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星屑の鍛冶師  作者: タクミンP
第2章 友達探し
10/45

10・光と影

「お疲れ様です」

「あぁ、ありがとう」


 一頻り錬舞を終えたシルヴィアに、長椅子で待機していたシロエが声を掛け持参した水筒を渡す。

 数日前の出会いを経て、連日早朝の訓練で顔を合わせるシロエとシルヴィアの関係は良好だった。

 因みに、レオンはとディーエンは自室で基礎訓練や読書などしている為、シロエの行動を知らない。

 薄々感付いてはいるものの友人二人はそ知らぬ顔をしているし、シロエはシロエであくまでこの関係はシルヴィアの剣を作って感想を聞くまでの間柄だと思い込んでいる。

 彼女が自分の武具を認めてくれるとはまったく思っていないので、変な期待をさせないよう二人には内緒にしているのだ。


「さて、今日もするのだろう?」

「はい。今日は、シルヴィアさんの魔力を調べたいです」


 シルヴィアの休憩がてらお互いが長椅子に座り、シロエの確認作業が始まる。

 最初の握り型から始まり、握力、柔軟性、心力と、シロエの望むままにシルヴィアはその要望に応じ続けていた。

 正直、シルヴィア自身はこれだけ事細かに自分を調べる必要があるのかと割と懐疑的なのだが、シロエが至って当然の行為として要求してくる以上やはり意味があるのだろうと、消極的に納得していた。


「それじゃあ、両手に魔力を集めて下さい。強くなくて良いですから、一定の量を持続させる感じで」

「解った」


 両手を握り合い、シルヴィアは瞳を閉じて己の両手へと魔力を通す。

 無色透明の魔力みずが、体内を巡って流れ高まり意識を向けた先へと集まっていく。

 温かさも寒さも発揮されない無味乾燥の力の渦を、シロエはシルヴィアと同じように瞳を閉じて感じ取る。


「ごめんなさい。レオが魔法を使えないから、てっきりシルヴィアさんも出来ないって思い込んじゃってて」


 作業の途中で、不意に謝罪を口にするシロエ。

 今まで友人を基準に考えていた為か、本人の口から聞かされるまでシルヴィアが魔法を使える事を確認していなかったのだ。


「構わんさ。しかし、私も剣を振るいながらでは魔法は使えんぞ?」

「心力と魔力を同時に練る事は出来るんですよね?」

「まぁ、それぐらいはな。だが、流石に剣に集中している時は術式を思い描く事は出来ん。故に、呪文ワードを唱えても魔法は発動しない」

「十分です。後は、ボクの仕事ですから」

「ふむ。良く解らんが、楽しみにしておこう」


 この少年が常識に捕らわれない人物だという事は、最初の邂逅で嫌というほど思い知らさえた。

 問うたところで話が噛み合わない事も多いので、今では重要な部分以外を聞き流しておくのがシルヴィアの対処法になっていた。


「しかし、お前はやけに自分の感覚に拘るな。最初の握り型でもそうだが、こういった検査を行う為の専用の魔具や素材は学園で貸し出しも販売もしているだろうに」


 話しの途中で、何時か聞こうと思っていた疑問を尋ねるシルヴィア。

 色々と彼女の身体を調べるのに、シロエが使うのは決まってその両手だった。

 彼女の言うように、握り型にしろ魔力の測定にしろそれに適した道具はすでに開発されている。

 言ってしまえば、感覚頼りの検査は個人の匙加減に過ぎず、時が過ぎれば風化してしまう記憶でしかない。

 数値化し、固定化され、誰の目から見ても同一である情報の方が、遥かに信憑性も信頼性も高いのは間違いない。

 だが、問われた本人は小さく首を振り困ったように苦笑する。


「でも、ボクが師匠せんせいから教わったのはこの方法なんです。学園で教わってから一度レオたちで試してみたんですけど、しっくりこなくて」


 少し申し訳なさそうに、シロエはそう弁明した。

 生物には、時に数値では計れない曖昧な部分が存在する。

 この少年はそういった道具に頼っては見えて来ない繊細な部分を、自らの感覚で掴もうとしているのかもしれない。


「天才肌という訳か。難儀なものだな」

「そ、そんな事ないです。きっとボクが上手く扱えないだけで……」

「そうだな。お前がそう思うなら、そうなんだろう」

「?」


 どこまでも自信を持てない小さな鍛冶師の卑屈さに内心で溜息を吐きながら、小さく苦笑するシルヴィア。


「……はい、ありがとうございます」


 やがて測定を終えたシロエが礼を言い、その手を離した。

 シルヴィアは自分の手を見下ろして何度か握ったり開いたりしながら、維持していた感覚を元へと戻す。


「さて、次は私の何を調べるんだ?」

「う゛っ。ごめんなさい、何度もご迷惑をお掛けして」

「あぁ、すまない。誤解させてしまったな。そういった意味ではない」

「あう」


 恐縮するシロエの頭を、シルヴィアの右手が優しく撫でる。

 最初は戸惑っていた行為も、慣れてしまえば日常だ。

 しばらくそうしながら、シルヴィアは手付きと同じように優しい微笑を浮かべる。

 シロエと過ごすこの朝の穏やかな時間は、騎士の少女にとって大切な一幕になりつつあった。


「協力は惜しまんさ。今のは、単純な私の疑問だ」

「えと、今のが最後なんです。シルヴィアさんの事は十分解りましたから、後は素材を集めて学園の工房を借りて――多分、十日くらいでお渡し出来ると思います」

「そうか。いよいよだな」


 手の動きを止め、今度は獰猛な笑みを作るシルヴィア。

 苦労とまでは言わないが、散々色々と調べられたのだ。その中には、余り他人には知られたくない乙女な部類の問題も含まれている。

 二人で顔を真っ赤にしながら受け答えしたのも、今では良い思い出だ。

 これで、出来上がった武具が期待外れだったりした場合は、少しくらい怒ってもきっと許されるだろう。

 とはいえ、そんな可能性はかなり低いだろうとシルヴィアは楽観していた。

 シロエのわざを直接見た訳ではないが、彼の手付きは明らかに玄人のそれであり、しかも、本人は無自覚ながら言葉の端々に熟練者を思わせる含蓄を滲ませている。

 更に言えば、シルヴィア自身が己と同等の実力者だと認めている負けず嫌いのレオンが本物の天才だと自慢する鍛冶師なのだから、腕前を疑う方が馬鹿らしい。


「あうぅ……」


 からかいを含めたそんな彼女の思いなど知る訳もなく、威嚇に怯え震え上がるシロエ。

 すでに目頭に水滴が溜まっており、それが更に加虐心と保護欲を掻き立てる。


「そう恐れるな。例え出来が劣悪だったとしても、咎めるつもりはない。お前は私の武具を、ただ誠意を込めて打ってくれれば良い」


 これ以上はいけないと、表情を戻したシルヴィアが再びシロエの頭を撫で回す。


「はい、頑張ります!」

「良い顔だ。矢張りお前には、笑顔が似合う」


 途端に笑顔になる彼に釣られ、彼女の顔が綻ぶ。

 その屈託のない純粋な笑顔を見る度に、癒されている自分を自覚する。


「(どこかで聞いた言葉だが、可愛いは罪なのだ。つまり、全面的にこいつが悪い)」


 よって、たまに泣き顔も見たくてついついからかってしまうのも仕方のない事だと、彼女は内心でもっともらしく自己弁護をしていた。

 ただ腕を磨き理想の騎士となる事だけを考えひたすらに鍛練を続けていた少女を、たった数日でここまで骨抜きにしたこの少年に罰を与えるのは、被害者である自分の責務に違いない。

 そんなお馬鹿な結論を出しつつ、時間の許す限りシロエとの談笑を楽しむシルヴィア。


「ではな」

「はい」


 授業の開始が近づき、どちらともなく席を立った二人は笑顔のままにその場を後にする。


「……いかんな。これではいかんと、意識を改めたばかりではないか。くそ、やはり奴は難敵だ」


 どこまでも平和なやりとりに毒気を抜かれ、今では他の生徒との衝突も少なくなったシルヴィア。

 そんな彼女は口元に手を当て、ニヤつく口角と戦いながらそんな愚痴を漏らしつつ貴族寮の自室へと帰っていく。

 仲睦まじい、少年と少女の平和な日常。

 そんな二人の姿を、遠目からじっとりと眺め続ける誰かの視線がある事を、浮かれ気味なシルヴィアは気付く事が出来ないでいた。







「えへへ、一杯撫でられちゃった。ボクってやっぱり子供っぽいのかなぁ」


 鍛練場を離れ、人気のない廊下を歩いて自分たちの部屋に帰ろうとするシロエ。

 しかしそんな彼の前に、突然一人の生徒が無言で立ちはだかった。


「?」


 シロエと同じ、「スミス」の印である鎚と鋏が交差した紋章の刻まれた小さなバッジを胸に付けた、仕立ての良い白服を着た黒髪の少年。

 冷ややかな目線でシロエを見下ろす彼の名は、アルベール・クレストス。

 「スミス」に所属する生徒は、大きく三つの分野に分類される。

 金属や素材を鍛え、武具や道具を作成する鍛冶師。

 出来上がったそれらを更に加工し、装飾を施す細工師。

 そして、同じく出来上がったものに魔力文字ルーンを刻み、加工した魔晶石を取り付け、魔法の効果を付与する魔具師。

 アルベールはその中で、魔具作成に比重を置いた鍛冶師の家系であり、成績優秀な貴族の生徒だった。

 同じ「スミス」ではあるが、シロエとは関わる事も話した事もないはずの人物である。


「アルベール君? ――あうっ!?」

「気安く名前を許した覚えはないよ」


 道を塞がれ、その行為に首を傾げたシロエの襟元をいきなり掴み、小柄な少年を壁へと叩き付けるアルベール。

 その顔は敵意と嫌悪に歪み、目の前の者を見下し切った表情で結んでいた口を開く。


「随分と媚を売るのが上手いじゃないか。君のような凡人に付きまとわれて、彼女も内心では酷く迷惑しているはずさ」

「い、一体何を――うぐっ!」

「誰が喋って良いと言ったんだい?」


 壁と腕に挟まれたまま、抵抗も出来ずにその拳を腹に受けるシロエ。

 理解する間もなく唐突に振るわれる暴力に混乱しながら、訳も解らず痛みに耐える。


「シルヴィアさんには、ボクが最初に目を付けていたんだ。それを横からうろちょろと……鬱陶しいんだよ!」

「うぐっ、ぎうっ!」


 理不尽な怒りをあらわにし、アルベールはシロエを何度も壁に叩き付けたり拳を見舞って痛め付ける。

 自分の思い通りに行かない要因となった元凶へ向けて、その苛立ちをぶつける行為を正当なものだと疑いもしていない。


「な、なんで……ぎっ、ぐぅっ!」


 シロエが口を開いた瞬間、今度は地面へとしたたかに落とされアルベールの右足で背を何度も踏み付けられる。

 暴力に慣れていないないシロエは涙を浮かべ、身を縮めてその行為が過ぎ去るのを待った。


「ふん、みすぼらしい道具だね」


 一端動きを止めたアルベールの手には、金属で出来た小さな菱形の小道具があった。

 制裁の途中でシロエの袖から勝手に拝借したそれは、鍛冶師を目指し始めた頃から大事にしている木材用の研磨道具だった。


「か、返して! ――ぐぃっ!」

「こんな安物……ふんっ!」


 慌てて取り返そうとするシロエを蹴り倒し、全力で壁へと投げ付けて容赦なく破壊する。


「あ、あぁ……いぎっ!」


 粉々になった道具を見下ろし絶望に染まる少年の背を、アルベールは再び力を込めて踏み付ける。

 自分の圧倒的に優位な状況に、貴族の少年の表情は酷く嗜虐的なものへと変わっていた。


「今すぐ彼女から手を引け。でなければ、次は容赦しないよ」


 シロエの頭上から、高圧的な声でそう宣告を下すアルベール。

 当事者であるシルヴィア本人の意思など一切確認せず、シロエの不愉快な行動そのものを潰す為に彼はこの場で待ち構えていたのだ。


「そ、それはシルヴィアさんが決める……あぐっ!」

「喋るなと言っただろう! 君は黙って、ボクの言う通り馬鹿みたいにただ頷いていれば良いんだよ!」

「あうっ、ぐぅっ!」


 平民の口答えに激怒し、アルベールは地面に横たわるシロエを何度も踏み付け蹴り飛ばす。

 亀のように縮こまるシロエの姿を嘲りながら、アルベールの行為は止まらない。


「彼女に相応しいのはこのボクだ! 平民の癖に出しゃばって! これがっ、その報いだとっ、思い知るが良いさっ!」


 次第に喜悦の混ざり始めた表情で、自分の力に酔いしれるアルベール。

 シロエはそんな独りよがりな激情に晒され、困惑と恐怖で身を震わせながら不条理な悪意を必死に耐え凌ぐ。


「う……」

「はぁっ、はぁっ……良いね、これは命令だ。これに懲りたら、今度からは身分を自覚して行動するんだね」


 体力が尽きた事で矛を収めたアルベールは、肩で大きく息をしながら自分の言いたい事だけを言い捨てて足早にその場を立ち去って行く。

 残されたのは、服を汚されぼろぼろに傷付けられたシロエと、壊された哀れな道具の破片だけだった。


「う……けほっ……」


 しばらくして弱々しく動きだしたシロエは、地面を這いながら砕けた道具の破片を拾い集め始める。


「ごめんね、痛かったよね……ごめんね……」


 物を愛するシロエにとって、自分の道具は大切な家族同然の存在だ。

 それをなす(すべ)もなく目の前で壊された悲しみは、自分を傷付けられた事よりもなお彼の心を深く抉る。

 口からは絶えず懺悔の念が漏れ、その瞳からは護れなかった己の不甲斐無さを苛む大粒の涙が際限なく零れ落ちていく。

 貴族と平民が同じ学び舎に居る事で誤解されがちだが、この場でも身分の優劣による立場の違いとそれによる権力差は依然として存在している。

 例え、貴族の子息たちが悪質な嫌がらせを行ったとしても、彼らは問題になれば即座に親を頼り金と権力を使って揉み消す事が可能なのだ。

 流石に公然と事を起こせば良識ある貴族が仲裁に入る場合もあるが、今のように影で行われる陰湿な虐めに対して平民であるシロエ個人が対抗出来る手段は限りなく少ない。


「ごめんね、ごめんねぇ……」


 やがて全ての破片を拾い終え、その場にうずくまって部品を胸へと抱き悲しみに暮れるシロエ。


「う……ぐす……う、うぅ……」


 次第に懺悔から嗚咽へと変わるその姿を見て、手を差し伸べる者は居ない。


「――さて、どうするかねぇ……」


 仮に、誰かが貴族の横暴の一部始終を見届けていたとしても、ただ事態を傍観していただけならば結果は何も変わらない。

 哀れで弱い小さな鍛冶師に、救いは訪れない。

 もしも何かが訪れるとするならば、それはきっと霹靂の騎士であるべきだから。


「面倒だが、仕方がないか……」


 傍観者である誰かは、泣き崩れる少年の慟哭を背に一人静かにたばこの紫煙をくゆらせながらそんな独り言を漏らしていた。

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