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星屑の鍛冶師  作者: タクミンP
第2章 友達探し
12/45

12・集った輪の中で

 シルヴィアがアルベールと出会った、その日の昼食時間。

 シロエを探す為に学園内を急ぎ足で歩き回っていた彼女の耳に、聞き知った赤毛の少年の声が聞こえて来た。


「あぁ~もう、くそったれ! こうなったら……こうだ!」

「あ~! 何するんっすか! オイラのハンバーグ返すっす!」


 シロエは、昼食を何時も同郷の三人で一緒に取っていると語っていたので、この声の先に全員が居るのだろう。


「うるへー! ついでにコイツも貰ってやる!」

「酷いっす! 鬼畜っす! 食った分を今すぐ吐き出すか、賠償を要求するっす!」

「……こんな場所に居たのか。騒がしくて助かったな」


 そこは、校舎と校舎の間に挟まれる形で出来た小さな空間だった。

 長椅子が一つと申し訳程度の花壇が添えられただけの、簡素な個室のような憩いの場。

 大勢が集うのには向かないが、少人数だけで過ごすには丁度良い。そんな場所で男たちが固まり、学園の購買で販売されている弁当や軽食を摘まんでいた。

 お目当ての人物とその他三人の生徒を見付け、安堵の溜息を吐くシルヴィア。

 肩を縮めてもそもそと食事を取っているシロエの右隣に不機嫌そうなレオンが座り、レオンの正面に居る薄緑色のバンダナを被った糸目気味の少年が弁当の中身を奪われ涙目で抗議している。

 シロエの左隣では、その様子に視線すら向けず我関せずとサンドイッチを口にする、整った顔立ちをした蒼髪の少年。特徴からいって、彼がシロエたちの最後の同郷人である「フォース」に所属するディーエン・サーピエルデで間違いないだろう。


「あぁ!? ――んだよ、シルヴィアじゃねぇか」

「気が立っているな。まぁ、理由は解らんでもないが」


 声を掛けた瞬間、レオンから射殺すような怒気を込めた威嚇を返されるが、原因を知る彼女は呆れたように肩をすくめるだけでその眼力を受け流す。


「レオンに用事かな?」

「いや、私の用件の相手はシロエだ」

「おやおや。珍しく昼食をご一緒したら、これまた珍しいお客さんらしいっすね」

「あ……」


 ディーエンの質問に首を振り、バンダナの少年の軽口を聞き流した所で、ようやくシルヴィアの存在に気付いたらしいシロエへと歩み寄る。

 どうやら表面上の怪我はない様子だ。とはいえ、どこか怯えと困惑を伴った表情にはあの男の行っただろう所業の影が垣間見えた。

 善良な少年にそんな表情をさせてしまう罪悪感に押し潰されそうになりながら、シルヴィアは覚悟を決めてシロエの前に立ちその揺れる両目をしっかりと見つめ返す。


「今朝方、アルベールに会った」

「――え?」


 彼女の台詞の意味が解らず、呆けた顔になるシロエ。

 両膝を突いて目線を合わせたシルヴィアは、自分の両手でシロエの両手を包んで引き寄せ額を押し当てる。


「お前に、辛い思いをさせてしまった――本当に、済まなかった」

「や、やめて下さい! ボクだって何にも言えなくてっ」


 途端に慌て顔を上げさせようとするシロエの口からも、シルヴィアに対する謝罪の言葉が語られる。


「ごめんなさい! 理由もちゃんと説明しないで、自分で勝手に逃げちゃって……っ!」

「そんな事はない。お前を護れなかったのは、全て私の責任だ。どうか、許して欲しい」

「だから、悪いのはボクです。シルヴィアさんは何も悪い事なんて――」

「――どうやら、昨日の事を言ってるみたいだね」


 謝罪合戦を繰り返す二人の様子を見ながら、ディーエンは冷静に状況を分析していた。

 事情は知らないながらも、昨日シロエに何かがあった事だけは知っているのだろう。

 食事を止め、二人の言葉を聞き漏らさないよう注意深く耳を傾けている。


「つっても、そもそもアルベールってのは誰だよ」

「「スミス」の一年生で、三等貴族クレストス家の嫡男っす。成績は良いらしいんっすけど、悪い噂もちらほら聞くようなあんまりお近付きにはなりたくない悪童っすねぇ」


 もうここまで来ては、秘密にしておく理由もない。

 外野の会話を聞き取ったシルヴィアが、姿勢を正したまま説明を始めた。


「お前たちが武芸大会の出場を決めた翌日、早朝に鍛練場で剣の訓練をしていた私をシロエが気に入ってくれたようでな――」


 一頻り事情を説明し終えた時、黙って聞いていたレオンが唐突に立ち上がりそのままこの場を去ろうとする。


「何処へ行くつもりだ」


 全身から怒気を滲ませる少年に問い掛け、歩みを止めさせるシルヴィア。

 行き先に見当は付くが、それを実行させる訳にはいかない。


「決まってんだろ、そのアルベールとかいうアホの所だよ」

「シロエは報復を望んでいないよ。だからこそ、僕たちにも内緒にしてたんだろうし」


 予想通りの答えを返すレオンを、更にディーエンが引き止める。

 当事者ではない彼が暴力に訴えてしまうと、身分差からいって退学は確実だ。相手の次第によれば、最悪そのまま牢獄行きもあり得る。

 レオンがシロエを大事に思うのと同じように、シロエもまたレオンを大事に思っている。

 臆病で怖がりなシロエが口を噤んでいた理由を、理解出来ない男ではない。


「レオ……」

「……ちっ!」


 不安そうに向けられる親友からの瞳に、しばらく葛藤したレオンは最後に根負けして大きく舌打ちすると、元の場所へと乱暴に座り直す。


「ごめんね、レオ」

「謝るんじゃねぇよ。ばーか」


 不貞腐れ、そっぽを向きながら、むくれた顔で吐き捨てる。

 納得も賛同も出来ないが、自分勝手な行動でシロエを悲しませる訳にもいかない。

 振り上げた拳の先を見失い、レオンの不機嫌が加速する。

 それでもひとまずは大丈夫だろうと見切りを付け、シルヴィアは激昂するレオンとは異なり平静なディーエンへと目を向ける。


「お前は、存外冷静なのだな」

「そう見える? 正直に言えば、僕もレオと一緒に暴れたい気持ちを頑張って押さえてるんだけどね」

「気ぃ付けろよ。ソイツ、キレたらのやべぇの典型だからな」

「……そのようだ」


 怖気の走る寒々しい気配を放つディーエンに、シルヴィアの頬を一筋の冷や汗が伝う。

 蒼の魔導士の凍える激情は、武芸者であるはずのシルヴィアが一瞬気圧されるほどの憤怒が濃縮されていた。

 感情を押し込め報復の期を狙うようなディーエンの姿勢は、勢い任せな赤髪の少年などよりもより一層恐ろしいものがある。


「一応、アルベールについては私から軽く釘は刺しておいた。早々にシロエがもう一度襲われる危険性は、恐らく少ないと思う。だが、いずれなんらかの防衛手段は作っておいた方が良いだろうな」

「シロエの為に怒ってくれたんだね。ありがとう、シルヴィアさん」


 シルヴィアにとって、ディーエンからのお礼を素直に受け入れる事は出来ない。


「礼は言わないでくれ。結局、私が事の一端でもあるのだ」

「それでも、君はシロエを護ってくれた。その行動は、きちんとお礼を言うべきものだよ。だから、受け取って欲しい」

「口では勝てそうにない、か……解った、受け取らせて貰おう」

「うん」


 諦めて頷いたシルヴィアに、ディーエンもまた嬉しそうに首肯を返す。


「でも、丁度良かったよ。今日は声を掛けてた人たちを、一度全員で集まっておこうって誘っていたんだ」

「けっ、何偉そうに言ってんだ。結局お前だけ、一人も声掛けてねぇじゃねぇかよ」

「僕は僕で、面倒な相手に目を付けられてたからね」

「あぁ、それでオイラもお呼ばれしたんっすね」


 レオンのツッコミに肩をすくめるディーエンの横で、ようやく合点がいったとバンダナの少年が頷く。


「しっかし、まさかお前みたいな「霹靂騎士かみなりおんな」と、ヘタレなシロエが知り合いになってるとは思わなかったぜ」

「人の縁とは、それだけ奇なもの味なものという事だ」


 学園が縁を紡ぐ場であるのならば、この出会いは運命であり必然だ。

 故郷を離れ、集う若人たちの輪がここから始まるのだ。

 人と人、糸と糸が絡み合う、複雑にその文様を広げていく長大な織物の一端が編み込まれようとしていた。







「見事に女の子ばかりだね」


 追加で来た二人の少女を見た、ディーエンの最初の感想である。


「うっせぇ。言いだしっぺの癖に仕事しなかった奴が、文句言うんじゃねぇよ」


 レオンが頬杖を付きながら、それに対して即座に反論を返す。

 メンバーが揃った事で配置の入れ替えを行った結果、女子三人を長椅子に座らせ男子は円のを描くような形で地面に胡坐を掻いて座っている。

 長椅子の左端に座るメルセティアは、同じ椅子の右端に座るシルヴィアとその隣の地面に腰掛けるシロエを交互に見てからレオンへと皮肉気な笑みを向けた。


「貴族がここに居るって事は、もう他人事じゃなくなったの? ご愁傷様ね」

「その通りだよ。前に頼んでた通りだ」

「えぇ、約束は護るわ」

「え? 約束って何?」

「あ? なんでもねぇよ」


 首を傾げるシロエに対し、片手を振って説明を拒否するレオン。

 説明しても、護られる彼には重荷ににしかならないのだ。ならば、知られるまで隠しておくのが得策だろう。

 続いて、一度周囲を見渡した騎士の少女が口を開く。


「ふむ、初対面の者も多いようだ。改めて、自己紹介でもしておくか?」

「必要ないわよ、そんなの。どうせアタシは、馴れ合うつもりなんかないんだし」


 そんなシルヴィアの発言を、肘掛けにもたれ掛ったメルセティアが面倒臭そうに否定する。


「随分と頑なだな。何か理由でもあるのか?」

「……馴れ合うつもりはないって言ってるでしょ」

「そうか、残念だ」

「け、ケンカは良くない、です」

「そうだな」

「あぅ」


 間に挟まれる形となったフレサがおずおずと二人を止めれば、シルヴィアはあっさりと引き下がり獣人の少女の頭を優しく撫でる。


「……お前、変わり過ぎじゃねぇ?」


 女子たちの会話を聞いていたレオンが、シルヴィアに胡乱気な視線を送っていた。

 受講する授業が余り重ならないので、彼はシルヴィアの性格を全て把握している訳ではない。

 それでも、エルフの少女が取る生意気な態度を咎めない余裕と隣の獣娘を撫でる慈愛の表情は、誰彼構わず騎士道精神を突き付けていた彼女とはまるで別人の如き豹変振りだ。


「忍耐を覚えたのだろうよ。何せ、ここ数日は怒るとすぐ泣きそうになる困った男と毎日顔を突き合わせていたものでな」

「はぅっ」


 らしくないニヤつき顔でシルヴィアから視線を向けられ、良くも悪くもたった数日の逢瀬で彼女に変化をもたらした薄銀髪の少年は、顔を染めて居心地悪そうに顔を伏せた。


「まぁ、したい者だけする事にしようか」


 気を取り直し、まずは言い出したシルヴィアが立ち上がり先陣を切る。


「私は「ソード」一年、シルヴィア・C・プレディカードだ。プレディカード家の長女で、騎士志望としてこの学園に通っている」


 彼女が座ると、続けて隣の獣耳少女が慌てて立ち上がり全員に向けて何度も頭を下げた。


「あの、私、フ、フレサって言います。「フォース」の一年生です。えと、専攻科目は精霊術……です」


 尻すぼみになりながら紹介を終え、耳を垂らして椅子へと座り直すフレサ。

 その隣のメルセティアを飛ばし、次に手を上げたのはデジーだ。


「オイラは「ビジネス」一年、デジー・フォーユミバスっす。このメンバーの買い付け担当ってとこっすね。何かご注文があれば、お気軽にお願いするっす」


 最後に、今回の発端である三人が挨拶を行う。


「レオンだ。まぁ、なんだ……めんどくせ、パス」

「ディーエンだよ。「フォース」一年で、専攻は詠唱魔法と魔力文字ルーン。今回の件の発案者でもあるね。集まってくれてありがとう」

「シロエです。「スミス」の一年生で、夢は一人前の鍛冶師になって自分のお店を持つ事。よろしくお願いします」


 一人を除き名乗りあった六人が、残ったエルフの少女に向けて六対の視線で無言の訴えを送る。

 別に、強要はしていない。ただ、皆でじっと見ているだけだ。


「「「「「……」」」」」

「――あ~もう!」


 そんな視線に耐えかね、メルセティアが大声を上げて周りを睨む。

 頬を軽く赤らめているのは、怒りか、羞恥か。


「メルセティアよ。メルセティア・ムーンライト。「ソード」の弓術専攻。これで満足?」


 苛立たしげに言い捨てて顔を逸らす少女を見て、シルヴィアは小さく苦笑してしまう。


「なんだ、非協力的なのは言葉だけか」

「帰るわよ」

「くく、すまない」


 輪の中に入る事を拒絶しながら、結局は傍を離れようとしないメルセティア。

 彼女も何か事情を抱えている様子だが、ある意味この連中に捕まってしまったのが運の尽きだ。


「ねぇレオ。ひょっとして、この人たちの武具を全部ボクが作るの?」


 結局全員の自己紹介が終わり、シロエは椅子に座る少女たちを見ながらレオンに向けてそう問い掛ける。


「当たり前だろが。いっちょ凄ぇの頼むぜ」

「えぇ~、無茶言わないでよぉ」


 親指を立てながらあっさりと言われ、小さな鍛冶師は泣きそうな顔でおろおろと両手をさ迷わせ始める。


「ボク、レオとディーの武具くらいしか作った事ないのに……精霊術は良く知らないし、弓だって、ちゃんと作ったのは一回任されたあの時だけなんだよぉ?」


 元より自信など彼にはないが、その底が落ちて急降下する勢いだ。

 俯くシロエを見ながら、幼馴染の二人は気楽な調子で励ましの言葉をおくる。


「精霊術に関しては、本に書かれている程度なら僕が教えてあげられる。解らない点や疑問は、その都度フレサに聞けば良いよ」

「前に作った弓って、アレだろ? あの、ひっでぇの」

「あぁ、アレは確かに酷かったよね。ファウスト先生が使う山での狩猟用を作ろうとして、結局そのままお蔵入りしちゃったし」

「ねぇちょっと、ほんとに大丈夫なの?」


 不穏にしか聞こえないシロエたちの会話を聞き、メルセティアは思わず声を掛けてしまう。

 天才だの化け物だのと語られる本人に会ってみれば、同年代なのかすら疑わしいほどの童顔でチビなお子様の登場だ。その上今のようなやり取りをされれば、不安になるのも当然だろう。


「安心して。酷かったのは、良い意味でだから」

「?」


 しかし、ディーエンから返って来た返答は説明する気のまるでない、意味不明な言葉と笑顔だけだった。


「とりあえず、武芸大会は今集まっているこの面子で挑むという事で良いのか?」

「とりあえずは、な。それと、フレサは珍しい系統の魔導士だから引き込んだだけで、大会にゃ出ねぇよ」

「ご、ごめんなさい」


 レオンから訂正され、恐縮してしまうフレサ。

 両隣より頭一つ小さな彼女の耳と視線がぴこぴこと申し訳なさ気に動き、その動揺を物語る。


「私の勘違いだ、謝る必要はない。まぁ、それでもなんとかなるか」


 フレサを落ち着かせ、シルヴィアは顎に手を添えながら考え込み始めた。

 剣士が二人に、魔道士と弓兵が一人ずつ。チームとしてのバランスは悪くない。

 四人が同程度の実力者であるならば、シロエの作る武具の出来によっては更なる戦力の底上げもあり得る。

 控えが居ない事が不安要素ではあるが、学園の治癒術士は優秀だ。余程の大怪我をしなければ、このメンバーでも十分勝ち進む事は出来るだろう。


「えと、二人とも文字が読めたら、この紙に書かれている質問に答えを書いて来て欲しいんだ」


 自分の思考に沈むシルヴィアを尻目に、シロエは事前に用意しておいた羊皮紙をメルセティアとフレサに手渡していた。

 その内容を読んだメルセティアが、眉間に皺を寄せる。

 身長や体重など、女性としては答え辛いものまで記載を求めている質問の一覧は、正直武具の作成に必要な内容だとはとても思えない。


「何これ。一々こんな事しなくちゃいけないの?」

「私も通った道だ。出来るだけ、使用者の情報が必要らしくてな」


 思考を止め、フレサが読んでいる紙を横から眺めていたシルヴィアが経験者としてフォローを入れた後、剣呑な視線でシロエを射抜く。


「おい、シロエ。ある程度の質問が紙で済むなら、何故私の時は口頭で行った」

「う゛……えと、あの時凄く恥ずかしかったから、口で答えられる内容は紙に書いて貰った方が良いかなって……」


 問い詰める第一の犠牲者に対し、シロエは目を逸らし両手の人差し指をこねながら弱々しく弁明する。

 これから先、何度も同じ経験をする羽目になる可能性があると思い立った少年は、そんな羞恥の時間を回避する為に必死で考えた。その結果、用紙にて必要な情報を受け取る方法に辿り着いたという訳だ。


「くっ。あの時私も考え付いていれば、あのような恥辱の時間はなかったという事か……」


 当時の状況を思い出し、蒸気でも上がりそうな勢いで顔を真っ赤に染め上げる二人。

 今思い出しても顔から火が出そうなほど恥ずかしい記憶に、お互いの顔をまともに見る事が出来ないでいる。


「ホントに大丈夫なんでしょうね? コイツら」

「さぁ?」


 そんな二人の様子に呆れながら、今度はデジーへと問い掛けるメルセティア。

 しかし、問われた商人みならいも、彼女の望む回答を返す事が出来ず、首を傾げるだけだった。


「オイラはシロエ君の腕前を、まだ直接見せて貰った事がないっすからねぇ。まぁでも、友達が増えるのは良い事っすよ」

「はぁっ、お気楽……」


 やる気があるのかないのか。

 武芸大会への大した話し合いが行われないまま、雑談へと移っていくなんとも気の抜けた集団にエルフの少女から大きな溜息が漏れる。

 軽々しく約束などしてしまった事に今更後悔し始め、頭を抱えたい気分なのだろう。


「あ、そうだ。ねぇデジー、お願いがあるんだけど」

「解ってるっす。武具の材料の調達っすよね。ふふふっ、ご注文をうけたまわるっす」


 昼休みを中ほどまで過ぎた頃、シロエが思い出したようにデジーへと声を掛けた。糸目の少年は瞬時に商売人の笑みへと変わり、お得意様候補へ揉み手を開始する。

 何を隠そうデジーの集めた情報では、このメンバーは何気に武芸大会での優勝候補の一つなのだ。

 あだ名が付けられた成績優秀者が三名に、残りの一人もそのあだ名持ちのレオンが勧誘するほどの実力者。

 そんな人材の武具を一手に担う鍛冶師に贔屓にされているとなれば、きっと他の「スミス」の生徒からも注文も増える事になる。


「うん。抽出や精錬はボクが自分でするから、出来るだけ質の良い、精錬所に送られる前の鉱石を安価で買いたいんだ」

「……意外とシロエ君も、簡単に無茶言うっすね」


 学園内での市場拡大の好機だと若干腹黒い構想を頭の中で展開していただろうデジーも、注文の内容を聞いてしまうと固まらざるを得ない。

 通常、素材となる鉱石は鉱山で掘り出された後に近場の精錬所へと送られ、各種の鋳塊インゴットや不純物を取り除いた原石として各地へ出荷される。

 鉱山と精錬所の中間。シロエは、精錬所のあるこの街に到着した時点の鉱石を入手したいと言っているのだ。

 確かに、それが可能となれば加工の費用を自己負担する代わりに、原価を抑えられる。

 しかしながら、そういった事業を行っている規模の大きな商家で直接買い付けが出来るのは、一度に大量の仕入れを行うここの学園ような大口の顧客がほとんどだ。

 つまり、シロエの注文はデジーに学園を相手に仕入れ交渉を行えという、たかが「ビジネス」の一生徒にしてはかなりハードルの高い難題を吹っ掛けていた。

 勿論、世間知らずな田舎者の鍛冶師がそんな事情を知る由もないのは、言うまでもない。


「駄目、かな?」

「うぐぐ……」


 シロエからの上目遣い攻撃を受け、デジーの表情が盛大に引きつる。彼の中では今、壮絶な損得勘定のせめぎ合いが行われているに違いない。

 ここで恩を売っておけば、このメンバーからの評価は上がる。信頼と信用を、金で買う事は出来ない。

 そんな結論が出たのかは解らないが、降参を示すように両手を上げ乾いた笑みを浮かべるデジー。


「はぁっ、乗り掛かった船っす。多分、シロエ君はこれからお得意さんになるっすから、今回はオイラが勉強させて貰うっすよ」

「本当!? ありがとう!」


 了承を得られ、シロエの顔から幸せオーラが全力で放出される。

 この少年の笑顔は魔性だ。笑い合いながら、デジーは誰にも知られる事なく隠れて溜息を吐いた。


「それじゃあ、まずはミスリル銀と、魔晶石と――」

「量は如何ほどっすか?」

「あ、そか。えっと……ミスリル銀が二十デルで、魔晶石は八デルくらいかな。魔晶石は純度が大事だから、もし質の良い鉱石がなかったら、高くなっても良いから既製品を精錬し直すよ」

「了解っす」

「後は――」

「うぅっ。逃げ道が出来ているようでいて、ハードルがガンガン上がっていくっす……」


 結局、商談は昼食時間では終わらず寮の自室に戻った後も続けられた。

 その結果、ほくほく顔で布団を被るシロエとは対照的に、逃げるように自分のベッドへ向かうデジーの表情は正しく敗者のそれだった事を記しておく。

 無条件に信頼されるのも、困りものである。それでも、信頼されるからこそ頑張れるというのもまた事実だ。

 後日、入学直後の一年生でありながら学園との商談を成立させた生徒の噂が広がる事で顧客が増加し、別の形でデジーの思惑が叶う事になるのだが、それは蛇足としておこう。


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