新しい恋を考えてみるのです
「そう……失恋したの……」
私は涙を拭きながら、ノインさんに昨日失恋したという事を話しました。
ただし、相手が誰かは言っていないのです。
いつの間にか編んだ紐や編む前の布が片付けられ、私はすっかりノインさんに相談モードなのです。
「恋心を自覚してからあっという間の失恋だったのです。失恋で自分がここまで精神的ダメージを受けるとは思ってもみなかったのです」
私の話を聞きながら、ノインさんはうんうんと頷いています。
彼女も失恋をして、悲しい思いをしたことがあるのでしょうか。
「イチカちゃん、失恋を忘れるには、新しい恋がいいと思うの」
ふいにノインさんが、キラキラした瞳を私に向け言いました。
「新しい恋?」
「女はね、愛するよりも愛された方が幸せよ」
「幸せ?」
なにやらノインさんが楽しそうに見えるのは、気のせいでしょうか。
言葉が生き生きしているのです。
「そうそう、イチカちゃんが気が付いていないだけで、イチカちゃんのそばにあなたの事を好きな人がきっといるわ」
「好きな人……」
「そう、とっても近くに……」
「近くに?」
先ほどから私は、ノインさん言葉をおうむ返しばかりしているのです。
彼女の言っていることが、頭に入ってこないというか、理解できないというか、ちょっと混乱しているのです。
私はう~んと頭をひねりました。
愛するより、愛された方が幸せ……私の事を好きになってくれた人を私も好きになれば確かに幸せかもしれないのです。
今までの人生、告白されることもなく、友達以上の関係の異性もいなかったので、誰かが私に惚れるという可能性を考えたことがなかったのです。
誰かが私の事を想って、胸をドキドキさせながら布団の中でじたばた暴れ、きゃーきゃー小さな悲鳴を上げたりしていたら、愉快な気もします。
けれど
「そんな人、一生出会えそうにないのです」
私の普段の生活で、恋心が芽生えそうな場面なんてないのです。
ほとんど毎日仕事場と家の往復で、休みの日もあまり出歩かない今の私は人と知り合うことも少ないのです。
職場の人々は既婚者か結婚に興味がなさそうな人が大半なのです。
「そんな事ないわよ。ちょっとアレなところがあるけれど、いい男がいるじゃない」
「アインスさん以上のいい男なんて……あっ」
ついうっかりアインスさんの名を出してしまったのです。
ノインさんが目を見開いて驚いた顔をしています。
「ちょっと待って、イチカちゃん室長に失恋したの?」
室長とはアインスさんの事なのです。
彼はこの魔術研究室の室長なのです。
掛け持ちで室長以外の仕事もしているそうなのですが、詳しいことはわからないのです。
「そんな、嘘でしょ? 」
嘘だったらどんなによかったことでしょうか。
嘘ではなくて本当の事なのです。
「何か誤解があったんじゃないかしら? 」
なぜか私の両肩にすがるように両手を置き、覗き込むようにして話すノインさんに私は首を横に振りました。
誤解も何も、きっぱりはっきり振られたのです。
振られ……振られた時の事を思い出して、また悲しくなってきたのです。
この気持ちを忘れるためには……
「アインスさんを忘れて新しい恋……」
「イチカちゃん、あのね、新しい恋はちょっと待った方がいいかも」
私のつぶやきに、なぜかノインさんは焦ったように言いました。
先ほどまで新しい恋を進めていたのに、なぜでしょう?
「でも、失恋を忘れるには……そうだ、お屋敷で働いている人とか! メイドさんたちとは仲良くなったのですが、男の使用人さんたちとはあまり話す機会がなかったのです。新しい恋を探すのに、まずは身近なところから……」
「いやいやいや、イチカちゃん、ちょっと待って。ね、もう一度ちゃんと考えてみましょう。室長本人に振られたの? 誰かほかの人に何か言われたとかってわけではなくて? 」
「アインスさん本人に私の心を見破られたうえ、ダメって言われたのです」
「ええ? そうなの? 」
ノインさんは何やら一人でぶつぶつつぶやいて考え込んでいます。
研究室の人は何か考えだすと、考えがまとまるまで自分の世界に入り込む人が多いので、ノインさんはそっとしておくことにしました。
私は私で、新しい恋を考えてみるのです。
愛するより愛される恋。
愛されれば幸せなのでしょうか?
……私は
愛されるなら、やっぱりアインスさんがいいのです。
アインスさんに愛されたいのです。
愛することも、愛されることもアインスさんがいいのです。
たとえアインスさん以外に愛されても……
って、あれ?
これって、私が誰かに愛されていることが前提の話なのです。
けれど、今現在私に惚れているような人がいるとは思えないのです。
という事は、これから誰かを私に惚れさせるところから始めないといけないわけです。
人を惚れさせるにはどうしたらいいのでしょう?
私が美女なら簡単でしょうが、残念なことに私の顔は人並です。
きっと人並です。
人並ですよね?
少なくとも日本にいたときは人並だったのです。
そんなにひどい顔ではないと思うのです。
……人間、大事なのは顔ではないのです。
私は性格がそれなりにいいのです。
……自分で性格が良いという人の性格は果たして本当に良いのでしょうか。
えーっと、私は、私は、えーっと。
……やっぱり私は一生独身のような気がします。
そんな事を考えていると、いつの間にか昼休憩が終わりの時間を迎えたので、私たちは仕事へと戻ったのでした。




