物であり、その名の通り魔王の名を冠する七体の悪魔が、その力を他者に分け与える為に、己の身を分けた一片だとされている。

 触れた生物の体内に潜り込み、絶大な力と引き換えに破壊と殺戮の衝動を強制する邪悪な代物で、北の山に散り、土地一帯の風土を一変させた悪魔が、語られる魔王の一体だという事実を知れば、その脅威のほどを理解出来るだろう。


「今、魔道士たちが探知魔法で探っていますが、反応は芳しくありません。街から移動したのか、それとももう、誰かの体内に入ってしまったのか……」

「もし後者だったとしたら、この街はとっくに戦場に変わってるよ、クソッタレ」


 段々と俯いていく男子生徒に対し、レニオラが苛立たしげな口調で否定を被せた。

 天候そのものさえ塗り替える馬鹿げた力の塊を、一介の固体がその身に宿した時点で、結果など決まっている。余程の適合者か高位の悪魔《同類》でもなければ、制御など出来る訳も無い。

 本能の赴くままに破壊を振り撒き、やがては己自身さえ崩壊させる、災厄の種子なのだから。


「報告は以上です」

「ご苦労様。引き続き、情報を集めてくれる?」

「はっ」


 レニオラに頭を下げる生徒に、アイリーンが横から指示を出し、その後少し考える仕草をする。


「組織が所有してた危険な魔具や違法品なんかも、犯人に持ち逃げされた可能性が高いでしょうね。犯人の規模にもよるけど、闇から闇へ移っただけかもしれないわ」

「だろうな」


 この都市に根を張り、街の衛兵相手に小競り合いを続けていた犯罪組織が、たった一夜にして壊滅した。その事実は確かに喜ばしい事であるはずなのに、目の前の光景を見せられては、素直に頷く事は出来なかった。


「遅れました」


 先程とは別の生徒が、路地の入り口から駆け込んで来る。

 今回の騒動は、この場だけでなく、幾つか別の箇所でも発生していた。彼は、その現場の一つに置いて向かわせていた生徒だった。


「「茨の旅団」のアジトと思われる数箇所でも、大量の死体と同様の文字が発見されています。死体の中に一体だけ棟死体がある事も共通しており、同一犯の犯行と見てまず間違い無いそうです」


 ちらりと壁の一箇所に視線を送り、生徒はそう報告する。

 そこには、被害者たちの血で書かれただろう一文が、赤々と一面に塗りたくられていた。


 灰は灰に、塵は塵に、あるべきものは、あるべき場所に――


 読み手によって、どうとでも解釈の出来る文章に、それを見ている周囲も困惑顔だ。

 組織の持ち込んだ品が目的なら、それだけを奪って逃げれば良いはずだ。皆殺しにする必要性など何処にも無い。

 だが、犯人はそれを行った。街の誰にも気付かれないまま、静かに、そして素早く、この悪魔の所業をなしたのだ。

 誰かに対してこのメッセージを書いたのならば、見せしめと考えられなくも無い。だが、では誰に、と問い掛けた所で、不明瞭な現場だけでは、明確な答えは導き出せそうに無かった。


「ゴミ掃除でもしたつもりかよ。胸糞わりぃ」


 苦虫を噛み潰し、低い声で唸るレニオラ。その声音は、真意の読めない犯人の行いに対する、強い不快感に満ちていた。


「学園側は、警戒しつつ大会を続行。街側は警備と見回りを強化して、今回の件は祭りが終わるまで外部には伏せておくとの事です」

「了解……お前ら、聞いての通りだ。間違っても口滑らせんじゃねぇぞ」

「「「はいっ」」」


 レニオラが周囲を見渡せば、近くに居た警備委員の全員が、一糸乱れぬ返事と共に首肯する。

 府に落ちない点はあるが、自分たちの仕事はあくまで治安維持だ。犯人探しばかりに力を入れる訳にもいかない。

 結局、夜明け前まで続けられた検分は、犯人に繋がる有益な情報を得るには至らなかった。

 調査員の関心は、次第に終了している取引へと移り、受け取った者や、取引された物品に対する調査へと移行されていく。

 祭りに浮かれるギラソールの街に起こった陰惨極まりないこの事件は、こうして一目に触れる事無く静かに幕を閉じた。







 一夜明け、校舎の間にある何時もの一角で待っていたメンバーに、最後に到着したデジーが走り寄った。


「駄目っす。フレサさん、昨日は寮の自室にも戻ってないそうっす」


 その場に居る全員から視線を向けられ、大きく首を振るデジー。

 結局あの後、フレサは試合が終了しても学園には戻って来なかった。演習場は学園を挟んだ街の外に広がっている為、そちらから抜け出されたとなれば、発見するのは難しかった。


「あぁ? それって問題になんねぇのかよ」

「門限を過ぎるまで街で遊んで、そのまま外泊する生徒は少なくないらしいんっすよ。こういう学園行事なんかじゃ、授業も無くて街も活気付くから余計にっすね」


 レオの質問に、困り顔で答えを返す。

 学園としては、真面目に授業を受けて試験にさえ合格すれば、世間に迷惑を掛けない限り生徒の自主性を尊重する立ち位置を取っている。

 遊び呆けて試験に落ちれば、そのまま退学にする事が出来るので、余程優秀な者でない限りわざわざ生活を指導する必要が無いのだ。


「アタシも、相部屋の空気が最悪だから、今は仕事場で寝泊りしてるし。学園に不利益が無ければ、外泊自体には寛容なんじゃない?」


 長椅子に座るメルセが、私生活の一部を明かす。メルセに限らず、相部屋の住人と相性が悪かったり、独りで寝泊りしたい生徒は、自主的に外の宿屋や仕事先に泊まっている場合が意外と多い。


「そういや、お前の仕事先って知らねぇな」

「今聞く事? 冷やかしに来るのが解ってて、教える訳無いでしょ」


 顔を向けて来るレオに、メルセは大きく舌を出して拒否を示す。


「デジー」


 二人の会話を聞いていたディーの右手から、二枚の銅貨が跳ね、デジーの手の平へと落ちた。


「西門近くにある「白斧亭しろおのてい」っす。人間の旦那さんと、牛の獣人の奥さん夫婦が営んでる店で、主に人間以外の種族が客層っすね。一階が酒場兼食堂、二階が宿屋の造りになってて、食堂のおすすめは――」

「ア・ン・タ・ら・はぁっ!」


 硬貨を握り、すらすらと秘密にした情報を吐くデジーを睨み、メルセは真っ赤になって立ち上がった。右の拳を振り上げながら、口の軽い細目の少年へと大股で歩み寄る。


「ちょ、ちょっと待って欲しいっす。オイラは商人として、情報を適正価格で売ってるだけで……痛いっす!」

「同罪よ!」


 言い訳無用とばかりに、その頭に拳骨を振り下ろされ、涙目で蹲るデジー。


「空気が和んだ所で、話を戻そうか――おっと」


 続いて振るわれる二度目の拳を、ディーは首を捻って回避した。


「避けるな!」

「話を続けたいんだけど」

「アンタが原因でしょうが!」


 事の発端であるはずなのに、何故か迷惑そうな顔をする蒼の少年に、メルセの怒りが更に上昇する。


「落ち着け、メルセティア。今はフレサの件の方が重要だ」

「……っ」


 しかし、傍観していたシルヴィアからの言葉を聞けば、矛を収めざるを得ない。確かに今話題にすべきは、暴かれた秘密への制裁ではなく、助けるべきあの娘の話でなければならないからだ。

 もう一度振るった拳を軽くかわされ、メルセは再び元の位置へと戻った。


「学園に確認を取ったけど、フレサは今、クリストファーのチームとして正式に登録されてるみたい」

「我々に対する挑戦状と言う訳か」

「だろうね」


 わざわざ、こちらの仲間であるフレサを連れ、彼女の杖を他人が使って見せるほどの手の込み様だ。それ以外の理由は無いだろう。


「彼女が何らかの形で、クリストファーたちに脅されたのは確実だと思う。話を聞こうにも、大会中の別チーム同士の接触は禁止事項だけど」

「棄権すれば良いじゃない。大会に拘ってる奴何て、この中には居ないでしょ」


 口をへの字に結んだまま、メルセが頬杖を付いて言葉を挟んだ。

 相手の目的が何であれ、バカ正直に叶えてやる義理も無い。自分たちが狙いなら、それを潰せばフレサを連れる理由は無くなるはずだ。


「オイラとしては、噂を撒いた手前皆さんに優勝して欲しいっすね」

「アンタは黙ってなさい!」


 片手を上げて、暢気に場違いな発言をするデジーを、メルセが大鬼オーガの如き形相で一喝する。


「クリストファーの望みは、僕と正式な試合で勝敗を決める事だ。フレサの所在が解らない今、下手に相手を刺激する手段は取れないよ」


 ディーは軽く首を振り、メルセの発言を否定した。

 確かに自分たちが棄権すれば、相手の希望を挫く事は出来る。だが、出来たからといって、フレサが開放される保障は何処にも無いのだ。

 思い通りに行かない展開に激昂した彼らが、彼女に対し無体をはたらかないとも限らない。


「てか、何でフレサの杖を別の奴が使えてんだよ?」


 レオたちの試合と同じように、たった一人の独壇場として終了したあの試合で、クリストファーはフレサに送られた杖を、まるで我が物のように使用していた。

 人を丸呑みに出来るほどの大きな火球。溶炎大蛇ラーヴァワームを髣髴とさせる巨躯で生み出された、炎の蛇。

 圧倒的な火力で対戦相手を丸焼きにした紫紺の杖は、本来彼の持ち物では無かったはずなのだ。


「多分だけど、魔晶石が再調整されてるんじゃないかな。あの杖はフレサに合わせて作ったから、普通に使っても、他の人じゃ魔力の収束も出来ないだろうし」


 その場面を直接見た訳ではないので、シロエは少々自信無さ気に自分の推測を述べた。

 シロエの武具は、基本的に使用者に特化した形で、非常に繊細な調整が施されている。特に魔具に関しては、担い手以外の魔力では反応すらしないほどだ。

 それを他人が使用していたという事は、シロエの調整に誰かが手を加えた証拠に他ならない。

 魔晶石の調整は、専用の場所と道具、後は時間さえあれば魔具師にとって比較的容易な作業だ。最も、作業が容易なだけであって、別の使用者の為に調整し直すのは、かなり高度な技術を要する為、基本的に誰も行わない。


「あのぉ……それに関してっすけど、一つ嫌な話が入ってるっす」


 再びメルセに睨まれながら、それでもおずおずと手を上げるデジー。


「どうも、クリストファーさんとアルベールさんが、大会前に手を組んでるらしいんっすよ」

「アルベールって言やぁ、シロエに手ぇ出しだバカ野郎じゃねぇか」

「あの男、まだ懲りていなかったのか……っ」


 シロエに妨害を仕掛け、シルヴィアによって一度は退けたはずの男の影を聞き、それぞれの表情が異なる意味で歪む。

 成績は優秀なアルベールならば、確かに他人の魔晶石に手を加える事が出来るかもしれない。


「なるほど。二人の目的は、ある程度一致している訳だ」


 クリストファーはディーに、アルベールはシロエとシルヴィアに。力を示すという点では、二人にとってこのチームは共通の敵なのだ。

 シロエの作った武具を流用したのは、自分の方が優れた調整を行えるという、幼稚なプライドを誇示する為だろう。


「どうするよ」

「二人の望みを叶えてあげるのが、フレサにとっては一番安全な方法だと思う。クリストファーたちとの試合になれば、確実に彼女をメンバーとして入れて来るはずだよ。その時が彼女を救い出すチャンスだ」


 あれだけ露骨な挑発だったのだ。彼女が自分たちにぶら下げられた、招待状兼賞品として彼らに囲われているのは明白だった。


「だとすれば、当たるのは決勝戦か。後二戦――負けられない理由が出来てしまったな」

「その間は放っておくの?」


 志気を高めるシルヴィアとは違い、メルセはディーの案に不満を感じている声音だ。出来る事なら今すぐ助け出したいと、言外に語っている。


「今はその方がベターだね。見た限りだけど、彼女の顔にも服の下にも、傷を負った様子は無かった。クリストファーたちを信用する訳じゃないけど、人質であるフレサに、直接的な暴力を振るう可能性は高くないはずだよ」

「そう……」

「勿論、デジーにはこれから彼女の居場所を秘密裏に探して貰うし、目に見える変化が起これば、試合を放棄して全力で助けに行く。今は、それで納得して貰えないかな?」


 心配する気持ちは同じだが、だからこそ、軽はずみな行動は控えて貰わなければならなかった。

 学園に真相を告げようと、クリストファーたちの家柄からいって、もみ消されるのが落ちだろう。

 さりとて無駄に刺激して、彼らの警戒心を煽ってしまえば、例え軟禁先を突き止めたとしても、手が出せない状況まで守りを固められてる可能性が起きてしまう。

 臨機応変な対応が取れるよう、相手に油断してて貰う為にも、こちらは無害を装う必要があるのだ。


「解ってる。事を大きくし過ぎれば、自棄になったアイツらが、あの子に何しでかすか解ったもんじゃないって事ぐらい」


 今回最も優先すべきは、奪還の早さではなく彼女の安全だ。

 自分たちの我侭を通す為に、女の子一人を無理やり従わせるような連中である。彼女が相手の手元にある内に追い詰めてしまうと、最悪の場合彼女が口封じされる危険性すら起こりかねない。

 フレサを守るという条件は、既に失敗していると言って良い。だからこそ、彼女を助け出すのは当然として、なるべく無傷で奪い返す事も、レオたちが考える救出条件の一つとなっていた。


「んじゃま、とりあえずは次の試合だな。そろそろ行こうぜ」


 今後の方針が決まった所で、レオは自分の右膝を叩いて立ち上がった。チームのメンバーたちも、試合の準備を行う為に移動を開始する。


「皆……頑張ってね!」


 応援する事しか出来ないシロエは、不安そうな表情で両手を組み、精一杯の声でレオたちを送り出す。


「おうよ!」

「大丈夫だ。まかせておけ」


 そんな儚げな声援に、レオは首だけ振り向いて親指を立て、シルヴィアはシロエの傍を通り過ぎながら、その頭を軽く撫でて立ち去って行く。


「今回は、抜け駆け無しだぞ」

「ダチが懸かってんだ。んな事するかよ」

「どうだかな」


 軽い調子で片手を振るレオに、シルヴィアは半信半疑のジト目を向けている。


「ここからは、真面目にいこうか」

「どの口が言うのよ。白々しいったら無いわね」


 その隣では、肩を竦めるディーにメルセの鋭い眼力が刺さっていた。

 言葉にせずとも、お互いの思いは重なっている。すなわち、フレサの闇を気付いてやれなかった後悔と、クリストファーたちに対する強く静かな怒りだ。

 その持て余した感情を発散させる相手が、労せずして手に入るのは、果たして幸か不幸か。

 目標が新たに加わった闘技大会。その第二回戦が、間もなく始まろうとしていた。

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