16・火蓋の前に
外部からの干渉を防ぎ、同時に内部からの流れ弾が外に出るのを防止する為、一帯を覆う巨大な範囲に方陣魔法が発動し、薄紫色の結界が外壁となって演習場を覆い尽くす。
演習場は大きく分けて、木々の多い森、なだらかな丘の形状をした平野、中央に人工の湖を形成した岩場、という三箇所で構成された広大な土地だ。
武芸大会では、試合開始前にくじを引き、その何れかの地点からスタートとなる。
自分たちの得意なフィールドに相手を誘い込んだり、森や岩場での待ち伏せや、二手に分かれての挟撃などといった、戦術的な行動も重要な要素となってくるだろう。
「く~、長かったなぁ。いよいよだぜ」
青空の下、足下の草原が緩やかな風に揺られ、せせらぎの音を奏でる中、軽く柔軟を行いながら、レオはぼやきに似た呟きを漏らしていた。
「晴れたねぇ。メルセはちょっと辛いかも知れないから、良かったとは言い難いかな?」
「別に言って良いわよ。高が天気で一喜一憂するほど、柔な鍛え方はしてないわ」
指定された位置で開始の合図を待っている間、メンバーは暇を持て余した状態で、たわいの無い会話に興じていた。
彼を含め、全員は当然何時もの私服姿では無く、戦闘を行う為の武装状態だ。
軽量化が計られた、胸元に家紋の入った銀色の部分甲冑を身に付けているシルヴィア。
兜は付けず、右腰にシロエの直剣を装着したその姿は、正しく理想に燃える若き騎士を体現していた。
メルセは、私服の上から皮鎧を着込み、鈍色をした脚甲を足に取り付けて、後腰に護身用の短剣と矢筒、右手に展開前の機械弓をぶらさげている。
その脚甲もまたシロエの作であり、足裏の特殊な形状により、心力を流すと接触面が引き合ってその場に吸着し、垂直や逆さ吊りなど、凡そ足場さえあれば如何なる体勢からでも両足で立って弓が引けるという、とんでも仕様の作品だった。
ディーだけは、精々袖口の広いローブを上から着込んだだけで、武具も何時も通り短い愛用の杖という、変化に乏しい出で立ちである。服の下に、防刃用の帷子を追加してあるが、外見からでは解らない。
四人の中で、最も変化が大きいのはレオだ。
メルセのものよりも、更に分厚く仕上げられた皮鎧。足先に重りを加えた、金属の靴。何より目に付くのは、その両腕に装着された手甲だろう。
竜鱗を彷彿とさせる、肘の先まで伸びた六枚重ねの多重構造。色は金に近く、防御を重視する為か、利き手とは反対の左がより分厚く、左右非対称の形をしている。
装甲は手の甲まで覆っており、拳の部分には、その一撃を鈍器と化すであろう、厚みのある金属板が仕込まれていた。
「どした?」
しかし、シルヴィアの視線はそんな目立つ武装よりも、彼の腰に下げた一本の剣へと注がれていた。
鞘から見て、横の幅はやや広く感じるが、至ってシンプルな造りをした、至極普通の長剣。
両腕の手甲が目を引くだけに、飾り気の無い質素な剣は、その場所だけ浮いているようにも見えた。
「いや、お前の怪力なら、もっと幅広の大剣辺りだと思っていたので、少々驚いてな」
何度か組み手をして解った事だが、彼が振るう剣に、剣術の心得は皆無だった。
格闘を織り交ぜたスタイル、と言えば聞こえは良いが、実際は隙あらば頭突きや肘打ち、足蹴りなどを躊躇い無く繰り出す、遠慮無用の喧嘩殺法なのだ。
剣の振り方も、剣術の授業を受講して覚えるような、型を反復して体得する筋の通った真っ当なものでは無く、出鱈目で、大雑把で、力任せという、素人同然のものでしかない。
しかもそれでいて、類希なる直感により、長年剣術を学んで来たシルヴィアとさえ十分渡り合ってみせるのだから、始末に終えなかった。
そんな彼が使う剣なら、細かい技術など何も要らず、ただ振り下ろし、薙ぎ払うだけの、超重量をした大剣辺りが似合うかと予想していたのだが、どうやらそれは外れだったらしい。
シルヴィアの視線の先に目をやり、納得がいったと肩を竦めるレオ。
「あぁ、こいつは特別でな。オレの師匠のお下がりなんだよ」
「何?」
「といっても、柄も刀身もシロエの作品には違いねぇけど」
彼は何処か懐かしげに剣を撫でながら、無邪気に笑っていた。その表情の理由は解らないが、一見何の変哲も無いその武具が、とても大切なのだろう事は十分伺えた。
「意味が解らん。それでは何処に、お前の師の要素があると言うんだ。魔晶石が取り付けられていたとしても、お前に魔道の素養はあるまい?」
「くくっ、内緒だよ」
シルヴィアの問いに、レオは正直に答える気は無いらしく、口元を歪めて意地悪気に笑うだけだ。
「ま、オレの切り札とでも思っててくれよ。この大会じゃあ、まず使う事もねぇだろうしな」
「そうか」
追求は無駄と感じて、シルヴィアは会話を切った。いずれ語られるか、実際に目にする機会は、これから先幾らでもあるだろう。
「さぁて――シロエとオレたちで、学園連中の度肝を抜いてやろうじゃねぇか」
「当然だ。浮ついて抜かるなよ、レオン」
「そっくり返すぜ、霹靂様よ。あんまはしゃいでっと、足元掬われんぜ?」
間もなく始まる、学園に入学しての最初の大一番を目前に、二人の顔が獰猛な笑みへと変化していく。口に出される軽口も、お互いの興奮を助長するものでしかない。
「脳筋コンビ……」
「お祭りだもの、まずは自分たちが楽しまないとね」
額を押さえるメルセに、苦笑しながらディーが言う。緊張も気負いも無く、四人は自然体のままの態度だった。
皆が皆、勝ちに拘る気など毛頭無く、しかし、負ける気などは欠片も持ち合わせていない。
突き抜ける蒼天の中で、戦いの時が迫っていた――
◇
学園の一大行事である武芸大会は、全日程の十日間全ての授業が取り止めとなり、大議堂を観客席へと変えて、盛大に行われるイベントだ。
若い芽の実力を確かめようと、外来の観客たちも大勢集まり、その荒削りな少年少女たちの激戦に盛り上がる。
生徒たちは、同じ学年と下級生の試合に限り無料で視聴出来るが、それ以外は外で販売される一般用のチケットを購入しなければ、観戦する事は出来ない。
そういった理由から、大会の長い期間の割りに一年生の見れる試合は少ないが、学園の行事は街の興行と連動して行われる為、大通りに屋台の行列が出たり、旅芸人の一座が来訪していたりと、大会に関心の無い生徒たちも、このお祭り騒ぎを楽しめるようになっている。
「おらぁ! くっちゃべってねぇでちゃんと並べ、一年坊ども! さっさとしねぇと試合が始まっちまうぞ!?」
三つある扉の内、生徒専用の出入り口として与えられた、大議堂へと入る門の一つに集まった大量の一年生たちを前に、女生徒の怒声が響き渡った。
一目でパワー型だと解る、鍛え抜かれた筋肉質な肉体。長身であり、間から猫科の耳を生やした長い黒色交じりの金髪を、たてがみの如く後ろになびかせている。
彼女の名はレニオラ。「ソード」三年に所属する、獅子の獣人である。
彼女の着ている軍服に似せた深緑色の制服は、学園における生徒主体による委員会、「青銅議会」の中でも武道派で知られる警備委員のものであり、その腕に巻いた腕章は、その頂点である委員長の座にある事を証明していた。
委員会は、全員が二年生以上の生徒で構成され、普段は学園生活の改善や、生徒たちからの要望を学園側に提出するなど、生徒たちの代表として活動している組織だ。行事の司会進行や、今回のような来客誘導などにも学園側の臨時職員として参加し、足りない人手を補っている。
生徒の中でも、成績に限らず分野に秀でた人員が選出され、各委員会の制服に袖を通す事は、学園に通う者たちの憧れの一つとして扱われていた。
「お喋りしてぇなら、確認が終わった中でやれ! 列を乱しやがった奴は、全員禁固室にぶち込むからな!」
肉食系の獣人特有の、鋭く長い犬歯を剥き出しにして、浮つく生徒たちを猛然と威嚇するレニオラ。その効果は絶大であり、殺気と気迫に飲まれた周囲の者たちは、まるで見えない線引きでもあるかのように、顔を青くしながら整然と列を作って沈黙した。
「委員長、言い過ぎだよ」
「あぁ!? こういうのは最初が肝心だろうが。遠慮して日和ってなんざいたら、舐められちまうぜ」
同じ警備委員に所属している、眼鏡の男子からの進言にも、彼女は憮然とした態度で言い返す。
「レニオラがうるさいのは何時もの事っしょ。一年生たちも、今の内に慣れさせておいた方が耐性が付くってもんだ」
「全くだ。これで警備部を恐れ、問題児たちが自粛してくれれば言う事は無い。まぁ、委員長自身が問題児なので、苦労の差し引きは実質ゼロだがな」
「もう、皆言い過ぎよ。レニちゃんだって一応女の子なんだし……ほら、ねぇ」
「やかましい! 大きなお世話だバカ野郎共! お前らも仕事しねぇか!」
「うーい」
「了解」
「はいはい」
周囲の同じ制服を着た者たちから、同意や呆れの声が上がり始め、レニオラは鬱陶しそうに彼らを散らす。
好戦的で血気盛んな、獣人の代名詞とも言える性格をした彼女の声は、その絶対的な自信と良く通る声音から、他者を無条件で納得させる、ある種のカリスマ性を発揮していた。
観客として訪れた生徒たちは、警備委員に学年と所属学科と伝え、在校生の名簿から確認のとれた者から、順次大議堂へと入っていく。
次々と行列を処理していくレニオラの前に、今度は彼女の腰よりも低い、小さな生徒が近寄って来た。
「確認をお願いします。「スミス」一年のシロエです」
「おう。シロエ、シロエ……」
礼儀正しく挨拶し、生徒証を差し出す男子に好感を持ちながら、片手に持つ名簿に目を通すレニオラ。
「これか。うっし、行って良いぞ」
見つかった名前の欄に、確認済みの横線を入れ、その男子を中へと促した。
「えと……」
しかし、その生徒は彼女を見上げたまま、その場から動こうとしない。
「あん? どうかしたのか」
「あの……これ、もし良かったら使って下さい」
訝しむレニオラに、その少年は少し恐縮しながら、袖口から小さな丸い箱を取り出すと、両手で持って彼女へと差し出して来た。
「なんだこりゃ?」
「ディー――友達の作った、打ち身用の塗り薬です」
装飾も印字も無い小箱を受け取り、繁々と眺めるレニオラに、少年が言う。
「なん――」
「怪我を押してまで、お仕事お疲れ様です。早く治ると良いですね。失礼します」
「あ、おいっ」
質問を重ねようとしたレニオラに、少年は自分の言いたい事だけ言い終えると、仕事の邪魔にならないよう、ペコリと頭を下げて足早に大議堂の扉を潜って行った。
「……」
無理やり引きとめようかと考え、結局そこまでの意義を見出せずに、伸ばした片腕を下ろすレニオラ。
小箱の蓋を開ければ、乳白色をしたとろみのある液体が詰まっていた。少年の言葉を信じるならば、これが傷薬という事なのだろう。
「どうかしたの? レニオラ」
「あ、あぁ……」
隣から声を掛けられ、ようやく呆けていた事に気付く。警備委員の中で、唯一入学当時から付き合いを続けている、栗色巻き毛の人間、メイリーンが、珍しいものを見るような目でこちらを覗き込んでいた。
レニオラの視線を追い、立ち去って行く背の低い少年を見つけて、凡そ彼女が興味を持つとは思えないその後姿に、更に驚きを強くする。
「あらあら、随分ちっちゃい子ねぇ。なぁに、男なんて興味の無い素振りしてたけど、貴女ああいうのが好みだったりするわけ?」
「……そうかもな」
「ちょ、えぇ!?」
からかい半分の言葉を肯定され、驚愕するメイリーンを尻目に、レニオラは既に自分たちの仕事へと、意識を切り替え始めていた。
確かに先日、「ソード」同士の諍いを仲裁という名の制裁で解決した際、僅かな油断から相手の攻撃を脇腹に受け、今も服の下に包帯を巻いている。
掠り傷というには深いものだが、獣人の回復力をもってすれば、後十日程度も経てば完治するだろう、軽い怪我だ。
些事故に、同僚に知らせもしていない負傷を外から見ただけで見抜き、赤の他人だというのに気遣いまで寄越す不思議な少年を知り、無意識に彼女の口角が吊り上る。
もし、あの生徒が無事に二年へと進級出来れば、上級生である自分と関わる機会は自然と増えるだろう。
「「スミス」のシロエ、か……へ、中々面白れぇのが入って来てるじゃねぇか」
半ば確信的な再会を予想し、獅子の少女は上機嫌になりながら、己の仕事を再開しようとする。だがしかし、意識を取り戻したメイリーンが、真相を確かめようと全力でその行動を阻んだ。
「詳しく聞かせなさいよ! 貴女みたいな野獣女に春なんて、お姉さん許しませんからね!?」
「同い年だろうが! いいから仕事しやがれ!」
他人の恋話ほど、面白い話題は無い。
鼻息荒くレニオラの腰にしがみ付き、片手で引き剥がそうとする彼女の攻撃に耐えながら、興奮気味に追求を始めるメイリーン。
因みに、二人とも彼氏が居ない暦=年齢なので、先を越される危険性からも、メイリーンはレニオラが見ていた相手の確認に必死だった。
「ちょっとだけ、ちょっとだけで良いから~」
「後だ後! アタシらが遊んでたら、下の連中に顔向け出来ねぇからな」
「後で絶対よ? 警備委員全員使ってでも、逃がさないからね」
「ったく、めんどくせぇ」
言質を取った事でようやくレニオラから離れ、ホクホク顔で去って行くメイリーンの後姿を見ながら、簡単に解けそうも無い彼女の誤解を、どうやって解決したものかと頭を掻く。
最終的に、納得しなければ殴って黙らせようと結論を下し、仕事へと戻るレニオラ。
実際それが、後ほどメイリーンの頭部に向けて実行されたのは、ただの蛇足である。
◇
大議堂の中は、入学式の時から大きく内装が変化しており、上下二段に設置された扇状の観客席には、既に大量の観客たちがひしめいていた。
「シロエ君こっちっすー! 席、確保しといたっすよー!」
二階の一角から聞こえる、既知の声に顔を向ければ、バンダナを巻いたデジーが、大きくこちらに向けて手を振っているのが見えた。
増設された階段を上り、彼の元まで駆け寄って行くシロエ。
「ありがとう、デジー」
「どういたしましてっす」
二階席の左端最前列で待っていたデジーの横に座り、試合開始までの時間を待つ。
フレサは戦いが苦手で、危ない場面は見ていられないという事で、試合の観戦はしないらしい。
正面には、平たく巨大な長方形をした八つの板が浮いており、薄蒼く光る平面には、それぞれ別の地点から見た、演習場の映像が映し出されていた。
審判役である教師の、使い魔や精霊の視点を中継し、画面へと映す魔具であり、観客たちは八つの画面に映し出されるそれぞれの映像を見て、試合の内容を観戦する事になる。
この魔具には、映像を画面に中継するまでのタイムラグを利用して、中継者が映像の編集を行える機能が備わっている。一般生徒には見せられないようなショッキングな場面などを飛ばしたり、映像を乱して決定的な瞬間を誤魔化す事が可能なのだ。
「大丈夫かなぁ」
試合が始まる前から、心配そうに画面の風景を眺めるシロエ。
「まぁ、皆さんシロエ君の武具には満足してたっすから、後は本当に、当人たちの実力次第っすねぇ」
「うぅ、不安だよぉ」
「始まる前から重症っすね。大丈夫っすか?」
デジーがフォローを入れるも、彼の気持ちは一向に楽にはならなかった。わざわざ全員が、自分の武具を持って試合に挑むのだ。その勝利は全て彼らの功績だが、敗北は自分の作った武具が背負うべき責任になるという重圧が、シロエの両肩に重くのしかかる。
「顔が真っ青っす。ほらほら、今からそんなんじゃ、試合が始まったら持たないっすよ?」
「あうぅ……」
「あー、やぁっと見つけたわ」
青ざめるシロエの方が心配だと、その顔を覗き込んでいたデジーの横から、別の声が掛かる。顔を上げれば、一組の見知った男女が、手を上げて挨拶して来た。
「やっほう。隣、座っても良い?」
「こんにちは、シロエ君。デジー君も」
「ファム? それとユアンも」
「お二人とも、ご無沙汰してるっす」
緑色をした作業用のつなぎを着用し、長髪をポニーテールにした、勝気そうな少女ファムと、短めの金髪に仕立ての良い黒服を着込んだ、穏やかな雰囲気をした少年ユアン。
二人とも「スミス」の生徒であり、ファムは細工師、ユアンは魔具師を目指し、学園に入学してきた一年生だ。
シロエを含め、昼食に集まるあのメンバーたちは、自分の所属する科に知り合いが居ない訳ではない。当然同じ科の生徒たちとも、目の前に居る彼女たちのように軽い交流は行っている。
デジーに至っては、同学年であれば科を問わず、大勢の生徒たちと情報や商品の売り買いをして面識を持っていたりする。
返事を聞くより早く、シロエの隣へと座るファム。ユアンはそんな彼女に苦笑を送り、シロエたちに小さく頭を下げてから、その隣の席に腰掛けた。
「私は指輪とか芸術品とかの、装飾物関係の細工師を目指してるから、「ソード」と接点は少ないのよねぇ。だからせめて、聞いた事のある名前の人を応援しようと思って、探してたのよ」
「右に同じくです。僕の専門は、生活用の魔具なので……この試合に、シロエ君のお友達が出場されるんですよね。一緒に応援しましょう」
「うん、ありがとう」
自分の友達を応戦してくれる仲間が増え、笑顔でお礼を言うシロエ。しかし、直ぐにまた不安そうな表情に戻ると、うんうんと唸り声を始めてしまう。
「皆、大きな怪我とかしないと良いけど……」
「何でこんなに不安そうなのよ? この子」
青、白、紫と、次々と顔色を変化させているシロエを見下ろしながら、デジーへと疑問を投げ掛けるファム。友達を心配するにしろ、この有り様は明らかに異常としか思えない。
「試合に出てる皆さんが、シロエ君の作った武具で出場してるんっすよ」
「えぇ!? 凄いじゃない!」
何気無く答えるデジーに、彼女は大声を上げて驚いた後、シロエへと大きく見開いた視線を向けた。学園に入って初めて物作りに携わる者も少なくない中、既に人に預けられるだけの作品を生み出せる小さな鍛冶師に、尊敬の眼差しが送られる。
「噂になっていた、デジー君が優勝候補のチームに頼まれて、全員分の武具の素材を揃えたというのは、シロエ君の事だったんですね」
「あぁ! 確かにそんな噂もあったわねぇ。なーんだ、私はてっきり、上級生のチームから依頼を受けたものだとばかり思ってたわ」
噂の真相に辿り着き、合点がいったと語るユアンの台詞に、ファムは手を叩いて大きく頷くと、不審げな目でデジーを見つめた。
「嘘は言って無いっすよ? レオン君たちのチームが優勝候補なのも、本当の事っす」
ファムの視線を受け流し、惚けた口調で肩を竦めるデジー。意図的に隠した情報があるだけで、流した噂が事実である事に、偽りは無い。
「だったら、シロエの武具で何処まで戦えるかが、勝負の分かれ目になるって事よね? そりゃあ、心配になる訳だわ」
「……うん」
ファムの確認に、小さく頷くシロエ。彼女はシロエの腕前を知らないので、彼の作った武具は三流とは言わないまでも、一般の品と大差の無いものであると勝手に想像していた。
きっとシロエの友達たちは、勝利になど拘ってはいないのだろう。彼の武具を大会で使い、少しでも彼に自信を付けて貰えるよう敢て無謀に挑戦しているのだ。
友達の成長を願い自分たちの勝負を捨てるなど、何と心優しい人たちなのだと感心してしまう。
「友達のチームって優勝候補なんでしょ? だったらきっと大丈夫よ。一流は武具を選ばないって言うじゃない。負けてもきっと、貴方を責めたりなんてしないわよ」
正解とはほど遠い回答を真実だと思い込み、ファムはシロエの肩を何度も叩いて、優しい声で励まそうとする。
入学した生徒たちの中には、実家から高価な武具を持ち込んでいる者も居る。シロエの武具の出来によっては、初戦すら危ういかもしれないが、そんな事を口に出すのは野暮だろう。
「不安なのは理解出来ますが、送り出した以上、それを振るうのは担い手です。過剰な心配は、武具を渡したシロエ君の友人たちを、疑っている事になりますよ?」
「そう、だね……」
ユアンの言葉を聞き、未だ拭えない不安を抱えながら、それでも顔を上げるシロエ。
レオも、ディーも、シルヴィアも、メルセも――誰一人の武具とて、手を抜いたつもりは無い。未だ未熟な自分の武具の欠点は、担い手がきっと補ってくれる。
送った相手を信じる事も、作り手の義務だと言い聞かせる事で、シロエは徐々にその顔色を取り戻していった。
「お、始まるっすね」
シロエが平静を取り戻した頃、デジーの言う通り、試合の開始直前を示す文字が、画面の中央へと映り込む。
「皆、頑張れ……っ」
両手を組んだシロエは、今は見えない、戦いに赴く友たちへと向けて、祈りに似た声援を一心に送り続けた。




