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嘘をついているようには見えないのです

 なぜか私は今怖い顔をしたアインスさんの前に座っています。

 メイドさんに、旦那様が呼んでますと連れられてきてみれば、そこにいたのは何やら難しい顔をしたアインスさん。

 椅子をすすめられ座ると、難しい顔が怖い顔に変わっていました。

 あれ? 私、何か怒らせるようなことしたのでしょうか?

 いくら振られたとはいえ、朝から目も合わせなければ、会話もしない態度を怒っているのでしょうか?

 この恋を終わらせることに決めたとはいえ、アインスさんに嫌われるのは嫌なのです。


 「イチカさん」

 「はひぃっ」

 静かな声で話しかけられ、妙な返事をしてしまったのです。


 「なにやら、人と会う約束があると聞きましたが」

 「はい……」

 人と会う約束とは、タウゼントさん達の事でしょう、メイドさん達に、知り合いと昼食を食べようと思うのだけれど、いいお店ないですか? と、尋ねたところ、一緒に昼食を食べる相手について、根掘り葉掘り聞かれたのです。


 「相手は、ジェーシャチ国の魔術研究所の者だとか」

 「はい、そうなのです。タウゼントさんは、私の恩人なのです。ジェーシャチ国で右も左もわからない私が生きていけたのは彼のおかげなのです。とてもお世話になったのに、国を出るとき、ろくに挨拶もできなかったので、また会うことができてうれしいのです」

 「ダメです」

 「はい?」

 私はアインスさんの否定の言葉に首をかしげました。

 何がダメなのでしょう。


 「その者と会うことは許可できません」

 「どうしてですか!?」

 アインスさんの理不尽な言葉に、つい大きな声が出てしまいました。


 「それは……」

 アインスさんは何やら考え込むように腕を組みます。

 何か言い辛いことでもあるのでしょうか?



 しばらくたってから、アインスさんは口を開きました。

 「……実は……イチカさんにはスパイの容疑がかかっています」

 「え?」

 予想外の言葉に、意味を理解するのにしばらくかかりました。

 スパイ?

 スパイってあれですよね、色々な秘密や情報を盗み出す人ですよね?

 どうして私がスパイなのです?


 「あまりにもジェーシャチ国が簡単にイチカさんを手放したので、わが国ではイチカさんがスパイではないかと疑う声があるのです」

 「そんなっ私スパイじゃないのです!」

 ジェーシャチ国が私を簡単に売ったのは、私にたいした価値がなかったからなだけなのです。

 まさか、アインスさんも私の事をスパイだと疑っていたのですか?

 私をスパイかもと疑いながら日々を過ごしていたのでしょうか?

 まさか、あの優しいアインスさんは、スパイかもしれない私を泳がすために……

 私の気持ちが顔に出ていたのでしょう、アインスさんは、それまでの厳しい表情を崩し。落ち着かせるように私の目をじっと見ました。

 「大丈夫です、私はわかっています。イチカさんはスパイなんかではないと。……もし、イチカさんの事をスパイだと思っていたら、イチカさん自身にスパイの疑惑があるなどという話をしませんから」

 「アインスさん……」

 アインスさんの目は、嘘をついているようには見えないのです。

 彼にだけには、私がスパイではないと分かってもらいたかったので、少しホッとしました。

 だいたい私にスパイなんて無理なのです。


 「事実がどうであれ、イチカさんが疑われているのは確かです。そんな中、ジェーシャチ国の者と二人っきりで密会などという事はあらぬ誤解を受ける可能性があります」

 確かに、スパイと疑われているなら、ジェーシャチ国の人と会うのは慎重になったほうがいいのです。

 私と会うことでタウゼントさんに迷惑をかけてしまうかもしれないのです。


 「どうしましょう……」

 「イチカさんとその方だけで会うのは大変まずいです。どうしても……どうしてもイチカさんがお会いしたいというのなら、私が同席しましょう」

 「え? 」

 「場所も外ではなく、この屋敷です。国にも報告をしなくてはいけないでしょう。もしかしたら、もう一人くらい立会人が増えるかもしれません」

 「ええ? 」

 「細かい準備などはこちらでするので、すべて任せてください」

 「はい……」


 なんだかよく分からないうちに、5日後に私とアインスさんは仕事をお休みして、アインスさんのお屋敷に二人を呼ぶことになりました。

 二人の予定がうまい具合に空いていればいいのですが……。

 二人への手紙はお屋敷の使用人さんが直に手渡しをしにお使いに行ってくれるそうです。

 お手数かけます。

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