知らなかったのです
お風呂……ジェーシャチ国では
自分の家にお風呂場があるというのは一種のステータスでした。
一般家庭になんてまずお風呂場はありません。
私は仮にも王都に住んでいたので、近場に公共浴場があり、よく利用させてもらっていたのです。
今回の旅でも、ある程度の町では公共浴場に入れることもありましたが、ほとんどは濡らした布で体をぬぐう程度で済ませてきたのです。
このお屋敷のお風呂は魔道具がふんだんに使ってあり、私が今まで見たこともないくらい豪華なものでした。
まあ、私が見たことあるお風呂なんて前述通り公共浴場ぐらいなのですが。
私は十分お風呂を堪能した後、よく冷えたレモン水を出され、それをフカフカなソファーに座りながら味わっているのです。
爽やかで冷たいのど越しが、お風呂上がりの私にはぴったりなのです。
風呂上がりの私は、旅の間に着ていたものとは違う新しいドレス一式を着てます。
下着にドレスに靴まで、何から何まで新品なのです!
なんでこんなに都合よくなにもかも準備してあるのだろう?と、思い聞いてみたところ。
メイドのみなさんが言うには、アインスさんが旅の途中に伝令を出し、私とともに屋敷へ帰ると伝えていたので、みなさん私の到着をずっと待っていたそうなのです。
だから、こんなにいろいろなものが準備してあるのだとか。
至れり尽くせりで、お姫様気分なのです。
はっ!もしや私ってアインスさんの知り合いの貴族だとか、そういう身分の高い人と思われていたのでしょうか?
もしそうだったら、この高待遇もうなづけます。
これは、早めに誤解を解いておいた方がいいはずです。
貴族だと思っておもてなしをしたら、実は一般庶民だったと後でわかったら、メイドさんたちに恨まれて嫌われそうなのです。
私は近くにいた私のお母さんと同じくらいのメイドさんに声をかけました。
「あのっ私は、ジェーシャチ国の平民の魔術研究所の研究員なんです」
あっ、でも、今はもう研究員じゃないんのです。
「ジェーシャチ国からディエテ国に売られてアインスさんに貢がれたのです。だから私はこんなに良くしてもらえる身分のものではないのです」
私の言葉に、メイドさんはにっこりと微笑みした。
それは、昔私のお母さんが私に微笑んだ時のような優しい顔だったのです。
「私たちは旦那様よりイチカ様に心から仕えるようにと言われております。そこに身分というものは関係ないのでございますよ」
おお、なんといい人たちでしょう。
これこそメイドのプロですね。
早ければ今日中にもここを出ていくので、今のうちにしっかり堪能しておきましょう。
私は安心して、またレモン水に口をつけたのです。
ぱたぱたとメイドさんが私の周りを動き回る中、誰かがちらりと「奥様の部屋を……」と小声で話しているのが聞こえました。
そうだ奥様!
私はハッとして手に持っていたコップを落としそうになったのです。
アインスさんって結婚してるのでしょうか?
もしそうなら、奥様にあいさつしておいた方がいい気がします。
見知らぬ女が自分の家のお風呂に入っていたらびっくりしますもんね。
「あのっ。奥様にあいさつをしたいのですが」
あれ?メイドさんたちが変な顔をしています。
なぜかメイドさんたちが、あわてた様子でアインスさんに奥様はいないと教えてくれました。
アインスさんは独身だったのですか。
知らなかったのです。