昔の事を思い出したのです
馬車にガタゴトと揺られながら私は首にかけているペンダントを指先で弄んでいます。
あまりない私の財産の一つであるこれは、私がこの世界に持ってきたトンボ玉の一つなのです。
このトンボ玉を含め、私がこの世界に持ち込んだ買い物袋の中身は何一つ私の手元には戻されませんでした。
もちろんそれに見合ったお金を渡されるなんてこともありません。
今思えば何処の賊ですかという酷い所業なのですが、当時の私にはそんな抗議をする余裕はありませんでした。
今回国王にあれだけ言い返す事ができたのはものすごい進歩なのです。
と、まあ、あの時とられたトンボ玉がなぜ再び私の手の中にあるかと言えば、1年前の事なのです。
当時私は行き詰った研究の打開策のため、とある魔石採掘所へと出かけていました。
採掘所は辺鄙なところにあり、馬車を乗り継いでも片道3日ほど掛かる場所でした。
その採掘所の近くの町で偶然私は見つけてしまったのです。
市場で買い物をしていた男性の財布の紐にこのトンボ玉が飾られていたのを。
トンボ玉を見た瞬間、私はどうしてもそれを手に入れたくなったのです。
それは私の生まれた世界の証。
いえ、それは私の生まれた世界そのもののように思えたのです。
私は土下座する勢いでその男性に頼み込みました。
そのトンボ玉を売ってほしいと。
突然な申し込みにその男性は初め私を無視をしていたのですが、あまりにも必死に頼み込んだ為か、私を近くの酒場へと誘導したのでした。
日が落ちるまでには若干早い時間帯だったためか、酒場は人が少なく、私は奥の方にある個室へと連れて行かれました。
男性は私に、この玉はとても貴重なものだから、若い娘さんがおいそれと買えるものではない。と、諭し、それから、知らない男にこんなところまで着いていくなんて、危機感が足りない。と、お説教しました。
もっともな話です。
どのような経路でトンボ玉を手にしたのかは知りませんが、一度は王太子の懐に入ったものです。
一般的に安価で取引されるようなものではなくなっているのでしょう。
改めて男性を見てみると、年のころは30台半ばでしょうか、整った身なりに、落ち着いた雰囲気の中に優雅なしぐさ……そういった教育を受けた様子が見て取れました。
お金持ちの商人か、貴族か、どのような身分の方かは分かりませんが、きっと裕福な方なのでしょう。
私はしがない下っ端研究員。
お給料はもらって、こつこつと蓄えてはいますが、何せここは自分の住んでいる王都ではなく、出先なわけで、手持ちは大してもってないのです。
しかし私はその時、全財産はたいてもそのトンボ玉がほしいと思っていました。
いつまでも私が未練がましい目をしていたせいでしょうか、その男性は今、どのくらいのお金を持っているのかと訊ねてきました。
私は、今は手持ちがあまりなく王都まで帰らなければお金を用意できないし、お金を用意してもはたして足りるかわからないと言う事を正直に伝えました。
男性は呆れたようにため息を吐きました。
そうして、この玉は先ほど言った通り高価だし、3日後にはこの町を去るので、私が王都まで行って帰ってくるまでの長い間この町に留まっているつもりは無いと言いました。
そんな中、どうやって金を用意するつもりだ。
その身一つで今から働きにでも行くのかと。
その言葉を聞いて、私はハッと閃きました。
今こそ私の特技を生かすときです。
この世界に来てから発覚したその特技。
この男性がもしこの採掘場の近くの町に魔石の買い付けに来ているなら、あの特技はきっと重宝するはずです。
私が心を決めて私を3日間雇わないかと交渉しようとしたときです。
彼は驚いた様に目を見開いて、私の言葉を途中で遮りました。
そうして、どうしてそこまでしてこの玉がほしいのかと訊ねたのです。
私は今までのことを全て話しました。
日本という異世界から召喚された事、召喚後持ち物を取られた事、私自身は不要のものとして捨てられた事、国の魔術研究所に拾ってもらった事、今はその研究所での研究のためにこの町に来ている事。
すると、男性は私の話は興味深いと言い。
今日の晩と明日の晩、私の持っている知識を全て話してくれるなら、トンボ玉を私にくれると約束してくれました。
私は二つ返事でそれを承諾したのでした。
彼は聞き上手話し上手で、なかなか楽しい二晩でした。
楽しい時間を過ごせた上、トンボ玉まで手に入れることが出来て私ばかり得をしてしまって悪いなと思ったくらいです。
一晩目は主に私の住んでいた日本の事を話したのですが、二晩目は私の目から見た魔術のあり方についてや、今している研究、これからしたいと思っている研究などちょっと専門的なことを話しました。
彼も魔術に携わる人だったようで、時には意見をぶつけ合い、相手の言葉から新しい発見をし、話は大いに盛り上がりました。
こうして今の私の胸元にはあのときのトンボ玉があるのです。
馬車に揺られ、ずっと座っていた私のお尻が限界を迎えそうになった頃ディエテ国にたどり着きました。