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一緒に魔術の研究を


 久しぶりに自室の革張りの椅子に身を沈めた。

 大きく息を吐くとゆるゆると体の力が抜けていく。

 全身の緊張を解き、くつろぎながら考えるのは、一緒に屋敷へ帰ってきた女性のこと。


 彼女と出会ったのはジェーシャチ国の田舎町であった。

 初めは妙な女に絡まれたと思った。

 いきなり財布の紐についていた飾り玉を売ってくれと頼まれ、無視をしていたら、どこまでも付いてきた。

 その必死な様子に、なぜかドキリと胸が高鳴った。

 このような田舎町でなかなか見かけないほどの美人ではあるが、都市部やそれこそ王都に行けばそこそこいる程度の顔のつくりの娘である。

 先ほどの胸の高鳴りは何だったのだろう?と思いながらも、出来心で酒場に連れ込んでみると、あっさりついてた。

 危機感のなさに、温室育ちのいいとこの娘なのかとも考えたが、彼女の身なりや立ち振る舞いを見るにその辺の町娘と同じものを感じた。

 ただのお(つむ)の軽い娘のようだと判断し、年長者としての説教をしたのだが、彼女が今すぐに自分を売ってでも玉をほしがる様子を見て、なぜそこまで欲っしているのかと理由を問えば、なんとも予想外の答えが返ってきた。

 彼女は、自分は異世界人で、玉はもともと自分の持ち物だったのだという。

 この娘、狂人の類であったかと思い、よくよく彼女を見てみても、目には狂気の色もなく、ごく真面目に話をしている。

 聞く限りでは話の内容に矛盾もなく、彼女のちょっと変わった話し方やとっぴな思考回路からも彼女が異世界人であることを納得しそうになった。


 おもしろい。


 彼女の話の真偽はともかくとして、彼女自身に興味がわいた。

 私は玉を餌に二晩ほど彼女と過ごすことにしたのだった。


 彼女の言動は妙に幼いところがある。

 子供がそのまま大きく育ってしまったような女なのかと思えば、魔術関係のことになると急に理路整然と話したり、奇抜な事を言ったりと言動が予想できない。

 今までたくさんの人間と会ってきたが、彼女のような者を何人か知っている。

 うちの魔術研究所にいて、馬鹿と紙一重……の天才と言われている。

 研究関連については、とてつもなく凄腕でたよりなるのだが、それ以外はちょっと難があるような輩たちだ。

 彼女もそういった類の人間かも知れない。

 それならば、有意義な魔術談義ができるかもしれない。と、その時は軽く考えていた。


 彼女……イチカさんと過ごした時間は、本当に楽しいものだった。

 話したのは彼女が住んでいた異世界の事、それから魔術や魔道具、魔方陣の事だ。

 異世界の事はともかく、魔術の話をしてここまで心躍る思いをした女性は今まで一人もいなかった。

 普段、魔術の女性研究員と話していている事とさほど変わらない話題のはずなのに。



 二晩語り終わった後、約束通り玉を彼女に渡した。

 彼女と別れる時に、いくばくかの名残惜しさをその時はあまり深く考えていなかった。



 自分の変化に気が付いたのは、彼女と別れて数日後だった。

 ふと気が付くと、彼女のことを思い出している。

 初めは、彼女と話した魔術関連の事を考えているだけだったが、いつの間にか彼女の仕草や表情、「アインスさん」と私を呼ぶ柔らかな声等、彼女の事ばかりを思い出すようになっていた。

 このような状態になったのは今まで生きてきた中で初めてで、そのうち、彼女が私の隣にいないという事が耐えがたく思うようになってきた。

 ジェーシャチ国へ行けば彼女に再び会えるだろうか?等と考えつつ、もんもんとした日々を過ごし、今はこうしてまた彼女と会えたわけなのだが……。

 さて、この後どうするべきか……。


 静寂に包まれていた室内に、ノックの音が響いた。

 入室の許可を与えると、部屋に入ってきたのは、今まで考えていた彼女の世話を頼んだメイド長だった。


 「御くつろぎのところすみません。旦那様、イチカ様の事でお尋ねしたいことがございます」

 「何だ?」

 「旦那様から知らせを……女性を連れ帰るので、支度をするようにと知らせをもらった時、私どもは、この度旦那様が奥様を迎えるものだとばかり思っておりました」

 彼女の言葉に私は椅子から飛び上がりそうになった。

 イチカさんと私はそんな仲ではない。

 「しかし、イチカ様ご本人はご自分が本妻になるとは思っていらっしゃらないようでした。ご自分は旦那様に貢がれたものだからとおっしゃられていて……もし、イチカ様を愛人にとお考えならば、離れに部屋を用意させていただきますがいかがいたしましょうか?」

 彼女を愛人に?

 冗談じゃない!

 彼女を日陰者の身にするために家へ連れて帰ってきたわけではないのだ。

 権力に翻弄されて私の元へ来ることになった彼女。

 私は、彼女と一緒に魔術の研究をできれば……そう考えて、胸がきりりと痛んだ。

 「部屋は客間へ通すように。今は、彼女を客人として仕えてくれ」

 「客人でよろしいのですね?」

 念を押してきたメイド長に、私はうなづいて答えたのだった。

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