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星屑の鍛冶師  作者: タクミンP
第3章 箱庭の人形劇
17/45

17・赤い暴君

 試合開始の合図である二つの炸裂音が、演習場の平原と森の上空で響き渡った。


「おっ先ぃ!」


 それに合わせ、赤髪の少年が相手チームの開始地点である森へと向けて、全速力で走り出す。肉体は既に心力によって限界まで強化されており、一身矢となって風を置き去りにしながら駆け抜けていく。


「待て、レオン!」


 シルヴィアの制止を振り切り、レオはたった一人で敵チームの居るであろう森へと消えて行った。


「あの馬鹿者! 連携すら取らないつもりか!?」

「行かせてあげて。シロエの件とかで、色々と溜まってたみたいだから」


 憤るシルヴィアの横から、ディーが彼の消えた方角に目をやりながら、何時もと変わらぬ調子でフォローを入れた。

 その落ち着き振りを見る限り、どうやらある程度の予想はしていたらしい。


「だが――っ」

「メルセも追ってる。心配は無いよ」


 尚も言い募ろうとするが機先を制され、言われて周囲を確認すれば、確かにメルセの姿も無い。激昂していたその一瞬で、レオの後を追ったようだ。


「レオは時々、僕たちを置いて平気で無茶な行動を取ったりするけど、戦場で仲間を省みず遊ぶほど、不真面目な性格では無いよ。それは信じてあげて欲しい」

「……解った」

「ありがとう」


 納得したとは言い難い表情で、それでも何とか頷くシルヴィア。そんな彼女に向けて、ディーは苦笑と共に礼を送った。


「一回戦の相手は、デジーに集めて貰った情報だと大した事はなさそうだったよ。ひょっとしたら、二人だけで十分片が付くかもしれないね」

「何だと!?」


 しかし、追加の説明を聞いた彼女は、即座に態度を一変させてしまう。


「それでは、私の手柄が無くなるではないか!」


 折角の晴れ舞台。シロエの作った武具という、これ以上無い装備を手にしていながら、このままでは彼一人にそれを振るう場を独占されてしまいかねない。


「急ぐぞ!」

「着いた頃には、もう終わってるかもしれないね」


 さして活躍に興味の無いディーは、慌てて走り出すシルヴィアの背後を追従しながら、一人だけ暢気に状況を達観していた。







「ついてないな。いきなり初戦から、三人も二つ名持ちの居るチームに当たるとは」


 森の中腹で、試合開始を把握したラギウスが低迷する気分を隠そうともせず溜息混じりにそう呟いた。俯いた拍子に、散髪する機会を逃し中途半端に伸びた赤茶の髪が横顔を覆っていく。

 碌に話した事も無い相手から誘いを受け安い日銭に釣られて参加してはみたものの、実技の授業を受講していない自惚れ屋の魔道士ばかりが集められていると知った時は、乾いた笑いを出すしかなかった。

 ラギウスを誘ったのも、実力や成績云々の問題ではなく単に自分たちと得意な属性の被らない事が理由だったらしい。


「「ソード」なんて、魔道の才能に見放された連中の溜まり場じゃないか。警戒すべきは「氷雷」一人だけ、後は弓にさえ注意していれば僕たちに負ける要素はないさ」


 気だるげな彼をメンバーに入れた張本人である貴族のジェラルドが、明らかに動き辛いだろう金糸や装飾をふんだん使ったそれだけで家が建ちそうなほど豪奢な衣装に身を包み、何故それほどの確信が持てるのか全く理解出来ない自信に満ちた発言をする。


「そうそう。こっちには魔道士が四人も居るんだから、遠距離から一方的に魔法を撃って終わりよ」

「開始場所も、待ち伏せの出来る森からなんだ。先制攻撃で相手の魔道士を脱落させて、後はゆっくりと遊んでやれば良い」

「……そうか」


 名前と属性だけしか知らない残った仲間の男女も、ジェラルドの言葉に疑問すら抱いていなかった。

 魔道士を名乗る者のほとんどは、魔法に関する知識を得る為の勉学が主となるので身体を鍛えている者は少ない。

 外に出ない引き篭もりばかりなので、生命力の延長たる心力を扱う者たちの本当の恐ろしさを身近で見る機会がないのだ。

 一度でもまともな武芸者と戦えば解る。こちらの魔法を高速で回避する運動能力。殺傷力の低い魔法によっては、何発も耐えてのける防御力。拳を食らえば、身体を突き抜けるかと錯覚するほどの腕力。

 そして、その脅威は格上になればなるほど際限なく倍増していく。

 実技の授業で担当の教師にただの木剣を使って鉄の兜をかち割る実演を見せられた時、戦いに身を置く仕事だけは絶対に就くまいと、ラギウスは心に深く刻んだものだ。

 そして残念な事に、今回の対戦相手は二つ名持ちという自分たちよりも確実に実力が上の者たちが集ったチームだった。正直可能ならば、今すぐにでも降参して終わりにしたいというのがラギウスの本音だ。


「(解ってはいたが、これは負けたな)」


 碌にケンカの経験もない癖に相手を舐めきった今の態度といい、これでは一分の勝ち目も無いだろう。

 自分に出来る事は、精々出来得る限り試合の時間を引き延ばす程度が関の山かと、ラギウスの心境は諦めの境地へと達している。

 見上げた視界に映る鬱蒼と茂った枝葉に光を閉ざされた天井の光景が、まるで今の彼の心根を物語っているかのように思えて仕方がなかった。

 そうして、何気なく空を見上げ続けた彼の目に何時からか木々の隙間の奥で、小さな影が浮かび上がった。

 最初は見間違いかと目を凝らし、徐々に近付いてきているらしいその影が次第になにかの輪郭を持ち始めた時、ラギウスの全身に悪寒が走る。


「上だ!」


 次の瞬間、彼は弾かれるように懐から杖を引き出し仲間たちへと向け大声で敵襲を告げていた。


「は?――ぐぼっ!?」


 警告虚しく、空から高速で落下した誰かの平手が名前だけ知る男の顔面へと容赦なく突き刺さった。

 振り切られた腕の衝撃に連動し、彼は圧し折られた歯を何本も宙へと舞わせながら地面を盛大に転がっていく。


「ちぃっ!」


 期待など欠片もしていなかったが、口先であれだけ粋がっておきながら何の抵抗も示さず脱落した身内に思わず舌打ちが漏れる。

 貧弱な魔道士故に、怪我の度合いなどよりも生死の境が気になる吹き飛び方だが、生憎仲間の安否を気遣っている暇はない。


「『風刃ウィンドカッター』!」


 ラギウスが牽制として放った風の刃はあっさりとかわされてしまうが、それも彼の想定の範囲内。


「今だ、囲め! 『風連弾ガストバレット』!」

「……お前ら、どんだけ油断してんだよ」


 牽制を続けながら、的確に指示を出すにラギウスに従いようやく動き始めた魔道士たちを見回す赤髪の少年は、その中心へと囲い込まれながらも余裕の表情で呆れ声を出していた。

 当然、連続で撃ち出されている風の弾丸も彼には届いてはいない。当たりそうなものだけを手馴れた動作で回避され、或いは両手に装着した金色の手甲で弾かれる。

 先程の刃といい、風を使った不可視の攻撃だというのにまるでそれらが見えているかのような対応だ。

 多勢を前にしながら欠片も恐れを見せず、普段通りといった調子で絶技をこなす少年が、平凡な魔道士の目には途方もなく恐ろしい存在に思えてしまう。

 開始の合図から、そう大した時間は経っていない。両チームの開始地点は、ラギウスが後先全く考えず全ての魔力を使い切る勢いで移動したとしても、到着するまでに軽く三倍以上は時間の掛かる距離が離れていたはずだ。

 そんな長距離を短時間で走破しただけでなく、更には息切れ一つすらしていない。恐らく、その行動で消費した心力も彼にとっては戦闘に支障のないような軽いものでしかないのだろう。


「(これが、二つ名持ちの本気という訳かっ)」


 戦慄に身が竦みそうになるのを、ラギウスは音を立てて奥歯を噛み締め心の奥へと無理やり押し込めた。

 彼の知っている顔だった。実技の授業で、何度かその戦い振りを見掛けた事がある。

 つまらなそうに木剣を振るうその姿が全力などとは思っていなかったが、まさかここまで格の違う強さだったとは想像以上にもほどがある。

 だが、今更考えの甘さに対しラギウスが反省をしている時間はなかった。

 すでに彼の側は、仲間が一人やられているのだ。せめて敵の増援が到着する前に僅かでもダメージを与えておかないと、割が合わない。


「ふん、功に焦って単騎で来るなど、矢張り田舎者は学のない!」

「……っ、リーリン!」


 未だ現実が見えていない能天気なジェラルドに辟易しながら、ラギウスはもう一人の少女へと声を掛ける。


「解ってる! 『炎旋風ファイアストーム』!」


 名前を呼ばれただけで彼の願いを読み取ってくれた少女が、紅玉を付けた杖の先端から激しい炎の螺旋を放出させた。

 彼女の得意属性は火。原始の恐怖を呼び起こす、戦闘において最も効果的な威嚇手段だ。

 手甲で防ぐ事も不可能な高熱の自然現象を前にすれば、敵の少年は回避を選択せざるを得ない。

 左右のどちらに避けても続けて魔法を放てる位置に立ち、ラギウスは相手の動作を見逃すまいと集中する。

 だがしかし、そんな彼の予想に反し少年は誰もが目を疑ってしまうだろう無茶苦茶な手段を講じてきた。


「へっ」

「なっ!? バカ、やめろ!」


 なんと、迫り来る業火の渦に対しその少年は小さく一笑すると、手甲を付けた両腕を眼前に置いた状態でその渦の中心へ向け全力で突っ込んだのだ。

 幾ら心力で強化しようと、生身が生身である事に変わりは無い。なんの防御もなく炎に包まれるなど、ただの自殺行為以外の何ものでもなかった。


「そんな、わ、私……っ」


 自らの生み出した火炎に飲まれた少年を見て、少女が呆然と声漏らす。

 当然だろう。相手を殺す覚悟もなかったというのに、訳も解らず殺人者の烙印を押し付けられたのだ。

 顔面を蒼白にさせ、その全身が恐怖によって震えだす。強烈な罪悪感により、心が押し潰されかけているのが解る。

 しかし、それでも彼らは何も理解していなかった。

 次元の違う者を相手にした場合、下位の者が考える常識などなんの役にも立たないという事を。


「早く魔法を解け!」

「う、うんっ――え?」


 即座にラギウスが解除の指示を出し、彼女がそれに慌てて頷いたその時――燃え盛る火炎の中から突如として出現した一本の腕が、その先にある彼女の腹部を打ち抜いた。


「ぐぅっ!? ぅ――」


 強烈な一撃を食らい、その場に崩れ落ちる少女。術者である彼女が意識を手放した事で、その魔力を糧に生み出された炎が消滅していく。

 その中から、猛火を浴びせられたはずの少年が火傷の跡すら見受けられない五体満足のままで姿を現した。


「――おいおい。ディーが止めねぇから楽勝だとは思ってたんだが……まさか、剣を抜くまでもねぇとはな」


 殴った片腕で少女を支えながらぼやき、ラギウスが昔遠目で見た事のある至極つまらなそうな表情で頭を掻いている。


「貴様……今、何をしたんだ?」

「あ? あんなへなちょこ、避けるまでもねぇだけだよ」


 掠れた声で問い掛けるジェラルドの言葉に、赤毛の少年は手に持つ少女を地面に降ろしながら事もなげに言い放つ。

 何故無事なのか、一体何をしたのか。まるで訳が解からない。


「う、嘘だ……」


 己の常識を覆され、魔道士としてのプライドを打ち砕かれた貴族の少年は驚愕に目を見開きながら、本能的な身の危険を感じて無意識に後ずさっていた。

 最早まともに戦える者がラギウス一人となった中で、彼はゆっくりと杖に魔力を込めながら慎重に攻撃の機会を伺う。


「(最後の意地だ。せめて、ネタばらしぐらいはさせてもらうぞっ)」


 崖っぷちまで追い込まれた事で、やる気のなかった彼もようやく腹が据わっていた。

 大会に参加した証を残し、そして好き勝手にされた相手に一矢報いる為に、目の前で起こった光景を冷静に考察する。

 地面に残る炎の形を見る限り、彼女の放った螺旋の火炎は赤毛の少年が進んだ道を焼いていない。

 彼は、あの炎を生身で耐えていた訳ではない。恐らく、なんらかの手段を講じて軌道を逸らしその熱を別の場所に逃がしていたに過ぎないのだ。


「『土魔創造アースクリエイト』!」


 意気込むラギウスに先んじて、恐怖に飲まれたジェラルドの魔法が発動した。近くの地面が隆起し、飛び出した土が徐々に何かの形を取り始める。

 創造した物体を自在に操る魔法だが、その完成を相手が悠長に待ってくれる道理など戦場では欠片も存在しない。


「ふんっ!」


 対戦相手の少年が一足飛びから右の拳を繰り出し、不出来な土塊を一撃で叩き潰す。それなりの密度を持つ土と石の塊りは、その少年にとって菓子細工程度の柔らかさしか持っていないらしい。


「なんかおかしいと思ったら、そっちの奴以外はただの素人かよ。敵が目の前に居る状況で時間の掛かる魔法を使うなんざ、ただのバカじゃねぇか」

「え……あ……」


 目の前でその鋭い双眸に頭上から射抜かれ、ジェラルドは溺れる魚の如く口を開閉させてその場で怯える事しか出来ていない。

 仲間を巻き込む訳にもいかず、杖を構えたまま両者の動きを見守るラギウス。今の動き一つ見ても、そうでもしなければ自分の魔法など当たりそうにもないのだが――流石にそれを実行するだけの気概は、彼にはなかった。


「知ってるか? お前みたいな奴の事をよ、どっかじゃ「井戸で生まれたおたまじゃくし」って言うらしいぜ」

「ひっ――がっ!?」


 少年の口元が三日月の形に歪みその圧力に耐え切れず逃げ出したジェラルドだったが、彼が背を向けた直後突然悲鳴を上げて真横へと弾かれた。

 側頭部に強い衝撃を受けたように見える吹き飛び方で地面に落ち、そのままぴくりとも動かない。


「――アンタ、今わざとソイツを逃がそうとしてたでしょ」


 声の方向に振り仰げば、何時からそこに居たのか近くの木の枝に立ちラギウスたちを見下ろしながら不思議な形状の弓を構えたエルフの少女の姿があった。その冷たい瞳は、敵であるラギウスではなく同じチームである赤毛の少年を見据えている。

 彼女を目にすると同時に、ラギウスの中にあった戦意が急速に萎んでいく。一対一でも相手にならないというのに、援軍が到着してしまっては戦闘と呼べるものさえ起こす事は不可能だからだ。

 結局、彼は横たわる三人と同じく何も行動を起こせぬままに敗北したのだと納得させられてしまう。


「別にいいじゃねぇか。ちょっとくらい遊んでもよ」

「……お願い。アタシの前で、そういう事しないで」


 気楽な調子で見上げる少年に、眉を寄せて怒りと悲しみが入り混じった声で懇願するエルフの少女。自身も虐められた経験でもあるのだろうか、その表情は酷く硬い。


「……あー、悪ぃ」


 少年は軽く(いぶか)しんだ後何か合点がいったのか、罰が悪そうに頭を掻きながら視線を逸らして謝罪の言葉を口にした。


「ううん。アタシの方こそ我侭言って……ゴメン」

「今のはオレが悪かったって。調子に乗ってた」

「……うん」


 お互いが気まずそうに謝罪を繰り返した後沈黙し、居心地の悪い雰囲気が辺りに漂いだす。

 一切事情が把握出来ず、完全に蚊帳の外に置かれたまましかし身動きの取れないラギウスは、今すぐにでもこの場から立ち去りたい気持ちで一杯だった。


「――邪魔だ!」


 そんな微妙になった空気の中へ向けて、揺らめく炎の後ろから大声の一喝が響く。その直後、地面を舐めていた灯火たちが強烈な烈風によって吹き散らされた。


「くそっ、もう終わっているではないか!」

「危ないね。森の中で、範囲の広い火の魔法を使うなんて――『氷操球フロストビット』」


 強風の後に現れた、一組の男女の反応は対照的だ。

 片や、素早く周囲を見渡して試合の決着が着いている事に歯軋りしだす金髪の女騎士。

 もう片方の少年は、試合の内容よりも森の惨状が気になったらしく手に持つ杖から次々生み出しては黒煙の上がっている場所へと放ち、消火活動へと勤しみ出す。


「私の相手は残っていないのか!?」

「一人居るわよ」

「そういや居たな」


 激昂する騎士の少女の問いにエルフの少女と赤毛の少年が答えると、全員の視線が一斉にラギウスへと向けられた。

 ようやくの出番で恐縮だが、生憎彼はこの状況で化け物四人に挑めるほどの胆力を持ち合わせてはいない。


「勝ち目もないのに挑む気はない。降参だ」


 両手を上げて赤茶髪の少年が宣言すれば、それで試合は終了だ。後は審判の誘導に従い、この場を後にするだけ。

 意地やプライドに命を張れるほど、ラギウスという少年は熱血でも自殺願望者でもなかった。


「軟弱な。男なら、誇りを胸に潔く散るべきだろう。いいから前に出て、私の手柄となるが良い」


 だというのに、騎士の少女は抜き身の剣を片手に最後の一人となったラギウスへと向かって来る。明らかに本気の声音で、表情にも冗談の類は一切含まれていない。


「降参だって言ってるだろう!? 審判!? お前たちも見てないで助けてくれ!」


 大きく後退して、彼は未だ現れない審判と彼女の仲間たちに大声で助けを請う。たった一人の活躍で試合が終わってしまったのが気に入らないという心情を察するが、だからといってそれを八つ当たりされたのでは溜まったものではない。

 呆れ顔の仲間たちによって騎士の少女が止められ、審判から試合の終了が正式に告げられるまでラギウスは生きた心地がしない時間を過ごす羽目となった。


「今回は、お互いに色んな意味で運が悪かったね」


 遊び気分で参加した素人たちと、そんな愚か者たちの相手をさせられた、生粋の武芸者。帰り際に蒼髪の魔道士が漏らした呟きを聞き、ラギウスは内心で激しく同意しながら岐路を歩く。

 こうして、自信過剰の魔道士たちとその他一名のチームが始めた武芸大会は結局なんの奇跡も起こらずにあっさりと終了した。







「……は?」


 ファムが呆然と呟いたその台詞が、観戦していた多くの者たちの思いを代弁していた。

 開始直後、他の仲間を置いて相手のチームへと一直線に駆け出した行ったレオが、ほとんど一人で決着を付けてしまった。

 最後に弓の援護があったものの、別にあれが無くとも、あのまま一人だけでも十分勝利は可能だったろう。

 しかも見間違いで無ければ、相手の生み出した炎を生身で耐えるという、馬鹿げた離れ業までやってのけているのだ。言葉を失う以外に、反応の仕様が無い。


「え、あの、今……えぇ?」

「もぅ、無茶ばっかりするんだから……」


 驚き過ぎて、まともな言葉も喋れなくなっているファムの隣で、同じ映像を見ていたシロエは、しかし周囲の反応とは違い、頬を膨らませて可愛らしく怒っているだけだった。


「申し訳ありません、シロエ君。今行われた試合の解説をお願いしたいのですが、よろしいですか?」

「今のって、何を?」


 ユアンの問い掛けに、小さく首を傾げるシロエ。一緒に観戦していた四人の中で、一人だけが試合の内容に何ら疑問を抱いていない。


「レオン君、女の魔道士が出した炎を浴びて、無傷で出て来たっすよね?」

「あはは、幾らレオが頑丈だからって、そんな事したら大火傷になっちゃうよ」


 シロエは朗らかに笑いながら、デジーの言葉を否定する。

 レオとて人間だ。どれほどありえない行動を取ったとしても、そこには必ずそれを行えるだけの仕掛けと理由が存在していた。


「て言っても、実際彼には怪我一つ無いじゃない。どういう事なの?」


 映像で見る限り、彼は確かに炎の中へと飛び込んでいた。誰もがその光景に悲鳴を上げ、姿を現した時には訳が解らず唖然とするしかなかったのだ。


「あれはね、多分「ダハーカ」を使ったんだと思う」

「「「「ダハーカ」?」」」

「レオが両手に装着してる、手甲の銘だよ」


 言いながら、映像板の一点を指差すシロエ。そこには赤髪の少年たちが映っており、分厚い装甲をした幾重にも重なる金色の防具が、陽光に輝きを反射させていた。


「入学する前に、レオから「どんな魔法も正面から受け止められて、動きの邪魔にならない防具が欲しい」、なんて無茶苦茶な事頼まれてね、頑張ったんだー」

「いやそれ、頑張ったじゃ済まないでしょ」

「?」


 苦労を滲ませつつも、少しだけ自慢げなシロエに対し、ファムの突っ込みは届いてはくれなかった。

 氷や岩の塊ならまだしも、実体を持たない炎や雷まで防ごうなどとは、普通の者は考えもしないだろう。依頼の内容よりも、そんな馬鹿げた要求を本気で実現しようと考え、挙句本当に生み出してしまう鍛冶師の方がどうかしている。


「装甲の隙間から、込めた心力を放出出来るようになっててね、周りの空気を強化して、即席の盾が作れるんだ」

「心力を、放出……?」

「空気を、強化……?」


 同じ「スミス」に在籍するファムとユアンでさえ、シロエの説明は理解し難いものだった。

 心力は確かに物体を強化し、硬化させる力だが、基本は身体や物体の中を巡らせるものであり、外に放出して利用するなど、完全に想像の埒外だ。

 世界の既存などに捕らわれない、奇抜にして斬新な発想。そんな自由過ぎる思考が、あのとんでもない武具を生み出した要因の一端を担っていた。


「でも、盾を維持するには普通よりずっと多くの心力を消費し続ける必要があるから、あんまり効率は良くないんだ……レオぐらい心力の総量が多い人じゃないと、上手く扱えないだろうし」


 とはいえ、完璧な武具など存在しないし、なによりシロエは未だ未熟な身。当然、彼の作成する武具には利点だけでなく、多くの欠点も同時に内包されていた。

 シロエは武具の欠点を、担い手の長所に当てる事で打ち消している。故に、その武具を本当の意味で十全に扱えるのは、託された本人以外では不可能なのだった。


「やっぱり、まだまだ頑張らないと」

「あれでもまだなんっすか……」


 更なる向上心を見せるシロエの様子に、周囲の三人は完全に呆れ顔だ。


「うん。おじいちゃんの作った作品と比べちゃうと、全然」

「シロエ君の師は、それほどまでの方なのですね……」


 更なる衝撃の事実を告げられ、言葉を失うユアン。ファムなどは、頭痛を抑えるように頭を抱え込んでいる。

 伝説と呼ばれる刀剣や防具も、元は誰かの手によって生み出された作品の一つに過ぎない。シロエの作り出した武具には、明らかにその片鱗が垣間見えている。

 そして、そんなシロエがここまで尊敬する師とは一体如何ほどの腕前なのかなど、弟子の作品で既に許容範囲を超えている者たちには、想像が追いつくはずも無かった。


「おじいちゃんって凄いんだよ。金属を打つ鎚の音なんかも、ボクと違ってとっても綺麗でね、工房で一緒に住んでた時は、何時も傍でその音を聞いてて――」


 目を輝かせ、その素晴らしさを万分の一でも伝えようと、身振り手振りで説明するシロエ。その顔には、師に対するどうしようもない好意が、表情となって現れていた。


「シロエは、そのおじいちゃんの事が本当に好きなのね」

「うん、大好きだよっ」

「うぅっ!?」


 極上の笑顔を向けられたファムの顔が、一気に高潮していく。耐性の無い者が見るには、その顔は余りに純粋無垢過ぎた。


「ダメッ。こんな綺麗な笑顔、私じゃ直視出来ないっ」

「その素直な言動は、シロエ君の美点ですね」

「?」


 かぶりを振るファムと、そんな彼女を苦笑するユアン。二人の言葉の意味が解らず、シロエは首を傾げて疑問符を上げている。


「どうやら皆さん、そろそろこっちに戻って来るみたいっすね」

「行こう、デジー。皆におめでとうって言わなくちゃ」


 画面を見ながら、出場者たちの動向を見ていたデジーの言葉に、椅子から立ち上がるシロエ。


「ファムもユアンも、一緒に応援してくれてありがとう」

「別にお礼なんて良いわよ。一々そんな事言われても、照れるだけだわ」

「次の試合もご一緒したいと思います。出場した方々にも、よろしくお伝え下さい」

「それではお二方、今回はこれで失礼させてもらうっす」


 別れの挨拶を交わし、足早に立ち去っていくシロエたちを見送った後、ファムは自分の座っている椅子へと、全身の力を抜いて沈み込んだ。


「はぁっ……」


 脱力して呆けた口から、盛大に溜息が漏れる。

 今日の試合を見ただけで、一生分は驚いた気分だった。

 だが、今回戦ったのは赤髪の少年一人だけでしかない。あのチームは全員にシロエの作った武具が与えられているらしいので、次の試合でもまた、何度も仰天してしまう事だろう。


「一体何なのよ、あの子……」

「職人は気難しい方が多いので、どの国や組織にも所属していない、優れた鍛冶師が在野に居る事は珍しくありません。ですが、あそこまでとなると流石に……」


 天井を見上げ、何時かの誰かと同じような台詞を吐き出すファム。ユアンの声にも、困惑の色が隠しきれていなかった。二人の中では、ただ同じ科のクラスメイトだった少年が、酷く遠い存在に感じられていた。

 一体自分たちは、この大会でどれだけ驚く事になるのか。期待よりも多くの不安を抱えながら、二人は走り去るシロエの背中を見送っていた。


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